3話
すいません、21時に公開予定がきちんと投稿してなくて公開されてませなんだ
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* マリークレスト *
ニール辺境伯領は古王国の西方の入り口です。
魔軍との戦闘が大陸の北部で行われていた頃は、王国の人々にとって戦は対岸の火事でした。木材や食料が飛ぶように売れると逆に喜んでいたらしいです。
しかし、北方王国ラィネリが陥落し、ようやく重い腰をあげた諸国が大陸人類国家同盟を結んだ頃にはすでに遅かったのだと思います。
トラーダ会戦で同盟軍が敗北し我が国からの遠征軍も全滅したとの報を受けたのは留学先でした。
そして北方のみならず、大陸中央は魔軍に食い荒らされました。
多くの国土が蹂躙され、民草は追いやられ、聖地ナディトさえ炎に包まれたと聞きます。
大陸東部にも魔軍の斥候が姿を現すようになり、傭兵くずれの盗賊団や難民の増加により治安は急速に悪化しつつありました。
そしてこの度、ニール辺境伯領でも、はぐれた魔獣が交易路を脅かしていると貿易商から何件も訴えがあったので討伐に乗り出したのです。
本来であれば私の仕事ではありません。
しかし、伯爵である父が病の床にあり動くことが出来ないのですから、誰かが伯爵家を代表し、魔軍に対処する姿を見せなければなりません。壊滅した遠征軍にはニール騎士団の半数が参加していました。たとえ【太陽教団】や軍神の僕たる【兵家の円卓】から協力は得られなくとも、ニール騎士団が健在であることを内外に知らしめなければなりません。女子とは言え伯爵唯一の子であり、更には双月の園で魔導を修めた私にはうってつけだとも思ったのです。
もちろん、家中からは反対の声があがりました。父の名代となることも、女の私が戦いに赴くことも。
いつもの私なら、こんなことは言い出さなかったと思います。帰国してから少し捨て鉢になっていたのかもしれません。大事な人達を亡くして自棄になっていたのでしょうか。
「お嬢様、本当に自らお会いになるのですか?」
彼の話を聞いたのは馬車の中でした。
人語を解する猫を連れた、難民にしか見えない男が我々の行く道を塞いでいると。
「わざわざ野営地まで連れてきたのですから、代表である私が会うべきでしょう」
彼はカン人(黄色人種)とのことですが、かの人種は遠く西方に住まうものがほとんどで、大陸東部まで足を運ぶのはせいぜいが行商人くらいです。
もしや件の魔獣に襲われ命からがら逃げ延びた商人かとも思いましたが、どうやらそうではないらしい。
それどころか、本人は大陸公用語も理解せず、代わりにその連れの白猫が流暢な言葉を紡ぐらしい。
「ですがあのような怪しい連中、捨て置けばよいではありませんか。どうせインチキ手妻師に違いありません」
言葉を解する使い魔の猫ならば、魔導師の多い学園内では時折見かけたものです。庶民でも噂話として耳にしていておかしくはありません。実際目にすることはあまりないとは言え。
西方人がそのようなものを持っているというのは私も聞いたことがないので、我々とは異なる西方魔術の神秘なのかもしれません。やはり実際この目で見てみないことには。魔導に関わるものとして純粋に興味もあります。学院の先生方から、西方では我々とは異なる独自の技術が発展していると教わりましたし。
「この中で魔導に通じているのは私だけですからね。彼らの術が真なる魔導によるものなのか、いかさま師なのかは私が見ないと判別できないでしょう?」
急ぐ道行き故、野営地までは来てもらってそこで私が直接話しをしようと決めました。
魔獣との関わりは不明ですし、話を聞く限りは関係がなさそうですが。わからないことをわからないままにするのは性分ではないので。
ええ、純粋に個人的な興味も大きいのです。
「わざわざお付き合いいただきありがとうございます。食べながらで良いのでお話を聞かせてもらってよろしいですか」
本当は天幕に招待したかったのですが、流石にそれは反対されました。
荷馬車に積んであった木箱にテーブルクロスをかぶせて即席のテーブル代わりに使うことに。
床机はたまたま二つ積んであったのでそれに座っています。かさばるものではないので備え付けているようです。
松明の明かりが辺りを照らしているものの、それほど光は強くありません。魔法の明かりの方が良かったのかもしれません。つかれてたのですよ、私もあまり体力のある方ではありませんので。
味の薄いスープに肉を火で炙っただけの簡単な料理と薄い麦酒を従者が並べています。
テーブルを挟んで眼の前に座っている男は確かにこの辺りの者には見えません。いや、西方から来る商人にすら見えないのです。直接見ても謎が深まるばかりでした。
上半身には非常に薄く体にぴったりした肌着のようなものを身につけ、下半身はこれまた薄い生地で編まれたズボンを履いています。西方人が時々履いている袴とは似ても似つかないものですね。そのくせ、上下ともあちらこちらが血で汚れています。精巧そうな生地なのにもったいないことです。
露出している肌を見ると、薄い筋肉はついているものの、肉体労働者ではない様子。手のひらも柔らかそうで、もしかしたらそもそも労働自体したことがないのかもしれません。貴族の子弟、あるいは商家の若旦那と言った風情がありますし。監視をしていた騎士の話では、裸足で歩くことにも慣れていないようだとのこと。
猫二匹はテーブルに乗ってこちらが提供した餌の匂いをしきりにかいでいますね。
本来であればそんな無作法は許すべきではないのだけど、しゃべるのが猫であるとすれば仕方のないことでしょう。
この猫たちも毛並みがよく、ふくよかで健康そう。そもそも愛玩動物を複数飼っている時点でそれなりに裕福な家庭だと思います。牧童が牧羊犬を引き連れているのとはわけが違うでしょう。
「貴方が会話を出来ると聞いたのですが」
白猫に向けて声をかける。
匂いをかぐのをやめ、こちらを見上げる白猫。確かにこちらの言葉を理解しているようです。
『左様でございます。貴女がこの集団を率いていらっしゃるので?』
言葉を発する時に微細なマナの流れを感じます。確かにこの猫の魔法による会話ですね。腹話術などではありません。
「はい、私はこのニール地方を治める、ニール辺境伯ナースローの長女マリークレスト・ラ・ファズバン・ニールと申します」
驚きを隠しながら右手を胸にあてて名乗ります。正式な作法に則った挨拶ではありませんが、貴族には見えない相手なのでまぁ問題ないでしょう。
そちらはどなた、というつもりでその右手のひらをそのまま向けたのですけど、よく考えたら猫に人間の仕草って伝わるのでしょうか。やってから内心不安になりました。そうしたら白い猫が指の先を嗅いで舐め始めたのですよ。あら可愛い。でもやっぱり伝わりませんでしたね。
「お名前を伺ってもよろしい?」
今度はきちんと言葉にして伝える。言葉は大事ですね。
『私はビアンコ、これは弟のカルネ。もっさりした男は食事係のオリーという妙ちくりんな名前を持っています』
食事係というのもよくわかりませんが、オリーというのも異国人なら別に妙ちくりんというほどの名前では無いと思います。彼らの文化ではそういう扱いなのでしょうか。