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6 香精の神楽舞

「やっぱりここ、入っちゃまずいんだよな?」

 イリアンはそう言って、ちらりと植物園を見回す。

「リラーナを連れて、参拝に来たんだ。そうしたら、急にリラーナがこっちに行きたいって」

「あのね、あのね……ポップがリラーナをみつけてくれたの……」

 リラーナは恥ずかしそうに言い、えへ、と笑った。

 可愛い、と思いながらも再び見回すと、ポップが宙に浮かんでいる。彼は、ピッ! と右前足の親指を立てた。

『周りはオレが見張ってるから、少しはおしゃべりでもして息抜きしろよ!』


 ……ポップってば。私が行き詰まってるからって、心配してくれたの? イリアンとリラーナが神殿に来たのに気づいて、ポップを見ることができるリラーナを植物園まで誘導したんだ。


 植物園があること自体は秘されてるわけじゃないんだから、このまま神殿を出れば問題ないだろう。別に、イリアンたちに詳しいことを知られなければいいんだし。

「リラーナ、ごめん、ちょっとびっくりしちゃって。会えて嬉しい! 学校はどう?」

「字をね、たくさんおぼえたの」

「えらーい! え、じゃあ今度、お手紙ちょうだい。私も勉強中だから、交換こしようよ」

 私はリラーナの頭を撫でながら立ち上がると、イリアンに笑いかけた。

「ここは一応、立ち入り禁止だから、とりあえず渡り廊下の方に出ようか」


 三人で廊下へ向かう。イリアンが尋ねてきた。

「修行、順調か?」

「うん。神殿でしか使わないような香りがあって、面白いよ。資料の字があまり読めないから、ちょっと苦労してるけど」

 話をしながら歩いていると、すぐ横からリラーナがこちらを見上げて言う。

「ポップが、ルイがこまってるっていってた」

「あはは、そうだね、難しい問題が解けなくて困ってるの。リラーナもそういうこと、あるでしょ? 頑張って考えているところ」 

 私が説明していると、イリアンがふと鼻をうごめかせた。

「その香精、ルイが作ったのか?」


「ああ、うん」

 私は、籠に入れていた青い香精瓶を取り出した。

 薄紫の香精が、まるで挨拶するように瓶の口からひょこっと頭を出す。

「どういう香精?」

「ええと、神様も退屈することがあるかもしれないでしょ。それで、元気づけるような香りを、と思って作ったの」

 ──神獣を眠らせている封印香精を励ます香りだ……とは言えず、当たらずといえども遠からずな、ふんわりとした説明をする。


 イリアンは顎を撫でた。

「……なんだか、祭りみたいな香りだな。もちろん、儀式としての、って意味だけど」

「祭り……言い得て妙だわ」

 宗教的な、神秘的な香りに加わった、スパイシーさ。浮き立つような気持ちになる。

 神楽舞、という言葉が頭に浮かんだ。神様に踊りを献上して、楽しんでもらうような。


 すると、イリアンが続けた。

「しかし、それにしちゃ瓶が大人しいな」

「そう?」

「退屈してる神に献上するんだろ? 神殿でよくある意匠(デザイン)の瓶じゃ、つまらないじゃないか。目を引く要素を入れたらいいのに。ルイの得意分野じゃないのか?」


「……なるほど」

 私も、まるでイリアンの真似をするように顎に手を当てる。

「そうか。元気になってもらうために、いつもと同じじゃない、非日常のデザインが必要だったのかも。踊る……踊り子……異国の。見てもらうためには、気を引いて……」

 ぶつぶつつぶやいていると、大人しく私と手をつないで歩いていたリラーナが、言った。

「バナクのかみさまも、おどるんだよ」

「え、そうなの?」

 私が聞き返すと、今度はイリアンがぶつぶつ言い始めた。

「そうか。バナクの舞踊の神……祭り……」

「なに、なに?」

「この国でも、一年に一度、バナクの祭りがあるんだ。エミュレフの人たちも大勢見に来る。エミュレフの神に献上するなら、そういう踊りの要素があってもいいんじゃないかと思ってな」


【エキゾチック】の大精霊エクティスが、異邦の存在のままでこの国にとけ込んでいるように。

 この国の神様は、異邦人に興味を持っている。

 きっとそうだ。そう信じよう。


「イリアン!」

 私が大きな声で彼を呼んだので、彼はぎょっとしてちょっと顔を引いた。

「な、なんだよ」

「バナクの意匠と、私の国の意匠を取り入れた香精瓶、作れる? この子に合うような」

 薄紫の香精を示しながら言うと、イリアンは軽く目を見開いてから、うなずいた。

「おう。やってみる」

「そう来なくっちゃ!」

「でもどうやって作る? ここの硝炉を借りて──」


 盛り上がっているところへ、澄んだ声が一陣の冷風のように通り抜けた。

「何をしているのかな」


 いつの間にか、赤いローブ姿のヴァシル様がすらりと立っている。

「ヴァシル様! いらしてたんですか」

「イリアン、ここで何をしているのかと聞いています」

 ヴァシル様の方が、イリアンより少し背が高い。文字通り上から目線のヴァシル様に聞かれ、イリアンは直立不動で答えた。

「か、勝手に申し訳ありません。ルイが困っていると聞いて、ついここまで入ってしまいました」


「それを責めているわけではない」

 ヴァシル様は少し呆れたように、ため息をついた。

「大方、ポップが引き入れたのだろうということは想像がつきましたからね。そうではなく、ここの硝炉を使う、などという話が聞こえましたよ」

「だ、ダメですか」

 恐る恐る私が聞くと、ヴァシル様は苦笑した。 

「さすがにそれは遠慮しなさい、ここの香芸師がいい気はしません。イリアン、ルイの作ったこの香精を連れていって、ギルドで作業することですね」


「えっ」

 私はイリアンと顔を見合わせてから、もう一度ヴァシル様を見た。

「ギルドで作ってもらうのは、いいんですか!?」

「ダメだと言った覚えはありませんが」

「よかった! ありがとうございます!」

 安心して、顔が勝手にほころんでしまう。お礼を言うと、ヴァシル様は軽く肩をすくめて視線をよそへ流した。


 どんな瓶にするか、おおまかにイリアンと打ち合わせ、細かいところは彼に任せることにする。

 そして私は、リラーナにもお礼を言った。

「リラーナも、ありがとう! おかげでいい瓶ができそう」

「ほんと? えへ……」

 リラーナは嬉しそうにはにかんだ。

「じゃあな。二、三日のうちにはできると思う。ていうか、やる」

 イリアンは言い、ヴァシル様に挨拶をして、立ち去っていった。


 私はヴァシル様に向き直る。

「ヴァシル様、あの、私、イリアンに詳しいことは話していませんから!」

「わかっていますし、それなら問題ありません。ルイが悩んでいるのは知っていましたからね」

 ヴァシル様は淡々とそう言って──

 ──不意に、私の頭に軽くポンと、手を置いた。

「……? あの?」

「さて、私は角が立たないように神官長にこの話を通しておきます」

 すぐにその手を離すと、ヴァシル様はスッと踵を返して去っていった。


『なんだ? 今の』

 ポップが私の肩に乗る。

「さあ……」

 首を傾げながら、ヴァシル様を見送る。

 ホールの向こうの方で、ちょうど資料を抱えて戻ってきたキリルが、ビシッとヴァシル様に挨拶するのが見えた。



 二日後の夕方、イリアンはまたリラーナと一緒に神殿にやってきた。

「これで、どうだっ」

 私のブース、作業台の上に籠を置いたイリアンは、籠にかかっていた布をサッと取り払った。

「おお!?」


 それは、深紅と金で作られた香精瓶だった。広げられた赤い扇の形をしていて、金の市松模様が入っている。

 薄紫の香精がいったん飛び上がり、気取ったポーズで扇の上に腰かけた。相当気に入っているらしい。

 まるで、ここに住んでいると言うよりこの瓶が楽屋で、香精は出番待ちをしている踊り子のように見えてくるから不思議だ。


「かっこいい! テンション上がるー!」

「バナクの扇に、ルイの考えた模様がハマったな」

「これ、私の国の伝統的な模様なんだよ。ピッタリ!」 

 私はイリアンとハイタッチをした。ついでにかがみ込んで、リラーナの小さな手ともタッチする。

「ありがとう、早速これを提出してみる!」

「おう。俺とリラーナはこれから参拝だから、しばらくいる。何かあったら言えよ」

 イリアンは満足そうに笑うと、リラーナを促して礼拝堂の方へ戻っていった。


 ちょうどそこへ、ヴァシル様とカルダム神官長が連れだってやってきた。

 神官長が微笑む。

「ルイ、調子はどうですか」

「神官長、この香精と瓶を見ていただきたいんです!」

 私は香精瓶を差し出し、封印香精を元気づけるためのものだと説明した。

 神官長はうなずく。

「地下に連れて行ってみましょう」

「いいんですか!?」

「ええ、この香りなら良さそうだと私は思います。どうでしょう、ヴァシル師」

 神官長はヴァシル様を見た。ヴァシル様もうなずく。

「相性のいい瓶を得て、香りが際だちましたね。屋敷に帰るつもりでしたが、神獣のところに行くなら私も見届けてからにします」

「はい、お願いします!」


 私たちは神官長を先頭に、地下に降りた。

 陽が斜めに差し込む巨大な水槽で、神獣は眠っている。両脇の香精瓶の中では、それぞれナーグとスラープが、脱力したように漂っていた。


 神官長が、私の香精瓶を捧げるようにして持ち、まずは慎重にナーグに近づけた。

 すると──


 ──ナーグの目が、意志を持って動いた。


 ゆらり、と、封印香精の身体がまっすぐに立て直される。ナーグがふわりと手をさしのべると、私の香精がその大きな瓶の中にするりと入っていった。

 ピンクの封印香精の周りを、小さな薄紫の香精がゆっくりと巡る。まるで、踊りを見せるように。

「おお……気に入ったようだ」

 神官長が、押さえ気味ながらも興奮した声を出し、ヴァシル様は私に微笑みかける。

「成功ですね」

「はい!」

 嬉しくなった私は、ついガッツポーズをした。


 ヴァシル様と一緒に、軽い足取りで自分のブースに戻る。

『いやー、さすがは七番目の精霊母、オレのルイ!』

 満足そうなポップに、私は「あんたのじゃない」と突っ込む。

『ま、神獣の件が解決した訳じゃないけどな』

「それねー。でも、時間稼ぎができただけでも……」

 いいかけて、私はふとキリルのブースを見た。


 いつ見ても、ブースにこもって色々やっていたはずのキリルが、今はいない。

 さっきまで、いた気がするんだけど……


「……ポップ。最近のキリルがどんな様子だったか、知ってる?」

『いつ見ても、目がつり上がってたぜ。息抜きできるタイプじゃないよな、あいつ』

「そう……」


 ……なんだか、今ちょっと、嫌な予感がした。

 なぜだろう……

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