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風雷記  作者: 八木愛里
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十一、天龍

 これは、雷帝が皇帝になる前の話。



 男の子は竹箒を無心で動かす。母親から言いつけられた家の前の掃除をしているところだった。


 齢は十二、三年くらいか。雷国では珍しく、髪が色素の薄い茶色だった。


 水溜まりに竹箒の端をつけて、地面に曲線を引く。


「やーい、風国人が」


 石ころが男の子の顔にあたった。


 「痛っ」と顔を歪めると、数人の少年に囲まれていた。


「ここは雷国だぞ。雷国に住み着くなんて目障りだ!」

「そうだ、風国に帰れ!」


 男の子は唇を噛み締めて黙った。反論したところで状況が良くなる訳がないとわかっていたからだ。


「おい、黙っていればいいと思っているんじゃないだろうな?」


 少年の一人が、男の子の胸ぐらに掴みかかろうとした。


「おーい。弱い者いじめはダメだぞ!」


 第三者の声がした。


「ちっ、行くぞ!」


 少年たちは大柄の少年の侵入を察知して、雲を散らしたように逃げていく。


「大丈夫か?」


 助けに入った大柄の少年の声に反応せずに、男の子は黙ったままだった。


「にしても、見事な茶髪だな」

「……お前も馬鹿にするのか!」


 茶髪という言葉に反応して、恨みを含んだ目で睨んできた。


「なんだ。ちゃんと話せるんじゃないか。……いや、綺麗な色だと思ってな」

「………」


 男の子は複雑な表情を浮かべた。


「……僕のお父さんが風国出身だった」


 ポツリ、と話し始める。


「お父さんが死んで……。お母さんの祖国の雷国に住むようになったけれど」


 雷国と風国との国の関係は敵対していた。

 国の関係が悪化し、数年前から国交断絶となっている。


「そうか……。辛かったな」


 頭をポンポンと撫でた。

 男の子は不思議と、この大柄な少年には腹を割って話ができると感じた。


 男の子の様子が落ち着くと、大柄な少年はふいに顔を上げる。


「なんじゃこりゃ!?」


 周りを見渡して、驚きの声をあげた。


「地面が濡れているとは思っていたけれど……」


 大柄な少年はそれだけを言って、言葉を失った。


 地面には巨大な竜がいた。水の濃淡で竜が天へ昇る様子が描かれている。憤怒で口を開けているところや、鱗の一枚一枚が立体的だった。


「僕の家は貧乏だから、気晴らしに描くんだ。日が照れば水分が蒸発して、また描けるでしょう?」


「そうか、そうか! 君は天才だな! ……そうだ、俺が将来金持ちになったら、お抱えの絵師にしてやるよ」


「それは……。ありがとうございます」


 男の子は話し半分に聞いていた。それでも認められたことは嬉しかったらしく、恥ずかしげな笑顔を見せた。



 ✤✤✤✤



 その数年後、大柄な少年が家業の農作業をしていたときに、突然手の甲に痛みが走り「帝気」を手に入れた。


 雷帝が約束を果たすために、あのときの男の子――百理を探し出して、洞窟の中に絵を描くようにと命じた。


 すると、名作が誕生した。


 「虎穴」だった。洞窟の番人であるかのようにな姿の虎。見るものを震え上がらせる威厳があった。


 絵の腕は最初に出会った頃より、格段に磨きがかかっていた。


 雷帝に認められて、お抱えの絵師となった。


 また芸術の才能は多岐に渡り、壺の製作や雷帝特製のお面の作成までに至るのである。

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