六、名品
人通りの多い町の中心部では、地面に布を敷いて商売が行われていた。
収穫されたばかりの新鮮野菜や、宝石商、占いをする者など日によって出店される店は異なる。
「いらっしゃい、いらっしゃーい! 今日の目玉はこれだよ!」
商人のおじさんが掘り出し物を売っていた。
巧みな話術で人が集まってくる。
「雷帝ゆかりの壺だ!」
赤い布をバサッと外すと、人々から驚きの声が上がった。老婆は「ありがたやー」と手を擦り合わせている。
「職人が丹精込めて作った品で、装飾は芸術品! 実際に雷帝が見惚れたと言われている」
前列にいる者が蓮の模様が入っているのを見て、感嘆の声をあげる。
「この一級品。定価は金貨十枚のところ、今回は特別に金貨三枚だよ! 雷帝の加護を得られると言われている特別な壺だよ!」
価格を聞いて、数名が集団から離れた。及び腰であるのには無理がない。
金貨十枚は庶民が一年間遊んで暮らせる金だった。金貨三枚でも、三ヶ月以上の給金に相当した。
一人、苦渋の表情を浮かべる男がいた。
「妻の出産祈願に……」
「雷帝の加護があれば、無事に産まれること間違いなし!」
畳み掛けるように、商人は言った。
「でも、お金が……」
「お兄さん、こんな話があるんだよ。一日一杯の酒を我慢したとする。それが積み重なって、半年、一年、三年もすると金貨三枚分になるってな。この壺に巡り会えたのは幸運だった。この幸運を逃さないかはお兄さん次第さ」
商人は決め文句を言って、満足げにニタリと笑う。男がさらに迷った表情を浮かべる。
「ちょっと失礼」
商人と男の間から、青年が顔を出した。大柄な青年だった。壺を軽々と片手で持ち上げると、握りこぶしで数回叩いた。
「君、大事な商品に何をする!」
商人は慌てて止めにかかる。
「この鈍い音……本当に雷帝ゆかりの品なのか?」
「へっ……?」
商人は一瞬間の抜けた顔をしたが、「商売の邪魔をする輩は許さないぞ!」と強気になった。
「芸術品と言われている蓮の模様……繊細さに欠けている」
「なっ……。出任せを言うな!」
「出任せはお前の方だ。……私が見惚れたのはこんな壺ではないぞ」
青年が立っていた場所には、燃え盛る目に憤怒の鼻、何かを訴える口……雷帝が立っていた。
人々は畏怖で、ひざを折って地面にひれ伏した。
商人は恐怖で体を小刻みに震わせる。
「も、申し訳ございませぬ」
「贋作を売買していたとはな」
「即刻処分いたします。命だけは……!」
ひざまずき、頭を地面に擦りつけた。商人の手の震えは止まらなかった。
雷帝は違法な商売を認めていなかった。皇帝の目に入ってしまった以上、厳罰となる。
雷帝は腕を組んで、小さく息を吐いた。
「わかればよい」
それだけを言って、姿を翻した。
雷帝がお面をすぐさま外し、姿勢を正すと、下町の青年に戻った。
お面をすぐさま付けて外すのは雷帝の特技だった。いつでも雷帝に変身できるように、袂に隠し持っているのである。
人々が体を起こすと、雷帝の姿が消えていることに気がついた。幻の姿ではないか、という憶測が飛び交う。
話に尾ひれがついて、悪いことをすると神出鬼没で雷帝が現れるという噂が広がったのだった。
✤✤✤✤
「また町に出かけたのですね」
「いや、そんなはずはないが……」
灯里に問い詰められて、雷帝の目が泳ぐ。
「嘘おっしゃい。贋作を売ろうとした商人を懲らしめようと雷帝が舞い降りたって噂が流れているわよ」
「噂って伝わるのが早いよな~」
雷帝は頭をかいた。
「これ以上噂が増えると、皇帝が頭おかしい人になっちゃうじゃないの」
灯里は文官だったが、世話焼き女房の立ち位置になってしまっている。
「お気に入りの壺の話が出たら、黙ってはいられないじゃないか」
執務室の脇に置いてある壺を指先で撫でる。
描かれている蓮の花は、百年に一度の奇才と呼ばれる百理の作品で、細かい突起物が質感を表している。
壺を一つ作るのに、数ヶ月を要する最高級のものだ。
「とにかく、皇帝の権威を軽々しく振りかざさないように!」
「ほーい」
気の抜けた返事をして、さらに文官の怒りを買うのであった。