5話
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* オリー *
戻ろうとしたら、給仕をしてくれてた召使いぽい人が毛布を持ってきてくれた。
通訳のビアンコ曰く。
「姫様からだ。ありがたく頂戴しなさい」
とのこと。
先程連れてこられた場所に戻ってくる。監視があるとは言え、一応火の側だし食事も毛布ももらったから感謝はしないとね。
天幕に入れてくれたら良かったのになぁ。でも天幕自体が人数分無いみたいで野宿してる人がかなりの数いた。騎士団とか言ってたから騎士と従士だろうとは思う。従士の人がまぁ野宿ってのはわかるんだ。騎士っぽい人もチラホラ野宿してるのは驚いた。で、僕と同じように毛布一枚で寝てるぽい。やっぱり階級があって上の方の人じゃないと天幕もないんだろうか。
馬はちょっと離れたところにまとめられてる。暗くてよく見えないけど、繋がれてるのと繋がれていないのが居るみたい。
食事が終わったら見張り用のための一部を除いて火はほとんど消してしまうようだ。僕のところの火も消されてしまった。火を消した従士の人が、火の中から大きめの焼けた石を何個か取り出して、2つほど僕の方にも転がしてくる。薪を指さしてからこちらになにか声をかけてきた。
「オリー、地面に埋めてその上に横になれ、と言っていますね。そこの薪で土を掘れば良いらしいです」
ありがたい毛布一枚じゃ寒いだろうと思ったんだ。
「代わりにお礼を言っといてよ」
ビアンコに返事は任せてその人に軽く手をあげてみせた。こちらに伝わったのを確認したらその人は自分の主人のところに他の石を持っていった。
2個だとちょっと少ない気がする。分けて浅めに埋めるかぁ。熱かったら被せる土の量で調整すれば良いみたい。
薪を2本並べて枕代わりにする。硬い。痛い。猫を枕にしたいけど怒られるだろうなぁ。
横になると満天の星たちが目に入った。灯りは離れた場所にあるのだけど、星を見るのにあまり気にならない。元の世界ではこんな星空は見たことがないなぁ。
石を埋めた上に寝て毛布を被ってもまだちょっと寒かった。そういや今の季節を聞き忘れたや。多分春先くらいだとは思う。もうちょっとまともな服を着てたらマシなんだろうに、屋外でTシャツ一枚はちょっと寝るのには向かないね。
毛布の隙間を閉じて風が入ってこないようにしようとしたら、そこから猫が二匹入ってきた。家で寝るときはベッドの真ん中で寝るし、暑苦しくて邪魔なときもある。今回に限ってほんとにありがたいね。
こうして僕は異世界で最初の夜を迎えた。一人と二匹で身を寄せ合って。
見知らぬ土地で一人っきりなんて事態にならなくて本当に良かった。
猫たちに感謝しなきゃ。
……でも猫たちのせいでここに連れてこられたんだよなぁ……。
「おい、起きろ」
カルネが胸の上に乗っかって肉球で叩いてくる。どけようとするもののどいてくれない。爪も立ててないから痛くはないけど重いし邪魔なので大人しく言うことを聞くことにする。
「もう朝?」
顔をこすりながら体を起こす。離れた天幕の側に灯りがともしてあるので真っ暗闇ではないし、時間もわからない。多分まだ真夜中でしょ?
「周囲を囲まれている。多分猿どもだと思うが数だけはいるな」
「えっ? 猿って人間のことだよね。囲まれているってのは一体」
そのまま周囲を見渡す。灯りも大分減っていてうす暗いし静かなものだった。僕のすぐ周囲には人はいなくて、ちょっと離れたところで従士さんが荷物の番をしながら船を漕いでた。正直さっぱりわからん。
「敵対勢力にこの野営地が囲まれているらしいですよ。数はおよそ10匹ちょい。カルネはいつも説明を省きすぎる」
ビアンコはいつものようにお兄さんぶっている。会話ができるようになったのはつい最近だけど、この感じはなんとなく前から変わらない気がするんだ。
「なんてんだ、殺気みたいなやつを感じるんだよ」
まだどうも慣れてなくてこまけーことはわからねえんだよー、と言い訳じみたことを言うカルネ。
はっきりしてない頭で考えた結果、騎士たちとお姫様がなんかの集団に囲まれててすぐにでも襲われそうだということで合ってるのかな? うーん、どうしたら良いんだろう。まだ会ったばかりだし、この人達と襲う側どちらが正しいかとかわからないんだよね。とはいえ、お姫様には借りはあるし、好みじゃなくても綺麗な女の子に味方した方が良いかなぁ。
味方すると言っても僕自身は多分役に立たない。寝る前にもっと猫たちと話をしてこの子達にどんな能力があるのか聞いておけばよかった。
「ビアンコ、カルネ、襲撃して来る前になんとかしたいな。なんとかならない?」
「何をどうしたいのか具体的にはっきりと口にしてください。ふわっとした物言いはオリーの悪い癖ですよ」
僕って癖を指摘されるほどこの子達の前で独り言言ってた?
「とりあえず全部ぶっ殺してくればいいか」
「あーその、殺すのはちょっとどうかな」
自分の命令で正邪も不確かなのに虐殺とか流石にどうかと思うわけですよ。
「皆殺しならすぐだぜー。でもよ、10匹ちょいいる相手を俺だけで穏便に済ませようってのは面倒すぎるだろ」
え、やろうと思えばできるのに面倒っていうだけで全殺し? この子の育て方間違ったかしら……。
僕一人でできそうなことと言えば、起きてる人に声を掛けて襲撃を事前に知らせることくらいだろう。理想を言うなら寝てる人を起こしてまわり、襲撃に備えさせるのが一番だ。もちろんそれも襲撃者たちに気づかれないように。
うん、無理。そもそも言葉も通じないんだし。一人で騒いだところで、周りの人たちが目を覚ます前に、異変を察知して襲ってくるかもしれない。やっぱり猫の力を借りよう。
「ビアンコ、野営地の周りに居る人間を殺さずに、生け捕りにするか、追い払うか、近づけなくしたい」
「大変言いにくいのですがオリー、私も自称神に与えられたこの力を全て把握している訳ではないのです。現在可能な範囲での対処方法といえば……皆殺しですね」
なんてこった! 世界が全力で彼らを殺しにかかってる! 冗談はおいといて早く結論を出さないと襲撃が始まってしまうだろう。ビアンコの魔法は何が出来るのかわからないので、先にカルネに頑張ってもらうというのはどうだろうか。
「カルネ、敵の手足だけを傷つけながらぐるっとひと回りして来るってのは出来そう?」
「余裕だな」
「じゃあ殺さない程度に手足を狙って一周してきてもらえる? ビアンコに光か火の玉を打ち出せるならそれを空に打ってもらって合図にするから」
それくらいなら問題ないですね、と白猫が。
あいよ、と短く返すとキジトラの猫は闇夜に消えていった。この暗さで音もなく忍び寄る猫が襲いかかってくるとか怖すぎる。
「じゃあビアンコ、君は僕と来てまた翻訳を頼みよ。少しでも混乱を抑えるために行こうか。話がついたら合図を出してもらうから」
声を掛けて立ち上がる。目指すはさっきのお姫様の天幕だ。多分護衛がいるだろうから話を通さないと。ビアンコはスチャッと音も立てずに僕の前に立って見上げてくる。すぐ行くよ。
天幕前の灯りの下で不寝番の従士が2人、こちらに背を向けて立っていた。
「すいません」
あまり大きくならないように声を掛けると、護衛が振り返る。その手には血まみれの短剣が閃いている。同時にもうひとりの影が倒れた。もう一方の従士をちょうど殺したところに来てしまったらしい。まずい、裏切り者がいたんだ。
裏切り者の従士はこちらの姿を見ると、ギロリと恐ろしい目でこちらを睨みつけてそのまま襲いかかってきた。
僕は情けない声を上げながら後ろに転がりながら避けて距離を取ろうとする。
「あひゃあ、ビアンコ、合図、合図出しちゃって!」
この男がもうひとりの見張りを殺したってことは多分、合図を出して周囲からひっそりと襲撃が始まるのだ。その前にカルネに少しでも片付けてもらわないと。一瞬で襲われながらそこまで考えた。僕もなかなかやるんじゃない? 地面を転げ回ってるんだけどさ。
「合図……このようなものでもよろしいですかね」
そう言って、ビアンコは火を吹いた。またたく間に炎に包まれる男。凄まじい悲鳴を上げながらのたうち回る。
「うああああああああ?!」
たまらず男に負けないほどの悲鳴を上げてしまった。突然眼の前で始まった異世界残虐ショー。昔グロ好きな友達にガソリン自殺の動画を見せられたなとか益体もないことを思い出した。僕はグロ耐性無いんだって。目を背け、必死に吐き気を抑える。
僕と男の悲鳴に合わせたわけではなかろうに、丁度同じくらいのタイミングで野営地の周囲でも悲鳴が上がり始める。カルネが襲ってるんだろう。
そして野営地の中でも人が動き始めた。てっきり悲鳴を聞いて騎士たちが起きてきたのかと思ったんだけど、もしかして違う?
いや、声を聞きつけて目を覚ました人もいるみたい。偶然、襲撃側も火を合図にするつもりだったようだ。で、カルネと同時に襲撃も開始されたと。
自分がこの騒ぎの引き金を引いたことに一瞬愕然とした。いや、まだ遅くないはずだ。今からでも出来ることをしないと。
「ビアンコ、敵だーって叫んで!」
そう頼んで僕も少しでもみなを起こすために通じなくても大声を出した。
多分、この火柱になってる男はお姫様を人質にしようとしていたはずだ。だからこちらも他の人が動けない内にお姫様の安全を確保しなきゃいけない。
とはいえ、頭で思っていても腰が抜けてしまって動けなかった。こんな修羅場で適切な行動なんて取れないよ! 足をバタバタさせてみても立ち上がることすらできない。気ばかりせいて、どげんとせんといかん。でもどうにもならん。うひー。
「e4bd95e3818ce8b5b7e3818de3819fe381aeefbc81」
騒ぎを聞きつけたのか、天幕の内側からお姫様が顔を覗かせる。その場に居るはずの護衛が、一人は倒れ、もうひとりは火勢こそ落ち着いたものの、ブスブスと燃え続けていた。
「e38184e38284e38182e38182e38182e38182e38182e38182e38182」
言葉は理解できないけど、悲鳴だってのはわかった。まぁ男の僕ですら悲鳴をあげたからね。