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風雷記  作者: 八木愛里
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五、化身(其の二)

 雷帝が眠っていることを確認した白蓮は、窓を開け、羽織りを椅子にかけて目を閉じた。


 どこからか風が舞い、白蓮を包んだ。綺麗な娘は消えて、白い虎が現れた。人の姿の大きさ程の獣である。触り心地が良さそうな白い毛並み、赤い瞳は血の色よりも濃く、大きな歯は鋭い。


 歯を器用に使って雷帝を背中に乗せると、虎は窓枠から外へ飛ぶ。


 すると、上へ上へと飛んでいった。足で空気を押すとさらに上昇していく。

 飛ぶ速度は早く、普通の人の目には入らない。高さが出てきたところで安定的に四肢を動かした。


「なあ、どこまで連れて行く気だ? お嬢様」


 いつの間にか、雷帝が虎の背にまたがっていた。


「何!? 気がついていたのか」


 虎の背が震えて、バランスを崩しそうになる。


「空を飛ぶ白い虎。赤い瞳。お前仙獣だろ。しかし、日頃大人しいと言われる仙獣がなぜこんな手荒なまねを」

「薬が効かなかったのか……」


「そうか」と雷帝は握った手を、手のひらにポンと置く。


「少し飲んで苦い気がしたから飲まなかったぞ」


 虎は肩を落とした。


「やーなんだか困っているような気がしたから、ついて行ってやろうと思ったんだ」


 雷帝は大きな口の歯を見せて笑った。


「私が用があるのは雷帝の左手だ」


 黒い革が手の甲に当てられている。雷帝は手を見ると納得げに「そういうことね」と頷いた。




 町の外れに差し掛かると、虎は急降下する。風を切る感じと浮遊感はなんともクセになりそうだ。


「意外に気持ちいいもんだなぁ」


 空中散歩はいい気分転換になった。乗り心地も素晴らしかった。

 洞窟が近づくと、虎は速度を落として着地した。


「助けてもらいたいのは私のお父様。不運があって出られなくなってしまった」


 洞窟の中に入るにつれて暗闇が深くなる。一歩前を歩く虎が目印になる。じきに目が慣れてきたところで「こちらだ」と虎が立ち止まった。


 そこには小さな壺から首を出した猫がいた。小さな猫で高い声で泣いている。

「これが君のお父様……?」


「驚くのも無理はない。これは変化した仮の姿。本当は立派な姿なのに、この壺から出られないばかりに」

「壺から出してやればいいんだな」


 雷帝は左手を覆う革を外した。そこには雲のような痣が刻まれている。

 洞窟の上に向かって手を伸ばすと、空気の渦が生まれる。細かい静電気が発生し、さらに手に力を込めると静電気のうねりがでる。


「や、ちょっと。お父様を丸焦げにするのはやめてよね」


 その様子を見ている虎は危険を察知し、数歩後退した。

「大丈夫、大丈夫!」と雷帝は軽い調子で言う。


「いけ! 『電撃』」


 手を振り下ろすと、一直線に雷が壺へ向かう。

 壺は真っ二つに割れて煙が舞い上がる。毛先が少々黒く焦げた猫が出てきた。


「ああ、助かったわい。雷帝殿。足を踏み外して壺にはまって、一生出れないかと思った。にしても手荒すぎるぞ。大事な毛が禿げてしまっておる」

「すまない。コントロールが難しくてな」


 猫は瞬く間に上下左右に膨らんでいき、白蓮と同じくらいの大きさになった。いや、頭一つ抜きん出て大きい。


「ありがとう。人里には私が責任を持って送り返すわい」



 ✤✤✤✤



 白蓮のお父様の背中はさらに快適であった。

 雷帝を地上に降ろすと、「今度は困ったときは、私を呼ぶといい」と言う。雷帝が「それは頼もしいな」と言って頷くと、去っていった。姿が見えなくなるまでほんの数秒である。


 雷帝は軽く手を振るが、恐ろしい気配を感じて後ろを振り返った。


「雷帝ー! どこ行ってたのよ」


 灯里が足を踏み鳴らして近づいてくる。雷帝は「ちょっと人助けをな」と言うが、灯里を怒らせたら何を言っても無駄である。


 仙獣は遠くに住まうという仙人が使役しているものであり、仙人自体が架空の話と思われている時代である。仙獣に会ったとは秘密にしておかないといけない。

 灯里の追及を、のらりくらりと避けていくのであった。


 その後、雷帝の二人目のお見合い相手は、雷帝の恐ろしさに三階から飛び降りて逃げたという噂が流れた。


 不思議と三階から飛び降りて無事だったのかと疑問に思う者はいなかった。


 この国では雷帝のお見相手になろうという者は、ついにいなくなったのである。

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