表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/40

1 干しぶどう作りと謎の実の話

 アモラ侯爵邸は、その敷地のほとんどが広大な植物園になっている。降りこぼれる花々、みずみずしいハーブ、鈴なりになった果実──そしてブドウ園も。


 私は香精師の修行をしながら、午前中は厨房で働いている。今日は、そのブドウ園で働くことになっていた。収穫したブドウを保存するため、干しブドウにするのだ。これで長く、侯爵邸の食事に使うことができる。


 ブドウ園の脇のテーブルに布を広げ、収穫してきたブドウを山と積み、使用人たち総出での作業が始まった。

「そうかー、ブドウが旬の季節になったんですね。美味しそう!」

 私はブドウを数粒ずつ分けるため、ハサミで枝をパッチンパッチン切りながら、香りを楽しんだ。日本で食べていたものとは、微妙に種類が違うみたい。緑色で、種ごと食べちゃうんだそうだ。

「この糸を結んでくれ」

 料理長に麻糸の束を渡された。ブドウとブドウの間隔を空けて、枝に麻糸を結んでいく。ある程度の長さになったら、屋根のあるスペースに渡した棒にひっかけて干す。


「料理長、生でも使うんでしょう?」

「もちろんさ。明日はブドウのタルトにしよう」

「うわ、楽しみ! こんないい香りの……あ」

 ふと、私は手を止める。一緒に作業をしていた、家政婦長のアネリアさんが、ん? と顔を上げた。

「何?」

「あ、いえ」

 私は糸結びを再開した。


 そうだよね、果物には旬がある。一部は温室で育てているから、通年で食べられるけど、旬にならないと出会えないものもある。

 果物に限らないけど、シーズンが来るまで何ヶ月も待たなくては香りを確認できない植物がある……ってことだ。

 もし、私がこちらの世界に来るきっかけになった香りが、例えば冬にしか存在しない香りだったら。少なくとも、冬までは帰れない。

 しかも、もし私がこの冬に、その香りに気づけなかったら?

 次の冬まで帰れない……ううん、ずっと気づけないかも……


 私はブンブンと首を横に振った。アネリアさんがぎょっとしたので、あわててごまかす。

「あ、ちょっと虫が顔にまとわりついて。しっしっ」


 ダメダメ、気持ちを切り替えないと。悪いことで、もしものことなんて考えてても、なんにも解決しないんだから! 


「そういえば、オレンジやレモンの香りから香精を生み出してるけど、このブドウは……」

 私はじっと、手元のブドウを見つめてみた。 


 いい香りがするものでも、二種類に分けられると思う。ひとつは、刹那で終わってしまうもの。もちろん、それが悪いという意味ではなくて、その時しか楽しめない貴重な香りだ。

 もうひとつは、香精にすればしばらく楽しめるもの。香精を生み出す元になる香りを持っている植物は、私の目にはキラキラとした粒子をまとって見える。

 今、このブドウにキラキラは見えない。ブドウの香りは、香精にはできないらしい。

 私の元いた世界なら、色々な香料を人工的に作れるだろうけれど、こちらの香精は天然の香りからしか生み出されないのだ。


「香精で【果実】といえば、やっぱり柑橘の香りだよね。オレンジとか、レモンとか」

 作業しながらつぶやいていると、厨房メイドさんが顔を上げた。

「そういえば、ヴァシル様が果樹園で、何か摘んでらっしゃるのを見たことがあるわ。木からもぐんじゃなくて、茂みに手を入れてらしたから、オレンジやレモンじゃないのは確かよ」

「本当!? いつ? どんな?」

「もうだいぶ前だわ、去年の……やっぱり夏だったかしらね。葉ごと摘んでらっしゃって、なんの実かは見えなかったけど、葉に隠れるくらいだから小さい実じゃないかしら」


【果実】に、私の知らない香りがあるなら、確かめないと。それが帰還の鍵になるかもしれないんだから。

 私は厨房メイドさんにだいたいの場所を聞いた。修行の時に植物園に出るから、探してみよう!



 その日の午後の修行は、バラの香りがテーマだった。

「まずバラを摘みなさい。そして、その香りに合うと思われるものを、いくつでもいいから探してきなさい」

 師匠のヴァシル様からは、そんな課題を出されていた。


 バラは香精づくりにはマストな存在、大人気の花だそうだ。香精師に入ってくる注文もバラを使ったものが多いそうで、この植物園でも大事に育てられていた。

 何種類ものバラが、キラキラとした粒子をまとって咲き乱れている。精霊たちが生き生きしているのがわかる。庭師さんたちの丹精のおかげだ。


「んー、いい香り!」  

 淡いピンクの花に顔を近づけ、私は目を閉じて香りを楽しんだ。

「このバラにしよう! さて……問題は次だ」

 ピンクのバラを摘んだ私は、あたりを見回した。


 バラに合う香りを見つけろ……なんて、何の予備知識もなしにそんなこと言われたら、候補が多すぎて普通は困る。

 でも、大精霊と交流することができる私は、大精霊たちの様子を見ていて、あるヒントをつかんでいた。

 ヴァシル様が香精を作るとき、呼び出された大精霊たちがたまに口にする言葉。

『気が合いそう』

 そう、香りには相性がある。つまり、大精霊同士の仲がいい香りの系統は、相性がいい傾向にあるんじゃなかろうか!?


 例えば、私が生み出した【スパイス】の大精霊・ポップ。


『おうっ、ルイ、今オレのこと考えてただろ!?』

「ぎゃっ」

 私は思わず肩をすくめ、そして斜め上を見上げた。


 小さなスカンクが、空中に浮かんでいる。くるくるっ、とバク宙を決め、ズビシ、と両手で私を指さした。

『お、当たり? 当たり?』

「その根拠のない自信、どこから生まれるのよ」

『そりゃあ……君とオレとの愛から、かな』

 ばっちーん、とウィンクするポップ。


 この、自己肯定感が突き抜けて高い大精霊が、【スパイス】のポップだ。

 こちらの世界には、スパイスの精霊はこれまで存在していなかったんだけど、私が持ち込んだブラックペッパーの香りを香精作りに使えるようにするため、精霊を誕生させることになった。


 私がポップを生み出すときに『気が合いそうな気がする』と協力してくれたのが、【樹脂】の大精霊ハーシュ。おじいさんの姿をした、フランキンセンス(乳香)の精霊だ。

 逆にポップの方は、ハーシュの香りをどう思ってるんだろう。

「ねぇポップ、ハーシュの香りってどう思う?」

 聞いてみると、ポップはなぜか祈るように両手を合わせた。

『なんだか落ち着くんだよなぁ……あのじーちゃん、まるで包み込むような雰囲気を持っててさ。こないだなんか、気がついたらハーシュの膝で寝てたぜ』


 ……う、うちの愚息がご迷惑をおかけしております!

 とにかく、気が合うのは確かみたい。


 実際には、大精霊同士はみんな仲がいい。だけど、特に仲がいい関係というのは、やはりあるみたいだ。香精師はきっと、そこを把握して香精を作っているに違いない。

 ヴァシル様が香精を作るときにどの大精霊を呼び出すか、私は全部書き留めている。どんな組み合わせが多いのか集計すれば、相性のいい系統は一目瞭然だし!


 というわけで、せっせと集計してみたところ、【花】の大精霊フロエを呼び出す時には【果実】の大精霊シトゥルを一緒に呼び出すことが多い、ということがわかったのだ。

 つまり、バラの香りに合う香りを探すなら、同じ【花】の系統、もしくは【果実】の系統から探せばハズレは少ない、ってことになるよね!


 さっそく、果樹園で香り探しをしよう。

 ついでに、メイドさんに聞いた謎の実も探すんだ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ