23話
* マリークレスト *
「さて、ここからは太陽神殿の仕切りで話を進めさせて頂けますか」
侍祭様が前にでました。
「マリークレストお嬢様が解呪した呪いは、『ハルラの咒式』と言いまして、鼠を媒介にして対象を呪います。今しがたの解呪の儀式で焼却したのがそれですが……、あの鼠はこの都市の地下納骨堂でお嬢様やオリー君の協力を得て、呪術師を倒し鼠を入手したものです。元々南方地域の植民市ハルラから来た呪術師が大陸に持ち込んだものだと言われていまして、南方から取り寄せた独特な餌で育てた鼠を何年も訓練して」
「話が違う方向に逸れていますよ」
軌道修正をします。ナガリさんがこの人の専属ツッコミ役をしてくれればよいのですが、基本的に仕事を怠けなければ何も言わないようですね。
「オホン、えっとですね。伯爵様に呪いをかけた呪術師は倒しました。暗殺依頼を仲介した盗賊団もオリー君が壊滅しました」
おお、と騎士団を中心に声があがる。気持ちはわかりますよ。猫たちがいればそれくらいはできそうだと思いますが、実際にやるのは別でしょうし。
「そしてここに……盗賊団から押収した、伯爵暗殺を依頼した書類があります。おや、これには依頼者としてノスル氏の名前がありますね」
「言いがかりだ! 私を陥れようという陰謀に違いない。そんなものが証拠になると思ってるのか!」
当然そう言うでしょうね。実際、書類だけでは捏造だと言われればおしまいですから。
「ノスル、まさかお前……」
「お館様、いえ兄上、このノスルの忠誠をお疑いですか! 私が何十年、身を粉にして当家のために働いてきたのかご存知でしょう!」
お父様も流石に信じきれないようです。意識を取り戻してすぐですから致し方ありません。
「えぇ、これだけでは証拠にならないでしょうし、家宰殿がおっしゃるように陰謀の可能性も否定できません。伯爵に恨みを抱く同名の別人とは、流石に考えたくありませんが。さて、伯爵もお目覚めになったばかりですし、改めて概要をお話したいと思います」
「まず、何者かから盗賊団に伯爵の暗殺依頼がありました。盗賊はそれを呪術師に依頼します。呪術師は鼠を使った呪術で伯爵を呪いました。で、何故それを我々が知ることが出来たかと言いますと、たまたまオリー君が盗賊団に狙われ、それを返り討ちにしたところ、伯爵の暗殺依頼の証文がでてきたのです」
一旦言葉を切る侍祭様。後の騎士たちも相槌を打ちながら聞いていますが、事前にざっくりとは聞いているはずです。
「家宰殿から伯爵家に近寄ることを禁じられていたオリー君から相談を受け、自分がナガリくんと共にこちらにお邪魔しました」
「私が意識を失っている間に客人を追い出したのか」
お父様が叔父様を睨みつけます。
「いえ、それは……」
「まぁまぁ、申し訳ありませんがこちらの話を先にさせてください。お嬢様に証文を見せ、伯爵様のお体を調べさせていただいたところ、左踵の噛み痕と鼠の匂いに気が付きました。あとは術式を特定し、匂いを辿って呪術師を討ち果たしたのですが……」
そこで侍祭様は一度言葉を切って皆を見渡します。
「この呪詛は呪う対象を特殊な鼠が噛まなければいけません。特別な鼠と言っても、さほど頭が良いわけではない。ではどうやって標的だけを狙って噛み付くのか……? おわかりですね。誘導する必要があるのです」
丁度、ナガリさんと副騎士団長様が戻ってきました。ナガリさんは侍祭様に目配せをすると、副騎士団長様を先に通します。副騎士団長様も侍祭様に頷いて見せました。
「その方法がこちらになります」
そう言って侍祭様は副騎士団長様が手のひらに載せている小瓶を、右手で指し示しました。
「こちらは先程副騎士団長サーマン殿の立ち会いのもと、家宰殿の部屋から押収致しました」
「な、なんだと、勝手に私の部屋に押し入るとは! だいたいそんなものに私は見覚えが無いッ! 誰かの陰謀だ!」
まぁこちらも否定されますよね。想定通りです。
「この小瓶を誰が家宰殿の部屋に設置したのかは、今は置いておきましょう。問題はですね。この伯爵様の寝室で、今現在この小瓶の中に入っている香料の匂いがするものが二つあるということ、です」
「一つは伯爵様の左踵、そしてもう一つは家宰殿、貴方の右手の指からです」
「そ、そんな匂いなぞ私はせんよ! ほら、嗅いでみたまえ! お館様の方は誰かが暗殺しようと狙ったのだろう、断じて私ではない!!」
「手を洗いでもして安心したつもりかもしれませんが、残念でしたね。実はこの部屋に、薄れかけた匂いの判別できる者が二名います」
「な、なんだとッ?!」
ナガリさんとオリーがすっと前に出た。オリーは鼻から下を隠している。傍から見るとかなり怪しいですが。
「ここからでも匂いますね。実は日中、こちらの玄関でお会いしたときから妙な匂いをさせていると思っていました」
「僕は匂い嗅ぐのは初めてニャ。でも確かによくわかるニャ。家宰さんの右手の人差指と中指あたりから香料の匂いが漂ってくるニャ」
叔父様は真っ青になってふるふると震えながらもなんとか言葉を口にしました。
「亜人と西方人ではないか! こんな連中の言うことなぞ当てになるか! こやつらが私を陥れようとしているに違いない!」
「そうおっしゃると思いまして、証拠になるものを用意しています。オリー君、お願いします。」
オリーが部屋に入ってから床に置いていた箱を持ってきました。布がかぶせてあるので中身は見えません。その箱の上にはお皿に乗った腸詰めが二本。ここに来る前に調理場によってもらってきたそうです。
「家宰さん、選ばせてあげるニャ。どちらの腸詰めがいいニャ?」
「貴様何を言ってる? くだらん戯言はそれくらいにしておけ」
「貴方の無実を証明するための実験ニャ。選んで欲しいニャ」
叔父様はオリーを睨みつけると、無言で右の腸詰めを指差しました。
「副騎士団長さん、それを右の方にちょっとだけかけて欲しいニャ。自分では触らないようにお願いしますニャ」
サーマン殿がポタリと慎重に、一滴だけ香料を腸詰めに掛けました。サーマン殿が下がると、オリーはお皿を持ち上げてから箱にかぶせた布を取り払います。
「呪術師の部屋に残ってた鼠の檻だニャ。ほとんど死んでたニャ、でも部屋の上の方にあったやつには生き残りがいたニャ」
中には十匹の鼠がいました。大きめの箱なので結構余裕があります。お屋敷に鼠を持ち込むのは正直嫌でした。しかし、話を聞いた時はこれしか無い、と思いました。
「そ、それがどうしたと言うんだ! 汚らわしい鼠なぞを持ち込みよって!!」
「まだわからニャいかニャ。ではいくニャ」
そういうと、オリーは檻の上部を開けて、腸詰めを二本とも中に入れました。どちらがどちらかはっきりわかるように。そして……香料をつけた方にだけ鼠が群がっています! 十匹も居るのに、香料無しの方に行く鼠は一匹もおりません。一本目が無くなってからようやく、もう一本を奪い合い始めました。
叔父様の表情がさらに青くなりましたね。ようやく理解したようです。そしてこれから何が起こるのかも。
「ナガリ君、伯爵をお護りして」
「ビアンコ、伯爵様を頼むにゃ。伯爵様。この鼠たちをここで離して良いですかニャ? そうすればどこへ行くか一目瞭然のはずニャ」
「やめろッ! いや、今のやめろというのは、鼠なんて汚いものを自由にするなという意味でだ!!」
叔父様は必死に制止しますが、最早叔父様の言葉を聞くものは誰もおりません。皆がお父様と叔父様を交互に見つめています。
「構わんよ、オリー君。実験の結果を私も見てみたい」
お父様の言葉を聞いて、叔父様は床に崩れ落ちました。
「頼む、やめてくれ……。認める、私がやったんだ……」
叔父様は騎士団に連行されました。この場には侍祭様とナガリさん、オリーと猫たち、お父様と私しか残っていません。
「いやー、上手くいってよかったね。正直綱渡りだったよ」
「そうだったのかね? てっきり最初から最後まで計画通りに進んでいたように見えたが」
お父様が驚いたように聞きました。私も地下でオリーから話を聞いた時は上手くいくと思い込んでいましたけど、今考えると結構穴がありましたよね……。
「さっきの香料の小瓶、あれが家宰さんの部屋からでてこニャかったらまずかったニャ」
「その場合は、腸詰めを使った実験が出来ないので直接鼠をけしかける予定でした。あと、伯爵様に長期間投与していた秘薬の方は犯人特定が出来ませんからねえ」
流石に説得力も落ちそうですしね。
「なんだと、そんなものもあったのか」
そこで侍祭様からカピテの秘薬の中毒症状についての説明がありました。例によって何度も脱線しようとするのを修正しながら。残念ですがこちらの方は毎回使い切りだったようで薬もどこからも出なかったそうです。薬の買付の書類だけでは証拠にはなりませんからね。
「ま、まぁ他は上手くいった訳ですし、よかったじゃないですか。本当に、貴方達には感謝しかありません」
「そうだな。ありがとう。君たちは私の命の恩人だ。そちらのお二人は初めて見る顔だな。恩人の名前を教えてもらえるだろうか」
侍祭様とナガリさんが名乗ってから太陽神殿式の挨拶をしました。お父様が改めてお礼を申されて、私も同じく感謝の言葉を述べ伝えます。何度お礼を言っても足りないくらいです。あぁ、私はこんな恩人を利用しようだなんて……いえ、それはそれ、ですよね。
「是非礼をさせてくれ。今すぐ決めなくても良いから、我が家にできることならなんでもしよう」
「邪に堕した術士を討伐するのは我々の任務でもあります。お嬢様にもお力添え頂きましたし、我らから何かを要求するわけには参りません」
流石に侍祭様もお父様が相手では真面目に振る舞うのですね。いつもの調子でしたらどうしようかと思っていたのですが。
「いやいや、だからといって何もなしという訳にもいかん。ではそうだな、神殿へ喜捨をさせていただくことにしよう」
「有難うございます。上司に報告もありますので、これにて失礼致します。また体調のことなどで不安がありましたら気軽にお声掛けください」
そう言って太陽神殿の二人は辞去していきました。
「さて」
お父様がオリーに向き直った。
「君には本当に世話になった。この恩をどう返せば良いのかわからないほどだ」
お父様は猫たちを撫でてます。こんなに穏やかなお父様は久しぶりです。
「その、欲しいものがあるニャ。手に入れたというか無理やり奪ったものニャ。だから正式な持ち主である伯爵様の許可が欲しいニャ」
「うん? 何やら物騒な単語が出てきたね。どういうことだろうか」
そこでオリーから、今朝屋敷を追い出されてからの話を聞きました。まさかそのようなことになっているなんて、思いもしませんでした。
「命を狙われたので、逆に盗賊の本拠地に殴り込みをかけ、さらには盗賊の頭目を討ち果たして、残りは追い払い、囚われていた人々を救出したと! なんとも大変な冒険をしているじゃないか!」
「盗賊全員逮捕出来たらよかったニャ。でも流石に手が足りなすぎたし、あまり殺したくは無かったのニャ」
僕は見てるだけだったしニャ……と寂しそうに呟くオリー。いえいえ、貴方は呪術師相手に立派に頑張ってたと思います。それに優しい方ですよね。お人好しとすら言えます。それを利用しようというのは心苦しいですが……。
「いやはや、更に感謝しなければいけないことがあったとは! 本当にどう報いたら良いのか頭が痛いな。もうこうなってはマールを嫁にやるくらいしか私に出せるものは無いぞ。今後はできれば何かするにしても小出しにしてもらえるかね? 今日の出来事は吟遊詩人が歌にしてもおかしくはないくらいだ!」
「お父様ったらご冗談を」
お父様が冗談めかしていうので、話を合わせて笑っておく。冗談ですよね?
「この子達が地下を気に入ったのニャ。だから地下に住む権利が欲しいのニャ」
あら、私のことは何も無かったかのように流してしまわれます? それはそれでものすごーくいらいらするんですが。
「君さえよければ、いつまでも我が家に逗留してもらって構わないし、地下ではなく、地上に家を用意させるがどうだろう?」
「お気持ちだけ頂いておきますニャ。あと、こういう事を言うのは心苦しいニャ、しばらく生活が安定するまで少し生活費を用立ててもらえるとありがたいニャ……」
「あいわかった。ニール辺境伯ナースローの名において、オリー殿、貴殿にこのニールの地下水道に関する全ての権利を与えよう。盗賊から得たものに関しては、基本的にそなたの所有物とする。但し、犯罪に関する証拠や麻薬、毒物、危険物等は騎士団に提出してすること。所有者の判明している盗品については所有者と合議の上で、適正な価格で売却してもらえるとありがたい」
「承りましたニャ。盗品についても了解ですニャ。どのみち、一度騎士団の人たちに中を調査してもらうつもりですニャ。太陽神殿の方たちも、呪術師のいたところを調べるって言ってましたニャ」
結局私のことには触れませんでしたわね。どうしてくれましょう。
「ところでさっきから気になっていたのだが、なんで顔を隠しているのだね?」
気になりますよねえ。でも正直不気味なので私もあまり見たくはないのですよね。
「これはちょっと魔術の暴走でハニャがニャ……」
オリーも流石に言いづらそう。そう言えばキジトラちゃんの方はずっと姿を表しませんね。まぁあちらもかなり不気味ですから……。まぁ先程のこともありますし、もう少しこれでオリーをからかうことにしましょう。ええ、それくらいなら親愛の現れですよね。
「お館様、お嬢様、お客様がいらしてます!」
召使いが駆け込んできて話を中断させられました。お父様は対応出来るはずもないし、叔父様も逮捕されたので私が出るしか無いのですが、地下から戻ってきて服をちょっと着替えただけで、お客様をお迎え出来るような状態では無いのですよね。
「こんな時間にどちら様かね」
迷ってたらお父様が問いただしました。
「ウォルズ侯爵様です!」
あっ、お見合いのこと完全に忘れていました……。
さて、これにて二章は終了になります
また書き溜めたら投下したいのですが……続きは全然書けてません! 部屋にエアコン無くて無理!
なるべく早く戻ってくるつもりですが、おまたせしてしまうかもしれません。
そうそう、評価や感想等頂けたら泣いて喜びます!
ではまた!




