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4 職人の兄と小さな妹

「おー……」

 私は部屋の中を見回した。

 片方の壁にそって、手前に傾斜した台が並んでいる。その台は細かい仕切りのある陳列ケースになっていて、それぞれに様々な色の石が詰まっているのだ。

 透き通ったガラスのような石に、メタリックな石……まるで鉱石の博物館に来たみたい。


 そして。

「わっ!?」

 端っこの台の下から、小さな女の子の顔が覗いていた。


 五歳とか六歳くらいだろうか、浅黒い肌に艶のある栗色の髪、紫の瞳をしている。ものすごい美少女だ。

 彼女の足下の床には、綺麗な色の石が花の形に並べてあり、小さな人形が置いてある。遊んでいたのかもしれない。


「こ、こんにちは」

 声をかけると、美少女はますます身を縮めて台の陰に入ろうとしながら、小さくうなずいた。

 ポップが早速すっ飛んでいって、彼女の前で大げさな身振りで頭を下げる。

『美しいプリンセス、オレは【スパイス】の大精霊ポップと申します。どうかこのオレに、あなたの麗しいお名前をお呼びする名誉をお与えください』

 女の子は目を丸くしたまま、固まっている。


 ……聞こえてるとしても、ポップの言い回しが大仰すぎて、意味がわからないのかもしれない。普通に名前を聞きなよ……


 細マッチョは、反対側の壁に寄せてある作業台のところへ行き、私に手でスツールを示しながら言った。

「妹だ、気にすんな。ルイだったな、俺はイリアン。瓶を作るのは、この香精だな?」

 テーブルに、レモンペッパーの精霊の入った仮の瓶が置かれる。

 ヴァシル様が、瓶のことは職人さんが教えてくれると言っていたので、私は遠慮なく尋ねた。

「あ、そ、そうです。私、瓶をどんな風に作るのか知らないので、一から教えてもらえますか?」

「……あんた、エミュレフの生まれじゃなさそうだな。かといってバナクでもない」

 バナクって初めて聞くなと思いながら、私は答える。

「そうなんです。だから、香精はこの町の特産だそうだけど、全然詳しくなくて」


 イリアンと名乗った細マッチョは、「なんでこの国出身でもない奴が弟子なんだよ」とか何とかブツブツ言いながら、台の下の方から紙を引っ張り出している。

 聞こえよがしなのが微妙にムカついて、思わずこちらも口を出してしまった。

「この仕事、面倒そうですね」

「仕事は選ばねぇよっ、見くびんなっ」

 いきなり、ガーッ、とイリアンは大声を出す。あ、八重歯。

「今日は親方の技を見せてもらえる、貴重な機会だったんだっ」

「じゃあ、今日は私の方が運が良かったんだね。あなたの仕事を見せてもらえる貴重な機会を得たんだから」

 こっちに来ようとするポップを手で制しながら、私はにっこりしてみせる。

「弟子同士、お仕事がんばりましょ」

 口ではそんな風に言ったけど、「そっちも私と同じ弟子でしょうが、偉そうにすんじゃないよ、仕事は仕事でしょブツブツ言わずにやろうや!」って気持ちをオーラに込めた。

「…………」

 イリアンはムスッとした表情で、とりあえず話を進める。

「どんな瓶にしたいかを決めろっ。色や意匠(デザイン)だ」

 彼は作業台に紙を広げ、その横に浅い木箱を置いた。


 この木箱、さっき親方が持ってたのと同じ……と思いながらよく見てみる。木箱というより、木のトレイといった方がいいかな。大きさはB4くらいで、中は様々な大きさの格子に仕切られている。


 イリアンは、陳列ケース(?)から何種類かの石を選んで持ってきた。全部、黄色系……でも濃淡や透明度は様々だ。

「レモンの色なら、例えば、こう」

 彼はまたスツールに腰掛けると、レモンペッパーの香精の入っている仮の瓶を自分の真ん前に置いた。そして、両手にそれぞれ石を持ち、瓶にあててみせる。

「この辺だけ別の色にしたいとか、濃くしたいとか薄くしたいとか。決まったら、箱に並べる」

「並べる、って? 何か順番があるの?」

「それは俺がやるからあんたはとにかくどんなのがいいか言えっ」


 へーい。ぶっきらぼうな奴だなぁ。


 でも、並んでいる石を眺めていたら、ちょっとワクワクしてきた。色がたくさんあふれていると、それだけで楽しくなっちゃうよね。

 うん、レモンなら黄色かなぁ。葉っぱの緑を入れても素敵だし、レモンの木の背景に青空をイメージして青を入れてもいいかも。でもペッパーが難しいな、黒だとなぁ。黄色と黒じゃ、危険な感じになっちゃう。


 ちらりと見ると、イリアンの妹ちゃんは私の方を気にしながらも、台の下に座ったまま人形を手にしていた。さっきのように身体を縮めてはいないので、少しは警戒を解き始めたらしい。

 妹ちゃんの胸にも、香精瓶がひとつ下がっている。淡い緑色で、凹凸で葉の模様を浮き出させているものだ。そばにもいくつか、瓶が置いてある。

「あれ、瓶の見本ってことでいいのかな」

「あ? ああ、そうだ。あれも」

 イリアンに指さされた奥の棚を見ると、そこにもいくつか瓶が並んでいた。

「だいたいどれも、細身で淡い色なんだね」

「上流階級の人間が胸にかけることが多いから、どんな服にも似合うようなものが好まれるに決まってんだろ。ルイのこの瓶は、誰が使うか決まってんのか?」

「ああ、そういえばヴァシル師がそばに置きたいって言ってた」

 さらっと言うと、イリアンは一瞬固まった。

 そして、いったん天井を仰いでから、また、ガーッ!

「責任重大じゃねぇか!!」

 私はびっくりしてどもる。

「え、え、でも大事なのってそこ?」

「当たり前だろうがっ。ヴァシル師はどんな服装をなさってるんだ!?」

「服装ったって、いつも香精師のローブ……」

「仕事じゃないときもあるだろっ。調べて、また明日来い! 話はそれからだ!」


 急に、イリアンはちゃっちゃと作業台の上を片づけてしまい、

「俺は親方の仕事を見てくる!」

 と言って部屋から出ていってしまった。


 ちょっとポカーンとしていると、肩にポップが乗ってきて一言。

『やかましい男だな!』


 ……お前が言うか。 

 思わず笑ってしまいながら、私は彼をなだめる。

「まあまあ。そっか、香精瓶はそれを持つ人の服装に合わせて作るんだね、知らなかった。まあ確かに、レモンだから黄色、って作ったところで、ヴァシル様が普段着る服に黄色が似合わなかったら困るもんね」

 なんというか、香精瓶ってただの装身具とは違うと思ってたんだけど……

 うーん、まあとにかく、一度帰るしかないか……

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