何のために働くのか
「疲れた......」
俺は自分の部屋へと帰り、バタッとソファーの上に寝転んだ。
俺の名前は小暮大希。都内の貿易会社に通う二十三歳である。
平凡な容姿をしており、そこそこ名のしれた大学へと進み、今の会社に入社した。
仕事が多く、毎日夜遅くまで残業している。
心をすり減らし、何の為に働いているか、そして何の為に生きているのか俺は分からなくなった。
むくりと寝心地の悪い青いソファーから起き上がり、シャワーを浴びる。
お湯が汗を流したら、それなりに気分が晴れて来た。
普段着に着替え、俺はスマホにイヤホンを刺し、外へ散歩に出かけた。
歩いたら少しは気分が晴れるだろうか。
暗闇を照らしてくれる街灯は俺の気分を少し高揚させた。
道の途中にあるただの自動販売機も何となく風情がある。
俺は自動販売機の前に移動し、お金を入れ、缶コーヒーを購入した。
俺は目を閉じ、コーヒーを一気に喉へと流し込んだ。絶妙な甘みと苦味が広がった。
「あー、うめぇ。それにしても働きたくねぇなぁ」
独り言を呟くと、俺はいつの間にか知らない場所にいた。
さっきまでコンクリートでできた道にいたのに、今は森の中にいる。
あたり一面、とても大きな木が立ち並んでいる。
「なんだ? どこだここ?」
すると、一つの大きな木の影から大きな緑色の不気味な怪物が出て来た。
「うがー!」
ゆっくりとその怪物は俺に近づいて来た。
「う、うわぁぁぁ!」
恐怖のあまり大声を上げた。
すると、木の上から誰かがストンと落ちて来た。緑色のフードを被り、手にはナイフを持っていた。
「大丈夫か?」
話しかけて来た人はフードを脱いだ。なんと、耳がエルフ耳で髪は金髪、そしてその少女はとても美しい顔立ちをしていて、俺はしばらく見惚れてしまった。
「え......ああ、はい」
「うがぁぁぁ!」
怪物が唸り声を上げて、エルフに殴りかかった。
「ふん!」
エルフは自分の倍以上もある怪物のパンチを片手で受け止めた。
「す、すごい......」
「安らかに眠れ悪しき魂。我が魔力の礎となれ。『パーファケイション』」
すると、怪物が光だし、粒子のような物を放出しはじめた。
「がぁぁぁぁ!」
断絶魔のような声を上げながら怪物は消滅した。
「ありがとうございました! あの、あなたは?」
「私の名前はルルシィ。冒険者をしていて、この辺に住んでいる。帰り道、怪物に襲われている君を見かけたから助けに来たんだ」
ルルシィという少女は冒険者をしていると言った。
にわかには信じられないが、ここはやはり日本ではなく別の世界のようだ。
「ありがとうございます。俺はタイキと言います。日本から来ました」
すると、ルルシィは訝しんだ様子で俺のことを見た。
「日本? 確か日本というところから来る冒険者は凄い能力を持っていると聞いたことがある。君にもそんな能力が?」
「いやいや、ないですよ!」
ブンブンと首を振って否定した。
「そうか。とにかく今日はもう遅いし私の家に泊まるといい」
突如、美少女が泊まってけと提案してきた。すごいことである。
自慢じゃないが今までの人生、まるで女っ気がなかった。
「い、いいんですか?」
動揺しそうになるところを必死で抑えた。
「ああ、この辺りは結構モンスターが多いからな。私の家は広いし、構わないさ」
言われるがまま俺はルルシィの家へと移動した。
「ここだ」
ついたのはやや大きめの赤い屋根で煉瓦造りの家だった。屋根には煙突がついている。
「お邪魔します」
俺は家の中に入った。中には椅子とテーブルといった家具に加えてたくさんの絵画が並べられていた。
「それじゃタイキ、ご飯を食べようか」
そういい、パチンと指を鳴らすとなんと二人分の料理がテーブルの上に並んだ。
なんというすごい魔法だろうか。
「あ、ありがとうございます。わざわざ料理まで......」
「気にするな。それじゃ食べよう」
俺はテーブルを挟んで向かい合わせに座った。
「それじゃ、いただきます」
ルルシィの後に続いて、
「いただきます」
と言い料理を食べた。
ルルシィが用意してくれた料理はどれも美味しかった。パンやシチューなど簡素なものが多いが日本のものよりもはるかに美味しい。
「あの......ルルシィさんはいつも冒険者として働いてるんですか?」
「まぁな」
黙々と料理を食べながらルルシィが答えた。
「怖くないんですか?」
俺がそういうと不思議そうな顔で俺のことをみた。
「怖い?」
「ええ、危険なダンジョンやモンスターと戦うんですよね。怖くないですか?」
すると、ルルシィがしばらく考え込んだ後、こう答えた。
「冒険しているときは好奇心が勝って、怖さとかは特に感じないかな」
ルルシィは微笑んでいる。
「羨ましいです。ルルシィさんが。俺の今やっている仕事は面白くなく何の楽しさも感じないんです」
すると、ルルシィが箸を動かすのを止め、
「なら、やめればいいじゃん」
さも当然だろと言わんばかりに言って来た。
「そんな! 簡単に言いますけど......」
「つまんない仕事をして生きる意味があるのかい? 少なくとも私は冒険者以外の仕事をするくらいなら死ぬし、冒険者として死ねるなら本望だよ。君は一体どうしたいんだい?」
ルルシィが真剣な眼差しで訊いた。
「お、俺は......」
それから一ヶ月後。
「行くぞ! マウンティングゴリラ! 『ビッグナイトサンダー』」
「いいぞ、タイキ。そのまま痺れさせておけよ!」
俺はルルシィと出会ってからこの世界で冒険者として生きていくことにした。
今はルルシィと二人でパーティを組んでいる。
どうやって生きて生きたいのかーーそれはまだ答えがでない。
しかし、冒険者を初めて俺の生活は変わった。
死への恐怖を感じる一方で、心が日本にいる時よりも満たされている。
今の俺は間違いない。
生きているーー俺は今確かに『生きている』
「全てを飲み込む我が魔力。いでよ『ダークネスジャッジフレイム』!」
ルルシィが黒い炎をマウンティングゴリラに浴びせると、奴は骨すら残らず消滅した。
「よっしゃ! クエスト完了だな! タイキ!」
「そうですね! ルルシィさん!」
しばらくはこの世界で面白おかしく生きていくことにしよう。