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猫二匹と始める異世界下水生活  作者: 友若宇兵
第二章
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19話

* マリークレスト *



 オリーたちに連絡はつきませんでした。離れに行こうとすると、召使いに呼び止められ、今朝早くに叔父様によって屋敷から追い出されたと。当然叔父様に抗議しましたが、欠片も聞き入れようとしません。あの者たちは当家が関わり合いになるような相手ではないなどと勝手なことを!


 屋敷から出ようとしたら、門番に止められました。叔父様から私を外に出すななどと命令を受けていると。お父様が倒れて、家中に味方が居ないことがわかりました。ナナンくらいしか私の言うことを聞くものは居ないでしょう。


 そうです、昨日会った北方人の衛士。ヒューでしたっけ、彼に連絡を取って探してもらいましょう。衛士なら所在は掴みやすいですし、ナナンを使いに送るだけで事足ります。


 そういって送り出したナナンが戻ってきたのが昼食後。残念ながらヒューという衛士は、本日午前中に急用で早退すると言って飛び出していったきりだそうです。一応言伝は残してもらいましたが、あちらからこちらに着てもらっても、私の用だと知られると門前払いをされそうなのでまた明日ナナンにお願いしないと。


 あぁ、何か今できることはないのでしょうか。このままではお父様の命が失われる上に私はこの家を追い出されてしまいます。何も果たせないままに。


 いらいらするのでお父様の傍を離れて庭の見える廊下を行ったり来たりしていました。ふと、下の方から言い争う声が聞こえてきます。階段の手すりから下を覗いてみますと、叔父様が誰かの相手をしているようですね。相手の方は見たことありませんが、太陽神殿の方かしら。後に亜人を従えていますね。


 興味が湧いたので見えるところまでもう少し近寄ってみました。


「ですから、伯爵様がご病気で臥せられていると聞きましてね。ご挨拶がてら診察させていただこうかと思いまして」


「それでしたらすでに、お医者様と月光司祭さまにお願いしておりますので」


 結構です。とあくまで拒否しようとする叔父様。


「ご存じないようですが、太陽神殿にも病気に対する部署は存在してまして、特に投薬での処置は我らの専門とするところなのですよ」


 叔父様に負けずに、笑顔を崩さずに押し通ろうとしています。叔父様も侍祭とは言え正式な太陽神殿の方を追い出すわけにもいかない様子。


「こちらの伯爵閣下の病状が、私が知っている中でも特に性質の悪いものだと聞いておりましてね」


 貴方が見られて困るようなものは無いでしょう? と何か意味ありげに言ってみせる。まさかあの方はお父様の呪詛のことを仰ってるのかしら? 病状を聞いた、というのも気になりますわね。


「このことは正式に神殿の方に抗議させてもらいますぞ!」


 あら、叔父様が折れました。珍しい。


「どうぞご自由に。正しき光が貴方とあらんことを」


「ふんっ」


「ご当主がどちらにいらっしゃるのか、どなたか案内していただけます?」


「当家の者はみな忙しくしておりまして、予定に無い方のお相手をする暇のあるものはおりません」


 ツンと無視して立ち去ろうとする叔父さま。召使いたちも、叔父様を恐れて誰も近寄ろうとはしないようですね。


「これはどうも、侍祭様。私が案内させて頂きます」


 もちろん、私が出張らせていただきますよ。叔父様が嫌な顔をされてますが、その顔を見れただけでも満足ですから。


「当主の娘、マリークレスト・ファズバン・ラ・ニールと申します。お見知りおきを」


 叔父様は憤慨してどこかへ行ってしまわれました。


「これはご丁寧に。太陽神殿侍祭、ジャイオ・パッセと申します。この者は我が従者のナガリ君」


 亜人の方が親指と親指を下、残りの指同士を上で合わせて円を形作ると胸の前にあててお辞儀をしました。太陽神殿の信徒独自の挨拶ですね。


「早速ですが伯爵様はどちらです? 我々の共通の友人から聞いて今日は急いで参りました」


 共通の友人? どなたでしょう。階段を登りながらだと話しづらいので、三階まであがってから聞いてみました。


「先程、お父様の病状のことも仰ってましたが、どなたからその話を?」


「オリー君からききまして」


「オリーが?」


 彼は懐から羊皮紙の束を取り出して見せた。なんでしょう?


「まずは伯爵のところへ連れて行っていただけますか」


 


 女中を下がらせ、私とジャイオさん、あとナガリさんの三人だけになります。


「伯爵を診させて頂いても?」

 

 頷いてお父様にかかっていた掛け布団をどけた。


「自分が診ている間こちらを確認してください」


 彼から羊皮紙の束を受け取る。その前に聞かないと。


「先程オリーの名前をおっしゃっていましたが?」


「その紙はオリー君から預かったものです。この町の地下に掬う盗賊団を倒して得たものだそうで」


「オリーから? 盗賊団を倒して? 一体何を……」


「自分も最初聞いたときは何を言ってるのかと思いましたよ。でも彼は随分と急いでいたようで。そちらの紙を見せられて納得しました。だからまずはそれを見てください。あとの細かいことは彼本人に聞いて頂けると」


 まずはこれを見なければ話にならないということね。さ、殺害依頼?! 叔父様が? トロホグって何者? それに、残りの紙も、なにかの薬を毎月注文? どういうことなの?


「叔父様がっ、お父様の暗殺を依頼ってどういうことなのですか! それに長い間薬を?」


「これは、確かにカピテの中毒症状のようですね。いやぁ、でもまだ最終段階じゃないかな? その割に意識を失っているというのはどういうことだろう。あの記録が間違ってたとは思いたくない。伯爵の体力が元から低かったということか? 年齢的にはまだ若いはずなんだが。何か他の症状も出てないかな」


 脳が理解を拒んで居たところに彼の言葉が耳に入りました。その薬の名前は今手にしている紙に書いてあるものです! というか、随分お喋りですねこの方。他の症状、そういえば。


「左足を、左足の踵を見てください!」


 これを伝える相手を探していました。この方が理解出来るかはわかりませんが……。


 私の言葉を聞いた侍祭殿は左踵の噛み傷を丹念に見ています。


「これはおそらく鼠の噛み跡ですね。何故こんなところに?」


 あぁ、この方は魔術はわからないのですね。いえ、教会の方でしたら当然ですか。私も寝台に近づいて横から覗き込みます。


「微かなマナを感じるのです。おそらく呪詛の類かと」


 私の言葉を聞いて侍祭殿の目つきが変わりました。


「鼠の噛み跡で呪詛というと、まさかハルラの咒式? この目で見ることができるなんて! 凄いぞ! 二種指定の禁呪じゃないか! この禁呪は判別し辛いこともあって今まで八件しか報告が無いんですよ! これを学会で発表すればみんな喜ぶぞ!! 興奮してきたナァ!」


 え、何この人キモイ。


「あの……」


「すみません、自分だけ盛り上がっちゃって、今から解説しますね! ハルラの咒式っていうのは、今から200年前に南方諸島から来た呪術師が作り出したと言われてまして、ステルカの港町で有力者が次々殺される事件があったんですよ。長い間犯人がわからなかったのですが、ある時犠牲者の体の一部から」


「いえ、それは結構です。ああいえ、解説は欲しいのですが長くならないように要点だけをお願いします。というか、これはどうやったら解呪出来るものです?」


「えぇ……」


 渋々だがその問いに答えてくれました。


「術者を倒して鼠を捕らえ、その血を触媒にして行うはずですが……、実際の解呪の方は私は知識でしか知らないし、魔導に通じてないと難しいかと」


「それを早く言ってください」 


「怒らないでくださいよ。あと、多分ですが伯爵の命は今晩には尽きると思われます」


 本当に時間がないじゃない!!


「怒らせてるのは貴方じゃないですか! なんでそんな大事なことを言わないんですか!!」


「話には流れというものがありまして。一通り説明を終えてからにしようかと、というわけで先程の続きですが」


 当然無視します。流れがどうこう言いながら、どうして元の話に戻れるのか気がしれません。


「しかしこの町に術者ですか。私と白猫のビアンコちゃんくらいしか知りませんし、鼠を探せというのもどうすれば……」


「先程渡した紙に名前のあった、トロホグというのが術者だと思われます。まぁ我々が協力致しますよ。ナガリ君!」


 背後に控えていたイォルク族が前に出ました。


「失礼します」


 そういうと彼はお父様の左足に鼻を近づけました。匂いを嗅いで、その後寝台に鼻を近づけ、周囲を探ります。寝台から床、窓を調べ、窓を少し開けると窓枠の匂いを嗅いでいるようです。


「確かに鼠ですね。それも尋常のものではありません。時間もそれほど経っていないようですし、匂いも強いのですぐにでも追えますよ。あと、嗅いだことのない種類ですが、花から抽出した香りが残ってますね。伯爵は踵に香水をつける習慣などお持ちだったりしますか?」


 そんな習慣は聞いたことがないですし、足のニオイを消すにしてもそんなことはしないでしょう。素直に否定しておきます。


「あ、その花の匂いについは先程言いかけたんですけどね」


 この方は無視しておいて。


「では、一度屋敷の外も調べさせてください。窓から入って窓から出たのでしょう。外壁を伝って恐らくは地面に降りていると思います」


「お願いしてもよろしいですか!」


「私ははっきり言って弱いですが、ナガリ君はかなり強いですから期待してください」


 敵は邪術士のようですし、太陽神殿としても見逃すわけにはいきません! と胸を叩いて見せる侍祭様。まぁこの方はあまり頼りにはならない気がします。


「私も術に覚えはありますが、お手を借りたいと思います。ところで、投与されている薬のこともご存知のようですがそちらも説明していただけませんか?」


「あぁ、そうだった呪詛に出会えた幸運でそちらを忘れておりました」


 呪詛に出会えたことを幸運だなんて、被害者の身内に対して言いますかね……。この方は相当あれですね。有能なようですが性格はかなり破綻しているように見えます。


「ではカピテについてですね。ちょっと長くなりますが、要点だけ掻い摘んで説明しますので、一刻ほどお時間を拝借します。カピテは秘薬とも呼ばれていまして」


「お断りします。もう行きましょうか」


 流石にそれは時間かかりすぎです。要点だけでそれとか一体どれだけ話すつもりなのか。


「自分で聞いておいてその扱いは酷いと思いますよッ?!」


 この人に関しては妥当な扱いだと思います。


「侍祭様、この状況でそれはありませんよ。治るのか治らないのか、治るのなら治療方法はどうなのかなどを話して差し上げるのがよろしいかと」


 こちらのイォルク族の方は常識人のようですね。素晴らしい! いえいえ、ちょっと変な人にあった影響で普通の方がかなり好印象に見えるようです。


「とりあえず薬のことは移動中にお願いできますか。目的地がすぐでしたらあとで構いませんので」


「追跡ならナガリ君が、説明なら自分が!」


 それではお願いします、とイォルク族に頭を下げる。こんなに頼りになる方を差し向けてくだすったオリーには感謝しないと。


「先程お話しましたように、一度屋敷の外の匂いを嗅いでみようと思います。そこからは痕跡次第になります」


 屋敷の外に出る分には叔父様に咎めだてされることもありません。途中姿を見かけましたが、こちらを見てそっぽを向かれてました。


 ナガリさんが屋敷の外壁を触らないように鼻だけ近づけて匂いを嗅いでいます。高いところから始めて低い方へ。地面に腹ばいになって地面の匂いも嗅いでいますが……外ではなくて、また屋敷の方に戻っていってる?


「鼠が敷地外にそのまま出た痕跡はありませんね。屋敷の地階に入り直しているようです。追いましょう」

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