2話
文章ミスってるところが何箇所かありましたので修正しました
* 織居 *
あれから僕は呆然と座り込んでたんだけど、お腹が膨れてその場でくつろぎ始めた猫から、ずっとこの場にいても大丈夫なのかと指摘を受け考え直した。ここが本当に僕の知っている世界と異なるのかどうかはわからないけど、こんな無人の荒野にいつまでもいられるわけがない。
喉も乾いたし、とりあえずは人里を目指すべきなのにどっちに何があるのかさっぱりわからない。
初手から、僕たちの冒険は終わってしまったになるのかと思ったけどビアンコが言うには、向こうの方角に僕と同じ種類の生物が集団で動いているらしいとのこと。
なんでそんなことがわかるのかと言えば、自称神に力をもらったそうな。
ビアンコが魔法、カルネは強靭な肉体を手に入れたんだと。
もしかして、と思って「じゃあ僕は」と聞いてみた。
「食事係にどんな力がいるのでしょう?」
訝しげに返された。ひどすぎる。
カルネは獲物を採ってくるくらいの能力は必要だっただろって言ってたけどそんなのは別にいらないよ。
いわゆる転移チートってやつを猫たちはもらったらしい。
単純な戦闘力だけじゃなくて、強靭な肉体能力に、人間を遥かに超える知性などなど、本人たちも覚えきれないくらい盛りだくさんだそうな。
僕は素のままだけど。
というわけで今は人のいるところを目指してトボトボ歩いてる。テンションダダ下がりだけど背に腹は代えられない。生きるってのは辛いなぁと思いながら素足を一歩ずつ前に進めてる。
結構歩いた気がするんだけど、時計もスマホもないので確認のしようがない。幸いなことに、僕たちが出現した場所の結構近くに舗装されてない道があった。石に気をつければなんとか裸足でも歩けそうだ。
「この先の丘の向こうにいるみてーだぞ。こっちへに進んでるみたいだからすぐだろ」
おお、ここを越えれば文明の光が!!
最後の踏ん張りどころとばかりに疲れた足を引き摺って丘を登っていたら突然影がさした。視線をあげると、まず蹄のついた細長い足が……あぁ馬か。馬なんて動物園くらいでしか見たことなかったのでまさか路上で出会うとは。
ってここは異世界なんだからそりゃ馬にのって移動しててもおかしくはないよね。
「馬ですか。私も乗ってみたいものですね」
え、猫って馬に乗るの?思わずビアンコを見てしまった。
しかし、目の前でみるとほんとでかいなぁ。馬に乗ってる相手は鎧兜に身を包んだ、騎士ってイメージなんだけど、手にした槍で僕を追い払おうとしている。
道を開けろっていうことかな?参勤交代みたいに切られるってことは無いだろうけどどかないとだめだよね。
しかし結構な数がいるな。
馬に乗ってない人もそこそこいるし、上等そうな馬車もある。騎士は面頬をあげていて、そこから見る限りでは肌は白そうだし彫りも深く鼻が高い。いわゆる白色人種のように見えるんだけど、この世界の人種とかはどうなってるんだろう。僕のような黄色人種はいるんだろうか。人種差別とかあまり無いといいんだけどね。
「おい、道を聞かなくていいのか? このままだとどっちに行けばいいのかわからんままだぞ」
考え事をしていたら、カルネに怒られた。
このまま先に行かれると困るんだ。せめて街がどこにあるかくらいは聞かないと。いや、道を見つけたから辿っていけばいつかは着けるかもしれないけど、どっちに進むのが近いかは聞いてみないとわからないもんね。
「すいません、ちょっと良いですか」
何人かがこちらを見るけど誰も足を止めない。もう一度声を掛けてみよう。
「すいません、道に迷ったんですけど一番近い街へはどちらに進めばいいんですか!」
今度はもっと大きな声を出してみた。
こちらを見る人が増えてきた。ちょっと恥ずかしい。ただ、彼らはみな一様に胡散臭そうな、面倒なものを見るような目なのが気になる。まぁ格好が格好だしなぁ……。
「あの、方角を教えてもらえるだけで結構なので!」
せっかく注目を浴びてるのだからもう一度聞いてみた。方角だけなら指させばわかるもんね。
そう思ったのだけど、誰もそんな素振りを見せない。
ただ、上等そうな馬車から、指示が出てお付きっぽい人がこちらに寄ってきた。
「e982aae9ad94e381a0e381a9e38191」
あ、ダメだ。言葉が通じないのか。てっきりそういう能力とか持たせてもらってるのかと思ったんだけど、僕にはほんとにそういうの無いのね……。会話は諦めてボディー・ランゲージでこちらの意思を伝えることにした。彼らが興味を持ってくれている内になんとかしないとね。
必死になったんだけど全然伝わらなかった。
ボロ布で包んだ固いパンは恵んでもらった。どうやら難民か何かだと思われたらしい。
「貴方は以前、コミュニケーションには自信があるとか言っていた気がしたのですが?」
ビアンコが疑わしそうに下から覗き込んでくる。
そんな大学入学当初の自室での独り言をよく覚えてたな。
騎士たち一行はもう僕に興味を無くしたのか立ち去ろうとしている。いやはやしかし、手詰まりだ。
「だめだ、どうしたら良いのかわからないよ」
もうちょっと異文化交流の経験を積んでおくんだった。大学に戻ったら留学生と接触をもつようにしよう……。
そんな僕を見かねてビアンコがため息をつき、「情けないですね。まぁ仕方ありません、ここは任せてください」というと、僕の頭に乗って大きな声をあげた。
「e5b091e38085e8b6b3e38292e6ada2e38281e381a6e9a082e3818de3819fe38184」
果たして、効果は覿面一行はピタリと足を止めこちらを、正確には白猫のビアンコを凝視している。先程までは全く興味を示さなかったので、おそらくこの世界でも猫というのはメジャーな生き物なのだろう。だが流石にその猫たちもしゃべることはなかったようだ。
会話ができるのなら最初からそうして欲しかったけど、この子達にそんな気遣いを求めるのは無理か。
彼らは今しがた自分たちが聞いたものが信じられないようで戸惑っている。
いや、背を向けて立ち去ろうとしていたため、直接猫が喋るのを見たものはほとんど居なかっただろう。
ビアンコの発した言葉は僕には理解できなかったけどそれだけの影響力があったのかもしれない。
「e381ade38081e78cabe3818ce5968be381a3e3819fefbc9fefbc81」
今度こそ、彼らの顔に浮かんだ表情が僕にもはっきりと見て取れた。
中には肝を潰して腰を抜かしてしまった人もいた。いや、馬上で元から座っている人が多いから目立たないだけかもしれない。驚いて手綱を引きすぎて慌てて馬をなだめてる人も居たくらいだ。
とまれ注目を引くことには成功した。
「ビアンコ、通訳してくれる?」
「いや、この場は任せてください。私が丸く収めてみせましょう」
え、ほんとに大丈夫? でもこの子も言うこと聞かないみたいだしな。上手くやってくれればいいけど……。
「なんでこうなった」
僕は周囲を騎兵に囲まれて無理やり歩かされていた。僕たちの後ろには荷馬車が何台か続いていて、他にも徒歩の人がいるんだけど遅れたらせっつかれる。
猫二匹は大人しく僕の横を歩いてる。
そりゃ喋る猫を連れた余所者が怪しいってのはわかる。でも僕の格好を見れば危険人物じゃないこともわかりそうなものだ。
最初は施しくれた上で通り過ぎようとしてたんだしさ。
「よく考えなくてもケナシザルと話したのは今日が初めてだったのです。猿流の交渉術など私にはわかりません」
「じゃあなんであんなに自信満々だったのさ!」
「我ら光輝なるもの達を目の当たりにすれば、威光にひれ伏すのも当然だと思ったのですよ」
「冗談で言ってるんだよね?」
「無論です」
当たり前でしょう? と言いたげに僕を見上げるビアンコ。
思わず声をあげかけたけどぐっと我慢する。口ではそう言ってるけどお前絶対本気やろ。
そもそも猫に任せたのは僕だ。僕ももう大人なんだし、寛容にならないと。
「ちなみに本当はなんて言ったの?」
「普通に道を聞いただけですよ」
「本当に?」
「あとはここがどこかを尋ねました」
予想に反して常識的だった。
じゃあなんでこんな事態になってるんだろ。
「なんて話したのかそのまま言ってみて。もちろん日本語でね」
「そこなケナシザル達よ、我らは異邦よりこの地の神に招かれし旅人なり……」
「初っ端から飛ばしすぎだろォオオオオオオ?!」
僕が突然大声をあげたので、横で馬に乗ってた騎士がビクっとして落ちそうになった。
「ちなみに、ケナシザルという日本語は、あちらの言葉に直訳してきちんと意味が取れるように伝わっています」
「なおさら悪いわ!!」
その調子で話してたらそりゃいかんでしょ。
周囲の騎兵が何やらよくわからない言葉で、こちらになにか言ってる。多分だけど、大声をあげるなとか大人しくしろとかそういうのだろう。
槍と腕を使ってを進むように追い立てる。
「なんで僕にするように丁寧に話せないの!」
ビアンコとカルネが二匹揃って足を止めこちらに顔を向けた。なぜそんなことをせにゃならんのか、と責めているように見える。
今まで思ったこともなかったのだけど、彼らは僕と他の人間を明らかに区別しているようだ。前に言ってた被保護者云々ってのが関係してるのかな。
気にはなったんだけど、この場で考えるようなことでもないのでとりあえず後ろからせっつかれるから歩みを再開するべきだ。
「止まらないで進もう。もういい加減疲れたから休みたいけど。喉も乾いてかなり辛いなぁ」
ずっと裸足なのはほんと辛い。
季節がよくわからないけど、Tシャツ一枚だと肌寒いし。
そう言えば猫たちはよく文句を言わずに歩いてるよね。犬と違って長距離を歩くような生き物に見えないんだけど。
なぁよぉ、と今度はカルネが声をあげる。
「一応さっきから待ってんだけど、こいつらぶっ殺していいか?」
前言撤回、文句どころじゃなかった。
「まだ交渉が決裂したわけじゃないんだし、気が早すぎるでしょ」
「道がわからないから付き従っているだけですからね、彼らの態度が悪化するようでしたら構いませんよ」
いやかまうでしょ。
ビアンコは魔法が、カルネは身体能力が強化されてるらしいけどそれってどれほどのものかわからないし。
「相手は一応こちらの世界の軍隊みたいなものだろうから、なるべく穏便にね。頼むよ」
「こいつらがどれくらい強いのかはわからねーけど、この数くらいの相手に勝てないのなら世界を救うなんて無理だと思うんだがなぁ」
「それはそうなのかもしれないけど」
だからといってわざわざ争う必要はないよね。
「とりあえず相手の出方を見てからの対応でよろしく。なるべく話し合いで解決だからね。今度は僕が話すから通訳に徹してよ」
当然のように返事はない。二匹とも聞いてるんだか聞いてないんだかわからないような態度だった。流石は猫。
それから20分だか30分くらいは歩いたと思うんだけど、やがて一行は道を外れて野営の支度を始めた。
僕はというと、休むことを許されたんで座り込んでぐったりしていた。監視が一人ついてたけどね。
喉が乾いて仕方なかったのでビアンコを通じて水を要求したらコップ一杯だけもらえた。水じゃなくて薄めたワインらしい? 飲んで大丈夫なのか自信はなかったけど、猫にも半分分けてそのまま飲んだ。猫にアルコール飲ませていいのかわからなかったけど、転移の際に毒は効かない体質にしてもらったから大丈夫とか何とか言われた。便利だなぁ。
騎士の人たちはだいたい自分の馬の世話をしていて、従士っぽい人達が野営の支度をしているのを眺めていると、似たような格好の人がやってきて僕らについてくるように声をかけた。
案内された先でテントぽいものの前にテーブルが設置されていて、女の人が一人座ってこちらを見つめてる。僕が近づいたら立ってお辞儀をした。
身長は僕より少し低いくらいの女性で、年齢は僕より一つ二つ若そうな気もする。緩やかな薄い茶色ぽい髪の毛を背中まで流している。あと、着ている衣装が明らかに他の人たちより上等なものだというのが薄暗い中でも見て取れた。実際、目もパッチリしていてかなりの美少女だとは思うんだけど、白人ってそんなに好みじゃないんだよね。高校の頃に同級生と洋モノのAVを見たんだけど結局勃たなかったし……。
などと失礼なことを考えていたら向こうから話しかけてきた。
「e5b091e38197e3818ae8a9b1e38292e8819ee3818be3819be381a6e38282e38289e381a3e381a6e38282efbc9f」
「ビアンコ、通訳して。僕が話すから余計なことは言わなくていいからね」
「そうまでおっしゃるのなら。ここはおまかせしましょう。お手並み拝見といきます」
異世界でのファーストコンタクト、なんとか上手くやりすごせるといいけど。
とりあえず、僕がこの世界の出身じゃないってことは適当にごまかさないとダメだよね。
色々聞き出せたらいいなと思い、改めてその女の子に向き直った。