23話
* オリー *
街のあちこちで火の手があがっている。
人を襲ってるのはさっき戦ったトカゲ犬と、他に直立歩行したネズミのような人間だった。あちこちで人が倒れたりトカゲ犬に襲われてる。北門近くでオータル卿指揮の元、傭兵たちが戦い始めていた。
「ニャーニャー! ニャー!(ネズミだネズミ! ネズミがいやがるじゃねえか!)」
傭兵たちの相手をしているのは、ネズミの頭を持った不潔そうな人間ぽいなにかだった。それがあちこちから集まって傭兵に向かってる。ネズミ人間は体格も良くないし、装備も傭兵に負けず劣らずボロボロで、あまり強くはなさそうだ。でも、正直傭兵も強そうには見えないのよね。
ヒュー一人だけ突出して腕が立つようで、一人でニ体のネズミ人間を相手にしても問題なさそう。あとは騎士の二人で、特にカムナンさんが結構強くて、人を襲ってるトカゲ犬を追い払っては助けた人を町の外に送り出してた。
それを見たカルネは今にも飛び出しそうだった。ビアンコは弟を抑えているものの、ビアンコの方も、うずうずしてるのが隠せてない。
「ニャー、ニャー、ウニャニャニャー(ビアンコ、カルネ、トカゲ犬とネズミ人間だけを相手にね。人は傷つけたらダメだから!)」
「おまかせあれ!」
「ニャー(待ってたぜ!!)」
弓から放たれたかのように黒い矢が宙を駆け抜けていった。行きがけの駄賃とばかりに傭兵たちの前にいたネズミ人間が5匹バラバラにされる。キモイし不衛生そう……。やっぱり僕は後ろで見てるので十分だわ……。
獲物を奪われたヒューが口笛を吹く。関係ないけどヒューがヒューッと口笛を吹くってダジャレを思いついてしまった。いや誰だって同じ立場なら考えるはず。
「ほー、すげえな、俺でも目で追うのがやっとだぜ」
あれを目視できるのか。やっぱこの人凄いっぽいね。
「ではネズミはカルネに任せて、私はトカゲの相手でもしましょうか」
ビアンコが集中すると空に黒い穴ができた。これって前に見た触手のやつ? いや、きちんと制御出来て一般人を巻き込まないのならいいんだ。大丈夫だよね? 魔法なんてこちらに来てから初めて触ったものだし、練習もしてないからビアンコはやらかす感じしかしない。
「ニャー、ニャニャー? (ビアンコ、一応先に言っておくが、ミンチはダメだよ?)」
そう言うとビアンコはえっ?! みたいな顔をしてこっちを見上げてきた。やっぱりそのつもりだったのかよ。あんな強い触手なら別にミンチにしなくても絞め殺して終わりだろうに。
「仕方ないですねぇ。精密な操作はなかなか骨が折れるんですが……」
黒い穴から白い触手が十本伸びてくる。高校のころに同級生のかっつんからタコとイカの違いを教わったことがある。んでこいつは二本触腕があるんでやっぱりイカっぽい。
それであちこちにいたトカゲ犬を捕まえては潰したり地面に叩きつけたりする。ミンチまではいかないけど十分グロイ。もうちょっと魔法で綺麗にできないの?
「ニャー? ニャニャ(他の魔法とかは使えないの? 火を吹いたり水を出したりはしてたじゃん)」
「街全体を燃やし尽くして良いのなら火を使いますよ。多分今なら炎の嵐を呼び出すことが出来ると思います。水の方はまだ雲を出してから水を降らせるだけなので、動いているトカゲ相手には扱いづらいのですよ。他の魔法はまだ使い方がわからなくてどうにも」
色々できそうな感じはするのですがね、と。人の命がかかってるところに練習なしのぶっつけ本番でってのはアレかぁ。触手はこれでも大分操作に慣れてきたらしい。ただ手段的にぶん殴るか握りつぶすしか無いからこうなるのだと。
でもなんでイカなんだ? イカ触手召喚って魔法初心者でもすぐ使えるものなの?
うちの子たちが参戦して街の北部の敵は片付いたみたいで、傭兵たちも一息つけたみたい。
オータル卿がこちらに来た。随分嬉しそうだ。
「いや、ありがたい。先程の話を聞いていたのだが、雨が降らせるのならどうかお願いできないだろうか。火が結構な勢いで回っているようなので避難もままならない。残りの敵はキジトラ殿と我らでなんとかすれば」
それもそうなのでビアンコに雨を降らせてもらうことにした。
「ニャー? ニャニャウ (街全体とかいける? ほんとは火のついてるところだけピンポイントで出来たらいいんだけど)」
「燃えてる場所が特定できればよいのですが、見える範囲以外でも延焼しているようなので全体に降らせた方が良いかと思います」
「なんと、本当に雨を降らせることができるのか。恐ろしい……。いや失礼した。これほど頼もしいことはないな」
ビアンコが聞き慣れない猫の鳴き声をあげると、空の穴と触手が消え、徐々に街の上に雲が集まってきた。すぐに雨が降りだす。これにはカムナンも傭兵たちも仰天してる。雨量の調整も問題なさそうだ。土砂降りとかだったらどうしようって不安もあったのよね。
「すげえなんてもんじゃないぜ。いや、高位の魔導士が天候操作も出来るって話は聞いたことがあるが与太だと思ってたわ」
ヒゲモジャの傭兵も口をあけて驚いてた。
「さて、他を回ろう。これだけだとは思えない」
オータル卿が進軍を提案したところで、カルネが戻ってきた。
「ニャーニャー、ニャー」
「広場にネズミが十匹ともっと大きな人型が三体いるそうです。人間がたくさん捕まっているために手出しをせずに戻ってきたと言ってます」
それを聞いてオータル卿がヒゲモジャと顔を見合わせた。この人もこの傭兵だけは認めてるぽい?
「白猫は人を巻き添えにするから殺傷魔法は使わないって話だよな。普通の魔道士は金縛りとか使うらしいな。あんたは使えないのかい?」
「一度手本を見せていただければ使えるかもしれません」
「いや、俺は魔法は使えねえからなぁ」
頭をボリボリかくヒゲモジャ。そうか、ビアンコは猫だからどう使えばいいのか想像できないんだ。これが僕だったら漫画やゲーム、アニメとかで見た『あんな感じの』っていうイメージが湧く。猫のビアンコにはそういうのが無いんだろうね。お姫様がいたら色々見せてもらえたかもしれないのに。今度ちょっとお願いしてみようか。
ではこうしよう、とオータル卿が皆に聞こえるように言う。
「広場の敵主力には我々が向かおう。敵を引き付けたら、敵と人質を白猫殿の触手で分断してもらい、人質の傍に残ったものがいたら横から回ったキジトラ猫殿に片付けてもらう。あとは我々と触手で挟み撃ちだ」
猫に殿呼びってのもどうかと思うよ。名前でいいんじゃないかなぁ。
「猫頼みってのはなさけないが状況と戦力差を考えたら仕方ないですかね」
イマイチ影の薄いもうひとりの騎士さんも同意する。そこそこ強いのにね。
とはいえ、確かにそれなら変な巻き添えとかはなさそうだ。
「えーっと、俺らが当然前に出張るんですかね?」
傭兵たちが確認する。当たり前といえば当たり前の扱いだとは思う。あからさまに捨て駒にされないだけマシなんだろうね。
「防御優先で構わん。敵を引きつけることだけで良いのだから問題なかろう」
盾くらい人数分あればなぁとか口々に愚痴る傭兵たち。
「ニャー? (ビアンコとカルネもそれでいいね?)」
「問題ありません。最高の触手というものを見せてあげますよ」
「ニャーニャニャニャー (俺が真正面から突っ込んでまとめて皆殺しでも構わんぞ)」
構うから。ダメだから。こいつらに好き勝手させたら敵も味方も皆殺しになりそう。猫には人の命の価値なんてわからないから仕方ないか。人質の安全だけは念を押しておく。まぁこちらは大丈夫だろう。
方針が定まったので配置について作戦開始。こういうときに猫は便利だわ。敵から警戒されずに移動できるから。ビアンコとカルネが広場に隣接する教会ぽい建物の屋根に登るのを確認。僕も路地から広場が見えるところに隠れてる。広場中央の噴水の傍に十数人の人々が集められてるな。見た感じ、噴水の中に幾つも死体が投げ込まれてる。なんだろあれ、もしかして血抜きとか? ヤバイ、グロイ想像しちゃった。
で、ネズミ人間以外に、普通の人よりも頭ひとつ大きい筋肉質の人型が三体いる。ネズミが小さいから余計大きくみえるな。防具とかは無しで粗末な衣を身にまとっていて手にはその図体に相応しい大きさの斧槍を持ってる。ハルバードとかってやつかね。あの膂力であんなの振り回したらめちゃくちゃ強いんじゃないかな。ゲームやファンタジー漫画だとオーガとかそこら辺相当な感じがする。あんなのに人間が勝てるのかね。
おっと、猫の配置が終わったことを合図しないと。オータル卿が居る方に向かって広場から見えないように手を振る。
広場近くまでは来ていて建物の影に潜伏してた傭兵たちが、姿を現すと隊列を組んで広場へと躍り出る。その後ろで従士が手に持った金物とかをぶつけあって音を立ててる。格好もマチマチで整然としてるとはいい難いから、傍目にみるとちんどん屋を引き連れた無頼漢にしか見えない。
かくいう僕は見守ることしかできないんだけどね。
「くっそ、デカイ奴ってボグシャラかよ。しかも三匹! マジィぞ、こんな人数一撃で吹っ飛ばされらぁ!」
知ってるらしいヒゲモジャが何か言ってるが今更対策も何も取りようがない気がする。ネズミ人間のほとんどとでかいのが二匹、傭兵たちの方に向かった。人質のところにネズミが二匹とでかいのが一匹残ってる。
ネズミを先頭に突っ込んできた。デカイのは笑いながら後で余裕ぶってる。切り結び始める傭兵たち。ヒゲモジャはデカイのを片目に見据えて動きを伺いながらも、ネズミ二匹を相手にしてる。やっぱりかなりの腕前だな。他は……微妙ォ! でかいのが手出ししてなくて、ネズミと傭兵の数的にはそれほど差がない状態で、他の傭兵はギリギリの立ち回りをしてる。確かにここでデカいのがちょっと頑張ったら瞬殺されそう。そうなるまえにビアンコに合図しないと。
「ウニャー! (ビアンコ、今だ!)」
これ、猫が鳴いてるようにしか聞こえないから便利といえば便利だよなぁ。いや、早くなんとかして欲しいよ?
僕の合図を受けて広場の上空にまた穴が開く。はいでてくる白い触手が敵を分断した。勿論敵もそれに反応して、前に出ていたデカイの二匹が触手に斬りつける。触手が斬りつけられて青い血が吹き出た。一応傷をつけることはできるんだなぁ。場違いな感想を抱いている間に、傷を物ともせず触手がでかいのを捕まえた。そのままでかいの二匹をビタンビタンと周囲のネズミや地面に叩きつける。マグロのたたきじゃないんだからさ……。
人質のところに残ったものたちが、その惨状に目を奪われてる。今だな。
「ニャー! (カルネ!)」
カルネが教会の屋根から飛び降り、一飛びで人質たちのところに到達する。勿論敵の背後へと。あとはすぐだった。ネズミは一瞬で切り裂かれて、デカイのはちょっと時間かかった。ネズミは輪切りになった。あー、でかいのは結構形が残ってるね。まぁ事前にまた肉と血の雨降らせるのはやめろと言っておいたから人質たちは別な意味でも無事だった。
息のあるネズミに傭兵たちがとどめをさして終わり。あっさり大勝利だよね。猫たちもよくやってくれた。実際、猫が役立ち過ぎ。敵を倒したのはほとんど猫だったし。
人質は、殴られたり怪我をした人は多かったけど、ほとんど無事でよかった。街全体で被害者がどれだけ出たか現時点ではわからない。助けた人質の中に昨日の女の子もいた。怪我もしてなさそうだし大丈夫だろう。逃げろって言ったのに僕らの後からついてきてたお兄ちゃんが出てきて、互いの無事を喜んでる。いやほんと良かったよ。僕がやったことじゃあないけどさ。
「すげえ、すげえよ。大勝利じゃねえか!」
「俺たちが街を救ったんだぞ!」
「いやいや、ほとんど猫たちがやったんじゃねえか。猫たちと猫使いがいなきゃ俺たちだってどうなってたか」
「ネズミどもすげえな、綺麗に輪切りにされてらぁ。ボグシャラはかなり形が残ってるな」
騎士も傭兵もみな褒め称えてくれた。僕が猫の言葉しか喋れないのを馬鹿にするものも居なくなった。特にデカイのをあっさり片付けられたのが大きかったらしくて、みんな巨体を踏みつけたり上に登ったりして喜んでる。うーん、死体に対してよくそんな気持ち悪いこと出来るなぁ。
いつの間にか猫使いと呼ばれるようになった。それは実際どうなのかね。僕には何も出来なくて、猫に頼ってるだけ。今のところは大丈夫だよ? でも、この先もずっとあの子達を危険な目に合わせるのか?




