15話
* オリー *
「いや、予想以上に大きなもんだな」
僕の前を行くヒューが呟いた。猫たちは先行していて、僕とヒューは後からゆっくり歩いてる。灯りは僕とヒュー、両方が持ってる。勿体無い気はするけど、敵が出てきたらヒューが持ってる松明はすぐに捨てることにしてるので。
罠やらはヒューが気をつけるって言ってた。もちろん、僕も一応注意はするようにと言われた。何に気をつけたら良いのか聞いてみた。ゲームと違って、実際にこういうところを歩くのは初めてだしね。
「直線が多いから矢の罠が多そうだな。紐とか張られてないか注意しろ、敷石は俺が踏んだものだけを踏むようにしろ。横道にも当然気をつけろ。地下水道自体は連中が作ったもんじゃないから、後付の罠がほとんどだろう。それに、連中も生活があるからそれほど多くは無いんじゃねえかなぁ」
そんなに見てられん! 目は二つしかついてないんやで!
「落とし穴とか、吊り天井とか、毒の空気、水攻めとかの罠は無いってことかニャ?」
「変な知識があるな、その手の大規模な罠が全く無いだろうとは言わん。連中、歴史はあるみたいだから何世代も経つ内にでかい罠を作ろうってやつも出てくるだろうし。ただ、数は少ないんじゃないかね。それよりも殺し間がありそうでな」
「殺しニャ?」
「言えてねえよ。入ったら中からは開かない部屋で高台に敵がいて一方的に攻撃されるみたいな簡単なのから、猛獣やら魔獣やらが飼ってある部屋とか、それこそ数少ない落とし穴に誘導されて、みたいな」
下水なら水攻めとかもあるらしい? ようするに、地形や状況を利用した、一方が有利に戦えるような環境ということだと。
「猫たちは大丈夫かニャ」
「小動物向けの罠なんてわざわざ設置して無いだろう。もしあったとしてもあいつらは頭がいいし、上手く回避するさ」
まぁ確かにね。
「お前はとりあえず、分断されないようにしろよ? お前一人にしちまって何かあったら俺が猫たちにぶっ殺される」
実際猫たちは僕がついてくることに反対した。この面子のなかだと、僕が唯一の弱点だからね……。
「おっと、そこの壁は触らないようにしてくれ。暗いと分かりづらいが一部壁の色が他と違う。後付で罠が設置されてるな」
「ウニャッ、触らないニャ」
そんなやり取りが何度かあったりした。実際このヒゲモジャは優秀らしい。剣も使えて魔物に関する知識も合って、罠も見抜けるって凄い。元軍人だって割には多才だよね。冒険者だと言われても違和感は無いかな。
やぁしかし凄いな。異世界に来てダンジョン探索するなんてね。今実際、僕がその冒険者ぽいことをしてるんだ。正確にはお荷物の足手まとい……。パワーレベリングしてもらえませんかね。ステータスもレベルも無いし無理ですよねー。
周囲を観察しながら歩いてる。建築は専門外どころか全くわからない。でも、外の建物とこの下水道の作りというか様式が違うのはわかった。かなりしっかりした作りで、今は本来の役目を失ってるからか水もほとんどない。人が住んでるというのも頷けた。
入口付近で何度か住人を見かけたので話を聞いてみた。盗賊の支配域についての情報を得ようとしたのよ。まぁ大したことは知らない人ばかりだった。とはいえ、ここから先は立入禁止、みたいなところがあちこちにあってそこの中じゃないかってね。
地下水路の幅は、大人が二人横に並んでも余裕があるくらい。時々横に入る細い道もある。横道は一人がギリギリ通れるくらいで高さもそんなには無い。太い道が縦に何本も並列してあって、横道でそれらを繋いでいる様子。あと、定期的に天井が高くなってる。壁を見ると梯子が取り付けられてたあとやら残骸やらをみつけたりもするので、メンテナンス用の穴なのかな?
勿論地下なので、虫やネズミはそれなりにいるし、地上に繋がってるところからゴミやら何やら投げ込まれたりしてるので、空気は良くない。というかかなり臭い。機能してないのに、汚水を流し込んでるところとかもあちこちに有る様子。
「ここの地下水道は、今上に住んでる連中が作ったものじゃないらしいぞ」
口には出さなかったし、まるで考えてることを読み取られたみたいだ。ヒューが疑問に応えてくれた。
「昔大陸南部を支配してた古い王国の残り香ってやつらしい。俺も詳しくは知らねえが」
南部はこういう史跡あとに作った都市が多いそうな。
「この国もかつての王国の継承者を自称して『古王国』なんて名乗っちゃいるが、実際は歴史が古いだけで王統も別だし、文化的なつながりもあんまりねえって話だ」
「その国に仕えてる人間の台詞じゃニャいニャ」
「ハハッ、忘れてたぜ」
てなことを話してたら、いつの間にかビアンコが戻ってきてた。
「この先、少し水路跡の合流地点のような場所がありまして、そこに盗賊らしきサルが四匹陣取っています」
カルネは暗がりで身を潜め、いつでも襲いかかれるように待機しているとのこと。
「なぁ、ほんとに殺さないのか? 奥に気づかれる前に一気にやっちまうべきだぞ? もう間違えようはないんだからよ。魔法で一網打尽ってのが出来ねえのならどうしても声は出るんだ」
ここに来るまでに出会った下水生活者に確認をとったところ、盗賊たちはあるラインを引いて、それを越えて侵入したものに危害を加えるという取り決めがあることがわかった。
そこから先にいる連中は盗賊か、あるいは囚人ということになる。やつらは人身売買も裏でしてるらしくって、時々盗賊には見えないような人間が中に連れ込まれてるそうな。
「ニャア、盗賊共をとっ捕まえて衛士に引き渡したら逮捕してくれニャいかニャ?」
「……釈放される。美味い汁すってる連中が上にいる限りはどうしようもならねえよ。下っ端の何人かは縛り首かもしれねえが、盗賊結社の中心は必ず生き残るだろうな」
「じゃあやっぱり、殺すのは中心メンバーだけにしとくニャ」
「中心要員だけか。お優しいこって」
「ビアンコ、カルネに伝えてくれニャ。手足を傷つけるだけで殺すニャって」
ビアンコはやれやれといった感じで承諾した。
「……貴方がそうおっしゃるのなら構いませんがね。やはり他に魔法を覚えなければ」
そう言って白猫は暗闇に消えていった。ビアンコの魔法は殺傷力高いのがほとんどだからね。本番にならないと出番は無さそうだ。
白猫が去った先へ進んで行くと影になるような場所に体を隠したヒューに止められた。彼の後に潜む。すぐに、幾つかの悲鳴が前方から聞こえてきた。
「もういいだろ。行くぞ」
声が聞こえた部屋は、四方に広めの通路に繋がっており、天井はそれなりに高かった。真ん中で結構な段差があり、それを利用したバリケードのようなものが築かれている。頑丈そうな戸がつけてあり、最初にヒューが言っていたように一方的に高い方から攻撃出来るようにしてあった。もっとも、猫たちの奇襲には効果がなかったようだ。扉の向こうの床に粗末なソファーやら椅子やらが置いてあって、テーブルの上にカードや硬貨が散らばっている。手にする暇もなかったようで、幾つかの武器も転がってた。酒を入れたコップが転がって地面を濡らしている。
盗賊が四人、痛みで悲鳴を上げ続けており、部屋に入ったヒューがあっという間にバリケードを乗り越えてしまう。すぐに内側から留め金を外して扉を開けると僕も仲に上がることが出来た。二人で盗賊を拘束する。
ビアンコは奥から援軍が来ないか見張っている。カルネは、まだ縛られていない盗賊が何かしないか、床を爪でガリガリ削りながら見守っていた。
「奥にあとどれくらい居るか聞き出すぜ。気になるのなら傷口をどうにかしてやりな」
そう言って一番軽傷そうなのを尋問することにしたようだ。僕はヒューに頷いて返して、残りの三人に猿ぐつわを噛ませ、傷を縛っていく。ここは不衛生そうだしこんなのじゃダメだよなぁ。でも薬も道具もないし。
ヒューの方はというと、脅しつつ宥めすかして、情報を引き出していた。上手いもんだな。横で聞いてた限りでは、まだ奥に20人くらい居るらしい。囚人も何人か居るそうだが正確な数はわからないそうだ。
「流石に二十人を殺さずにってのは無理だろ。猫たちの負担になるだけだぞ」
尋問を終えて、猿ぐつわをしながらヒューが言った。まぁそうだろうね。
「お前自身が体を張って、危険をおかしてでも我を通すってのならわかる。俺も、そういうのは嫌いじゃあない。でもせめて自分でできるようにならねえとよぉ。他人にやらせてってのはなんか違うよな」
その通りだとは思う。
「我々なら構いませんよ。オリーがそう望むのなら」
「おう、ちょいと面倒なだけだぜ」
僕の我儘で猫を危険に晒すのは間違ってるよなぁ……。でも踏ん切りがつかないんだよな。
「まだ迷ってるか。じゃあせめて、頭目と取り巻きだけをなるべく残酷に惨たらしく殺して、他は恐怖を植え付けて追い払うってのはどうだ?」
逆らう気をなくせばまだましだろうよと。
それしか無いか。
「やるしかないか」
「あれだ、どうせならニールの猫使い此処にあり! って感じで力を喧伝していけ。逆らったらどうなるか身をもって教えてやるべきだ」
それは僕の趣味じゃないなぁ……。
「ニャっ、それは……」
「普段から力を誇示しろって訳じゃあねえよ。何かあったら対処する能力があるってのを示す必要があるんだ」
「そうですね。それだけでこちらにも相手にも余計な被害が出なくなります」
ヒューだけじゃなくて、ビアンコも賛同する。
「全くだ。力がねえやつは喰い物にされても仕方ねえ」
「お前さんと猫が家宰にほっぽり出されたのだって、何もしてこねえって舐められたからだぜ? 本当にお前らの力がわかってたら、そんな扱いしねえよ」
それは……そうかもしれない。ここは元の世界の日本みたいに平和なところじゃないんだ。弱みを見せたらつけこまれるってことか。
「わかったニャ。じゃあどうするか決めるから教えて欲しいことがあるニャ。ビアンコは複数の魔法って同時に使えるかニャ?」
「試したことはありませんがおそらく難しいでしょうね。触手召喚で複雑な動きをさせないのなら他の簡単な魔法を使えると思いますが」
「今って触手召喚以外は火炎と雨降らしと稲妻と金縛りくらいかニャ?」
「地下なので現状では難しいですが、鎌鼬の魔術が使えます。逆に局地的な地震や石の壁を出したりなどは簡単ですね」
「地震は論外だニャ。石の壁は使えそうニャ。鎌鼬って手加減出来るかニャ?」
「やったことないですが難しいかと」
やっぱり細かい制御が出来ないんだなぁ。
「なんでも出来そうだな。相手を傷つけないようにってこと以外は」
「触手操作だけに集中すればかなり手加減できるかと」
そうしてもらうかニャア。
「ニャ。カルネはどうしようかニャ」
「キジトラ、お前さん人間の腹を真正面から噛み破って背中に抜けるとかできねえか?」
「んー、やってみたらできそうな感じはするが、時間かかるかもな」
「ニャ、グロイって。あまりうちの子にそんなことさせたくニャいニャ」
「ぐろ? まぁよくわからんがそれくらい衝撃的な方が良いんだよ。一人二人そういう殺し方をすれば、他のやつらは怖気づくだろ」
必要なのはわかるよ。わかるけどねぇ。
「で、なんか思いついたか?」
ヒューの言葉で少し考えた。皆殺しにするのは本当に簡単だろう。周囲の被害も考えなければそれこそ一瞬で終わる。猫ファンネルで秒殺だ。でもそれはやりたくない。やらせたくない。だいたい、今この先にいるのはあくまで黒幕の手先だ。僕の命を狙っていたとしても、僕を憎んでいるわけでもなく、心から殺したいと思ってるわけでもないだろう。いわば道具なんだ。だから、なるべく殺したくない。でも僕には暴力以外で彼らの行動を咎め立てる手段が無いのも事実だ。
よし、決めた。猫たちとヒューに僕の考えを話す。
「いや、お前さんがそうしたいのなら止めはしねえが、そう上手くいくかねえ?」
ヒューがそう感想を漏らした。
「我々に異論はありません」
「派手にやってやるぜ!」
まぁいいけどよぉ、といいながらヒューは頭をボリボリ搔いてる。
「じゃあ打ち合わせ通りに頼むニャ」




