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猫二匹と始める異世界下水生活  作者: 友若宇兵
第一章
18/75

18話

* オリー *



 うちは通ってる大学から片道1時間かかるので、朝は7時前に起きないと1コマに間に合わなくなる。高校の頃は目覚まし一つで済ませてた。大学に入って自堕落な生活を1月もしたらそれでは足りなくなってしまったので、昔から使ってる目覚まし時計とスマホのアラームをセットして時間差で鳴るようにしている。寒いベッドから起き上がっても猫たちは温かい布団の中でずっと寝ているのは不公平だと思っていた。


 扉を叩かれる音で目が覚める。寝ぼけた頭で反射的に目覚ましを探すが、そんなものは無いし、そもそも音がなってるのはそっちじゃない。


「ウニャー?」


 まだ声が猫だった。この魔法っていつまで続くんだろ? まさか一生このままってことはないよね? そうだと言ってよビアンコ!!


 ちなみにビアンコもカルネも僕の横で寝てた。いつの間にかベッドの端に追いやられ、真ん中には猫が二匹固まってる。いやそれはおいといて起きないと。一体なんの用だろう。


「火急につき失礼します」


 家宰の人が入ってきた。ノスルさんだっけ。後ろにはお姫様も居るね。


「ニャアニャニャ?」


 なんですかね? と言ったつもりだった。勿論伝わらない。ビアンコ起こさないと。いや、猫たちはとっくに起きてるけど寝たふりをして様子を伺ってるみたいだな。さすがは野生。いや飼い猫だけどね。


「こんな早朝に一体何事でしょうか」


 ようやくビアンコが応対する。


「猫は居るな……」


 二人共猫たちを見て顔を見合わせる。うん? なんだろこの空気。


「わざわざこんな時間にお二人で来られたのです。早く用事をおっしゃっては如何でしょう?」


 しかしこいつはあれだな。言い方と言うかなんというか。慇懃無礼ってやつ?


「庭に一本大きな白樺の樹がありまして、昨日まではなんともなかったものが、今朝見ると酷いありさまでして」


「ニャニッ?」


 白樺ってこっちの世界にもあるの? それとも相当品とかそういうあれ? とか思いながらベッドから起き出して窓辺に寄ってみる。昨日言われたように確かに良い景色だな。……うわっなんじゃこりゃ。それなりの大きさだったであろう白樺の樹が途中からへし折られ、根本近くは物凄いばらんばらんにされてる。白髪ねぎもかくやというほどのさらさら具合だ。


「ウニャー……」

 

「お客様を疑うような真似をしてお恥ずかしいのですが、現状この家で家人に気づかれることなくこのようなことを成しうるのはそちらの猫たち、特にキジトラちゃん以外にはいないのではと……」


 お姫様がカルネを見下ろしながら続ける。


「カルネ、お前がやらかしたのですか?」


 ビアンコの弟を見る目は冷たい。この猫たち、兄弟仲は良くてお互いを信頼してはいるようには見える。でも、お互いがお互いを馬鹿にしてるとまでは行かないものの、始末に負えない相手だと思っている節がある気がする。


「いやー、昨日夜中に庭を散歩してたら爪とぎがしたくなってよぉ。丁度良いところにこれまた良い枝っぷりの樹が生えてたから軽く引っ掻いたら興が乗ってきてな」


 ついやっちまったぜ、などと可愛げに言っても怒るからな! 昔なら誤魔化せたかもしれないが、今のお前は面倒くさがりなヤンキーがインストールされている猫だということを知ってるから誤魔化されん!


「フーッ!」


 カルネに怒鳴りつけてからお姫様たちに頭を下げる。


「ニャニャー、ニャアニャア」


 私が謝罪しているのが一応あちらにも伝わってはいるようで、やっぱりか、という顔をする二人。


「弟が白状致しました。お許しが頂けるなら、私に一手試させてください。見事な血族の樹に生まれ変わらせて見せましょう」


「参考までにお聞きしたいのですけど、血族の樹とは? 樹を变化させる魔法というのは一体どんなものなのでしょうか」


 やっぱり魔法のことになるとお姫様は食いつきが違いますね。家宰さんは端からどうでもよさげな顔をしてるのに。


「白樺の樹ですから、私と同じように見事な白い毛皮を持つ、長さ30mほどの胴体と首を持った血族の樹に育つかと。仕込めば侵入者を自動的に処理してくれるようになるでしょう。雨さえ降れば食事も要りません。経済的ですね」


 怖い! ジョジョかと思ったらバイオで出てきそうだよ! 


「それは便利そうですね……」


 お姫様もドン引きして口元引きつってる。家宰さんはそんな事ができるのかと訝しげに睨んでる。


「馬鹿げた話はそれくらいにしていただきたい! あの樹はまだ奥様が元気だった頃に、当主と一緒に植えた思い出の樹なのです。それがあんな有様になって心痛のあまり当主は寝込んでしまわれました」


 あー、大事な樹だったのね。どうしよう……。ペットのしたことは飼い主の責任だよねぇ。色々お世話になっている(今後もなる予定だった)のにこれはまずい。


「だから私は反対したのです! このような者たちを屋敷にあげるなど!」


「叔父様、お客様の前ですよ」


 謹んでください、とお姫様は言ってるもののブチ切れもしゃーないのでは。他人事じゃないけどさ。


「この者たちはもう客でもなんでもありません!」


「客人の不調法が今まで無かったわけでもないでしょう。それにお客様かどうかを決めるのはお父様です。今の発言は領主の権限を侵害していますよ。気をつけた方がよろしいかと」


「お嬢様にそんな心構えを説かれるまでもありません!」


 うーん、おじさんヒートアップしてるなぁ。


「ニャー、ニャニャー(本当にごめんなさい。どうやってお詫びしたらわかりませんが、この償いはなんとかしたいと思います)」


「さっきからにゃあにゃあふざけてるのか!」


 おっとさらに逆上した。そういえば家宰さんは昨日の食後の話し合いには居なかったから僕がこんな有様なのは知らなかったっけ。


「オリーは今魔法でこのようになっているの気にしないでください」


「気にしないでくださいってどんなことをしたらそんなマヌケな有様に……」


 この心無い暴言には穏当な僕でも怒りの荒野。お前仮にもお客様やぞ! という抗議をしてみた。


「ニャー!」


「フッ」 


 鼻で笑われた。泣きたい。でも泣いてもニャーだろうから我慢しておく。


「弟の不始末は私の不始末。如何様にもお詫び致しましょう。ですが、現状我々には持ち合わせがなくどう償えば良いのかわかりません」


「叔父様、ここは私に任せていただけますか?」


「彼らも謝罪するとは言ってますが、謝ったから許しましょうで済ませる訳には参りませんぞ?」


「勿論、私もそのつもりはありません。ここはお父様の心労を少しでも減らすべく彼らの力をお借りしましょう」


 彼女はそう言って僕らを見た。そんな冷たい目で見られるとは思ってもみなかった。最初の頃と結構印象変わったなぁ。


「実は近頃街道に魔獣が出没し、周辺住民や旅人、行商人が脅かされています。昨日私と騎士たちが向かっていたのもその討伐のためでした」


 そこまで言って彼女はこちらを見た。反応を伺っているのだろう。とりあえず相槌を打っておくか。


「ニャー」


 いかん、空気が悪くなった気がする。話を最後まで聞いてからにするか。


「この男には気にせず続けていただけると」


 ビアンコゥ! お前辛辣だねぇ! 僕は一応飼い主だよね!?


 僕の抗議の鳴き声も無視して話は進む。


「騎士団が失敗したとはいえ、放置出来る問題でもないので、傭兵を募集してことに当たることにしました。昨日、早速街で人を集めたのですが、時間も無く10人も集まっていません。勿論時間をかければ揃うでしょうが、ことは既に一刻を争う事態なのです」


 ここまで聞けばわかる。僕たちにそれをなんとかして欲しいってことだろう。まぁ昨日もそれっぽいこと言ってたからね。


「ニャアニャアニャア(いや、うちの猫たちが強いのはわかったよ。かといって、魔獣とかいうのと戦えるかどうかはわからないから、簡単には引き受けられないよ)」


「オリー、君が心配する必要はない。我ら気高き瀟洒なる血族がそこらの獣に劣るはずもないでしょう」


「ニャーニャー(余裕だろ)」 


 ビアンコだけでなくカルネもやる気のようだ。


「ニャニャ、ニャー? (お前たちのその自信はどこから出てくるんだよ?)」


 ちょっとうちの猫たち血の気が多すぎでしょう。安請け合いしてどうするんだよ。失敗しても責任取れないんだから。


「ではオリーと猫さんたちで魔獣の討伐をお願いします。こちらからは道中監視のために騎士をつけさせてもらいますし、保険も兼ねて雇った傭兵たちを同行させます」


 そういうことでよろしいですか? とお姫様が家宰さんの方を向く。お姫様もビアンコの言葉を受けて、僕の意見は無視するみたいだ。っていうか、そもそもビアンコが通訳しないと僕の言葉は通じてないんだった。不便すぎる。


「勿論それでも構いませんが、私としては猫を売ったお金で謝罪をしてもらっても問題無いのですよ。言葉を喋れて魔法を使えるとなるとどこの貴族でもひっぱりだ……」


 話の途中で猫たちの気配が明らかに変わった。殺意が陽炎のように立ち上っているのが武道の心得の無い僕にですらわかったくらいだ。家宰さんも言葉を続けることができなくなり、悲鳴をあげて後ずさった。お姫様も息を飲んで硬直している。


「ニャ、ニャー(待て、お前たち!)」


 慌てて猫たちを押し止める。


「ニャニャニャニャ(そんなことにはならないから。安心してくれ)」


 ゆっくりと猫たちは収まっていった。


「あまり、不用意な発言をなさらぬようお願いします。さもなければ自らを霊長などとほざく傲慢な猿に教育しなければならなくなりますので」


「あっ、あぁ、失言だった。用事を思い出したので私はこれで失礼する。お嬢様あとはお任せします」


 家宰さんは足をもつれさせながら逃げていった。血を見るような事態にならなくてよかったと僕もお姫様も胸をなでおろした。


「私はその、そんなこと考えていませんからね。本当ですよ?」


 めっちゃ怯えてる。いや仕方ないと思うけど。僕もビビったくらいだし。


「とりあえず、今日の昼過ぎに募集した傭兵たちが昨日通った西門前に集まる予定なので、騎士二名と従士及び人足とともにそちらに合流してください」


 やっぱり受ける流れのままか。僕がウニャウニャと話を聞いてる横で、猫はもう興味を失ったみたいであくびをしている。ビアンコも聞き取りに関しては通訳が必要なくなったので大分力を抜いてるな。


「合流したあとは道中一晩野営すれば、明日の昼過ぎには目的の宿場町に着くでしょう。そこで町長に騎士たちが話を聞いて魔獣を捜索することになります」


 そこで一旦話を区切ってこちらを見てくる。抗議は伝わらないので諦めておざなりに頷く。


「対象の魔獣は大陸中央部ではよく見られる、トカゲ犬と呼ばれるタイプの生き物らしいです。大きさは大型犬と同じくらい。魔軍が使役することでも有名なのですが、集団戦を好むそうで注意してください」


 詳しいことは私もあまり知らないのですが、とのこと。


「古王国では生息していない生き物なので、騎士も含め見たことのない人間が多いです。雇い入れた傭兵の中にはトカゲ犬相手の戦闘経験のあるものがいるという話しだったかしら。そういった者を中心に戦おうと考えていましたが、貴方達が協力してくれるなら何の問題もありませんね!」


 なんかお姫様嬉しそうだなぁ。なんでだろ、一応お母さんの大事な思い出のものを壊されちゃったわけだよね? お父さんはそれで寝込んだ程なのに。魔獣が出没したってのは小さなことを気にしてるような事態ではないのかねぇ。


 またお昼になったら使いをよこすからそれまで庭でも散歩してきたらどうかと言われた。


 あれ、朝ごはんは無いのかな? そういう風習なのかね。昨日もっと食べておけばよかった……。

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