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猫二匹と始める異世界下水生活  作者: 友若宇兵
第二章
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21話

* オリー *



「ゴホッ、ゴホッ、ウニャッ」


 水を吐き出し何度もえずく。かなり水を飲んでしまった。服もびしょ濡れで体が冷え切ってる。体を何箇所か打ったみたいであちこち痛い。しかし、暗いな……何も見えない。自分が何をしていたのか思い出すのに時間がかかった。


手を伸ばして周囲を探ると、何かが散乱しているのがわかる。なんだろう、硬いな。あまり重くはない、というか軽い。見えないのでわからないが、同じような材質で色んな形をしたものがたくさん転がってるらしい。まぁこれは置いておこう。


 溺死しなかっただけ運がよかったのだろう。みんなは無事だろうか。周囲は物音一つしない。松明は流されてしまった。抱えてたはずのビアンコも居ない。あの猫たちが簡単に死ぬとは思えないが安全を確認するまでは……。


 多分、ナガリさんは大丈夫だろう。ジャイオさんはナガリさんが一番に守ろうとするはずだ。カルネは肉体能力凄いし余裕そうな感じはする。問題はお姫様とビアンコだな。ビアンコは怪我もしてたし。


「ん……」


 近くでうめき声がした。女性の声っぽかったし、お姫様かな? 立ち位置はすぐ近くにいたから可能性は高い。


「マールかニャ?」 


 小声で聞いてみる。周囲に他の人影は無いから大丈夫だとは思う。誰かが体を起こして吐いてるのがわかった。近づいて背中を擦る。


「オ、オリー? 大丈夫ですか?」


「みんなとはぐれてしまったけど僕は大丈夫だニャ。しかしさっきのは一体なんだったのニャ。突然水が吹き出したニャ」


「かなり大型の水の精霊石ですね。この地下水道の管理用のものがどこかに残っていたのかもしれません」


 あの下に埋めて非常時に備えていたってことか。追い詰めたと思ったのになぁ。


「とりあえず他のみんなを探すニャ」


「待って、今灯りを出すから」


 彼女が一言二言呟くと、宙に浮かぶ光の玉が現れた。お姫様もびしょ濡れだ。夏場で薄着だったらやばかったかもしらんが、まだ春先で色々着込んでるので服が透けたりとかは無い。但し水を吸って重そう。こちらも似たようなもので、服は重いし、布が肌にまとわりつくで気持ち悪くてしょうがない。


 そう言えばちょっと前にも似たようなことが。あの時は血肉の雨だったから今回はまだマシだな。思い出したら笑みが溢れた。


「ニャハハ」


「どうしたんです?」


「前にも似たようなことがあったニャって」


「あぁ、あの時は本当に酷かったですね。匂いがなかなか取れなくて……」


 二人で顔を合わせて笑ってしまった。よし、気持ちも切り替わったし、状況はそんなに悪いわけじゃない。なんとかなるだろう。


「ウニャッ」


 周囲に散乱してるのって骨じゃねえか! さっきの納骨堂のやつか。まぁあれだけの水が出ればな……。うへー、この人達には悪いが、めちゃくちゃ気持ち悪い。服の中とかに入ってないだろうね。


 僕が自分の服を気にしてたら、マールの方は長い髪の毛を軽く絞ると後に撫で付けた。一度服を脱いで水を絞ったほうが良いとは思うんだものの、皆の安否も気がかりなので早めの合流を目指すことにする。とはいえどこに?


「ここがどこら辺かわかるニャ?」


「納骨堂から流されて地下水道の方に出たのは確実ね」


「ダメニャ、ここらに見覚えニャいニャ」


 人に案内してもらいながら歩いてると道覚えないんだよね。自分で探しながら歩かないと。


「位置的に、ジャイオさんとナガリさんは水源近くだったから、呪術師の拠点の方に進めば見つかると思う」


 お姫様の言う通りだ。問題はそれがどちらかわからないことだろう。


「猫たちは軽いからかなり流されてるかもしれニャいニャ」 


 呪術師のところからここまでが一本道だったら話は簡単だ。どっちかに進めばどちらかには会うだろう。お姫様も僕と同じことを考えたらしい。問題は道が分かれてた場合だけど……それも結局確かめないことにはどうにもならない。


「進まないといけないということね」


 地下だと方角がわからないし目印もないから当てずっぽうだ。せめて猫たちかナガリさんでもいれば他の人を探せるのに。いや、他のメンバーはこちらを探してくれてると期待しよう。


 あれ? あそこの壁が動いたような……? いや、はっきりと動いてる。壁の一部が開いてそこから男が顔をのぞかせた。呪術師じゃねえか! 裏口があったのか! こっちは光源持ってるからね、あちらもすぐ気づいたよ。


「貴様らのせいで私の住処と研究成果が無駄になった! 死ね! 鼠の餌にしてくれる!!」


 逃げるつもりは無いらしい。こちらが二人きりなのを見て強気になったようだ。


「こちらこそ見逃すつもりはございません! 貴方を倒さないとお父様の命が危ういのです!」


 お互いにやる気満々だ! 僕は逃げたいのに……。相手も相当疲弊してそうにみえる。でも、お姫様一人で勝てるの? 僕は役に立たないよ??


「オリー、下がっててください。今貴方を守る余裕はありません!」


 お姫様は先程何度か使ってた光の壁を、左手の外側に小さく発動させた。守る範囲は狭くして、腕に合わせて動いて盾のように使えるぽい。


 それに対して、呪術師は盾ではなく分身で対応するようだ。外見で見分けのつかない、同じ動きをする分身がいくつも現れて道を埋める。とはいえ、水道は狭いのであまり有効そうではない。範囲攻撃が可能だったら一掃されそうな。


 影が一斉に同じ動作を取る。黒い塊が呪術師の手の先に生み出され、放り投げた。黒い塊も複数生み出されるのか! 多分本物は一つだけなんだろうけど、どれが本物かわからなければ偽物だからと喰らえるはずもない。


 お姫様は自分が用意してた炎の矢を黒い塊の一つに当てる。透けて通った! 不味い、本物が飛んでくる。


 なんとか、敵の魔法を掻い潜り、自分に当たるのを一つにするような位置取りにして盾で受けた。その塊も偽物だったので実体は無かった。正直運試しみたいなものだ、何度も繰り返していたらいずれ食らってしまうだろう。


 二人共また集中して魔法の準備をはじめた。お姫様は今度は炎の矢を複数用意してる。影をまとめて狙うつもりだ。でもその分時間がかかりそう。呪術師の方が魔法の生成が早い。


「お前の相手はこっちニャ!!」


 前に飛び出す。咄嗟に体が動いた。呪術師が動揺するかもしれないし、影のいくつかでも体当たりして偽物だと判明すれば、お姫様がやりやすくなるだろう。


「オリー、無茶しないで!」 


 お姫様に止められる。いいからそっちは集中してて! 女の子を前に立たせて僕だけ見守ってるってのは流石にできないからね!


「クソッ、貴様から先に死ね!」


 あ、こっちに黒い塊が飛んできた。不味いなこりゃ。広いところなら横にダイブすればいくつかは避けられるかもしれない。が、しかし、なんせここは狭い。避ける先が無いからどうしようもないや。


 迫りくる死の恐怖を感じる。その瞬間、何故か鼻が引くつく。不思議と匂いがわかる気がした。この状況でもしかして、僕の潜在能力が発現しちゃったかな?! この暗くて臭い、濃い腐った匂いは鼠だ! 本体はそこっ! アレが投げた軌道は……黒い塊の本物もわかったぞ! 他は無視して本物だけ避けろ! 


 濡れた服が身体に貼り付いて動きづらく、いくつか体に当たってしまう。影なので問題ない。きちんと実体のあるやつだけは身を捩り、地面に転がりながらも回避する。痛い、むき出しだった手を擦った。


「奥ニャっ、左のやつが本体ニャ!!」


「貴様何故ッ!」


「喰らいなさい!」


 お姫様が貯めに貯めた魔力を解放する。いくつかは、幻影以外にも防護術があったらしくて弾かれた。炎の矢を影全部にばらまくように撃ってたら、多分問題なく防がれたんだろうね。しかし、それを貫通して刺さった三本の炎の矢が呪術師を炎上させた。


 悲鳴をあげて燃える呪術師。寝転がったまま、すぐ近くの火柱を見つめる。これで終わったかな?


「はぁ、はぁ、私も対魔導師の実戦は初めてだったので、魔力消費がもう限界に近いですね……」


 お姫様は息も絶え絶えといったところか。僕もすぐ立ち上がる気にはならなかった。


「お嬢さん、オリー君、大丈夫ですか!」


 足音を立てて、ジャイオさんとナガリさんがやってきた。ナガリさんはジャイオさんを庇って一緒に流されたらしい。


「ありがとうございます。オリー。貴方のおかげで無事に邪まなるものを倒すことが出来ました」


「君たちだけでやったのか、凄いな。表彰ものだよ!」


 ジャイオさんは拍手までしてくれた。


「いやはや大したものですよ。呪術師の相手をするときは、我らでも本来こんな少数では当たりませんから」


 ナガリさんも手放しでべた褒めだ。いやー照れる照れる。こちらに来て自分の力で何かをやったのは初めてなので、ほんとに嬉しいな。お姫様が僕に手を伸ばして立たせようとしてくれた。握り返して立ち上がる。


「あれ、オリー、その鼻……」


「おお、何だこれは! 珍しいですね! ちょっと明るいところで見せてくださいよ!」


 ん? 鼻が? 何? さっきできたと思しき水たまりに、魔法の灯りを持ってきてもらって自分の顔を見る。


 なんじゃこりゃ?! 鼻が猫の鼻になってるよ?! さっきのやつってこれ? ってことは僕の力じゃないじゃん!


「ビアンコオオオオオオオオオオオ! 何してくれるニャアアアアアアアアアアアアアア?!」

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