燃える処刑場2
処刑場を照らす太陽が急にさえぎられた。メイアも王ザイアスも、いや、今まさに剣を打ち合わせている者以外はほぼすべてが空の異変に顎を上げた。
多数の影が逆光になったまま処刑場に雪崩れてくる。先頭をゆくのは竜、そしてツバメ、ツバメ、ツバメと続き、後は竜とツバメが乱雑に処刑場に影を作った。
『弓槻』の『飛竜』と迎撃に上がった王国軍の航空機『隼』だ。俊敏そうな鳥型の機体は『飛竜』の背中を追って火器をひらめかせていたが、王と目が合うと同時に沈黙した。主をかすめるような弾道で攻撃をするわけにいかなかった。
『隼』三羽はそのまま再上昇。後を三騎の『飛竜』が追って、さらにそれを九羽のツバメが追う。残る一騎の竜……レグスタの操る『飛竜』はその後も命知らずの降下を見せ、かっと口を開くと、何かを吐き出した。
「うぁ……!」
思わずうめくザイアスの視界いっぱいに広がったものは大量の水弾だった。
もともとは『弓槻』が戦闘の際に火災が発生した際、消化のために装備できるもので、瀑布の勢いで降り注ぐ消化剤は、誘爆前なら弾薬庫火災をも鎮火させる威力を持つ。津波を起こすほどではないので死者は出ないが、辺り一帯はスコールを浴びたようになった。
次いでレグスタ騎は身を翻し上昇に転じるその刹那で何かを投下する。本来は爆弾や魚雷が積めるはずの場所に装着されていた煙幕弾である。
一番騎はこれら補助弾を満載してきたために一切の武装ができず、三騎に援護されながら、十二羽の『隼』を相手に逃げ回ってここまできた。
円柱状の建物に囲まれた場内は多量の煙に包まれた。
「対空砲火! なにをやってる!!」
王は、この襲撃もある程度予想していた。だから『隼』を哨戒させ、処刑場にも対空砲を据えて準備をしていた。
が、それらは一向に彼の期待に達しない。
「対空砲火!!」
イラだち吼える王に、誰かの声が返ってきた。
「『隼』に当たる可能性があります!!」
上空も乱戦である。『飛竜』四騎。『隼』十二羽……今、下から撃ち上げては、同士撃ちの可能性もあった。せめてこの煙がなければ。
「くっ……!!」
煙霧に巻かれながら、初めてゆがむ王の表情。その傍らで、また爆発音が起きた。耳を頼りに振り向いても何も見えない。
(くそっ!!!)
ザイアスは胸の内を煮えたぎらせながらも、冷静に努めようとした。
魔女を見る。うっすら見える黒い衣……まだ奪われてはいないことだけを安堵しつつ、怒りは収まらない。
(なぜだ……!)
命令に抜かりはなかったはずだ。なのになぜこのようにいいようにやられるのか。
ここには恐らく経験と意識の差がある。『弓槻』は進水式を迎えたその日より向こう、常に戦いの中に身を置いている。魔人戦争以来、平和続きのパーキンスの軍勢では、究極の判断力や度胸が違っていたのであろう。
戦いでその地位を確立させたザイアスにとっては、その差がとにかく腹立たしい。
二番隊の加勢を得て、一番隊のほとんどは戦闘区域を離脱していた。それに伴って二番隊も緩やかな撤退方向にある。
奇襲に失敗した以上、長くとどまることは危険であった。もともと数が違いすぎる。
そんな流れを把握したのが、破壊工作を行っても手はず通りに味方が突入してこないことを知った情報部長、ダンであった。
先ほどの爆音は彼らが二番隊のための道を作った音だ。これほどにおおっぴらな破壊工作が可能なほどに敵も崩れているのだから、作戦は後一押しで成るはずなのに……
(あのお姫様は生きることから縁遠いのかね)
運命というものがある。どう生きても『その日に死ぬと決まっている』人間は、その日に死ぬ。それは生まれた時からすでに決まっているものだ。
そう信じているダンは、コトヨイの生命とこの地上を繋いでいる糸の細さを感じていた。
(……だが……ここで死なれては俺のせいでもある)
男は煙幕に包まれた場内を睨んだ。白い闇の中なら、あるいは自分ひとりでもやれるかもしれない。
気がつけば背中に寄り添う部下数名。ダンは言った。
「おみゃーらは予定通り白兵部隊の帰路をサポートしんしゃい。突入してこないところを見ると撤退を始めておるところだろ」
そして自身は背中を極端に丸くして処刑場の中心……磔になったコトヨイの元へ走った。
霧の中で右往左往する人影を縫うように駆け、侵入に気づいた者の首を掻き切って進む彼の目に、巨大な丸太の柱が飛び込んでくる。
血染めのナイフを口にくわえて、ネコのようにしなやかに飛びつきよじ登る『弓槻』の忍頭。その手の先に、硬いものが当たると、彼はそれを手がかりに彼女の背中に回ってさらに上に向かった。
やがて彼の視線が彼女の腰を捉え、肩を捉えて首筋を捉える。
「おまたせ」
「!?」
コトヨイは声も出さずに目を丸くした。忍装束の男は直立の丸太に下半身だけで器用に身体を固定すると、ナイフで彼女の拘束を解いていく。徐々に処刑台から開放され、しかし長くそれが身体を支えていたために、つっかえ棒が取れたかのように力なく崩れ落ちる。ダンはその腰を支えて、「飛ぶぎゃぁ!」と叫び丸太を滑り降りた。
その後、刹那も休めない。今の抱え方のまま落ちれば娘は無傷ではいられない。
くの字のまま落ちた彼女のクッションになるために、彼は空中で態を変えて彼女と共にもつれて転ぶ。転ぶといっても受身であり、地上から手の届かぬ高さから転げて落ちたわりに、互いに怪我はなかった。
彼は彼女をおいて自分だけ先に跳ね起きた。そしてショック状態で鈍い彼女をもう一度抱き上げようとしたその時。
「フンッ!!」
気合と共に鋭い殺気が彼の肩口を貫いた。反射的に飛び退るが間に合わない。
ぱっと左肩に血煙が爆ぜ、彼の装束をみるみるうちに赤黒く濡らしていく。
「煙幕はこういうことか」
声はザイアスのものだ。なぎ払った後の長剣をそのままに、険しい顔でダンを見据えている。
「うぬらは何をやらんとしているか分かっているのか?」
ダンにとってその質問は、内容自体よりも、これからどうするかを考えるための時間が与えられたものだと思った。
王の足元に転がっている少女を連れて逃げ出す方法……。
が、運命は考える暇を与えてくれないことを知る。
「伏せとりゃぁ!!!」
少女がよろめきながらも起き上がろうとしていたのだ。ダンはそれを鋭く制し、彼女のほうへ飛びながら、懐に忍ばせた流線型の刃物を投げつけた。
ふわりと頭を上げた娘に容赦なく魔剣を振りかぶった王が目に映ったためだ。
ダンの投げた手の平サイズの刃は王の姿勢を崩すのに一役買ったが、追撃をかけるために飛び込んだ彼が見たのは、早くも体勢を立て直した王の横薙ぎであった。
「いけない!!」
メイアが叫ぶ。煙幕の視界もだいぶ晴れつつある中で、ぼんやり映っていた彼女が見た光景は、見てはいけない瞬間だった。
ダンは王の一撃に反応して手中のナイフで迎え撃っていた。反射的なものであり、彼の身体に刻み込まれた剣技が王の刃を受け流そうとしていたが、その刃はただの鋼ではない。
「ぎゃぁ!!」
悲鳴。魔力を帯びた刀身がダンの持つナイフを無視してその鋼を斬り裂き、彼の胸を深くえぐって通り過ぎた。
再び飛び退るダンに次は踏み込むザイアス。追い足が老人と思えないほどに速く、間合いは瞬く間に詰まる。
「あぶない!!」
メイアの悲鳴と王の真っ向が同時にダンを襲う。
しかしその縦一文字の太刀筋は急に精彩を欠き、殺傷力とはならなかった。大型の得物による袈裟の一撃が、かなり遠い間合いから王の下へ降り注いできたのである。
辛くもそれを鎬で受けた彼が更なる追撃を受けて、新手の顔を確認する間もなく飛び退る。ダンを斬れる間合いを逸した。
ついでに、一瞬遅れてメイアの魔力球が、いままで王のいた場所を通り過ぎて消えた。




