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  作者: 矢久 勝基
第一章 魔女狩り
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入港

 正午に二十分の時を残して、船は桟橋に碇を下ろした。船体が重い分、慣性が加わり、しかも低速は舵が効きにくくなるため、大型船の微速操作は難しい。

 それを一度で済ませた『弓槻』の航海部長ラインバックは、いつものように物見台で街を見つめながら煙草をふかすのではなく、艦橋の背中に長く伸びるラッタルを降り始めた。

 今回は特別な荷物を下ろす。その荷物の引渡しに責任を負わなければならない。

 普通、そんなことは甲板上の任を負う航海士の仕事ではないのだが、この男は両手に短剣を持たせると『弓槻』の中でも一位二位を争う戦闘力の持ち主であった。

 今回の"荷物"は魔女だし、彼女自身、どのような力を持っているかも分からない。引渡しまでに暗殺される可能性もある中で、彼の力が今回は必要であった。栗毛色の髪がつんつんと四方に伸びた目の大きな男。

 白いセイラー服に同色細身のズボンという身軽な恰好のまま軽快に露天甲板をゆく彼の両腰には短剣が下がっていて、一目に上陸する予定が見て取れた。

「航海部長、先行くなら店の予約取っといてくださいよ」

 お猪口を傾けるそぶりを見せた船員の一人に「おっけー」と、陽気に手を振りながら、彼はさらに後艦橋のほうへ進んで一人の老人と合流した。

「ガネフ、それなに??」

 ホウキのような妙なものを持つこの老人に、ラインバックはたかるようにまとわりついた。うっとうしそうだが子供のような彼の快活さが、このガネフという老人は嫌いじゃない。

「これは引き渡しの嬢ちゃんの私物じゃな」

 彼によればそれは魔女の使う杖だという。なぜそのような私物を『弓槻』の技師長が持っているのだろうか。

「ワシにしてみれば興味深いシロモノじゃよ」

 一晩研究したらしい。彼は没頭しはじめると文字通り時間も食事も忘れてそのことにのめりこむ。ちなみに艦載騎『飛竜』は彼が生み出したものである。

「なにか分かったの??」

「理解できないシロモノじゃな。あれは……」

「あれ??」

「あ、いや……これ」

 ガネフはその杖をひょいと掲げて言った。

「引き渡しの時にこれも渡さんとな」

 どうやら彼も立会人の一人らしい。『弓槻』のご意見番として、重要な場面にはだいたい顔を出しているから、ラインバックも別段驚かない。が、今回は少々事情が不穏であった。

「なにかに襲われたら荷物優先だけど平気??」

 するとガネフは「ホッホッホ」と笑う。

「こんな爺は誰も狙わんて」

「それもそうだね」

 のどかな太陽の光が差す正午の露天甲板を陽気に歩く二人は、まるで祖父と孫の散歩のように他の船員には映っている。


 その散歩に、いつしか手枷のついた少女が加わった。

「痛い目みるから変なことは考えないでね」

 ラインパックの言葉だけが少し物騒だったが、すぐにガネフとの陽気な雑談に戻った。彼は陰気なのがキライだ。この少女の表情に気持ちが引きずられるのが嫌だったのもある。

 引き渡し場所は埠頭の一角。海鳥が空を旋回するのが三百六十度見える見晴らしのいい場所だ。すでに船員の何名かが先行していて、安全の確保と先方との書類のやり取りを行っていた。ここにクルップもいる。

 先方とはもちろんパーキンス王国の一団である。護衛も含めて十名ほどの集団であり、娘一人受け取るにしては物々しいが、これが魔女に対する畏怖の念なのだろう。

 『弓槻』の三人が到着すると、一人の老人が進み出た。

 彼はしばらく……不自然なほどに長いことコトヨイを見ていた。まぁ彼にしてみれば偽者を掴まされてはたまらないということなのかもしれない。しかし彼女はそれに付き合う気もないようで、視線を一手に受けながら、ついぞ目をあわせることはなかった。

 男はゆっくりとラインバックのほうへ振り返る。

「パーキンス王国軍令部、タジールだ。この度は護送ご苦労」

「いーえ、また機会があれば是非うちをご使命くださいねー」

 ラインバックは彼女を引き渡すと一瞬自分の斜め後ろを睨み、飛び出した。そして何もない場所で左腕を何かに絡めるようにし、右腕を添える。その先にはすでに抜刀された短剣が握られていた。

「野暮なことはしなさんな」

 ラインバックの声の前に、不意に彼に拘束されてもがく女が現れる。それを見るなり、死んでいたコトヨイの目が大きく見開かれた。

「メイア!」

「メイアさんってのね。メイアさん、そんなに殺気振りまかれたら美人が台無しだよ」

「離せ!!」

「これ以上もがくと俺はあなたを殺さなければならない。それは何よりあの娘が悲しむんじゃないの??」

 そういう彼の説得に観念したのか、抵抗は鈍くする女。

 引き渡し側の取り巻きたちは、タジールと名乗った翁の壁となりつつ騒然としている。やがて事が収まると、ラインバックが拘束する五十歳近い女を横目に、男が言った。

「礼を言う」

 命が危うかったかもしれないこの状態で、この男は落ち着き払ったまま、言葉限りの礼をした。

「その女も魔女のようだ。こちらが預かろう」

 言いながら取り巻きに指示を出す。メイアは再びもがき始めるが、近づく彼らをラインバックは制した。

「却下」

「は?」

 実際声は出さなかったものの、まさしくそういう表情を浮かべた取り巻き二人が立ち止まる。タジールは眉をひそめ、

「どういうことだ?」

「うちとの契約はその子を届けること。この人は関係ない」

「その女は魔女だ。魔女は裁かれなければならない」

「悪いけど、そんなのは俺たちには関係ない」

「なんと……正義を侵すというのか」

「それはあなた方の正義だろ?」

「だけではない」

 世界の正義だ……彼ははっきりとそう言った。しかしラインバックは一笑に付す。

「たとえそうでも俺たちには関係ないね。俺たちのルールが俺たちの正義だ」

「……」

 予想外の抵抗だったのだろう。男がしばらく言葉を失う。

 しかしこれは『弓槻』に貫かれた考え方だった。自分たちには自分たちのルールがある。『弓槻』という船に乗務している間は、そのルールこそが、いかなる法にも侵されない彼らの指針であった。マニュアルのない無法地帯をも航行する彼らにとっては、それが唯一の灯台なのである。

 タジールはうなった。

「……従えぬのならば、事は荒立つことになるやもしれんがよいか」

「そういう傍若無人な事を言う人が多いから『弓槻』はあんなにゴテゴテに武装がされてるんだよ」

 正義を主張するには力が要る。下世話な話であり、本来そうであってはならないのかもしれないが、現実問題としてそうだ。力のない正義など誰も相手にしてくれない。

 彼らは自分たちの誇りを守るために、ひいては自分たちの正義を貫くために『弓槻』の武装を充実させ、それをもって自分たちの意思を主張している。

 自分たちが正しいと思える道を貫くために力を欲した結果が『弓槻』であるともいえ、彼らは命の危険と引き換えに、そのプライドをこの海運業に賭けていた。


「まぁまぁ……」

 渦を巻く殺気の中に割って入ったのが、コトヨイの杖を持つガネフであった。男の前まで進み出で、杖を差し出しながら言う。

「ここはこの爺に免じて許してくれんか?」

 免じられる立場でもなんでもないのだが、彼はそんな言葉で中に割って入り、自論を展開し始めた。

「ワシらはタダ働きはしない主義での」

「どういう意味だ」

「……どのような形であれ貴公はうちのラインバックに助けられたな。その上何の報酬もなしに貴公らの一方的な要求を飲まねばならんとあっては、こちらはひたすらにくたびれ儲けとなる」

「……」

「この女はワシらが預かる。もし欲しければそこにいる嬢ちゃんと同じように輸送の依頼をすればよい」

 つまり金さえ積めば引き渡す。それでこの交渉は五分だろう。と、この老翁は言っている。

「貴公らの主に伺いを立ててくるがよい。なににせよ……」

 深く刻まれたシワが彼の表情を分かりにくくしているが、その目は挑戦的に光っていた。

「『弓槻』といたずらに戦えば無傷ではいられまいよ。貴公らにとって得策とは思えんが、どうじゃ?」

「……」

 男は終始無言のまま、やがてガネフの持つ杖を受け取ると、手枷をされたままのコトヨイに顎で進む方向を指し示して、きびすを返した。

「コトヨイ!」

 この時、ようやく少女の名を呼んだ者がいる。

参考、本来の操船は船長が行います

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