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高嶺の花  作者: オヤジギャガー
主要登場人物
23/32

高嶺の花 第二十二章

一夜を費やして、どんどんと膨れ上がる軍勢を再編成した大内輝弘は、夜明けとともに全軍へ進発を命じました。


そのとき、大内勢は、なんと総勢八千名を越える一大軍団となっていたのでございます。これだけの大軍ともなると、その指揮統率にはたいへんな労苦を伴います。よって、輝弘は、地元勢から選抜した、五百名ばかりの先発隊を先に出し、次に輝弘自身に付き従ってきた豊後勢一千、そしてそのあと、着到順に並べた味方勢を八隊に分け、それぞれ軍監を付け、時間差を設けて随時進発させました。


この配慮により、狭い回廊を渋滞させることなく、大軍が円滑に進んで行くことができます。しかも、後方八隊のうち三隊には峠越えを命じたため、ちょうど良い具合の分進となり、昨夜の浜辺での混乱状況から考えれば、考えられないくらいに整然とした進軍を行うことができました。輝弘には、こうした手配りをそつなく行う能力がございました。


すでに、進路を塞ぐ邪魔者は、昨夕までに排除してあります。峠を行く三隊は、昨日の戦闘で討ち死にし、討ち取られた井上就貞らの(くび)が、斬られてそのまま木の枝から吊るされているのを横目に、悠々と山越えをして行きました。


やがて先発隊は、山口市街を遠くに望見する野に到達しました。後続を待たず、まずは彼らがそのまま町に入り、安全を確認します。そして、もし敵守備隊の大将が降を乞わば、これを傷つけずに輝弘の前まで丁重に案内するよう、厳命されておりました。五百名の地元兵らは、槍穂を前方に突き出しながら、慎重に町へと入っていきました。本日、まだ敵兵の姿は一兵も見ておりません。道も町も、なにもかもが静かでした。


山口への無血入城と、それに続く高嶺城への整然たる進軍。そして全軍そこに集結し、静かに、大軍の威を見せつけます。高嶺の、かつて輝弘も眼下に山口の市街を眺めたことのある位置からそれを見下ろす市川局は、きっと、交戦の無駄を悟ることでありましょう。輝弘は、いや、氷上太郎は、知っておりました。かな様が、勇敢ではあるが、決して無謀な姫などではないことを。そして、深い情に溢れ、無駄な人死(ひとじに)を是とするような無慈悲な姫ではないことを。


もうすぐ、彼が長年望んできたことが、成就します。

彼は、遂に、やり遂げたのです。




やがて、あとに続く本隊にも、山口の町の外縁部が、うっすらと見えてまいりました。輝弘にとって、心の底から、懐かしい光景です。かつては、自身が住み、暮らした町。

その地理は、自ら歩き廻り、隅々まで知っております。


また輝弘には、現在の山口防衛の人事についても、すでに詳細な知識がございます。奉行の市川経好は、遠く博多の戦地にあり、しかも最近の立花城崖下での激戦に巻き込まれ、行方不明となっていることがわかっておりました。井上就貞は昨日、その手勢ごと糸根峠で討ち取ったことを確認しております。内藤就藤や山県元重は、数十名程度の小部隊を率いた経験しか保たぬ侍大将。そして経好の長子、すなわち輝弘自身の実子であり、かな様との愛の結晶ともいえる市川元教様は、まだほんの十四歳の若武者です。


要するに、現在、山口に残る、ないし高嶺城に籠もる軍勢のうち、まともな規模の軍を率いた経験のある将は皆無。よって、残軍の指揮統率は、ばらばらになってしまっている筈なのです。こういったことどもは、地元から秋穂浦に参集してきた大内氏の旧臣たちから得られた報でございました。彼らは、今は毛利氏の配下で冷遇され、下賤な役割で追い使われている身分ではございますが、同時に、間近でいろいろなことを見聞きすることのできる者たちです。彼らは、腰を折って愛想よく支配者たちの申し付けを聞き、怜悧な武家の眼で支配者たちの内幕や事情を探りながら、そこから(すく)い取った確度の高い知らせのみを、輝弘にもたらしたのでありました。


静まりかえる山口の町。残軍は高嶺に退がり、兵力は皆無。これから、物見の任を与えた先発隊の復命を待って、各隊、順番に堂々とあそこに入城します。輝弘がかつて、能舞台で采女の舞を舞い、道場を開き、美しき姫と愛し合った、あの町です。あの懐かしき山口が、いま、腕を開いて自分を差し招いています。十四年前、この町を去る時に託した、

(わし)はどんなことをしてでも、また戻る。そして、おぬしを迎えに参る。」

という伝言を、彼は実現したのでした。




しかし、輝弘には、やや気がかりなことが、二つばかりございました。


まず、敵勢に、あの左座宗右衛門が混じっているらしいこと。彼が、旧主・大内義長公自刃のあと、敵方の市川経好に拾われ、そのもとで長く仕えていることはわかっておりました。あの左座が・・・武芸軍事全般に通暁(つうぎょう)し腕も立つ男が、高嶺城でどれほどの役割を果たしておるのか。旧友としてその実力をよく知る輝弘にとっては、まずそれが一番の心配事でございます。


また、次に、妙な音のことがございます。はじめは自分の耳鳴りかと思っていたのですが、先ほどから、ときどき、かすかな太鼓の響きのようなものを感じます。いっとき、なにかがどんと鳴って、そのあと(こだま)が宙を響き渡り、空のあちこちに反響して、やがて消えてゆくのです。その不思議な音は、一定の間隔で起き、響き渡って参ります。そしてそれは、町に近づくにつれ、徐々に大きくなって参りました。


あれは、何であろう?


輝弘は、考えました。豊後に数門ある大筒(おおづつ)の一種のようですが、あのように希少で高価なものが、毛利領内の、この戦線後方の安全な町に据え付けてあるという噂は、聞いたことがございません。輝弘は、定期的に山口から寄せられる諜者からの報に接し、この町のだいたいの防衛施設のことを、よく知っておりました。大筒を据え付けるには、大きな陣地と砲台、陣屋などの設備が必要です。しかし輝弘の知る限り、そのような大掛かりな備えは、この町には、ございません。




同じその音を、町に入った先発隊の将兵も耳にしておりました。彼らは、一列の縦陣になって、数本の辻道から、同時に町の中へ浸透して行きます。しかし、町には敵影一兵たりとも見えず、各戸は扉を閉ざし、住民たちも外に出ては来ません。それなのに、どこかから、あの不思議な音が、一定の感覚で空を鳴りわたって参ります。


かつてこの山口に居たことのある者は、町のあちこちに住み着いていた唐商人が、邪気を(はら)うため火を()けて鳴らす、爆竹なる仕掛けを思い起こしました。それらは、短冊のように結わえられており、ひとつ火を点けると、ぱちぱちと続けざまに弾けて火花を散らすのです。いま鳴り渡っている不思議な音も、そうした、続けざまに弾けるような、音の伸びがございます。


「大筒・・・い、いや、あれは種子島の音じゃ。」

誰かが口にしました。言われてみるとそのとおりかも知れぬ、と各兵たちが思ったところ、その矢先、またもう一発、どどんと鳴りました。幾つかの種子島が、筒先を揃えて一斉に鳴り渡る音。一丁や二丁ではないので、音が合わさり、まるで大筒のように大きく聞こえるのです。


しかし、いま自分たちがその目標になって撃たれているわけではありません。

どこから、誰が?


やがて、隊列の脇にはみ出た一名が気づき、(うしとら)の方角を指差しました。

「あれは・・・遠くじゃ。あの、鴻ノ峰のほうで鳴っておる!」


鴻ノ峰。あの、市川家の者を中心に、山口防衛の毛利軍残党が立てこもっているという山です。物見の報告では、そこには、ほんのわずかな兵どもしか居らぬとのこと。ところが、あの山から、何度も何度も種子島の音が鳴り響いてくるのです。それも、一丁二丁の音ではありません。少なくとも十か廿(にじゅう)、いや、それ以上の種子島が、一斉に鳴り渡っているように思えました。


城兵どもが、早く攻め寄せて来いと当方を挑発してきているのでしょうか?それとも、こちらの寄せを怖れ、ただ必死に虚仮威(こけおど)しをしているだけなのでありましょうか?




一定の間をおいて鳴り渡る轟音と殷々(いんいん)たる残響は、大内の先遣隊の兵らが気づいたとおり、高嶺城の大手門の櫓上から発するものでした。櫓上、そして門脇の櫓台に据え付けられた盾と盾のあいだから、幾つもの黒い筒先が伸び、「放て!」という掛け声で一斉に火を噴きました。放たれた弾丸は、まっしぐらに飛翔し(もちろん、そのさまは眼に見えませぬ)、大手門前の広場の向こう側に立てられた杭の付近にてぱちぱちと弾け、いくつもの土埃を立てました。


撃ち終わるや否や、筒先は一斉に引っ込み、またすぐぬっと突き出してきて、次なる掛け声とともに一斉に轟音を放ちます。そしてまた引っ込み、また出てきて、次の一斉射が。そうやって次々と射弾を浴びた目標の杭は、いまでは半ばが折れ、木肌が裂けずたずたになり、見る影もない有様となっております。櫓上には、玉薬(たまぐすり)の焦げた匂いがたちこめ、黒と灰色の禍々(まがまが)しい煙が濛々(もうもう)と湧き、風に揺られながらあたりに散ってゆきました。


やがて、「止め!」という声が掛かり、櫓上に左座宗右衛門の姿が現れました。周囲には、同じく根来衆と内藤勢、そして数名の下人などが立ち上がり、矢狭間(やはざま)のあいだから姿を覗かせました。皆、一様に廿間(にじゅっけん)ほど先の杭を見つめます。


「まだ、弾が少し散っておる。」


左座が、彼らの一斉射撃の腕を評して、そう言いました。

「しかし、(いくさ)までに(とき)あらず。とりあえず、狙いはこの程度で充分。それよりも、装弾の(はや)さじゃ。ずいぶんと良くはなったが、まだ足りぬ。勝負は、装弾の疾さ。そして、切れ目なくあの目標に対し筒を向け、銃火を浴びせ続けることじゃ。そのためには、おぬしらが相互を信頼し、力を合わせねばならぬ。」


そう言って、各銃の射手たちを見渡しました。そして、その後ろに控える、二名ないし三名づつの男たちにも眼を注ぎました。彼らは、それぞれひとつのかたまりになり、その廻りには撃ち終わった種子島が散乱しておりました。そのうち、いくつかの筒先からはまだ、紫色の煙がたなびいています。




彼らは、ひとつあたり四名からなる、種子島射撃のための組でした。櫓の壁によりかかり、矢狭間から標的を狙う銃手が一名。一弾撃つと、すぐさま撃ち終わった種子島の筒を、後ろに控えた受手に渡します。彼は筒を受け取ると、すぐさま筒先をまず軽く吹き、その銃尾を地につけ、筒先を、手覆(ておおい)をした指で押さえてしばし待ち、そのまま離します。すると、筒はしばし立ったまま止まり、ゆらりと倒れて行きます。その間を利用して、倒れゆく筒を左手ではっしと受け止めた者が、右手に持った早合(はやごう)なる容器から、弾と火薬とを筒先に一気に注ぎ入れます。それを次の者に渡し、彼は手にした槊杖(さくじょう)を差し入れ、一気に()き固めてから、銃手に渡すのです。


新たな種子島を受け取った銃手は、まず銃の側方にある火蓋を開き、胴丸(どうがん)の縁からぶら提げた小袋を手に取り、そこから着火のため細かく砕いた火薬を注ぎます。そしてまた火蓋を締め、火縄を火挟(ひばさみ)に挟んで狙いをつけ、火蓋を切って引鉄(ひきがね)を引きます。


撃ち終わると、銃手はまた受け手にその種子島を放り、同じ流れが繰り返されます。通常の鉄砲組では、ひとりの兵にひとつの種子島が宛行(あてが)われ、彼は、先の一連の動作を全部自分で行ってから撃たねばなりません。また、本来、弾と火薬は別々に筒先から入れる必要がありますが、早合(はやごう)は、あらかじめこの手順を略して、弾と火薬をひとまとまりにしたものでございます。これにより、次の弾を撃つまでの手順が、半分ほどになり、それだけ(はや)く連射が効くことになるのでございます。


早合そのものは、握りこぶし程度の大きさの、竹や革を漆で固めた入れ物に過ぎませぬ。このなかに、弾、そして火薬を入れ、持ち運びの最中に(こぼ)れないよう封をしただけのものでございます。しかし、林泉軒は、この早合をあらかじめ各銃あたり三百ほど用意し、胴乱(どうらん)という、腰に提げることができる箱の中に十づつ詰めて、自在に持ち運びできるように工夫しておりました。城の櫓上から撃つ場合、あらかじめこの胴乱を組手どもの後方に並べ、次々と封を切って口を開いておけば、すぐそれを抜き取って、筒の中へと注ぎ入れることができるのです。


この用意により、八十名よりなる廿隊(にじゅったい)の鉄砲隊が編成されました。彼らは、人数を遥かに越える種子島を好きなだけ使って、それをぐるぐると受け渡しし、ほとんど切れ目なく次々と撃ちつづけることができるのです。しかも、うち六十名は、実際に狙いをつけて撃つという動作はしないため、さしたる熟練も要りません。ただ、目の前に置かれた筒を受け渡しし、早合を入れ、それを搗き固め・・・という、自分に割り振られた単純な動作を続けるだけで良いのです。


もちろん、各組が円滑に種子島を受渡しできるよう、なんども鍛錬する必要がございました。昨日の夕刻に林泉軒からこの大量の贈物を受け取ってから、大急ぎで左座と根来衆とが合議してこの組手の仕組みを練り上げ、そのあと夜通し、撃たずに銃を取り回す動きだけを鍛錬し続けました。その結果、各組の動きと連携は目を(みは)らんばかりに上達し、すでにくるくると滑らかなる動きで、常に三丁か四丁の種子島が受渡されるほどになっておりました。


先ほどからしきりと鳴り渡り、彼方の大内兵を不安に慄かせているのは、主としてこの受渡しの動きを、実際に種子島を撃つ動作を入れて行っていた、いわば仕上げの鍛錬であったのです。


もちろん、各銃手は、あらかじめ定めておいた目標に向け確実に命中させることができるよう、距離と確度を調整しております。実際に早合を込めて撃てるこの機会に、それを確かめ、続けざまに、ほぼ全弾を目標の至近に浴びせかけることができました。多少、弾痕が散っているのは、銃手の狙いが悪いからというより、もともとの銃の癖か、玉薬の相性、玉の形状が真丸でないが故でありました。この程度の誤差は、実戦においては気にせず撃ち続けるのが最上です。


ともかくも彼らは、通常よりも遥かに短い間で、敵に多数の弾を、嵐のように浴びせかけ続けることができるのです。この火力は、優に数百の鉄砲衆の実力に相当しました。左座が、「これで、勝てる」と言ったのは、ひとえにこの集中射の威力で、寄せ来たる敵の腰が砕けることを期待しての言葉であったのです。


こうして、即製の恐るべき銃隊が一夜で編成され、櫓門上に十五組、さらにその上にしつらえられた小窓に二組、脇の櫓台上に三組ほど配されておりました。




「これほど無駄弾(むだだま)を撃って、大丈夫か?戦はまだ、はじまってもおらぬ。」

脇から、元教様が口を挟みました。先ほどの一斉射撃の号令は、元教様が出していたのでございます。左座は、澄ました顔で言いました。

「無駄弾では、ござらぬ。この鍛錬の一弾一弾が、打ち手に落ち着きを与え、いざ戦となったときの腰のすわりに(つな)がり申す。さすれば、いざという時に、この距離ならば寄せ来る敵を片端から打ち倒すことができ申そう。若、これは決して無駄弾に(あら)ず。」


いつのまにか近くに寄って来ていた恵心和尚が、ふたりの間に割って入りました。

鬼哭啾々(きこくしゅうしゅう)とは、このことぞな。まるで地獄の火責めのようじゃ。恐るべき、罰当たりな攻め口じゃのう・・・このぶんでは、百や二百どころではない人死にを生ずることになる。おぬしら、ここで生き残っても、将来、決して極楽には参れぬぞ。」


「もとより、左様なこと、願うてもおらぬ。」

乾いた笑いとともに、左座が答えました。

周囲の根来衆も、にやりと笑って無言の同意を示します。彼らの眼は、一様にぎらぎらとした光を放ち、久方ぶりの戦闘と殺戮(さつりく)とを、心待ちにすらしているように見えます。和尚は、自分がここに連れて来た僧兵たちの、戦を目前にした変わり様に、苦い顔をしました。

「まあ、我らが全員死んでしまうよりは、良い。それで手を打とう。好きに殺すが良い。しかし、末世じゃのう・・・。」

そう言うと、和尚は(うつむ)いて小声で念仏を呟き、やがてぷいとどこかに行ってしまいました。




誰も居ない山口の街路に、一陣の風が吹き寄せ、土煙を巻き上げて去って行きました。濛々と立ち込める土埃が視界を奪い、兵らの眼と鼻と耳の穴へ襲いかかって来ました。隊列の全員が、しばし立ち止まり、咳き込みながら眼を腕で覆い、下の方を向きました。


先発隊の隊長は、前方かなたで相変わらず鳴り渡る種子島の音を聞いて、決心しました。大内輝弘より命じられた任務は、町の安全を確認し、戻って復命すること。しかし彼は、敢えてその命を無視することにしたのです。別に輝弘に反抗しようとしたわけではございません。しかし、長年、この町を支配し、自分たち大内氏旧臣を圧迫し続けてきた(と彼は感じていました)毛利の残党どもに、こうも公然と挑発されている以上、これに応えない訳にはいかないという、長年の鬱屈(うっくつ)した被支配者としての心情がございました。


また、次陣に控える、豊後から輝弘の連れてきた兵どもに対する対抗意識もありました。このまま輝弘のもとに戻ると、おそらく、自分達に代わってあの豊後勢が高嶺城への一番乗りを果たすことになります。そうなると、この栄えある山口奪回の戦いの功績が、みな彼らの手中に帰してしまうことになると思われました。隊長は、背後に続く部下たちの顔を見ました。みな、一様に、戦いに臨む前の、引き締まった良い(かお)をしております。そして、なにかを期待するかのような眼で、こちらを見返して参ります。隊長は、このまま、なにもせずに戻るわけには、いきませんでした。


先発隊の隊長は、やにわに部下のほうを振り返ると、鞘から刀を抜き、それを宙に突き立てて、大音声でこう呼ばわりました。

「これより、駆ける!あの高嶺城へ向け、突っ込む。突っ込んで、憎き毛利の奴ばらの素っ首、片端から刎ねてくれようぞ!」


皆々、意気軒昂。身分ある士分から雑兵どもに至るまで、おう!と大声で唱和しました。そして、土埃の向こうへ消えようとしている隊長の背を見ながら、遅れじとみな一斉に走り出しました。一隊が走り出すと、隣の辻からそのさまを見ていた別の隊が走り出しました。そして、それを見た別の隊が。そうして、わずかなうちに、先発隊の五百名全員が、烈々たる闘志を胸に、隊ごと抜駆(ぬけが)けすることになってしまったのです。




山口への無血入城と、それに続く高嶺城への整然たる進軍。そして堂々と軍使を派し、名誉ある降伏と全城兵の助命を条件にした申入れを行い、早期に戦闘を決着させるという大内輝弘の目論見は、こうして、もろくも崩れ去ることになりました。


後世に語り継がれることになる、高嶺城(こうのみねじょう)の合戦が、こうやって、なし崩しの流れで始まってしまったのでございます。


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