四、化身(其の一)
「お見合い相手が現れた? 嘘でしょう?」
雷帝の側近の灯里は、驚きと少々の落胆を滲ませる。
貴族の娘が雷帝の姿を見て倒れたという噂が流れてからお見合いの話は急に途絶えた。
そんなときの吉報であった。
雷帝の世話役こと爺やは毛の薄くなった前髪を得意げになでつける。
凄腕の歴代雷帝に仕えた宰相と言われているが、雷帝が独り身であることにやきもきしている。
「さよう。鬼の面でも良いという娘が現れた。しかも、貴族の中でも中立派である葉氏の娘さんじゃ。家柄も申し分ないわい」
「この姿絵を見てみよ」と灯里に姿絵を渡すと、じっと眺めて姿絵から顔を上げる。
「ご冗談を。こんなお綺麗な方が鬼の雷帝に嫁ぐ意志があるとは思えないわよ」
「いやいや。あちら側はぜひにと言っているんだ。娘さんが雷帝に一目惚れしたとかで」
そんなはずは……と灯里は考え込むが、「最後には雷帝が賛成ならいいんじゃないですか」と言った。
✤✤✤✤
「それで、なぜ私がこの場所にいないといけないのでしょうか」
晶凛は不満げに昼食を運びながら言う。整体ならともかく、小間使いのような雑用を頼まれる。
「まあまあ。雷帝があんなに拒んでいたお見合いいじゃないですか。行く末を見守ってみたいとは思いませんか」
と、灯里は言いながら昌凛の反応を見る。しかし、迷惑だという表情しか読み取れない。
どうやら雷帝の押してダメなら引いてみよの作戦は失敗したらしい。
お見合いの席はお付きのものが近くで控えている。要望があればすぐに反応できるように配慮している。
雷帝はお面を装着したままおとなしく着席していた。
葉氏の娘が介添えに案内されながら入室してくる。紫色がかった光沢のある布に銀糸の刺繍が施してあるものを羽織っている。
「この度はお目にかかれて大変幸せでございます。葉家の娘、白蓮と申します」
「面を上げて良い。席に座るのだ」
雷帝が向かい側の席を案内するように召使の一人に言う。
面を上げた白蓮は目を輝かせて「素敵なお顔……!」と恋をするように小さく呟き、着席した。
話し始めると「怒ったお顔が好き」とか「ずっと見つめられているようで胸が苦しくなる」と嬉しそうにしている。綺麗な娘だが、少々変わった嗜好の持ち主である。
褒められて悪い気はしないのか、雷帝は自らも「俺の趣味は整体を受けることなんだが、今度一緒に受けてみるか?」など質問をする。
お似合いなのでは、と部屋の端で見守っていた使用人は期待の表情で顔を見合わせる。
「少し白蓮と二人きりで話したい。しばらく外に出てもらえないか」
雷帝は人払いをして、白蓮に笑いかけた。
「そんなに緊張しないでよい。この桃茶でも飲むとスッキリするぞ」
「お気遣い申し訳ありません。雷帝にお目にかかれたことで嬉しいあまりに大変なご無礼を」
「桃茶は最高級品を取り寄せてある。美容にも優れていて……むにゃ」
雷帝は桃茶を一口すすると急速に眠気が襲いかかった。目は閉じ、頭が下がると同時に肩が揺れる。
白蓮は心配するように手を差し伸べて、不敵な笑みを浮かべた。
✤✤✤✤
「あれから小一時間経ちましたよ。一体何を話しているんだか」
灯里は聞き耳を立てながら、扉を少しずつ開ける。紫色の羽織りが目に入り、食べかけのお皿と、雷帝の椅子には座る者がいなかった。
扉を開けて、驚きの声をあげる。
「そんな……。まさか、ここは三階なのに」
部屋でお見合いをしていた二人の姿はなく、窓は開け放たれていた。