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  作者: 矢久 勝基
第一章 魔女狩り
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決心

 反射的に振り返る彼女の視線の先に、先ほどまで手続きや警戒に当たっていた船員たちの列ができていたが、その中に見知った顔がいた。逆に言えば、今の今までその男の存在に気づかないほどに、何も見ていなかったことに気づく。

 その男……クルップの方も、一連の出来事の中で今まで声を上げることができなかった。まぁこの場には今まで取引の場面があったわけだから、普通の大人なら叫べるタイミングなどないわけだが。

 彼はずっと、少女の消え入りそうな表情を目にしていた。

 涙を流すようなものではない。彼女に存在していたのは、下に向いた視線の先に何かが抜け落ちてしまったような、混沌とした虚無。

 待つものは単に死だけではないかもしれない。これから考えられる精神的、肉体的苦しみは、ひょっとすれば裁判の結果を待つ前に、彼女の心を絶つことになるかもしれないのだ。

 魂をなくしてしまう方が、まだ楽かもしれない。クルップが彼女の表情を見ていた時は、むしろその準備を肯定すらしていたように思う。

 が、突如現れ取り押さえられた魔女に送った彼女の声は、悲壮に満ちていた。クルップはその声でハッとしたのだ。彼女の心はまだ生きている。泣きながら待っている。天からクモの糸が垂れてくることを。

 彼に伝わってきたのはそういうものだった。一瞬だったが、去り際、彼女は確かに彼を見た。

 ……もっとも、彼はコトヨイの名を呼んだ以外、何も言わなかったし、少女はすぐに表情をなくして行ってしまったから、他の者が気に留める様子もなく、実際この場でそれ以上のことは何も起こらなかった。

 しかしそれがクルップの人生の分岐点であったことは間違いない。


「なぜ女を引き渡さなかったんじゃ?」

「え?? 別に……やつらの横暴さが鼻についただけ」

 船に戻る途中、ラインバックはあやふやな受け答えをすると、拘束していたメイアへの力を抜いた。つっかえ棒が取れたかのようにややもふらつく彼女へ、彼が言う。

「ごめんねぇ。あそこで依頼主が怪我すると俺らの信用にも関わるんだよ。もう帰っていいから次はうまくやってね」

 目尻にしわのあるメイアが、そんな彼を鋭く睨みつける。が、何かを言う前に隣の爺が苦笑いを浮かべ、

「今逃がしたら、金なら取引すると言ったワシの立場はどうなる」

「逃げられちゃったことにすればいいよ。この人消えることができるから簡単だろ。さ、帰って帰って」

「待ってください」

 背中から声がする。クルップだ。

「航海部長。ちょっとその女と話をさせてくれやしませんかぃ?」

 すると栗毛の男は手を横にやや広げて軽く振った。「俺、ノータッチ」ということなのだろう。クルップはメイアのほうへ向き直る。

「話を聞かせてくれよ」

「……話すことなんてない」

「あの子を救いたい。俺は船を下りるんだ」

「え……?」

 ガネフ、ラインバック、メイア。三者、それぞれの言葉に反応して彼の方を見た。その顔が決意に満ちている。

「……なぜ?」

 怪訝そうなメイアの声。彼は答えない。……というか、答えられなかった。なぜ?と聞かれれば明確な理由などない。

 強いて言えばコトヨイの瞳が送ってきた一瞬の表情が、彼を動かそうとしている。

「とにかく俺はアンタの味方だ。話を聞かせてくれれば協力できる」

「クルップ、お前何歳だっけ」

「二十五でさぁ」

「なるほど、若いんだね」

 ちなみに航海部長は九つ上だ。とてもその差があるようには見えない童顔だが。

「まぁ、さっきの娘、かわいかったからね」

「い、いや、そんなんじゃ……」

 しどろもどろになるクルップをラインバックは笑った。

 そんなやりとりを後目に、メイアの表情は浮かないまま、

「……悪いが信用できない」

 男たちから数歩離れ、振り返りもせずにそう言うと、街の雑踏へと消えていった。


 クルップは船には戻らなかった。

 コトヨイを救い出す……そう決めた。が、実際なにからはじめればいいものか。彼がやろうとしていることは、言ってみれば逮捕された死刑囚を一般人が脱獄させるようなものであり、まず取り付く島がない。

 とりあえず、起伏の多い港町でさまざまな聞き込みから始めてみることにした。魔女裁判が開催される場所が分かれば、そこへ詰めればいつかコトヨイの裁判へ行き当たるだろう。

 その他、この国の政治の評判や魔女狩りの評価などを、好奇心旺盛な旅人を装って様々なところで金を落としながら集め回った。手探りも手探りだが、"魔女"というキーワードが話題に上がるたびにほんの少し前進している気がして、とにかくそういう瞬間に一つでも多く触れていたかった。

 情報集めは比較的容易であった。

 魔女狩りというのは魔女という得体の知れない存在を糾弾する他に、さまざまな意味合いを持っており、一つ、国の毅然たる態度を見せて治安活動へ繋げるプロパガンダ的な役割も担っている。

 つまりは『みせしめ』であり、裁判はこれ見よがしといえるほどに大々的に行われるのが慣習であるため、魔女狩りについての情報は、周辺の天気を聞くのと同じくらい簡単なことであった。

 魔女裁判は魔女法廷と呼ばれる施設で行われる。魔女が勝訴することはない。確実に極刑が言い渡される。

 パーキンスの王、ザイアスは先に述べたように魔人戦争時の英雄の一人である。魔女をして害悪であるという念は強く、民たちもそのカリスマを信仰しているから、政策に疑問を持たない。

 しかしわからないのは、コトヨイが『弓槻』に乗せられたのは、この港よりはるかに遠いモダの港である。如何にザイアスが魔女狩りを奨励しているからとて、数千キロも離れた場所で捕らえられた魔女がなぜわざわざこのようなところまでつれてこられて裁判などを行うのか。

 聞き込みにも限界があり、特によい案も見つからないままいたずらに時が過ぎていく中で、彼の焦りは募るばかりであった。

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