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8 ケーキポップ!

 翌日の午後、いよいよ瓶を作ることになった。

「香芸師ギルドに行ってきます!」

 ヴァシル様に断りを入れると、ヴァシル様は椅子に腰かけたまま小さくため息をついた。

「連日、ギルドに入り浸りですね」

「あっ、も、申し訳ありません。今日で瓶はできると思うので、明日からまた香精作りの方も修行します!」

「まあ、香芸師と瓶を作るのも勉強ですから……。ルイが私の弟子なら、そのことを忘れないように」

「え? はい、ええと、もちろんです」

 作った香精がどんな風に保管され、使われているかを知るのは、何も知らない私にとって大事なことだ。当然、勉強だと思ってる。

 それを忘れるわけがないのに、ヴァシル様は何を気にしてるのかな……?

 不思議に思いながらぐずぐずしていると、ヴァシル様の涼やかな流し目が飛んできた。

「さっさと行きなさい」

「はいーっ!」

 私はピュッと部屋を飛び出した。

 もーっ、なんなの、今日は不機嫌なんだから!


 ポップと一緒に香芸師ギルドを訪ねていくと、一階のホール、一番奥の角に、やはりガラスの地球儀のようなものがある。そこの前に、イリアンの姿があった。

「こんにちは」

 近づいて言うと、イリアンは地球儀から目を離さないまま「ん」と短い返事をした。

 見ると、地球儀の下、竈のようになった部分に、青っぽい火が熾っている。地球儀を熱してるんだ。

 そして、竈の縁のぐるりには、あの舵輪に似た輪っかがあった。何本もの取っ手のようなものがついている。その真ん中に炎が熾っている感じだ。

 そして、今日は地球儀は透明ではなかった。中で、白い煙のようなものが渦巻いている。何というか、起動している、という雰囲気。


「あの……ずっと聞きたかったんだけど、この機械っていうか装置っていうか、名前はなんて言うの?」

 聞いてみると、イリアンは ぶっきらぼうに答えた。

硝炉(ショウロ)

 漢字のイメージでポーンと意味が頭に入ってきたけど、冷たいような温かいような、面白い名前だ。


「……そろそろやるぞ」

 イリアンは舵輪の前の椅子に座った。

 すぐ横に台があって、私のデザイン画と、木のトレイが置いてある。中には、昨日選んだ石が入っていた。

 ポップがソワソワしている。

『ルイ、俺は前に見たけどすごいんだぜ、あの石をさ』

「しーっ」

 自分で見たいから、静かにしてて。


 イリアンはトレイから石をいくつか取り、ひょい、と炎に投げ込んだ。

 そのとたん、ボッ、という音とともに硝炉の中に黄色い煙がわき起こった。

「わっ……」

 私はイリアンの後ろから、まじまじとその様子を見つめる。

 彼は舵輪を握り、手前や奥にゆっくりと回しながら──まるで本当の舵輪みたい──取っ手のいくつかを動かした。白い煙と黄色い煙が渦を巻き、変形していく。


 香精瓶って、ガラスでできてるように見えたから、てっきり吹きガラスみたいにして作るんだと思ってた。

「ねぇ、これどういう仕組み?」

「うるせぇ、時間との勝負なんだ。黙ってろ」

 はーい。

 それにしても、あの舵輪はいったい……色々な方向から圧力をかけたり、膨らませたりといった操作をしている……?


 イリアンは、残りの石も順々に放り込んでいった。そのたびに、ボッ、と硝炉の中に煙が立つ。

 暑っつ……

 額ににじんだ汗を指先でちょっと拭き、ふと見ると、私より火の近くにいるイリアンはもっと汗をかいていた。


 その頃には、最初は硝炉全体に広がっていた黄色い煙が、少しずつ中央に集まって球状になってきていた。

 気がつくと、黄色い石は全部使い終わっていて、黒と緑が残っている。黒は、トレイの大きな格子に細かく砕かれて入っていた。私は何もしていないから、イリアンが砕いたんだろう。

 その細かい黒を、イリアンは舵輪を素早く回しながら次々と入れていった。

 さっきとは煙の動きが違い、パッと立った黒い小さな煙はヒュンッと黄色い煙に吸い込まれていく。

 まるで、球に引力があるように。


 ふわふわした雲のようなもの。熱。ぎゅっと縮まって……

「星の誕生みたい」

 つぶやくと、肩に乗っているポップが『ヘイ、ルイはロマンチストだな!』と、よくわからない突っ込みを入れた。

 いいじゃないよ、似てるなって思ったんだもん。


 硝炉の中に最初にあった白い煙は、もうほとんど見えなくなっていた。そして中央には、スモモ大のレモン色の球が浮かんでいる。表面に、バニラの種のような細かい黒い粒が見えた。

 最後に、緑の石が放り込まれる。ボン、と立った緑の煙は拡散することなく、しゅっと固まってねじれながらレモン色の球の周りを衛星のようにゆっくりと回り──

 球の上に、ちょん、と着地した。


「よし」

 何かを操作したのか、イリアンの声とともに炎が消えた。すると、浮いていたレモン色の球はゆっくりと下がり始めた。

 天井から硝炉を吊っていた鎖が、少し巻き上がる。イリアンは手袋をした手で、南極の部分の金具を下から引っ張るようにして下ろした。

 そこに、球がちょこんと載っていた。


「……可愛い!」

 イリアンの手に移った球を、私はうきうきした気分で見つめる。

 これが、私がデザインし、イリアンが作った、レモンペッパーの香精瓶!

「あんたが考えた通りか?」

 イリアンに聞かれ、私は何度もうなずいた。

「うん、うん! 素敵! 美味しそう!」


 ケーキポップ、というお菓子がある。ロリポップのように棒の先にまん丸いケーキがくっついていて、表面をチョコレートやアイシングでデコレーションしてあるものだ。食べやすいし、見た目もすごく可愛らしい。

 作ってもらった香精瓶は、レモンケーキのケーキポップをイメージして作ってもらったんだ。半透明のレモン色の球に、ごく小さな黒いペッパーの粒。一番上にはミントのような、澄んだ緑の葉っぱが載っていて、葉の陰に瓶の口があって香精が出入りできる。棒はないけど、鎖を通す輪がちゃんと作られていた。


「イリアンすごいね! 弟子同士とか言っちゃったけど、もうイリアンは一人前に作れるんじゃん。香精を作れない私なんかと同列にして、ごめん」

「いや……考えたのはあんただし……俺はまだ全然……」

 モゴモゴ言いながら、イリアンは瓶を私に渡した。あ、もう冷めてる。


 私たちは二階に上がった。イリアンの部屋で、レモンペッパーの香精はリラーナと一緒に待っていた。さすがに台の下でおとなしくはしていられず、出たり入ったりしていたけど。

 仮の瓶の回りをくるくるしていた香精は、私が屈み込んで新居を差し出すと、ぴょん! と大きく一度飛び上がった。そして、ケーキポップの瓶に飛び込む。


 ぱっ、と爽やかな香りが立った。


 イリアンが目を見張る。

「! 今、香りが」

「うん、喜んでるよ! よかった、気に入ってテンションが上がったんだよ、きっと」

 私は言い、香精が見えるリラーナもにこにこしている。

 イリアンは唸った。

「瓶が代わったことで、こんなにわかるほど差が出たのは初めてだ。香精のための瓶、か……」


「次は、リラーナの香精だね」

 私は、持ってきた籠の中から折り畳んだ紙を取り出すと、広げないままイリアンに渡した。

「一応、どんなのがいいか考えてみたけど……やっぱり、リラーナと相談して決めるのが一番いいのかもと思って。これは参考程度にしてくれれば」

 たぶん、リラーナはこの香精がどんな瓶を好むのか、感じ取れる子なんじゃないかと思うんだよね。

「……わかった」

 イリアンはうなずいた。

「後は俺たちでやる」


「できあがった頃にでも、見にくるね」

 そう言うと、彼は目をそらしてボソッと言った。

「来なくていい」

「は!? ちょ、いいじゃないよ、見せてくれても!」

「持って行く」

「……え? 何?」

 思わず聞き返すと、イリアンはまたガーッと噛みつくような顔をした。

「親方の方の瓶が、あと二日でできるってことだから! ヴァシル師に届ける! そのときにリラーナの瓶もあんたに見せに持って行くって言ってんだっ!」


「あ、ああ、そう。ありがとう」

 私はあっけに取られたまま、返事をしてしまった。

 ついで、ってことね。でも、私がまたギルドに行くなんて言ったらヴァシル様がいい顔しないかもしれないし、助かるわ。


「じゃあ、待ってる」

 機嫌よくうなずくと、イリアンは鼻を鳴らした。私はリラーナにも挨拶する。

「リラーナ、大事な香精さんに素敵なおうちを考えてあげてね」

 彼女はまた、小さくうなずいた。

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