19話
またセットし忘れてました。ほんとお恥ずかしい
* オリー *
お昼は昨日とは違ってお姫様と僕たちだけだった。朝ごはんについても聞いてみたところ、朝ごはんを食べるのは兵士や農民、漁師などの肉体労働者だけらしい。
「ニャーニャー?」
そういえばと話を続けるお姫様。
「お父様と今度西方人を招待したら朝食も提供しましょうという話をしていたのを思い出しましたわ」
機会が少ないもので忘れておりました。ごめんなさいねと可愛く謝る。勿論可愛いから許す。
食後にまたワインの水割りを飲みながら今日の予定を話す。ちょっと聞いてみたけどやっぱりこの国にはお茶を飲むっていう習慣が無いらしい。街に出れば飲める場所もありますよって言われた。コーヒーは聞いたこと無いみたいだった。まぁ飲めるのなら今度飲みに行きたいなぁ。
「貴方には騎士二名と従士二名、人足三名とともに出発してもらいます」
騎士の片方はオータル卿で、もうひとりお目付け役として同行することになるらしい。で、魔獣を相手にするのは基本傭兵とうちの猫たち。騎士と従士は前には出ないで指図だけをすると。傭兵の中に出没する魔獣について詳しい者がいるそうなので、合流してから一応説明を受けれるそうな。その分は代金に入ってるとかなんとか。
「そういえば馬には乗れますか?」
「ニャニャー (乗れないにゃー)」
「そうですか、練習している時間はないですし。また馬車に乗るかロバに乗って人足に引かせるというのもいいかもしれません」
「ウニャー (乗ってみたこと無いしロバってのも悪くないかなぁ)」
「ではそのように手配しておきましょう」
食後すぐに屋敷前の広場に行くと既に僕と猫たち以外が居て、従士と人足の人たちが荷物の積み込みをしていた。一日分の糧食に毛布やら薪やら。今回は天幕は持っていかないらしい。
「ニャー! (こんにちは!)」
オータル卿に元気よく挨拶したら口が引きつってた。もうひとりの見たこと無い騎士はギョっとしてこちらを見ている。いや、その人だけじゃなくてその場にいた全員がだけどね。
お姫様の方から簡単に説明があって、聞くだけなら出来ること。白猫が通訳出来ること。僕の言葉は猫の鳴き声になっていることなどを伝えてくれた。ビアンコが口を開いたときは軽くどよめいた。
「本当に君たちが来てくれるとは、これは心強い」
オータル卿以外の人たちは僕らの同行に眉をひそめて、微妙な空気になりかけてた。まぁそこでオータル卿が気を使って話しかけてきてくれた。ありがてえ。
「みな、彼らが先程話した盗賊の手から我らを救ってくれた者たちだ。なりこそ小さいが百人力だぞ!」
実際見ても簡単に信じられないのはわかるよ。僕だって信じられないし。
見てるだけってのも心苦しいのでなにか手伝おうかと思ったんだけど、必要ないって言われた。待ってたら従士の人が厩からロバを連れてきてくれた。何を考えてるのかはさっぱりわからないね。随分ぬぼーっとしてるな。馬ほど大きくないしこれなら僕も乗れるかねえ?
「ニャーニャー (ビアンコ、ロバとは話せないの?)」
「いくら私が下等な猿と意思疎通可能なほど高度な頭脳を有しているとは言え、このような凡愚な生き物とは……」
流石に今日始めてみた生き物相手は無理だそうな。そう言えばこの子達は元の世界に居たときでさえ馬もロバも見たことなかったか。動物園に猫は連れてけないし近くに牧場はなかったしなー。
「ウニャニャ (頑張って魔法使えるようになってみてよ)」
「気軽におっしゃいますな。今は貴方が直接こちらの世界の猿と会話出来るように研究しているのです。勿論あくまでこの獣との会話を優先するというのならそう致しますが」
「ニャ、ニャニャー (あぁ、ごめんそれならロバはまた今度でいいよ)」
ビアンコがそういうのなら期待してもいいのかね。いい加減今の状態はだるい。ビアンコも口には出さないけど面倒そうだし。聞き取り可能になっただけでも最初より楽にはなってるんだよね。
そんなことをしてる間に出発になった。僕は当初の予定通りロバに乗せてもらい、それを人足の一人が轡を引いてくれてる。荷馬車は一台で、御者は従士の二人が交代でやるらしい。猫たちは荷馬車の毛布に勝手にのっかった。
街に出るのはまだ二回目だ。やっぱり面白いね。先頭を行くのは騎乗した騎士二人。慣れたもので人混みを散らしながら進んでいく。その後ろをロバに乗った僕と徒歩の三人が。最後を荷馬車がついてくる。
ロバも勿論揺れるんだ。でも荷馬車よりはマシかもしれない。あれはほんと酷かった。荷馬車の御者をやるのと歩くのはどっちが楽なんだろうなぁ。
西門を出たところで、10人くらいのむさ苦しい集団がたむろってた。門衛の人らになんか言われてるっぽい。10人じゃなくて8人か。みんなまちまちな格好をしていて、革鎧にあちこちの部分鎧、金属の兜を被ってるのもいれば鎧がなくて普通に服だけの人もいる。いや、性質の悪いヤカラにしか見えないよこれ。タバコとかの嗜好品はこの世界にはないのか一般人には普及してないかのどっちかかな。そういうのがあれば絶対やってそうだもんね。
向こうもこちらに気づいたのか、何人かがこちらを見てる。一人が立ち上がると大仰に両手を振って近寄ってきた。
「やぁやぁ誉れ高き騎士様方、お待ち申し上げておりました。これなる歴戦の猛者8名が民を苦しめる悪逆非道な魔獣を討ち果たしてご覧に入れましょう」
「急ぎの旅なのだ、支度は済んでいるのだろう? さっさと出発するぞ」
騎士のもうひとりの方、名前はカムナンとかって人が返事をする。この人とはさっき始めてあった。挨拶くらいしかしてない。
「俺たちの馬はー?」
「あるわきゃねーだろ、歩きだ歩き。それにお前馬なんか乗れんのかよ」
「乗れるわきゃねー。ウヒャヒャヒャヒャ」
「猫?」
「猫だな。二匹もいるぞ。なんだありゃ」
「あのロバ乗ってる坊っちゃんはなんだ? 騎士でも従士でもなさそうだ」
「なんかナヨナヨしてんな」
なんの遠慮もありゃしねえ。言いたい放題だなこの人ら。
まぁ僕に関しては説明が難しいし猫が居ないと話せないし、猫が話したら話したで余計話がこじれそうなので相手にしないのが一番なんだろうとは思う。
「いいから行くぞ、遅れたものには報酬は無しだ!」
しびれを切らしたカムナンさんが出発する。それに続く荷馬車とロバ、あとは徒歩なんで速度は出ない。
傭兵たちはてんでバラバラに道に広がりながらついてくる。
ふと気づくと、最初に大見得を切った傭兵が近くに寄ってきてた。えらい髪が長くて髭もモジャモジャだ。ロバに乗ってるんで身長ははっきりわからないものの、僕よりかなり高そう。汚い革鎧に長剣を腰に挿していて背嚢を背負ってる。
真横で遠慮もなくジロジロと僕を観察し始めた。ロバを引いてる人足の人も鬱陶しげにその傭兵を見てる。
「あんたは一体何者なんだい? 西方人だし、貴族にも騎士にも見えねえが、一人だけロバに乗ってしかも人に引かせてるだなんてどういう身分だかさっぱりわからんねえ」
「その方は当家の客人だ。魔獣討伐に西方の秘術でお力添えしていただけることになってな。公用語も話せんし、なるべく近寄らないようにしろ」
オータル卿が見かねて声をかけた。ほっといてもらえるとありがたい。
「へーん、話もできねえのに力添えって何ができるのかねぇ」
今の言葉で納得したのかはわからないけど、その傭兵は離れていった。
「じゃあこっちの猫ちゃんたちはなんなんだっつーの。まさかこいつらも客人だとは言わねえよな」
「それはお客人の飼い猫だ。手を出すんじゃない」
へっと顔を歪めると他の傭兵のところに戻っていった。
「あー、俺も傭兵なんかじゃなくて猫に生まれれば良かったぜ」
「ちげえねえや、ガハハ」
時折傭兵たちの雑談や下品な冗談が聞こえてくるくらいで道行きは静かなものだった。
出発が昼過ぎだったこと、徒歩がほとんどで速度も出ないので最初に泊まった野営地よりも手前の地点で野営することになった。今回はちょっと丘の上で見晴らしだけは良い。前回襲撃されたからこういう場所を選んだのだろうね。あの野営地は二度と使えないんじゃないかな。戦争が起こったわけでもないのに30人近い人間が死んでるからね。
野営地についたら、荷馬車に揺られて体を動かしたかったのかカルネが飛び降りて走っていった。
「一狩り行ってくる!」 だそうな。
まぁお土産に期待しておこう。
で、僕は安定の役立たずなのでお客様特権でなーにもしない。まぁやらなきゃいけないことって食事の準備と見張りくらいっぽいんだけどね。食事が出てくる(スープを従士の人が作ってる。人数分なのでそれなりに多い)のを待ってる間にカルネがもう戻ってきた。
「グルっと回って来たけど、近場には兎しか居なかったぜ。俺は一匹食ってきたからこれはやるよ」
一応斥候にも出ていたらしい。自分の分はもう食べたのか。んじゃこれはビアンコの分かね。
「私は魔法の練習も兼ねて鳥でも落としてきますからそれはオリーが食べてください」
頼もしい猫たちで……。んじゃこれは向こうに渡して料理の足しにでもしてもらおうか。
「こんなのいつ獲ってきたんだ? まだ温かいし狩ってすぐだよな。まぁありがたくもらっておくよ」
そう言って従士の人が受け取ろうとしたんだところを、横から出てきたヒゲモジャ傭兵に掻っ攫われた。
「まぁ任せてくんな。こういうのは慣れたもんだぜ」
文句を言おうとした従士さんを押し留めて、すぐに近くの木から兎を吊るして固定するとナイフでさばき始めた。内蔵をあっという間に取り除くと、木の板に乗せ、こちらに渡してくる。
「猫に食わせてやんな」
オオウ、グロイ!! クッソグロイ!! いつの間にか近くにきてたカルネに板を差し出すとそのまま食べ始めた。あれ、お前さっき一匹食べてきたって言ってなかったっけ?
で、ヒゲモジャ傭兵の方はというと、目を離してる間にもう皮を剥ぎ始めていた。
「川が近くにないから血抜きがきちんと出来てねえのがなぁ」
なんだか不満げだけど、手は止まらない。まな板も無しに立ったままで実際手慣れたものだった。皮を剥いだあとは頭と手足を落とし、料理してる従士に声を掛けてから肉を切り落としてスープにぶち込んでいく。まぁ人数考えると兎一匹じゃあたかが知れてるしこの方法が良いんだろうね。
感心しながら見てると、血まみれの手でポーズ決めてドヤ顔してきたんでうぜーと思ってその場を立ち去った。
猫たちはとっくに食べ終わっており、一緒に毛布のところに戻る。満足そうなカルネを撫でながら食事ができるのを待ってると、従士の人が食事ができたと声をあげていた。
持ってきてくれるのを待つのもあれなんで取りに行ったら、騎士二人分の次には僕の分もくれた。木の器に盛ったスープとスプーン。あとは硬いパン。
「猫の分は?」と聞かれた。あの子らは内蔵食べてたので、パンを持ってる方の手をヒラヒラさせながら首を振った。それで通じたようだった。
猫たちのところに戻ってスープを食べながらパンをかじる。うん、正直美味くない。まぁ文句を言うのもお門違いだしそもそも言葉が通じないので黙ってるけどさ。
傭兵たちが鍋に群がって食事をしてるのを見ながら自分の分を平らげた。明日は現場近くの宿場町フォド・ニール(ニール前とかニール傍とかそんな適当な意味らしい)で一泊してから現地へ向かうらしい。半日ロバに乗っててお尻が痛いからさっさと寝よう。




