三、風帝
隣り合う国、雷国と風国。近すぎるが故に国同士の仲はよろしくない。
気性が荒く、力業で解決しようとする雷帝。
涼しげな顔で、自然に過ごしているだけなのに周囲を整えていく風帝。
皇帝の仲もすこぶるよろしくない。対話さえ叶わず国交断絶の状態である。
✤✤✤✤
「雷帝様! いつまで逃げる気ですか?」
「爺や、俺を見るたび言うのやめてくれ」
足が遠のく雷帝と、追い詰める爺やこと宰相。宰相は雷国に昔から仕えており、使命感が人一倍強かった。
「お見合いをして、ぴったりの娘を奥方に迎えるんじゃ――まさか、雷国が世襲制ではないからといって一生独身のおつもりではなかろうな?」
雷帝は『帝気』のある者が、急に体の一部にアザが刻まれる。雷国の中から一人が選ばれ、『帝気』が消えるとアザはなくなり、次の者へと代替わりする。
この雷帝も、農家暮らしをしていたところ知らぬ間にアザができて、雷帝となった経緯がある。
「爺やの言うことならしょうがない。このお面を付けていても良いという娘がいたらお付き合いを考えよう」
雷帝は精巧に作られたお面を手にした。
✤✤✤✤
晶凛の仕事はいつもとは違っていた。
「客人の身の回りの世話?」
晶凛はポカンとしたまま言われたことを繰り返す。整体の仕事かと思い、服装は軽装だった。
「客人は……まあ、俺のよく知る友人で、そんなに気張らず大丈夫だ。晶凛にしか頼めない用件でな……」
雷帝は歯切れ悪く、頭を掻く。
客人は幻を見ているかのように綺麗な方であった。
水色に近い色素の薄い髪を緩く一つにまとめている。長いまつげに、薄紅色に上気した頬、形の良い唇。雷帝よりも高くすらりとした身長で、男性だとわかる。
しかし、晶凛は一つ気がついた。雷国の国民は黒色の髪に黒い瞳を持つ民族が九割を占める。この特徴がある御仁は一人しかいない。
「もしや風帝!?」
国交断絶中とはいえ、美しい皇帝がいたら雷国の中でも噂は流れる。とはいえ、敵国の皇帝がなぜ雷国にいるのか。
風帝は諦めたように呟いた。
「お茶会の最中に捕まったんだ。もう知らないぞ……」
晶凛はあわれだと思った。国交断絶中の敵国に乗り込む雷帝の行動は、常識から大きく逸脱している。
「あれ? これ女物のおかつらですよ?」
晶凛は違和感に気づいた。
髪色を隠すためと言われて、高く髪を結い上げた形のかつらを手渡された。綺麗な顔立ちなので何でも似合うと思うが、風帝がかわいそうだ。
「それでいいんだ。今回は俺のお見合い相手として来てもらったんだからな」
雷帝は自信満々に言う。
「まさか、そんなことで私を呼んだのか!」
「そうだ。こんなことを頼めるのは風帝しかいない。じじいが身を固めろとうるさくてな。何だかんだ理由をつけて断ってくれ」
唇を震わせる風帝に、雷帝は怪しげに笑う。
「以前の借り、忘れていないだろうな?」
「わかりました。何なりと」
風帝は即答した。
✤✤✤✤
風帝の準備が整うと、見かけた者は「どこの娘だ?」「まるで仙女だ……」など思わず言う。
まず風帝がお見合いの席に着くと、同じ部屋の隅で控えている晶凛は手応えを感じる。宰相は風帝の変装には気づかず、満足げに話をしている。
雷帝が席に腰かけると、風帝は雷国の慣例にのっとり、手で顔を隠して視線を下に向ける。
「風春と申します。このたびは――」
「堅苦しい挨拶はもうよい。面を上げよ」
雷帝の姿に初めて注目が集まり、皆が言葉を失った。
燃え盛る目に憤怒の鼻、何かを訴える口……。普段、雷帝がつけているものよりも形相がさらに恐ろしいお面を装着していた。
風帝は瞳を見開くと、椅子から崩れ落ちた。
「きゃー! 風春様が倒れられた!」
使用人からは悲痛な叫びが上がる。
意識がなくなり、長い睫が苦しげに閉じられている。
雷帝は小さく「そういえばお面のことを言い忘れていた……」呟いた。
国交断絶中であったため、雷帝の詳細な容貌までは伝わっていなかったようであった。
ある意味、雷帝の作戦は成功した。
「貴族の娘が雷帝の鬼のような姿を見て倒れた」という噂が尾ひれがついて広まり、次にお見合い話が来ることはなかったという。




