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高嶺の花  作者: オヤジギャガー
主要登場人物
28/32

高嶺の花 第二十七章

おたきは、眼を見開き、周囲を見渡し、いま自分が置かれている怖ろしい状況に気が付きました。


彼女は、上のほうから髪を引っ張られ、無理やりに立たされております。両肩は二人の屈強な男どもに抑えつけられ、全く身動きできません。男の腕をほどこうと、右手をそこにやろうとしましたが、自らの腕が言うことを聞きません。何故だろう?腕が上がらないのは、何故だろう?そして、気づきました。自分の右腕は、ちょうど肘の少し先のところで途切れ、そこから先がないのです。


おたきの意識の中に、先ほどの瞬間の記憶が戻って参りました。下から斬り上げられ、自分の腕が刀とともに飛んだ光景を思い出しました。そして気を失い、今は(とら)われ、こうして頸を差し伸べられ、いまそれを、(おぞ)ましい敵刃(てきじん)が両断せんとしているのです。


そして、すぐ眼のまえに、あの女の顔があることに気づきました。美しく輝く、華やかで優しげな面貌。自分が憧れ続け、焦がれ続けて来たあの女。いま、あの女が、鼻から息がかかるくらいの至近より、きりりと据わった眼でおたきを目近に睨み、口に抜身(ぬきみ)の懐剣を(くわ)えて、片手で自分の束髪を掴んで、上に引っ張り上げております。




あたしは、この女に殺される!この女の手で、頸を斬られる!この切味の鈍そうな懐剣で、何度も何度も、刺され、斬りつけられ、ごりごり骨を刻まれ、削られてから、ゆっくりと頸を()き落とされるのです。


自分は、どこまでその痛みに耐えられるだろう?どこまで眼を開いて、自分が憧れ続けた女の、悪鬼羅刹(あっきらせつ)のようなこの所業を見届けることができるだろう?どこまで、自分の返り血で朱に染まってゆくこの女の面貌を見つめ続けることが(かな)うだろう?


やがて、顔じゅうを自分の血糊だらけにして、この女は、わが頸を掻き落とし、ぐいと引っ張って胴から離し、雄叫びとともに宙へ差し上げ快哉(かいさい)を叫び・・・おたきは、心の底から、ぎゃあと恐怖の叫び声を上げました。そして、大声で泣き、(わめ)きはじめました。


「許してくれろ、(たす)けてくれろ!あたしはただ、人から言われたことを、しただけだあ!偉い方から、命じられただけだあ!氷上殿が躊躇(ためら)った時には、やれと言われただけだあ!もうやめる、あやまる、だから、許してくれろぉ!このとおりだぁ!」




おたきの肩を押さえる男二人は、この女子の、あまりに哀れな有り様にいささか(ひる)む素振りを見せ始め、不安そうな面持ちで局のほうを見ました。局はそれには構わず、きりりとした眼でおたきの顔を睨みつけながら、口に咥えた懐剣を手に取り、泣き叫ぶその頚筋(くびすじ)に当てました。


ひんやりとした刃が喰い込み、(はだ)を凍らせるような(はがね)の冷たさを伝えて参りました。やがて、少し力が加わり、肉厚の懐剣は、おたきの頚筋にずぶと沈みこみ始めました。


無駄と知りつつ、余計に刃を喰い込ませるだけと知りつつ、それでもおたきは大きく口を開けて、さらに大きな叫び声を上げました。上げずには、おられませんでした。親を失った童のように、飼主を失った仔犬のように、おたきは泣き喚き、詫び言を叫び続けました。大量に唾が飛び、眼前の局の顔にびたびたと掛かりましたが、局は、まったく構おうともいたしません。


おたきは、叫びながら、脳裏をくるくると幼き日の想い出が次々と現れては消えて行くのを感じました。緑濃く、水の豊かな筑前の山野。村の童同士の追いかけっこ、鯰獲(なまずと)り、川遊び。囲炉裏を囲んだ家族の夕べ。村は一年中暖かく、たまには野に出て、星がいっぱいの夜空の下で寝ることもできました。しかし、幸せだった日々は長くは続かず、村には戦の影が寄せ、村は毀され、人は散り散りとなり、自分は幼い姉弟や病身の母を連れて曠野(こうや)へ、そして・・・


そうしていると、ほんのしばしの間だけですが、おたきは、眼前の恐怖を忘れることができるのです。母や弟や、顔を覚えてもおらぬ父や・・・懐かしい顔が、みな笑いながら、次々と通り過ぎて行きました。


任をしくじり(とら)われた細作は、必ず死なねばならない。だが自分は、死ぬのではなく、みんなの元に行くのだ。あの笑顔の数々に、また会いに行くのだ。


おたきは、やっとのこと、観念いたしました。


なにも見えず、なにも聞こえなくなりました。痛みすら、なくなりました。やがて、後ろの頚筋につと、堅い物が触れたような気がいたしました。そしてそのまま、おたきの意識は、静かに闇の彼方へ落ちていったのでございます。




そのとき観念したのは、左座も同じでございました。彼は、市川局の不退転の決意を知り、懐剣でおたきの頸を落とそうとしていた局を制し、退がらせてから、自分の刀を抜き、これを一閃させて、瞬時におたきの頸を斬ったのでした。


おたきは、痛みを感じる暇すら無かった筈でございます。この哀れな細作の末路に手向(たむ)けた、せめてもの武士の情けであったと申せましょう。


市川局は、まったく表情を変えず、おたきの束髪(たばねがみ)を持って立っておりました。胴から離れたおたきの頭が、その先に下がり、左右にぶらぶらと揺れておりました。おたきは眼を閉じ、なにも起こらなかったかのように安らかな死に顔をしておりましたが、その頸からは黒い血がぼたぼたと(したた)り、糸を引いて櫓の床に落ちておりました。


周囲から、悲鳴とも嗚咽(おえつ)とも知れぬ声があがり、人々は、怖れと畏敬のこもった眼差しで局を見上げました。その横で、なぜか左座は息を弾ませ、口を開け、ぜいぜいと肩を波打たせております。恵心和尚は、眉根をひそめ、ひとしきり局を睨んだあと、細い瞼の奥にそっと感情の光を隠しました。そして、両手を合わせておたきのために祈りました。




眼下では、よりいっそう大きな声で、大内輝弘が喚いておりました。

「なにをする!なにをする!左座止めろ!かな、してはならぬ!」

そして、その願い叶わずおたきの頸が打たれたと気づくと、

「ああ、ああ・・・」

(むせ)びながら、ただ馬上に揺られておりました。いつの間にか手槍をとり落としていた彼は、やがて手綱からも手を放し、顔を覆って泣き始めました。傍らに居た武弘が馬を寄せて父の肩を抱き、一生懸命になにごとかを言い聞かせております。


もちろん、輝弘が敵前でこれほどまでに取り乱したのは、顔馴染みのおたきが討たれたからではありません。敵城に潜入し囚われた細作を待つ運命は、ただ死あるのみ。それは、西国でも畿内でも東国でも、常に変わらぬ戦の掟。それどころか、長く繋がれ、鉄鞭で打たれ水で責めたてられるような地獄の苦しみを伴う拷問に遭わなかっただけ、おたきは幸せな最期を遂げたとすら言えるのでございます。


輝弘が顔を覆い泣き咽んだのは、市川局が、冷静に、そして冷酷にこの(むご)い断を下したからでございます。局は、一度たりとも逡巡せず左座に処刑を命じ、従わぬと見るや、あろうことか、自ら懐剣を取り出してこの哀れな女子の頸を切断しようとすらしたのでした。


それは、彼が長年、海の向こうで想い出し、毎夜のように夢にも見た、あの美しいかな様の姿ではございませんでした。瞳を輝かせ、月の光のなかで優雅に、たおやかに舞った、あの麗しいかな姫の姿では、ございませんでした。


氷上が心のなかに持っていた、小さな宝物が、いま、音を立てて(こわ)れてしまったのでございます。氷上の恋は終わり、氷上が胸に懐き続けた愛は、戦場(いくさば)の泥と硝煙と、そしておたきの血とに塗れ、破れてしまったのです。




そして・・・。


あの怖ろしい、とても怖ろしい光景を、輝弘が、左座が、和尚が、そして元教様が、その場に居た皆が目撃することとなったのでございます。




市川局は、まだ血のしたたり落ちるおたきの頭の束髪を掴んだまま、櫓門のへりにすっくと立ち、悠然と眼下の、死骸だらけの戦場を睥睨(へいげい)し、その合間で馬の背に揺られ咽び泣く輝弘に向かい、(あざけ)るかのように言い放ちました。


「大内殿、そろそろお帰りか?」

輝弘は答えられず、代わりに、(かたわ)らに居た武弘が怒鳴り返しました。

「あまりに、あまりに無慈悲な成さりよう。でうすの神は、きっと悲嘆に暮れておられる!わが母ともなるべき御方が、斯様なまでに無慈悲な、無道な、悪魔であったとは!」

「そなたが誰か、そしてなにを言っておるのか、妾には、とんと判らぬわい。異国の、邪宗の神など、嘆こうが怒ろうが悲しもうが、妾の知ったことではない!」

「悪魔!悪魔!いや魔女だ!地獄の劫火(ごうか)()かれるがよい!」


武弘は、こう言い捨てて、なおも泣き崩れる父親の肩を抱き、その場を去ろうといたしました。すでに力を失った輝弘の身体は、我が子にただ、引かれるがままでございます。二人の武者を載せた、二頭の馬が、高嶺城からきびすを返し、もと来た方向へ戻ろうとしたその瞬間・・・




櫓門の上から、宙に向けてなにか黒い大きなものが飛び、ぐるぐると回転しながら空高く駆け、二騎を飛び越え、歩を進める馬の(ひづめ)の前方へ()ちて参りました。


それはまず、すでに討死して(たお)れた大内武者の兜の鉢に当たり、おおきく跳ねて、血と泥の混じった黒い水溜りに高い飛沫(しぶき)を上げ、ばしゃりと大きな音を立てて落下いたしました。そして、いったん宙高く舞い上がった飛沫が、やがて細かく砕けて周囲に雨のように落ちるとともに、その黒いものが浴びた血と水とがゆっくりと流れ落ちて行き、その下から、眼を(つむ)ったおたきの顔が現れたのでございます。


武弘は、ぎゃっと声を上げて、そのまま馬の尻に鞭をくれました。十字をあしらった美麗な旗指物を指した二騎は、まるでひとつの生き物のように相互に絡み合いながら、一目散に高嶺城の大手門より退却していきます。


そしてその後を、市川局の哄笑(こうしょう)が高らかに響き、追いかけていきました。局は、去っていく二騎の影に向かい、笑いながら、こう叫んだのでございます。

「待て、臆病者らよ!忘れ物じゃ、土産に持って帰るが良いに!」


二騎の影は、かなたに没して行きました。




おたきの頸を投げたのは、もちろん、市川局でございます。局は、二騎が背を向け去ろうとし始めるや、握っていたおたきの頸の束髪を肩の上に振り上げました。周囲の者らが眼を(みは)りましたが、局は構わず、束髪を掴んで、その頸をぐるぐると頭上で激しく廻し始めたのでございます。


髪の先にくっついた頭の重さで、どんどんと(いきおい)が付き、やがて眼にも止まらぬ(はや)さとなっていきました。そして当然のこと、木の切株のように裂けた頸の傷から大量に血が飛び、ねっとりとした糸を引きながら、血糊となって四方に()き散らされていきました。


その場に居た全員が、この血糊の雨を顔に浴び、全身に浴びました。つい先ほどまで、おたきの肉体の一部であった血と肉の欠片(かけら)が、彼女の処刑を見届けた一同の肉体に、飛沫(しぶき)となって飛びかかっていくのでございます。ぎゃっ、と悲鳴が上がり、何人かの屈強な侍どもが、腰を抜かしてその場に崩折れました。


局は、ひとしきりそうやって頸をぐるぐると廻したあと、勢が(きわみ)に達したと見るや、束髪を掴んでいた手を放し、それをかなたへと放り出したのです。


おたきの頸は、空中でぐるぐると回転しながら勢いよく飛び、二騎の頭上を飛び越して、黒い水溜りに落ちました。


戦の勝敗を決めたのは、初日の、この一撃でした。




八千名と百三十五名。


古今の歴史に前例のない圧倒的な兵力差を埋め、出来損ないの古城に急ぎ籠もっただけの少数の軍勢が、かくも巨大な大軍を止め、その後なんと十日間ものあいだ耐え抜くことができたのは、ひとえに、戦の初日、天から降臨したかのような戦の女神が、あたかも悪鬼羅刹さながらの所業で敵将の抱いていた甘い幻想を砕き、その精神を根底から破壊し去ったからなのでございます。


息子とともに帰陣した大内輝弘は、もはや、戦意を失った蝉の抜殻に成り果てておりました。その日の昼過ぎまでは生き生きとしていた彼の眼は、光を失い、配下になにか問われても、ただどんよりとした視線を投げるだけでございます。


全軍一気の総攻撃があちこちから具申されましたが、うわの空の輝弘は、ただ、力なくそれを却下し続けました。曰く、

「まだ、まだ交渉の余地がある」

「敵勢の火力、侮り難し」

「吾、敵城をよく()れり。天険を(たの)む無類の堅城、軽々(けいけい)に寄せたるは(わざわい)あり」

「女子の大将を戴く敵勢を鏖殺(おうさつ)せば、大内の行末に幸あらず」

「いましばらく様子を見、敵勢降を乞わば、これを()れん」


一時(さか)んであった大内軍の気勢は、その日を境に、だんだんと(しお)れていってしまいました。新たなる大内家の勃興を、新たなる山口の建設を夢見て集ってきた男たちは、敵の小勢に萎縮していつまでも動かぬ大将に愛想を尽かし始め、にわか仕立ての大軍の軍規は緩み、統制がとれなくなってゆきました。


ひとり去り、ふたり去り。やがて、集団でこの大軍から離脱する者らが出はじめ、遂には一手の将が、隊ごと抜け出て帰郷してしまうような事態が起こり始めました。ある将なぞ、白昼堂々と軍議の席で輝弘を(なじ)り、そのまま隊を率いてどこかへ消えてしまいました。そして去り際、彼はこう言い捨てたのでございます。

「海を越え、わざわざ余計な波風など立ておって。我らに、(むな)しき夢なぞ見せおって。汝らの所為(せい)で、危うくなるはまたも我らの頸だけじゃ!」


輝弘は、そうした報を聞くたび、采を投げ、ぷいとどこかへ消えてしまいます。残された嫡子の武弘が、必死に配下を(なだ)め、父に代わりて総攻撃を下命しましたが、それに従う者は僅か。しかも、すでに統制の取れなくなった大軍の発起(ほっき)は鈍く、攻撃は各勢ばらばらで、それぞれ容易に敵の種子島の早合撃ちの餌食となってしまいました。




市川局は、奇蹟を起こしました。


その後の十日間。高嶺城は、しばしば、独断で散発的に攻め寄せてくる敵の攻撃を、ますます熟練の度合いを増していく早合射撃で凌ぎました。そして、こちらから毎夜のように闇に紛れた出撃を行い、数丁の種子島を携行した斬込隊が敵陣のあちこちを撹乱(かくらん)し、大軍の戦意を少しづつ削り取っていきました。


もちろん、攻撃のごと、数名づつの犠牲が出ました。しかし、敵勢の犠牲は、つどその数倍。魂を失った大軍は、まるで壁に掛かった虚ろな掛軸のようにそこに垂れ下がり、ただ()たれるがまま、斬られるがままにたゆたい、前後に揺れ、やがて、ぼろぼろの絹の切れはしと化していってしまいました。


戦意を失い、大軍の指揮の任を放擲(ほうてき)した大内輝弘の不甲斐なさに愛想を尽かした者どもが、次々と陣を()て、各地に散っていきました。その勢いは徐々に広がり、数日後には、止まらなくなってしまいました。


なぜなら、大内勢の陣に、噂が流れ始めたからでございます。


赤間ヶ関に居た毛利元就公が、この変報を聞くや即座に決断し、九州へ渡海していた味方の全軍に総引き揚げを命じたと。そして、四万を数えるその大軍は、追いすがる大友軍の激しい追撃を(かわ)して、なんとか門司より海峡を(わた)って撤収し、いま海のこちら側で軍を整え、再編成中であると。


北からは吉見勢が、東からは安芸の留守居の勢が。そして、劣勢に恐れをなして再び毛利への寝返りを決めた村上の三島水軍が、いちどは開けた海をまた塞ぎ、大内勢の豊後への撤収を不可能にしてしまったと。


全軍の集結、再編成を待たず、勇猛果敢をもって鳴る吉川元春殿の指揮のもと、復仇に燃える約一万の大軍が、すでに長門を発ち、大内の叛乱軍を(みなごろし)にするべく、ごくごく間近にまで迫っていると。


次々と流れる噂は、そのことごとくが真実(まこと)でした。




やがて、吉川軍の先鋒が砂塵を蹴立てて山口郊外に到着、一方的な会戦で、十日前の勢など見る影もなく衰弱した大内軍を、あっという間に破砕いたしました。大内輝弘の周囲を固めた忠実な死兵たちは、最後の最後まで勇敢に抗戦いたしましたが、今や、彼ら自身の兵力が僅か数百に減じていたのでございます。怒りに燃え、長門より一気に駆けて戦意旺盛な吉川軍は、彼らの(こう)を一切受け入れず、無慈悲に、徹底的にこれを殲滅(せんめつ)いたしました。


大内輝弘は、息子の武弘とともに、いったん上陸の地、秋穂浦に逃走しましたが、そこにはすでに船影などございません。切支丹の輝弘は、なおも生を諦めず、残り僅か百名ばかりとなった味方を収容できる船を探して東に向け逃走を続けました。しかし、いったん劣勢となった彼らを救けるものは誰もなく、逆に、周防のあちこちから毛利家へ忠勤を励む者どもがわんさと湧いて出て、彼らの行方を妨げました。


遂に、浮野の峠で万策尽きた輝弘は、切支丹でありながらそのまま自害したとも、あるいは、最後に斬り込みをかけ、乱戦の中で息子とともに人知れず果てたとも言われます。その最期は明らかではございませんが、輝弘と武弘、親子二人の頸が、そのすぐあと毛利元就公の本陣に届けられたのは確かなことでございます。元就公は、海を越えてやってきた勇敢な敵将を手厚く弔い、ここに大内輝弘の乱は、終結したのでございます。




いったんは掌中より失ってしまった、高嶺の花。それを十二年ののち、また取り戻そうと、氷上太郎は海を渡り、希望に胸を膨らませながら山口へと戻って参りました。


花は、確かに、まだそこに咲いておりました。


しかしそれはかつてとは違い、遥かな、あまりにも遥かな高みに咲き、もはや氷上の手の届かぬものとなっていたのでございます。そして、花を掴み損ねた者、掴めぬ花を無理に掴もうと手をいっぱいに伸ばしてしまった者、ひとりの例外もなく、こうした者らを襲う運命が、彼をも襲うことになりました。


氷上は、墜ちて行きました。眼下の奈落へと。失意と絶望の淵へと。極楽転じて地獄へ。世にも稀な有為転変(ういてんぺん)の運命に翻弄された氷上がこの世で最後に見たものは、いったい、何であったのでございましょうか。


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