9話
* ジャイオ *
階段を上がってきたのは、犬頭の種族イォルクだ。彼らは亜人の中でも特に人間の中で生きていく者が多い。そこの彼は黒い毛足が短く、耳がピンと伸びてる。なかなかにすらっとした体型に見えるが、筋肉もしっかりついていて、自分と違って随分異性にモテそう。
うお、猫たちが臨戦態勢になってる。よろしくない。やっぱり犬の見た目だからか? 彼らが言葉通りの力があるのなら怪我人が出る程度じゃすまないかもしれない。
「あぁ、落ち着いて落ち着いて。彼は自分の従者のナガリ君だ。やぁナガリ君、お勤めご苦労。ちょっと話し込んじゃってね。すぐ戻るよ」
「ならよろしいですが……」
口ではそう言っているものの、彼もことあればすぐに動けるよう身構えている。この一触即発の空気はまずい。彼らとは友好的にお別れしたいのに。
「ニャッ」
オリーが突然猫たちに覆い被さった。そのまま二匹とも抱きかかえる。
「ごめんニャ。この子達は犬が苦手なんだニャ。お前たち頼むから暴れニャいでくれニャ」
あ、イォルクを犬扱いするのもあんまりよろしくない。それを言う余裕は無いが。猫たちはなんとか彼の手の中から抜け出そうともがいてる。でも飼い主を傷つけるようなことはしないみたいだ。
「自分はこれで失礼するよ。また何かあったら太陽神殿に連絡ちょうだい」
「ニャ」
コクコク頷いてる。彼の相槌は分かりづらい。話の方はまぁこんなものだろう。
ナガリ君に手をあげてから階段を降り会計を済ませて店を出る。今日は有意義な出会いがあった。もっと色々話をしたかったけど、とりあえず満足しておこう。
奇妙な主従に別れを告げて、市場の雑踏を歩く。ゆっくりと考えを整理したい。そう思ったところで早速思考を中断された。
「全く、勘弁してくださいよ。こっちは出来れば離れたくなかったんだから。それがあんな鼻の利く連中がいるところじゃ、近寄ることすらできやしない」
太陽神殿にはイォルク種族の帰依者が多くて、一大勢力をなしている。四名家と同じくらい長く神殿に仕えているので、彼らを亜人として忌み嫌うものは居ない。というよりも太陽神殿が亜人に寛容なのは彼らの存在のおかげとも言える。ただ、狂信的な思想の持ち主が多いのもこの種族なんだよね。思い込んだら一直線って感じでさ。
ナガリ君は家に戻って侍祭を拝命するときに上から付けられた。従者とは言いつつも実質は護衛だね。自分は武道の方は全くダメで人の力量を推し量ることはできないけど、ナガリ君は多分無茶苦茶つかえると思う。
「すみませんねぇナガリ君。まぁ自分も頼まれごとでしたから。仕方なかったのですよ」
君の存在も嗅ぎつけられてたよ。彼らはただの猫じゃあなかった。欠片も油断できない。敵か味方かわからない現状ではなんとも言えないけど、実際驚きではある。『戦車』に並び称される太陽神殿の力の一端である、『猟犬』の手練を感知するとはね。野生の勘もあなどれないってことなんだろうか。いや、街中で濃い犬の臭いがしたから反応しただけだったりして。で、自分にも臭いが移ったとかそういう可能性もあるか。
ちなみに彼が裏の精鋭だってことは、最初から知ってた。勿論、彼自身は隠しているつもりらしいので気づかないフリをしてる。人付き合いをする上ではそういう優しさも大事だ。昔、兄さんから『猟犬』について聞いたことがあるから、話を聞くのを我慢できてるってだけだったりする。そうじゃなければ根掘り葉掘り聞きたいところだけどさ。
「昔の先生から頼まれものでしたっけ? 危ないことじゃないなら文句は言いませんよ。あとは仕事さえ怠けなければ」
イォルクはほんと真面目。上司相手だろうと規律を守らない者、責務を果たさない者には容赦しない。その代り、筋が通っているなら上の言うことには絶対服従する。個体差はあるが、基本的に優秀な肉体を有してるし。やっぱり、歴代の太陽神殿の勢力伸長には彼らの存在が大きいと思うんだよなぁ。まぁ堅物過ぎて自分みたいな人間の下につけられるとほんとしんどいが。さっきだって、本当は最後まで姿を見せないはずだったのに、自分が話し込んで出てこないから呼びに来ちゃうし。そりゃ仕事は大事かもしれないが融通効かないなぁ。
「はいはい、お仕事に戻りましょうかね」
いやしかし、争いごとにならなくてよかったよ。怪我人でも出たら目も当てられない。太陽神の加護には残念ながら怪我と病気の治癒は含まれていないからね。それがあったら本当に太陽神殿は最強だっただろうな。代わりといってはなんだけど、植物の育成・成長に関する加護があるので、太陽神殿では薬草学の部門がある。これのせいで植物はうちのなわばり、とばかりに麻薬の取り締まりとかもやってるんだよね。あとはどこの町でも神殿の裏には薬草園があって色々栽培してる。自分はそちらが専門ではないのだけれど、豊富な知識を生かして手伝いをしてるってこと。彼にも言ったけどね。知識はあれど実務はあんまり経験無いのに。便利使いされてるなぁ。
やーしかし、ほんとに今日は楽しかった。先生にも自慢しよう。善神・邪神どちらの使徒かはわからないものの、あれほど稀有な存在は三匹と居ないだろうね。飼い主のオリーだって、まだまだ聞きたいことがある。ニホンって国のことだってさわりしか聞けてない。まぁ今日はオリーとばかり話したから、今度は猫たちとも色々喋ってみたいな。連絡をくれって別れたけど受け身なのじゃいかんよね。伯爵家に逗留してるって話だし、今度顔を見に行ってみよう。早速明日にでも!




