夜明け
置き去りにされた感のあるコトヨイは、まだ起き上がらずにいる。
衛生上の理由から血だらけの黒いワンピースは処分され、下着にタオルケットを掛けたままの状態でいる。そのタオルのやわらかさを享受している自分に不思議を感じつつ、またぼんやりと無地の天井を眺めていた。
「メイアも亡くなった」
「起きてたの……?」
隣のベッドに寝かされたクルップの声にコトヨイは反応する。思えばこの重症者が目を覚ましたことは喜ばしいことなのだが、彼女の心はそれを忘れるほどに忙しい。
「王を巻き込んで自爆したよ」
その主語が誰かを理解することがしばらくできないコトヨイだったが、あるところで唇をかみ締めた。
……わかっていた気はする。自分が見た白い光の渦には、彼女の生命が込められていた。それがわかったから、飛び出そうとしたのだから……。
「手紙を……お前に渡してほしいって……」
同じように天井を見つめるクルップが身体をまさぐって「俺、服着てねえじゃん」とつぶやいた。
コトヨイの目は、彼がタオルケットの中でもぞもぞと動いているのをしばらく映していたが、ふと、タオルケットを引っ掛けたまま起き上がると、
「怪我、大丈夫?」
「大丈夫なんじゃねえか?」
他人事のように答えるクルップは、「自分のことも彼女のことも分かるし会話もできる。大丈夫だろう」などと、単純に思っている。
ちなみに彼はまだ自分が彼女の血に生かされたことを知らない。王ザイアスに腹を刺されたことは覚えているが、その背中を強大な魔力が襲い、護符の力に守られつつも気を失ってからは……。
気がつけばベッドの上である。それが『弓槻』であることを知ったのは、彼女を諭す船医コルバの、イモのような(?)特徴的な顔が見えたからだ。
コトヨイはそんな彼の顔をじ……っと見つめている。クルップもそれをしばらく受けていたが、やがてその視線がまぶしくなってきた。
「なんだよ……」
それでふと我に返るコトヨイ。やや沈んだ声で、そして、少しすねた……くすんだ瞳で、彼女は尋ねた。
「……あたし、魔女だよ……?」
「ん?」
「なんで助けてくれようとしたの?」
「なんでって……」
聞かれて答えられる質問ではない。
「助けたいと思ったからじゃねえか?」
「だって……あたし魔女だよ……?」
「それやめろ」
「え……?」
「『弓槻』にお前が魔女だからどうのって思ってる奴なんていねえよ」
「どうして……?」
だって、世界の常識なのだ。魔女は忌むべき存在なのである。
だからこそ、殺されかけた。だからこそ、メイアは死んだ。だからこそ悩んでいる。
もちろんその常識はクルップも知っている。だが、少なくとも彼女を助けようと思うに至る思考の中で『魔女である』という項目には左右されていないことは確かだった。
「……俺は馬鹿だからうまく言えねえけど、とにかく『弓槻』の船員と魔女狩りの連中を一緒にすんな」
「……」
なぜ一緒じゃないのか……。なぜ、ここの人たちは死を賭してまで自分を助けようとしたのか……。
コルバもこの「なぜ」に答えてくれたわけではない。
ダンがいなければ自分は汚されていた。クルップがいなければ魔女裁判を冷静に受けることなどできなかった。『弓槻』がなければ、自分は魂まで消し炭にされていたことだろう。
あれだけの雨風の中を一滴も濡れずに今、自分はここにいる。それをただの幸運だと片付けるには、彼女はつらすぎた。
「だから、さっきコルバが言ってたように、お前はここで死ぬべき人間じゃなかったってことだよ。それだけだ」
自分は『弓槻』の犠牲の上に生き残った。その犠牲の上で、なにかを成すべき人生なのだろうか。
……これをこの少女が悩み始めたところで、彼女の……だけではない、世界の末々が決まったと言っても過言ではない。
そんな魔女が滞在していることを、エルファンスは見てみぬふりをすることにした。
船室に空き室は多いから、彼女一人増えたところで『弓槻』としては何の支障もない。まぁただ、女なので、気にかけないといけないことはいくつかあろうが。
さてどうするか……。
と、思いながら艦橋の窓から外を眺めている矢先、彼女は来た。
「失礼します」
鉄扉を開け、入ってきた彼女は、白いセイラー服を着ている。となりにはガネフ。
「ほぅ。よくサイズが合ったものがあったな」
セイラーとは水兵のことだから、彼らの一般的な制服の一つであり、男物に関しては予備が何着もあった。
「それをワシが詰めて、女の子らしくちょっと手を入れてみた」
ガネフが言う。たしかにセイラーの白いズボンの腰を覆うように短いスカートが施されていた。もちろん男物にはこんな装飾はない。
「今回は本当にありがとうございました」
ぺこりと頭を下げて辺りを見回せば、副長、航海部長、砲術部長の姿が見える。
エルファンスは「無事で何よりだった」と言い、あえて聞いた。
「あなたはこれからどうする?」
「……そのことなんですけど……」
「うん?」
「お仕事を依頼してもいいですか?」
「仕事……?」
「あたしを、ダモンズに運んでほしいです」
「ダモンズか」
そういう都市がある。やや遠いしダモンズに荷物を運ぶ予定はないが、予定進路からそんなに外れる場所ではない。
「わかった。ついでに送ろう」
「それで、……いくらくらいかかりますか?」
「ん?」
律儀なことを言う。エルファンスは目を細めた。
「タダで乗ればいい」
「でも……」
「失礼だが……あなたのサイズで生存を約束してダモンズまで正規の輸送料をいただくとすると……」
社長でもある彼が紙に試算を出す。急にコミカルな表現になって申し訳ないが、提示された額はコトヨイの目を点にした。
「うちはほら、シードラゴンの洞窟の隣でも確実に荷物を運ぶからさ。その分高いんだよ」
船長の隣でラインバックが笑っているが、コトヨイは笑えない。
「だってそんな額……あたしじゃ……」
「だからタダでいいと言っている」
「いやまぁ、船長、いいんじゃないですか?? その分船内で働いてもらいましょうよ。荷物ってことで搭乗してれば、女に飢えてる船員たちも手が出しにくいし」
なるほど……。それはまったくそうかもしれない。
「いっそのこと『わたしは荷物です』って書いて背中にでも貼っておこうよ」
「それはちょっと……」
「それはわしが作ろう」
「ほ、本気ですか!?」
「まぁ確かに荷物かただの女かは俺たちにとっちゃでけえなぁ」
砲術部長マッシュも加わり艦橋は彼女を囲んでしばらく荷物談義に花が咲いた。
『弓槻』は満天の青空の中を、東北東に進んでいる。




