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4 相棒のいない不安

 神殿の依頼を引き受けざるを得なくなった私は、詳しい話をヴァシル様から聞いた。

 何しろ、カルダム神官長の顔を見て動揺しすぎて、そこから先は聞いていなかった私である。

 ヴァシル様は、そのあたりから先の様子を話してくださった。


「──今代のナーグとスラープが生まれてから三十数年が経った頃、バナクとの戦争が起こり、それから数年経ってエミュレフは独立を回復しました」

 カルダム神官長は、簡単な歴史を説明したそうだ。

「それ以来、私たちは処方箋を作り直すべく、ナーグとスラープを調香する方法を探し続けてきました。香精神官たちが見つけられそうもないとわかると、高名な香精師に密かに事情を打ち明け、調香を依頼しました。……が、現在のところ、成し遂げることができずにいます」

 ヴァシル様とルミャーナ師も、調香に挑戦したらしい。

 でも、できなかった。実力者のこのお二人にさえ、できなかったのだ。

 カルダム神官長は続けた。

「この件には、新しい視点が必要ではないかと思うのです。キリル、ルイ、君たちにも協力をお願いしたい。常識に捕らわれず、できることは何でも試してみてもらえないでしょうか」──


「──神殿に、ルイとキリルの仕事場を用意してくれるそうです。もちろん、神殿の香芸師も協力します」

 ヴァシル様が教えてくれる。 

「エミュレフの存亡に関わる、などと、一般の人が混乱するといけないので、この件は口外無用。また、あなたの行動もある程度は制限されます。まあ仕方がないでしょう」

「缶詰になって仕事をする、っていうことですか。……あまり、期待されても困ります」

 自信のない私は、聞いてみた。

「ダメだったときのことは、すでに考えておいでなのでしょうか」

「もちろんです。素材も探し続けていますし、もしも神獣が目覚めたとしても、押さえて破壊衝動を鎮めます」

「できるんですか!?」

「私には、押さえることができます」

 ヴァシル様は言い切った。

「目覚めたとたんに世界滅亡ということはありません。ただ、完全に押さえたままでいることは不可能ですから、全くの無事で済むというわけにはいかないでしょうね」

 どの程度の話なのか、ちょっと想像がつかないけれど、とにかくことが起こらない方がいいに決まってる。


「……あの、忙しくなるということだけ、イリアンに言ってきてもいいですか?」

 私はヴァシル様に頼んだ。

「私が突然来なくなったら、イリアンも、妹のリラーナも不審がると思うんです」

「いいでしょう。ただ、一般の人々は神獣のことも、そして二つの世界の関係も知りません。くれぐれも、この件については漏れないようにしてください。」

 ヴァシル様は念を押したのだった。


†   †   †



「神殿に呼ばれた?」

 イリアンが眉をひそめた。


 香芸師ギルドの、イリアンの部屋だ。イリアンとリラーナに展示会のお礼をと思って、私はお菓子を持ってやってきている。

 イリアンは甘いものが苦手なので、日本で流行っていた塩味のお菓子をイメージして作ってみた。生地にトマトを練り込んだクッキーに、塩とブラックペッパーで味をつけてある。


「そういえば、展示会で神官を何人か見かけたな。香精は神殿でも使われるから、珍しいことでもないと思ってたけど」

 イリアンはパクパクサクサクとクッキーを食べている。

 私はうなずいた。

「そうなの。それで、神官長が私の香精を気に入ってくれたとかで、少し神殿でも修行してみないか、って。短期留学みたいな?」


 ……当たらずといえども遠からず、みたいな言い訳だけれど、まるきりの嘘というわけではないので、バレにくいだろう。

『ま、オレのルイの実力だし、当然だな』

 ポップは私の頭の上で得意そうに言っているけれど、もちろん、イリアンには見えてないし聞こえてない。


「ふーん。つまりルイは、香精神官の修行に加わらせてもらうわけか」

「そうそう。だから、しばらくこっちには来れなくなるんだ。リラーナによろしくね」

「わかった、言っておく」

 イリアンはうなずいた。

「いつぐらいまでの予定だ?」

「えっ? ええと、それはちょっと聞いてなくて」

「なんでだよ、聞いとけよそういうことは。こっちにも関係あるんだから」

「関係?」

 聞き返すと、イリアンは不機嫌そうに眉根を寄せた。

「戻ってきたら、また俺と仕事するだろ? ルイが戻ってくる頃の予定を空けといてやろうとしてんのに」


 イリアン……

 嬉しくて胸がいっぱいになったけれど、戻るのがいつになるか、言うことができないのが申し訳ない。


 私はごまかすように笑う。

「私のことは気にしないで、予定入れちゃって。わかったら連絡するから。……でも、また一緒に仕事しようね。やっぱり私みたいな半人前の作った香精は、イリアンの瓶の助けがないと色々足りない感じがしちゃうんだよね、どうしても」

「ルイの突拍子もない発想を形にしてやれるのは、俺くらいだからな。親方にも言われたよ、お前とルイは二人合わせてやっと一人前だなって」

 一度はヤレヤレという表情になったイリアンは、ふと、珍しくニヤリと笑った。

「実はさ、知ってるか? 展示会に出した茶会の香精瓶、今、ちょっとした評判になってんぞ」


「えっ、本当!?」

 ぴっ、と背筋を伸ばすと、ポップも一回転してテーブルの上に降り立った。

『本当か!?』

「今までは、どんな服にでも合わせられる、淡い色の香精瓶ばっかりだっただろ。そんな中、茶会の瓶は布と一緒に展示したじゃないか。あれをきっかけに、個性的な瓶の方に服を合わせたり、香精と瓶と服を同時に考えたりっていうのが流行りつつあるんだってさ」

「うわ、うそ嬉しい、流行作っちゃった!?」

 思わずガッツポーズをすると、イリアンも同じポーズを取ってみせ、そして右の拳を突き出してきた。

「やったな、相棒」

「おー!」

 彼の拳に、私の右の拳をぶつける。


 本当に嬉しい。こっちの世界で、何か、ひとつやり遂げたような気持ちになった。

 私はつい、こんなことを言ってしまう。

「イリアンも、一緒に修行にできたらいいのにな」


 ナーグとスラープを作れなかった場合でも、私には他にできることがあるかもしれない、と思っている。それはとにかく、香精を作るなら瓶ももちろん必要だろう。

 その時、初めて組む神殿の香芸師と一緒でうまくいくだろうか、という不安があった。

 ヴァシル様の指導と、イリアンの協力。ここに来てからの私を支えてくれていた二人ともが、神殿でもそばにいてくれたら……と、つい思ってしまったのだ。


 ちらり、と、ポップが私を見る。そしてイリアンも不思議そうに、私を見つめた。

「ルイ?」

「あ、もう行かなきゃ」

 私は立ち上がりながら、ピッとイリアンの目の前のお皿を指さした。

「それ全部食べないでよ、リラーナの分もあるんだからね! 学校から帰ってきたら出してあげて」

「お、おお。わかった」

「じゃ、またね!」

 私は手を振り、部屋を出た。

 親方にもあいさつをしてから、ギルドの建物を出る。

「はぁ……できることをやるしかないか。うん。がんばろう」

 ひとり言のようにつぶやきながら歩く。

 ポップは私の肩にいたけれど、珍しく黙っていた。


 その日の夜は、侯爵邸の使用人たちが壮行会を開いてくれた。

 夕食の時間に使用人用の食堂に行ってみると、料理はいつもより豪華だし、ケーキはあるし、執事のジニックさんから葡萄酒の差し入れまであったのだ。

「ルイ、しっかり食って頑張れよ!」

「神殿でも修行させてもらえるなんて、見所があるのね。頑張って、ルイ!」

 激励の言葉に、私はごちそうを頬張りながら眉を八の字にする。

「うわーん、もぐもぐ。あんまりプレッシャーかけないでくださいよ、挫折して泣いて帰れないじゃないですか、もぐもぐ」

「ライバルがいるんでしょ、とにかくその子には負けないで!」

 家政婦長のアネリアさんに発破をかけられて、笑ってしまう。


 みんな、詳しい事情を知らないからしょうがないけど、キリルとの勝負ではないのですよー。もっと、こう……

 あああ、やっぱり緊張する。


「……みなさん、ありがとうございます。それにごめんなさい、やっと仕事に慣れてきたところだったのに」

「こっちはこっちで頑張るよ、ルイが来る前もなんとかやってたし」

「それより私は、ルイがたまに作ってくれる面白いお菓子が食べられないのが残念だわ」

「太る原因がひとつ減ったと思えば」

「誰がデブですって!?」

 みんな、にぎやかに盛り上げてくれる。

 さりげなく、大精霊のシトゥルとビーカ、それにポップが、空中で踊っているのが目に入った。こういう雰囲気が好きなのだろう。


 おかげで私も緊張が緩み、香精の力も借りて、その夜はぐっすり眠ることができた。

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