16話
* オリー *
天井はそれほど高くないが広い部屋だ。天井を支えるためだろう、あちこちにアーチを組んであって柱が多い。中にはかなり人数が居るらしくて人の気配を感じる。部屋に入る前から騒がしさを感じるくらいだ。
入り口に足を踏み入れた。誰も見向きもしない。みんな薄暗がりの中で思い思いが楽しんでるって感じ。そんなので良いのかよ。まぁ盗賊なんざ享楽的な人間ばかりなのかもしれんね。
咳払いをして(それにも誰も反応しなかった)、口を開く。
「頼もうニャ!」
なるべく大きな声を出したつもりだ。隅の方は暗くて実際どれくらいの大きさかはわからないが、学校の教室よりちょっと広いくらい? 結構障害物が多くて見通しは良くないね。だから向こうからもこちらをきちんと見えていない可能性はある。それでも無視は無いよなぁ。
何人かはこちらを見た。怪訝そうな声もあげている。でも面倒なのか判断しかねてるのか具体的に動こうという者はまだ出てこなかった。仕方ないな。
「お探しの猫使いが来てやったニャ! 頭目に話があるニャ!」
「なんだぁテメエはぁ~~!!」
奥でふんぞり返って女を抱きながら酒盃を手にした男が反応してくれた。良かった、これでも無視されてたら家に帰ってるところだったよ。帰る家も無いけど!
「猫使いだとぉ?! 確かに猫を連れた西方人で変な語尾してやがるな。テメェ、送り込んだ部下共はどうしやがった!!」
語尾のことは言わないで欲しい。っていうか、依頼者はそんなのまで伝えたの? どれだけ僕に対して悪意があるのか! 弩許せん!
「半分は天国へ送ってやったニャ!」
「それでのこのこやってくるたぁ、余程苦しみながらぶっ殺されてえようだな!」
男は女を押しのけて立ち上がる。周囲の目を気にしてか、部屋の中央一番灯りのあるところに立ってこちらと対峙した。
「僕は面倒なことが嫌いニャ。だから一つ勧告しに来たニャ!」
「これはこれはご丁寧に。さぁどんなことを言って笑わせてくれるのか楽しみだぜ。なぁおめえら!」
周りの連中をぐるりと見渡す。それに合わせて口々に笑い声を上げ罵声を浴びせかけてくる盗賊たち。
「ぶっ殺せ!!」
「バラバラに切り刻んで猫の餌にしてやれ!」
「何がニャだ、馬鹿野郎! いい大人が恥ずかしくないのか!」
「白猫は俺がもらった!」「キジトラはあたしのよ!!」
あまりの暴言に如何に温厚な僕でも怒りの荒野だった。野郎ぶっ殺してやる!! 言いたい放題言いやがって、クソどもが!! いや、落ち着けオリー、クールになるんだ。挑発に乗ってはいけない。こんなゴミ溜めのカスどもにいいように言われても俺は何も感じない。ヒーヒーフー。呼吸を整えろ。
「僕からの要求はただ一つニャ、僕にかけられた殺害依頼を諦めて欲しいニャ!」
一瞬場が静まり返った。
「冗談、だよな?」
盗賊の一人が真顔で声をあげた。
「勿論。本気だニャ」
はじけるような笑いが巻きおこった。静かだっただけに尚更、どこまでも響くように。盗賊たちが互いを叩きあい、体を仰け反らせながら声の限りに笑い合っている。
頭目らしき男が右手を挙げると、笑いがピタリと止んだ。この暗がりで綺麗に統率されているように。
「それでわざわざ俺らの本拠地に乗り込んだのか? そこの包帯男一人連れて?」
「そうニャ」
ハーッとため息をつく。呆れ果てたようにも見える。
「大した心意気だが、それは聞けねえな。俺達にも信用ってものがあるんだ。一度引き受けた依頼を、ちょっと頼まれたくらいではいそうですかって投げられるわけがねえ」
「一騎打ちを所望するニャ。それに勝ったら僕の命は諦めてもらうニャ」
「面白い提案だな。そこの大男がやるのかい?」
「この……キジトラの猫が戦うニャ!」
カルネが数m前にでた。灯りの下、部屋の誰からも見えるように。
また大爆笑が巻き起こる。
「ね、猫使いって本当に猫に戦わせるのか?」
「ウハハ、正気かこいつ! それとも西方じゃあそういうのが流行ってるのか?」
「やべえよ、面白すぎて笑い死しそうだ」
先程の比ではなく、床で笑い転げてるやつもいる。まともに受け取るはずもないか。
「ここの連中は猫にすら怖気づいてるのかニャ!」
「は、こんなクズども、俺の相手じゃねえぜ! 別に一人じゃなくてもいいんだぞ、全員まとめてかかってきな!!」
カルネも一緒になって煽る。カルネが口を開いたらまた一瞬で静まり返った。
「おい、猫が喋ったように聞こえたが……」
「気の所為じゃねえか……?」
すぐにざわつき始める。まぁ眼の前で起こってもすぐには信じられないかもしれない。
「おいおい、腰抜け共が、俺にビビって立つことも出来ねえのか? お前らサルどもはいつもそうだな。ほんと口だけは回りやがる。まぁ大人しく座ってな。順番に首をはねてやるからよ!」
カルネが煽る煽る。激昂した何人かが立ち上がって武器を手にした。
「マシシ、俺にやらしてくれ!」
「いや、俺だ、俺がいく!」
あの頭目はマシシって名前なのかな? 立ち上がった盗賊の中から一人を選ぶとマシシはその男の肩を掴んで背後へまわった。
「ジャリー、お前に任せたぜ、見事あの猫と猫使い野郎をぶっ殺してみせろ。そしたら報酬の一部をお前にくれてやる」
そう言ってマシシは離れて距離をとった。部屋の中心で両手をあげて雄叫びをあげるジャリー。周囲の盗賊たちはジャリーコールを始めた。反響してかなり煩い。
「カルネ、黙らせてくるニャ」
「ははは、良いねぇ、俺好みだぜ。一撃で終わらせてやる!」
カルネが戦意を剥き出しにして尻尾を振っている。
「猫が喋ってやがる! 高く売れそうだ!」
「構わねえ、ぶっ殺して毛皮を剥いで肉は猫使いに食わせてやれ!」
部屋の中央で向かい合うカルネとジャリー。マシシはゆっくりと横に回ると、手を前にまわし、一度強く打ち付けた。
「はじめろ!」
ジャリーは右手を振りかぶって、笑みを浮かべながらいたぶるように、剣を叩きつける。掠りもさせずに剣を掻い潜ったカルネ。そのままジャリーの懐に飛び込んだ。あれ、もしかしてさっきヒューが言ってたことをやろうとしてる? うへ、マジか? 普通に戦えばいいのに。
「あ、俺の、腹がっ、ヒイィ! 嫌だ、痛い痛い痛いやめてやめてやめて!!!」
ジャリーが悲鳴をあげて痙攣し始めた。盗賊たちが怪訝そうに様子を見ているのがわかる。僕も含めてだけど。
「ゴボッ、ウブッ、グフッ」
うめいてたのが、じきに喋ることすらできなくなった。そして大きく開いたジャリーの口から猫が頭を出して空中に飛び上がる……! 脱ぎ捨てられた皮のように力を失って地面に倒れ伏すジャリー。しばらく痙攣してからピクリとも動かなくなった。皆が皆、言葉をなくしてその有様に釘付けになっている。僕もだ。
「俺は背中からって言ったんだぜ……? 流石にこれは無いだろ」
ヒューですらドン引きしてる。一呼吸置いてから悲鳴があがった。盗賊たちは皆口々にジャリーの名前を呼んだり、中には嘔吐しているものもいる始末。
「クソがっ、やるじゃねえか! 次が本番だ、もう一戦付き合ってもらおうぞ。ガスカ、鎧をつけろ!」
マシシが吠え立てた。
「ウオーン、すぐ支度するからちょっと待ってくれや」
ガスカと呼ばれた毛の長い犬の亜人が装備を整え始めた。
「ふん、俺は構わねえぜ。犬野郎、丸刈りにしてから解体してやらぁ!」
まるで悪人のような口をきくカルネ。
「イォルクの長毛種だ。力が強く、獰猛だ。弱点といえば鼻と腹だが、腹は鎧で覆われっちまってる。北方の方ではよく見かけたんだが俺と同じように流れてきたのかもな」
ヒューが解説してくれた。ガスカはその大柄な体にピッタリの鉄鎧。兜は合わないのか頭だけは出している。カルネはあれだけの重武装の相手をしたことがない。大丈夫なのか?
鎧を身に纏い、大斧を振り回してガスカが前に出た。対するは我らがキジトラ猫カルネ。力の差は歴然だ。大人と子供どころではない。
大の男でも運ぶのに二人必要そうな大斧を、たった一人で振るっている。一裂きごとにうなりをあげて大斧が宙を舞う。今回は先程のように一瞬では終わらなかった。それどころかガスカが押しているように見える。




