表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
高嶺の花  作者: オヤジギャガー
主要登場人物
15/32

高嶺の花 第十四章

毛利家の山口奉行・市川経好の妻として、「市川局(いちかわのつぼね)」と呼ばれるようになったかな様の、多忙な日々が始まりました。


まずは母として、幼子(おさなご)を無事に育てる役割がございます。こちらは、乳母や下女が何人もつき、煩わしいことどもはみな彼女たちがやってくれるのですが、かな様は、自ら乳を与え、日になんども幼子を抱いては、笑いながら語りかけ、頻りに頬ずりなどなされるのです。もともと情の深きかな様が、幼子とじゃれ合うさまは、市川家の奥向きの空気を、いつもほのかに明るくしました。


次に、奉行邸に重要な客人などあるときの、家内のもてなしの差配です。山口奉行のもとには、実にさまざまな客人が、引きも切らずに(おとの)うて参ります。主家・毛利の一族、吉川や小早川の一族、内藤、杉、山内や吉見といった、もともとこの山口の周辺で大内家に仕えていた家の者。さらに、京から下向してくる公家や高僧、内海を股にかけて商いを行う商人ども。はては南蛮から来た、見慣れぬ碧眼と尖り鼻、赤い(はだ)を持つ一行まで。


もともと、剛毅果断で鳴らした女丈夫。市川局の差配は常に的確で素早く、不明瞭な部分がなく常に決然としておりました。家内の皆々よくこれに服し、そのもてなしの豪奢なことも相まって、市川邸への伺候や宴は、他国にも聞こえた、山口におけるひとつの名物にすらなって参りました。


この、かな様のお働きがどれだけ夫の市川経好を助けたか、わざわざ申すまでもないことでございましょう。市川自身がもともと持つ対人交渉能力に加えて、こうした奥廻りや非公式の席で人の心を繋ぐ働きは、長年の戦乱から立ち直ろうとする(まち)にとって、もっとも重要なことなのでございます。


忙しく、せわしなく、しかし充実した日々。お子様もすくすくと育って参ります。その後、市川との間に二子が生まれましたが、市川は、あの祝言の夜での言葉のとおり、子らの間に一切の隔てを設けず、みな平等に愛情を注ぎました。かな様にとって、この上なき幸せな歳月でございました。




こうして日々市川邸を訪う客人たちに混じり、ある日、山内元興(やまうちもとゆき)と名乗る男が、大勢の召使たちを引き連れ、幾つもの牛車に豪勢な贈答品の数々を持参して門前へ参りました。以前にも触れましたが、彼は、内藤興盛殿の末子で、啓徳丸という名であったその昔、かな様に庭箒(にわぼうき)でしたたか打ち据えられた、あの軽忽(けいこつ)な子供が長じた姿でございます。


彼はその後、内藤家を出て山内家を継ぎ、山本盛氏や掘立直正といった瀬戸内の内海商人どもと手を組み、幅広く水上で商いをしておりました。山本や掘立も同様ですが、彼らは、陸上では表向き武家としての(かお)を持ち、苗字帯刀した上で多少の所領や軍事力なども持ち合わせ、その実、水上ではみずからの利潤の獲得のため邁進する二面性を持ち合わせておりました。


市川経好は、山口を復興させ、物流を(さか)んにするため、彼らの、いわば欲得ずくの好意を、大いに当てにしました。まず朝鮮や明国、南蛮などから九州の博多や府内に着いた物資を、内海を通じて和泉の堺や京の都へと運べば、内海の商人らは莫大な富を手にすることができます。そして、彼らが富めば、彼らの船を通す内海沿いの湊や泊が、莫大な冥加金(みょうがきん)で潤うことになり、そのうち何割かは、毛利家の収益として吸い上げられます。


すなわち、より活発な商業活動が行われ、より多くの価値ある物資が瀬戸内を行き交えば、内海商人だけでなく、各湊の蔵、それを各地に陸送する夫丸ども、あるいは海上にて安全な航路を道案内する海賊衆までもが潤い、そこから上がる税収が毛利を強大にし、その軍をますます大きく、(つよ)くするのです。そしてもちろん、軍が強くなれば、その領内に住まう民草、とりわけこの山口に集まる商人どもや町衆たちの生活を脅かす外敵の脅威が減じ、皆がますます富み、栄えることとなります。


山口奉行・市川経好は、それゆえ、訪うてきた山内元興を、特に篤く歓待しました。元興は、日ごろは師の山本盛氏に従って安芸の廣島(ひろしま)あたりに居ることが多く、この山口に里帰りするのは久しぶりのことでした。煌びやかな肩衣、袴を身に着け、賑々しく屋敷に入ってきた彼は、まず、贈物の品目を並べ立て始めました。数多くの明国の陶磁器、朝鮮の人参、色とりどりの絹糸。麝香(じゃこう)や香木の数々、さらには金貨や南蛮の甲冑、巧みな螺鈿(らでん)細工が施された石火矢など。これら、それまで誰も見たこともないような珍奇な文物の、とりどりの華やかで濃い色彩が、市川邸内の者どもの眼を奪いました。




ひとしきり、そうした交易の産物の目録を読み上げた元興は、毛利家の庇護への感謝と、この山口の復興を指揮する市川の働きぶりとを褒めたたえ、皆のますますの繁栄を願う口上を述べ、続いて、市川家のほうから彼の訪問を慰労する宴となりました。かな様は、いつもの通り、この大事な客人をもてなすため裏手で膳の上げ下げなどを差配しておりましたが、今日は特に市川から呼ばれたため、宴の最中の奥座敷に向かいました。


そこには、いつもの柔らかな表情を浮かべた市川と、満面に笑みを湛えた、武士というより完全に商人顔の山内元興とが並んで座っていました。下座には、相互の家人や下士などがずらりとうち揃い、皆々平伏して、山口奉行の正室に敬意を表しております。


二人は、手に見慣れない透明な硝子の盃を持っておりました。盃のなかの赤い酒が、二人の手の動きにつられてちゃぷちゃぷと波打ちました。

珍陀酒(ちんだしゅ)じゃ。葡萄からつくった、南蛮の酒じゃそうな。なかなかに、美味い。」

少し赤い顔をした市川が、愉しそうに、かな様に呼びかけます。

「局は、むかし、内藤家にて元興どのと昵懇(じっこん)だったそうな。」

横にいた元興が、すかさず言い添えました。

「ご拝顔の栄に浴するは八歳(はちとせ)ぶりなれど、相変わらずのお美しさかな。宮庄のかな姫といえば、幼き拙者の憧れであり、また当時、ひとつ屋根の下で暮らしおるは、山口の町雀どもすべてに羨ましがられ、拙者、心ひそかに誇りとするところでございました。」


そして、笑顔。小童(こわっぱ)だった頃の、あの憎たらしい(まさ)(がお)は消え、ただひたすらに、こちらへ(おもね)るような表情です。


昔に較べて、感情の波が少し落ち着いた、このところのかな様は、いかにも局らしい鷹揚で優し気な笑みを返しました。




元興は、なおも言葉をつづけました。

(はばか)りながら、我ら、かつては浅からぬ縁がございました。ここ数年、音信も絶えておったは拙者の不義。しかしながら今では、お陰をもちまして内海を自在に行き来し、多くの商いを続けてござる。今後は、毛利家のため、市川さまと心を一にして粉骨砕身、働いて参る所存。山口に参る機会も増えるであろうが故、どうか、いまひとたびのお見知りおきを願いとうございます。」

こう言って、丁寧に頭を下げました。


かな様も、当然、端正な仕草で腰を折り、挨拶をされました。なごやかな雰囲気が座敷を覆い、皆の心が和らぎ、緩むのが感じられました。


元興は、いきなり、元気よくこう言い出しました。

「さて。今後の両家ご昵懇の証と、数多くの品物を持ってまいりましたが、さりとて、物だけでは、当方の誠意を(あらわ)すには、いささか足り申さん。」

何を言いだすのか、市川も、かな様も、その場にいる誰もが好奇の目で彼を見ました。元興は、手で合図して、末席にいた黒ずくめの見慣れない扮装をした男たちを前のほうへ誘いました。


そしてのっそり上座に出てきた三名の男たちの容貌の、異様さときたら。


二名は杉の木のように背が高く、痩せていて、紅毛碧眼、落ちくぼんだ眼窩と、小さく尖った鼻を持ち、赤く照り輝いた膚に渦を巻いて貼りつく髭を生やしております。もう一人は、背はさほど高くありませんが、膚の色がつややかで真黒く、まるで御仏の螺髪(らほつ)のような頭をして、唇と手のひらの色だけが通常の人間の色をしておりました。


これまでは末席にいて、黒い頭巾で顔を隠していたため誰も気づいていなかったのですが、これが南蛮人たちの一団であることは明らかでした。


元興は、言いました。

「これなるは、ぽるとがるの船より参った、ゴアなる地の楽員どもでございまする。」

三名は、元興の紹介とともに、ぎこちない仕草で、日本式のお辞儀をしました。

そして、それぞれ手に取った見慣れぬ楽器を構え、あるいは口につけて、それまで全く聞いたこともないような、奇妙な楽を奏しはじめたのです。


一人は琵琶のような木彫りの楽器を抱えてばちばちとその弦を弾き、やや耳障りな、しかし深みのある音を立てます。もう一人は、弓のような不思議な形をした枠の中に幾つも弦が張ってあるものを小脇に抱え、長い指で撫ぜるようにそれに触れては、ころろん、と軽やかで(たえ)なる音を奏します。そして、黒い膚をした男が、その膚よりも黒い黒檀の縦笛を吹き、二人の弦の調べに、まったく違った楽しげな音を足して参ります。


聞きなれない、奇妙な、しかしとても美しい奏楽でした。そして、とつぜん、元興が立ち上がり、扇を開いて、ひらひらと舞い始めたのです。その舞もとても奇妙で、それまで誰も見たことのないようなものでした。元興は、軽く青畳の上をかかとで跳ね、小さく跳んでは前に後ろに進み、三名の異国人の前を行ったり来たりしました。それどころか、小さく拍子を口ずさみ、なにごとか、わからないような言葉で調子を合わせて、歌い出しました。


誰もが呆気にとられ、時の経つのを忘れました。市川は、左手にさきほどの硝子の盃を持ったまま、飲むのを忘れてこの珍妙な奏楽に見入っております。かな様は、その元興の舞が、日ノ本にあるすべての舞とはまったく別種のものであることを感じていました。舞というよりも、百姓どもが泥田や(あぜ)で気分のままに舞うという、田楽踊りのようなものでございます。




やがて異国人たちの奏楽が終わり、元興もその動きを止めました。そして、額にうっすら汗をかいたまま、息をついて座りこみ、こう言いました。

「今のは、拙者が、博多に入ったぽるとがる船の船長から習い覚えた異国の舞でございます。まだ修練が足らず、後ろの楽も実は下手でござる。いや、お眼(けが)しでござった。ひらに、ご容赦、ご容赦。」

そう言って、そのまま平伏しました。彼の額の汗が畳につかないか、かな様は少し心配になりました。


元興は、異国人どもを下がらせ、自らはまた笑いながら、言いました。

「いや、こんな下手な舞でもお見せしたくなるくらい、拙者、市川さま、局さまと今後の昵懇を乞い(ねご)うておるのでございます。この意だけは、汲んでいただければ重畳(ちょうじょう)。」

「いやいや、見事でござった。拙者、異国の舞や楽については、とんとわかり申さぬが、皆の眼を楽しませる、よい舞でござった。眼福、眼福。のう、局よ。」

市川は、そう言ってかな様のほうを振り返りました。手には、まだ赤い酒の盃を持っております。


「まこと・・・妙なる調べでございました。さきの異国の方々に、(わらわ)からあとで褒美を取らせとうございまする。」

かな様は、あえて元興の舞ではなく、異国人の奏楽に対してだけ、誉め言葉を述べました。なんとなく、次に元興が言いだすであろうことが、わかったような気がしたからです。


その悪い予感は、的中しました。


夫の市川経好が、他意なく、こう言いました。

「さて・・・これほどの馳走を受け、なにもお返しできぬは当家の恥。」

すると、すかさず、元興が言いました。

「おそれながら、拙者、舞をひとさし、所望したく。」

「舞、とな・・・当家で誰ぞ、心得のある者はおるか?」

市川はまわりの者に尋ねましたが、誰も名乗り出る者はおりません。


元興は、にこやかに、かな様のほうを見上げました。阿るような、あの商人(あきんど)の笑顔です。笑い皺をいっぱいに作って、かな様を無言のうちに、促しました。


そして、その眼は、まったく笑っておりませんでした。




あなた様も、もうお気づきでしょう。これは、山内元興の、いわば八年越しの復讐であったのです。彼は、かな様に(ほうき)でしたたかに打ち据えられ、家内の、そして山口じゅうの笑いものになった過去を、決して忘れておりませんでした。そして、捲土重来、この表敬訪問の席で自ら異国の舞を演じ、かな様に、その返礼をせざるを得ないように仕向けたのでございます。


もちろん、元興の望む舞とは、その昔、氷上太郎がかな様に授けた舞のこと。あの「采女(うねめ)」です。彼は、その舞を夫の前で舞わせることによって、氷上を、かな様を、そしてふたりの間にできた子供を、現在の夫である市川とともに侮辱しようと(はかりごと)を巡らしたのです。しかも、公には、その辱めのことを、かな様は誰に対しても訴えることはできません。


山内元興は、いまや、内海きっての大商人となった自らの力を、いささか過信していたようでございます。


この元興との(えにし)を取り結ぶため、あの、かつて自分に中庭で恥辱を与えた宮庄の居候、「聞かん気の姫」が、手もなく屈服し、仕方なしに采女を舞うと思ったのでありましょう。あるいは、その恥辱に耐え切れず、いつもの激情を波打たせて、ふたたびなにか粗相を働いてしまうのも面白いと考えていたのかもしれません。


まこと、さもしく、卑しい心根(こころね)の男でございました。




かな様は、あの(くら)い激情が胸の内に(きざ)すのを、ひたすら耐え、悠然と元興を見返しました。その美しいお顔には、笑みすら浮かんでおりました。


鋭い市川は、ふたりの間の、ただならぬ視線のやり取りを膚で感じ取りましたが、細かい事情がわからず黙っておりました。


すると、やにわに、かな様が市川の脇を通り抜け、その手にした硝子の盃を奪い取ると、歩みながら天井を見上げ、一気に(あお)りました。そして、茫然とした元興の手から先ほどの扇を取り上げ、空になった盃を押し付けると、その扇を開き、満座の列席者たちを見渡して、こう言ったのでございます。


「妾、いささか舞に心得あり。されど、ここに鼓なく笛もなし。さらには板敷の能舞台もなし。よって、いささか異例なれど、先の黒いお膚の御方に南蛮の笛をいまいちど奏していただき、ただ心のまま舞って、返礼としたく思いまする。それにて如何(いかん)、啓徳丸殿?」


意図して、元興をかつての幼名で呼びつけました。意外な成り行きに驚き、口をあんぐりと開けた元興は、仕方なしに、かな様の望むまま、異国の言葉でなにごとかを命じ、後ろに下がった黒人の笛吹きにふたたび、楽を奏させました。


かな様は、さきの異人三名の合奏の際、音の重なりと音数の多さから、これに合わせて舞うことは無理だと見当をつけておりました。しかし、あの縦笛だけなら、吹き手が少し考え、ゆっくりと吹いてくれれば、その場でそれに合わせて舞うことができる、そう考えておられたのです。


まことに、非凡なる姫、いや(つぼね)でございました。




かな様は扇を開き、昔、氷上太郎に習ったとおりの、腰を落とした足摺(あしずり)の動きで、ゆるりと舞い始めました。黒人の笛吹きは、かな様の期待したとおり機転の利く男でした。かな様の動きを見、それに合わせて、わざとゆっくりとした楽を奏し始めました。


()(もと)と南蛮。まったく違うふたつの文化が、とある男のつまらぬ奸計をあざわらうかのように絡み合い、溶け合いました。かな様が舞うのは、氷上が山口を去って以来、初めてのこと。その見事さと美しさに、夫の市川経好は、しばし時の経つのを忘れ見入っておりました。異国の調べにまかせて、かな様は宙をたゆたい、人々の弥栄(いやさか)寿(ことほ)ぎ、豊後に去った氷上と、いま自分とともに歩む市川とを同時に想いました。涙が、じんわりと滲んできました。




公式には、この山内元興の市川邸への訪問は、大成功と記録されております。山内の豊富な資金力は、ますます山口の邑と深く結びつき、奉行の市川経好は、この内海商人との結びつきをますます強固なものにして、毛利家の経済的な実力を押し上げることに寄与して参ったのでございます。


訪問後、かな様から、先のお言葉のとおり、楽を奏した南蛮人三名に褒美が渡されました。三名いずれもが高価な京菓子を賜り、膚の赤い二人には、大きめに(あつら)えられた(かみしも)が与えられました。そして、かな様と息の合った楽を奏した、あの膚の黒い男には、特に刀剣と、かな様が元興から奪い取って舞う際に使った、あの美麗な扇とが与えられたそうにございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ