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7 香りの材料探し

 裏口から外に出たとたん、「おい」と声をかかる。

 屈強な庭師のおじさんだ。私はあわてて頭を下げた。

「き、昨日は失礼しました」

「いや……それはこっちもだから。何か事故に遭ったんだってな」

 もごもごと言った後で、おじさんは続けた。

「ヴァシル様から聞いてる。ルイが植物園の植物を見に来るから、触れたり摘んだりするのを許してやれってな」

「あっ、はい、ぜひ! ありがとうございます!」

 許可をもらったので、私は心おきなく植物園を巡り始めた。


 しかし……広い。

 花壇、果樹園、畑に温室……そうだよねぇ、ここの人全員の食事をまかなえるくらいあるんだし、香精師の仕事にも使うから種類も豊富だしね。

 意外と、見たことのある植物だらけだった。ミントやローズマリーなどのハーブ、レモンやオレンジなどの果物、食事に出る野菜……異世界なんて言うからとんでもない色や形の植物があるような気がしてたけど、そんなことないんだね。

 まあ、それを言ったら人間だってそうだ。私とここの人々は、人種が違うなぁと思うくらいの違いしかない。ヴァシルさんは何だか雰囲気が独特だけど、それでも目は二つ、鼻と口は一つずつ。身体のパーツは一緒だ。ただし、服で隠れている部分は考えないものとする。……根拠はないけど直感で、きっと私の世界の男性と同じだと思う。

 お屋敷の裏手には厩舎があって、馬がいたけれど、やっぱり地球の馬と同じに見えた。そういえば、体感でだけど、一日の長さも同じくらいな気がする。私の腹時計がそれを証明していた。


「二つの世界にはつながりがない、って、本当かなぁ。実はあるんじゃないの? 香りで行き来できる可能性も出てきたし、こんだけ色々なものが同じなんだし」

 つぶやきながら、私はあちこちで花に顔を近づけては香りを試し、葉を一枚摘んでは香りを試し……というのを繰り返した。

 足立さんのオリジナル香水に似た香りがないかな、と期待しながら。



「まあ、そう簡単には見つからないよね」

 夜。私は自分の部屋のベッドに腰かけて、ため息をついた。

 植物園を夕方までたっぷり回り、立ったり座ったり屈んだり、さすがに疲れたー。でも、足立さんの香水どころか、試験の課題としてピンとくる香りも見つからなかった。

 まあ、急がば回れだ。足立さんの香水は置いといて、まずは試験をクリアしなくちゃね。


 あらためて、考えてみる。

 今の私を表す香りって、何だろう?

「異世界から来たことも証明してもらう、とか言ってたっけ……何それ、どうしたらいいの」

 どさっ、と後ろに倒れ込み、枕に頭をのせた。

 すると、ベッドサイドの小さな机に置いてあった香水瓶が自然と目に入る。ヴァシルさんにもらった、ラベンダーとオレンジの香りの香精だ。

 羽の生えた小さな香精が、瓶の口に捕まって私の方を見ていて、私がそれに気がつくとササッと瓶の中に隠れた。ふふっ、シャイなのかな。透明な瓶だから丸見えだけどね。


 私は目を閉じる。

 いい香り……【花】の大精霊フロエと【果実】の大精霊シトゥルの力で、ヴァシルさんが作った香り。本当に心が落ち着いてくるからすごい。私の知っているアロマ香水より、香精の方が効果が強いみたいだ。

 私がもらった香精も、私の心をゆっくりと休ませてくれる……


 おかげで、その日はぐっすりと眠ることができた。  




「うう。ぐーすか寝てる場合じゃないんだよ……どうしよう、わからない」

 野菜の皮を剥きながら、私は困り果てていた。

 ヴァシルさんから試験の課題を出されてから、一日目も二日目も午後は植物園をうろうろとさまよったけど、これだ! と思う香りに出会わないまま三日目を迎えてしまったのだ。

 今日中には、ヴァシルさんに香りの材料を持って行かなくてはならない。


「私を表すって、単に私の好きな香りじゃダメなのかな。アロマテラピー講習会の時は、ゼラニウムの花の香りとか、すごく好きだったけど。バラほど華やかすぎない幸せな香りで、お風呂に入れたい感じで……」

 ぶつぶつつぶやきながら、私は厨房の中を眺め渡した。

 作業台の上には籠が置かれていて、そこに今日の料理に使うハーブや、食べられる花などが山盛りになっている。このハーブや花の香りは、一通り試したしなぁ。


 その籠のあたりで、ゆらっ、と空気が揺れて見えた。

 湯気?

 と思ったら……


『へえ、君がルイ? 異世界から来たっていう子?』

 上からストンと落ちるようにして、目の前に半透明の男の子が現れた。


 思わず「ひっ」と声を上げてしまったけど、あ、精霊だ。

「び、びっくりした、あなたも大精霊?」

『そうだよ。【草】の大精霊ビーカ!』

 鮮やかな緑色の髪をしたつり目の少年は、片手でポン、と自分の胸を叩く。刺激的でクール、すっきりする香りが立った。

 あっ、ペパーミント!


「どうして厨房なんかに?」

 聞いてみると、ビーカはニヒヒと歯をむき出して笑った。

『香草を料理に使っているところを見るのが好きなのさ!』

「そうなんだ」

 びっくりしたけど、この機を逃す手はない。精霊にも聞きたいことは山ほどある。

「ねえ、聞いてもいい? 私の世界には精霊がいなくて、それならこことはつながっていないって言われたんだ。でも、どうにかつなぐことはできない? あなたみたいな大精霊の力を借りれば帰れる?」

 聞いてみると、ビーカは面白そうな表情で頭の後ろで手を組んだ。

『大精霊に、そういう力はないよー。そもそも、大精霊っていうのは単に、香りの代表だからね』

「代表って?」

『人々がミントを好んで、ミントをたくさん育てたから、ミントの精霊が力を増して【草】の大精霊ビーカになった。で、香精師と意志を通じ合わせて、香精を作る手助けができるようになった。そういうこと。流行が変わって違う草がたくさん育てられれば、その草の精霊が力を増して、僕の代わりに大精霊になるのさ』


 何なの、そのアイドル総選挙みたいな。一番人気がセンターになる、ってことだよね?


「大精霊って、どのくらいいるの?」

『六人いるね』

 大精霊は六人、と頭の片隅にメモしながら、私はさらに聞いた。

「でも、大精霊が普通の精霊より力があるのは本当なんでしょ? 六人もいるなら、世界をつなぐ香り、みんなで協力して作ってもらえないかなぁ」

 ビーカは呆れたように、首を横に振った。

『だーかーらー、人間への効果を考えながら香りの組み合わせを決めるのは香精師なんだってば。僕らは人間じゃないから、そういうのはわからないの。でも、世界をつなぐ効果のある香りなんて、作ったことのある香精師はいないと思うよ』


「そっか……」

 私はしょんぼりして下を向いた。

 ビーカがあわてたように、私の顔をのぞき込んで話しかけてくる。

『ごめんねルイ。君が帰りたいと思ってる、その気持ちは伝わってくるんだけど……僕だけじゃ、役には立てない』

「あ、うん、私も勝手なことばかり言ってごめん。もし、私が世界をつなぐ香りを作れそうだってなったら、その時は手伝ってくれる?」

『もちろん。それが、草から生まれる香りだったらね』

 ビーカは言ってくれ、そして続けた。

『で、その時も僕が大精霊だったらね』

 お、おう。センター守り続けるのは大変なのかもね、世知辛いな。


 大精霊は六人かぁ……ええと、最初に客間で会ったのが【花】の大精霊フロエ、そして植物園のあずまやで会ったのが【果実】の大精霊シトゥル。で、今この厨房で会ったのが【草】の大精霊ビーカだから、六人のうち三人。

「ねぇ、他の三人って……あれっ」

 ふと見ると、ビーカはいなくなっていた。

 もうちょっと話したかったのに、飽きちゃったかな?

 見回した視線が、ペッパーミルの上で止まる。私が持ち込んだペッパーミル、厨房に置かせてもらってるんだ。


 そういえば……

 私はペッパーミルに手を伸ばし、軽く匂いを嗅いだ。


 アロマテラピーの講習会で知ったんだけど、香りは大きく七つに分類されるんだそうだ。そのうちの一つに、『スパイス系』の香りがあった。料理に使われている香辛料の香りも、これに含まれている。

 そう……『ブラックペッパー』のエッセンシャルオイルも、存在した。ブラックペッパーそのものよりも、オイルの香りは柔らかめで、何だか元気になる香り。お風呂に入れると身体を温めてくれるんだって。

 でも、こちらには今まで、ブラックペッパーはなかった……


 ぱあっ、と、頭の中の霧が晴れ渡った。

「これだ」

 私は立ち上がる。

 この世界にない、私が持ち込んだ香り。異世界から来たことを証明する香り。私を表してるじゃない!

「これを使えばいいんだ! あとは……」

 私は厨房を見回した。

 ブラックペッパーと合う、私らしい香りは、きっとこの厨房の中にある。私と母のお店は、毎日そんな香りでいっぱいだった!


 料理長に駆け寄って、私は言った。

「あの、午後、厨房をお借りしてもいいですか?」

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