20話
* オリー *
「オリー、来客です」
僕は一人で広間の片付けをしていた。ビアンコもカルネも新しく手に入った縄張りの確認と侵入者が来ないか警戒するために散歩に出てたから。というか、二匹がもともと居たとしても連中掃除なんてするわけがない。で、そこにジャイオさんとナガリさん、あとお姫様も来た。
「皆さんどうしたニャ?」
「やぁどうもオリー君、素敵なお住いですね」
社交辞令にも程があるんだなぁって。
「彼らが、我々の領域に侵入しようとしたのでご同行願ったのですよ」
「ニャ?」
そこでジャイオさんから話を聞こうとして、すぐやめてお姫様から説明を受けた。ジャイオさんはやっぱり脱線しすぎ!
「屋敷に古い地下水道の入口があって鼠の痕跡が続いてた、つまりその術者ってのは地下にいるってことニャ?」
「左様で」
ナガリさんが答える。
「オリー、急いでいるので調査の許可をいただけますか」
お姫様からも頼まれた。こちらとして否やは無い。というかじゃじゅちゅし?だかを退治するなら手伝うとしますか。そんなのが地下に居たら嫌だからね。
「僕らも手伝うニャ。ビアンコ、カルネ、行くニャ」
「やれやれ、また面倒事に首を突っ込んで」
「そういうなよ兄貴。俺らの縄張りに変なやつがいるならなんとかしねーとな」
僕らの方が新参なんだけどね。まぁそこはいいっこなしで。
「ありがとうございます! 猫ちゃん達が力を貸してくれるのなら百人力ですね!」
随分と喜んでくれるのは嬉しいんですが、当然僕は入ってませんよねそれ。無能ですみません。
「犬くせーのが玉に瑕だが我慢してやるぜ」
「私は大人なので安い挑発には乗りませんよ。獣の相手をしている時間はありませんから」
「言ったなこの野郎ッ!」
毛を逆立てて威嚇するカルネを抱き上げる。
「喧嘩はやめるニャ。それよりもナガリさん、時間も無いので追跡をお願いしますニャ」
ここを空っぽにするのはちょっと不安だ。まぁ大事なものは元からあった金庫に入ってるしまぁ大丈夫だろう。それに多分、誰かが占拠してたら猫が処分してくれる……。いや、可能な限り生きたまま追い出すけどね?
僕の新しい住処がだいたいニールの中心地の下辺りらしい。で、目的地は地下水道の南東だった。道中は何ごとも無く進む。カルネも普通の鼠とは違ったらしくて、匂いの特定ができたら区別して追跡できるようになったらしい。
壁の一部が崩れてどこかに繋がってる。人も十分通れるくらいの大きさ。話を聞いてみたかったんが、付近に地下居住者はまったく居なかった。
「変な感じだな。近づくにつれて生き物が少なくなっていっってるような?」
カルネが訝しんでる。
「この壁の隙間の向こうなのは間違いありません。匂いが濃くなっています。何度もここを通っているのでしょう」
案内役のナガリさんが壁に触りながら言った。暗くて先がどうなってるかはよく見えない。ナガリさんはこちらを向いて頷くと、右手に長剣、左手に短剣を構えた。二刀流だ! カコイイ!
ジャイオさんとお姫様は無手、僕が灯り持ち。並びはナガリ、ジャイオ、お姫様、僕、だった。灯り持ちの僕がこんな後で良いのか聞いたら、これが良いらしい。簡単に打ち合わせして、猫たちは毎度先行することに。
壁の向こうは下水の方よりも天井が低く、壁の穴にみっしり何かが詰められてた。松明を近づけて確認する……。
「ニャッ!」
大声を出しそうになって慌てて口を塞ぐ。
「地下納骨堂ですね。何百年も前のものだと思われますが」
ジャイオさんが解説してくれた。流石に声は抑えてる。
「この納骨堂は、下水道とはまた別の時期に作られたものだと思われます。この形式で葬送を行っていたのは、この地方であれば月光教団カサタイ派だと思われます。彼らの起源は」
声は抑えてても、話す量は抑えてない! ほんとこの人はッ。
「お喋りは控えてください」
ナガリさんが手を伸ばしてジャイオさんの顔下半分にアイアンクローをする。この人従者のはずなのに容赦ないな……。
「ウゴッグッ」
うめき声すら封じられるジャイオさん。突然、前方で爆発音のような音がなった。四人とも身構えたが、こちらには何も起こってない。まさか、猫たちが発見されたのか?
ビアンコが飛ぶような速度で戻ってきた。
「申し訳ありません、オリー、鼠共を大量に使役しておりまして気づかれました!」
「急ぎましょう!」
この期に及んでは静かにしている意味は無いと皆で走り出した。そりゃ鼠で警戒網張ってるようなやつが相手なら猫を斥候に出したのは逆効果だなぁ。もちろん人間が行ったところでバレてたとは思うよ。でも、鼠相手に猫は無いよね。もうちょい考えるべきだった。状況もわきまえずに猫たちを過信してた僕のせいだ。
12畳くらいの広めの部屋にたくさんの檻があった。その入口でものすごい数の鼠がカルネに群がってる。カルネは既にミキサーのように回転してて、辺りに鼠の血肉がばら撒かれてる。これ無茶苦茶衛生上宜しくないのでは。おっとそんなこと気にしてる場合じゃないよね。鼠の一匹二匹なんてカルネの相手にはならないんだけど、数が違った。何百何千っていそう。それが次々と自らミキサーに飛び込んでひき肉にされてる。地面には既に血肉が山のように積み上がってる有様だった。
辛うじて吐き気をこらえる。こちらの世界に来てからずっと吐き続けてきたからね。大分慣れたよ。いやこんなの慣れたくなかった。
カルネが何時まで持つのかはわからない。敵の量もどれだけ続くのかわからないし。とはいえ、あれだけの鼠がこちらに来たら瞬く間に骨だけにされちゃうかもしれない。いっそ、ビアンコに焼き払ってもらったほうが良いか?
部屋の奥、机の前に男が座っていた。神経質そうな肌の白い男が、ニヤニヤしながら机を指で叩いてカルネを見つめている。机の上には一際異相を放つ猫ほどの大きさの鼠が居て、キーッキーッと鳴き声をあげている。鼠の群れがそれに連れて動いているのが見て取れた。
ナガリさんが鼠を避けるように前に踏み出し、ジャイオさんが声を名乗りを挙げた。
「太陽神殿です! 貴方を伯爵暗殺容疑で拘束します! 大人しくしなさい! いやぁ、捕物って始めてで一度こういうこと言ってみたかったんですよ。しかし凄い鼠ですね。どうやって操ってるのか。あの机の上の鼠が統率者なんですかね? 呪詛の元もあれかなぁ。種別的には一般的なドブネズミだとは思いますし、一応栄養があれば大きくなるのは知っていますがあれほどの大物はなかなか……」
くっそ、この人はこんなときでも変わらんなァ!
「どいてください! 力の壁よ!」
お姫様がジャイオさんを押しのけて、ナガリさんの横から前に出ると何か魔法を使った。その効果はすぐに判明して、奥にいた呪術師が放った炎の矢を見えないバリアーみたいなのが弾いて霧散させる。おお、魔法使いぽい戦闘だ! 僕は役に立たないんで下がってますね……。でも全体が見えるところに居たい。
「鼠共、そいつらも食い殺せ!」
呪術師の声に従い、ボスネズミがこちらへ鼻を向けて鳴き声をあげた。不味い、あんな群れに飲み込まれたらほんとヤバイ。
「みんな下がるニャ、ビアンコ、火ニャ! カルネも逃げるニャ!」
僕? 足手まといだしね。ジャイオさんを引っ張って後に下がる。この人が一番トロそうなんで。
危うく鼠の波に飲み込まれるところでビアンコが炎を吐いて押し止めることが出来た。流石に炎には恐れをなしたのか、鼠の勢いも弱まってる。ミキサーしてたカルネは飛び上がって天井に張り付いてる。猫ってそんなこと出来るの?
「うおお、私の毛皮に火が! 火が!」
あ、ナガリさんが少し燃えた。お姫様はなんか魔法かけてたらしくて無事だったらしい。長時間浴びなければ大丈夫とのこと。
ナガリさんの火を消し止めていたら、爆発音がしてビアンコが吹き飛ばされた。
「くぅ、私の高貴な毛皮が!!」
ビアンコは炎を広めに吐き続けていて視界が塞がれていたところを魔法で攻撃されたらしい。こちらに飛んできたのを慌てて抱きとめる。結構傷が深い。
「ビアンコ、大丈夫かニャ」
「気をつけて、また来ます。オリーは下がって!」
「もう一度、力の壁よ!」
お姫様が僕の前に立って魔法で防御をしてくれた。何かがバリアーに当たってるのがわかる。お姫様も額に汗を滲ませて防いでる。
「鼠は大分片付いたようです、ナガリ君、いけますか!」
「お任せあれッ!」
ナガリさんが獲物を構え直して前に出た。
「カルネ、あのでかい鼠を片付けるニャ!」
「クソがっ、兄貴に傷つけやがってもう許さねえ!」
部屋の中を覗き込むと、鼠の頭をした骸骨が起き上がって剣を手にしていた。それとナガリさんが打ち合っている。敵は大した強さではないが、四体もいる。あれはこないだ見た鼠人間のスケルトンかな?
「これを使うのは初めてなので自信は無いのですがね! 太陽神よ! 遍く地に主の加護を与え給え。邪悪なる魂よ、浄化せよ!」
見る間に、鼠頭スケルトンが力を無くして崩れ去った。RPGのターンアンデッドかね? ジャイオさんは荒事慣れて無さそうだからな……。
「ありゃ、二体だけですか」
いや、十分では。僕が言うのも何だけど、貴方にはあまり期待できないので……
「オリー、私は大丈夫です。離してください」
部屋の中央に空間の穴が開いて毎度触手が足を伸ばしてきた。呪術師はお姫様から鼠を狙うカルネの方に的を変えてそちらを攻撃してたんだけど、触手を見るとギョっとして、そちらに向き直る。
こちらに対抗して魔術を使おうとしているところを触手が捕らえた! 頭から勢いよく叩きつける!
「むっ、手応えがありません」
触手が持ち上がるとそこには潰された呪術師の肉塊はなく、床を叩いただけだったのだ。その横、部屋の奥の僅かな空間に呪術師は居た。先程はそこには何も無かったのに。
「幻影だわ。大丈夫、そう何回も使えるものでは無いはずです」
「この部屋が鼠だらけで、この男からも鼠の匂いしかしないのでわからなかったんですよ。次はそうは行きません!」
ビアンコは言い訳めいたことを言って、もう一度触手を振るおうとした。その矢先に呪術師の儀式は完成し、触手と空間の穴がかき消える。
「魔法を解呪されました、申し訳ありません。私の魔法では味方を巻き込んでしまうので使えません」
その欠点は早めに対処しないとまずいね。とはいえ、戦況はこちらの有利に進んでた。ボスネズミはカルネが片付けたから鼠の群れは散ったし、残った鼠頭スケルトンもナガリさんがバラバラにした。
「もう後は無いですよ、大人しく降参しなさい!」
ジャイオさんが降伏勧告をする。実際逃げ場はない。命が惜しかったら降伏するしか無いはずなのにあいつの余裕はなんだろう? そう感じたのは僕だけじゃなくて、皆も油断することなく、一挙手一頭足を見守っている。
呪術師は両手をだらっと下げて、傍目には降伏する素振りをしているかのように見える。そのままゆっくりと膝をついて両手を地面に当てた。この世界の降伏のポーズってどんなのだろ?
「不味いわッ、離れて!」
お姫様の声は間に合わなかった。呪術師の触っていた地面が青く光ったと思ったら大量の水に飲み込まれて意識を失った。




