九、奇才
問:百理はどのような人ですか?
洞窟の虎の絵が、百年に一度の奇才と呼ばれる百理の作品だった。
晶凛は、繊細で大胆な作品は、誰の手によって産み出されているのか疑問に思った。
一、雷帝の回答
「百理様ってどんなお方なのかしら……」
晶凛は想像を膨らませる。
「変わり者だから、関わらぬ方がよい」
雷帝はきっぱりと言い切った。
「そうなのですか?」
「あぁ。とんでもない変わり者だ。見かけても近づくでないぞ」
「変わり者なのですね。気を付けるようにします」
どんな姿なのかわからないので、近づきようもなかったが、とんでもない変わり者とは偏屈なおじいさんを思い浮かべた。
二、宰相の回答
「宰相様、百理様はどのような方ですか?」
執務の休憩時間で、外を散歩している宰相に声をかけた。
「あいつは酒飲み友達じゃよ。不思議と話が合ってな」
共通の話題ーー雷帝の話で盛り上がるらしい。
お酒が好きなおじいさんという情報が加わった。
三、灯里の回答
「灯里様。百理様にお会いしたことはありますか?」
「百理? あるわよ……っていうか、雷帝のお面を作っているのは百理だしね。時々お面を献上しに来るわよ」
雷帝の顔とも言えるお面を作っているとは初耳だった。
呼び捨てにしているところが若干気になったが話を進める。
「お面……! 百理様の作品だったのですね! 因みにどんな方でしたか?」
しばし灯里は考えた。パッと言葉が出ないあたり、形容しづらい分類なのだろうか。
「一度作品に取りかかったら集中力が半端ない感じね。普段はへらへらしていて、よく見たらいい顔しているのに残念だわぁ」
昔は美形だったおじいさんといったところか。どこが残念かはよくわからなかったが、少し情報は増えた。
✤✤✤✤
町中を歩いていると、反対側から「百理様ん」と言った声が聞こえてくる。
振り帰ると、百理様らしき者が酒楼へ入っていく。後ろ姿しか見えないが、髪の色は白髪混じりの黒髪といった印象だった。
昔は美形だったという、偏屈なおじいさんとはどのような者か気になった。
渋くてカッコいいおじいさんが、ついに見られるのではないかという期待が高まってくる。
酒楼の入り口を小さく開く。顔をこっそり見るだけなら大丈夫だ、と油断していた。
「百理様ん。私の絵も描いてよん……」
「いいえ、私の方が先でしょん……?」
やたらと語尾に「ん」を付けたがる女の声がする。
「こらこら喧嘩するでない。後で可愛がってやるからなぁ」
百理と思われる男が、数人の女を侍らせていた。
晶凛は見てはいけないものを見てしまったことに気づき、すぐさま扉を閉めた。
職人気質のおじいさんの像が、頭の中から脆く崩れ去る。
百理は二十代前半くらいの青年だった。雷帝よりも若いかもしれない。
「そこの可愛い子ちゃん」
「ひええ!」
酒に酔った百理が扉を開けて、晶凛に声をかけてきた。顔が思ったよりも近くにあって、さらに驚いた。
先程は光の加減で白髪混じりに見えたが、雷国では珍しく色素の薄い茶色だった。
――関わらぬ方がよい。
雷帝の言葉がストンと落ちてくる。
「私はただの通りすがりなもので!」
叫ぶように言って、走った。
変わり者で残念な感じという証言は当たるとも遠からずだった。
女好きという言葉は、雷帝と灯里の口からはどうしても言えなかったのだろう。
「つれない子だなぁ……」
百理は扉を閉めながら残念そうに言って、席に戻って酒を煽った。
誰もおじいさんとは一言も言っていなかった。
想像が頭の中で凝り固まると、実際とは大きな隔たりがあると学んだ晶凛だった。
問:百理はどのような人ですか?
晶凛の回答:想像より若いですが、関わらない方がいいと実感しました。