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  作者: 矢久 勝基
第一章 魔女狩り
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燃える処刑場1

 ……その時だった。巨大な破裂音と共に観衆席から人が一人転がり落ちる。

 続いて「魔女だぁぁ!!」という叫び声。それに呼応して数名が気が狂ったような声を上げてその場から荒々しく逃げ始めると、観衆席は騒然となった。

 火の用意は、彼らの行動開始の合図であったのだ。転がり落ちたのも情報部某によるスタントであり、『弓槻』の一団がそれぞれに処刑場をかき乱し始めた。

 続く爆発音。石造りの外壁の一角が派手に粉砕され、がらがらと崩れてくる。すべて闇の男たちの仕業だが、四方八方から次々に爆音が重なれば、本物の襲撃と見分けがつかない。 混乱は点在している兵たちにも派生し、姿なき魔女を追い始めた。

 たが、王は動かない。側近に「うろたえるな」と一喝すると、「上空警戒」と告げてから、魔女を見上げ、不敵に笑う。

「この襲撃がなんだか、知っているか?」

 見透かすような瞳を浴びて、コトヨイは目が覚めてきたように思う。目の前でなにが起こっているかを考える脳が回転し始めた。

 とはいえ、もちろん分からず、だ。

「余は、これは魔女の襲撃ではないと思っている」

 そう言う王の背中……はるか遠くの上空に一条の光弾が上がったのが見えた。

「あれは魔術ではない。信号弾だ」

 王はこの襲撃を、監獄が襲撃されたという報告を受けた時から、うすうす予測していた。そして、これほどに大掛かりな襲撃ができるとすれば、犯行のできる集団は限られる。あの輸送戦艦しかあるまい。

 その上で王はイラついていた。分かっていて、適切な指示を出しているのに、こちらが後手に回っているのは、パーキンスに平和が長く続きすぎたせいか。兵が弱くなっているのか。

「あの船をたぶらかして手足のように扱うとは、さすがはナティオラスの孫娘様だ。感服するよ」

(あの船が……?)

 コトヨイの脳裏に、別れ際に自分の名を叫んだ男の顔がよぎる。

「だが、じきに沈静化する。ちょっと待っていろ」

 王は、たいまつからコトヨイの足元に火を移すことはせずに、向こうへ振り返った。


 処刑場を混乱のまま這い出してきた多数の観衆を迎えたのは、武装兵だった。

「全員止まれ! 検査を行う」

 彼らは処刑場からやや離れたところに埋伏し、事態に備えていた。吐き出された者たちに怪しい者がいれば捕らえる。一番隊の五十名はこの黄金色の鎧に身を包んだ一団を見た時、凍りついた。

 今は民衆に扮している。武装しているわけではないが、取調べなどを受けたらこの国の民でないことなどはすぐに知れてしまうだろう。

 まずい……とは、少し離れたところに隠れている二番隊の思いでもあった。

「斬り込みましょう」

 隊長ケンツの耳元で囁くのは彼の片腕ジョルカだ。しかし彼らは入り口の破壊を待って場内に突入する役割を担っている。ケンツが板ばさみに唸っていると、

「……確かに我々の攻略地点は場内ですが、これを野放しにしたら『弓槻』は五十名を見殺しにしなければなりません」

 間違いない。今すべきは、任務遂行より身内を救うことだ。それを自己判断できるところが、軍隊とは違っていた。

「分かった」

 ケンツの合図と共に抜刀する五十名強の戦士たち。戦慣れしている彼らが掲げたサーベルの切っ先が、まるで腹を空かせた狼の牙のように見える。

 その中にクルップの姿はない。


 そして『弓槻』。

 信号弾は、彼らの砲撃開始の合図でもあった。

 実は夜の内に一番砲塔は右、ニ番砲塔は左と、それぞれの沿岸砲に照準を合わせていた。しかも、それに気づかれないように四番砲塔まですべて、巨大な幌をかけて偽装していたのである。

「目標、沿岸砲台」

 幌は一斉に取り去られた。普段は船首、もしくは船尾に向けられている連装の砲口が、今は目標を飲み込まんが如くそれぞれの方向に向いている。さすがに沿岸砲もその様を見逃してはいないだろう。後はどちらの発砲が早いかだけであった。

 一番砲塔、向かって右の沿岸砲の攻撃を担当している射手タカが覗き込んでいる双眼鏡には目標がよく見えている。距離は十キロもない。『弓槻』の三十六センチ砲弾なら、ほぼ弧を描くこともなく目標に到達することが可能であった。

 なお、『弓槻』の発射管制はすべて独立打方である。つまり船長が目標を設定すれば、よほどの指定がない限り射撃時期等、各砲の射手に任される。

「撃ちます」

 しぼられた引き金と共にまず沸き上がる轟音。腹に深く沈んでいくような重厚な響きが船員たちにのしかかり、船を揺らす。砲口は真直線の火を噴いて爆煙に包まれた。弾着まで十秒強。しかしその砲弾が炸裂する前に観測員が叫ぶ。

「一番沿岸砲台。発砲煙!」

 向こうも撃ってきたということだ。

 艦橋がにわかにざわつく中、一足早かった『弓槻』の主砲弾が次々に砲台を貫いて火柱を上げていく。

「敵弾近づく!!」

「まかせい」

 タカは左手に収まっている照準用のハンドルを数回まわし手荒に誤差の修正を行うとやにわにもう一度引き金を引いた。

 一番砲塔が再び吼える。先ほどが連装砲の片門射撃だったので、もう片門の砲弾が飛び出した形となる。その弾はほどなく『弓槻』の右舷上空で敵砲弾と接触して大爆発を起こした。

「迎撃確認!」

 観測員の声と歓声の裏で、半ば呆れ顔なのが、タカと同じ方位盤室にいる砲術部長のマッシュである。方位盤に取り付けられたアナログコンピュータといえる指針をほぼ無視して感覚だけで撃ち出して当てた。『めくら撃ち』と呼ばれたあの男の本領発揮なのかもしれないが、洞察力と勘だけで、ああも正確に撃たれては技術の粋を集めた『弓槻』の兵装が馬鹿馬鹿しくも感じてしまう。

「沿岸砲二基沈黙!」

「白兵三番、四番隊。上陸開始。敵の斬り込みに備え。それと湾内外の見張りを厳にせよ」

 彼らは上陸部隊の帰りを待たなければならない。


 砲声は処刑場にも聞こえた。雷が落ちたのかと思うような大音響に一瞬誰もが気を取られたが、現場ではこの時、それ以上の混乱が起きている。

 処刑場外は二番隊の突入により国軍との乱戦が始まっていて、逃げ惑う民と、民に扮した一番隊が右往左往。

 この世界の白兵戦に用いられる武器としては主にサーベルと呼ばれる刃渡り一メートルほどの曲刀(片手剣)であるが、全身鎧の貫通用に細身の直刀、レイピアを補助武器として腰に下げている者や盾を持つ者、二刀を持って戦う者や、力に自信のある者は両手持ち両刃の直刀グレートソードを持つ者などもいたりで統一されていない。

 なお、さんざん描き連ねたように、大砲等の火薬類も時代を席巻しているので、当然ピストルのような武器が考えられそうなものだが、この世界の火薬の性質上、相当な強度を持って火器を作らなければならない宿命があり、"砲"や"爆弾"は存在しても両手に携帯できるような"銃"は存在しない。ちなみに『弓槻』船員が海上で扱う対空機銃も携帯はできず、あくまで据え置いて扱われるため、結局この世界で移動しながら扱える飛び道具というのはいまだ弓であった。

 なのでここで行われているのは非常に原始的な、刃物に特化した乱戦である。

 埋伏していたパーキンス国軍の白兵部隊は約百名。王にしてみてもその程度で圧倒できると思っていたが、なかなかどうして"海賊"たちは手強いらしい。軽快な動きで重武装の兵たちをスピードで圧倒し、常に二対一の攻勢を持って、王国側の損害を増やしていた。

 磔にされているコトヨイのふもと、王は伝令兵に指示を出している。

「ジル将軍の部隊をここによこせ。それまでは場内の兵も戦闘に参加せよ」

 『弓槻』の犯行を考えて、拿捕のために待機させていた部隊である。

「防空警戒にあたっていない『隼』に爆装を指示。待機せよ」

 ひとしきり指示を行い、伝令を八方に散らした王ザイアスはしかし、気を休める余裕もなかった。

「ザイアス、覚悟!!」

 突如何もないところから女の姿が浮かび上がる。彼女の右手に握られた杖には、鮮やかに輝く紅い魔力球がみなぎっていた。

「メイア!?」

 魔力の塊が、コトヨイの驚きと共に風船が膨らむかのように急激に大きな円に成長し、ザイアス目掛けて襲い掛かる。

「ふん」

 しかしザイアスは落ち着いたものだ。

 手に持つたいまつを落とし、左の腰に差した剣の柄に手をやると、「でぁ!」という気合と共に斬り上げの抜刀を行う。

「!?」

 目を丸くしたメイア。魔力球は何の効果も発揮せずに真っ二つに分かれ、彼の斜め後方で派手に爆ぜた。

 爆風をその背に浴びながらメイアを見る、王ザイアスのしたり顔。魔女が叫ぶ。

「貴様!! その剣は!」

 普通、剣で魔力球が斬れることはない。それは紛れもなく、魔力を込められて鍛え上げられた剣であった。

「魔女を忌み嫌う貴様が魔剣か……!!」

「便利だったのでな」

「卑怯者が!!」

「おっと。姿を消しても分かるぞ。一度姿を現した魔女など余にとっては裸も同然よ」

 ゆっくりとメイアの方へ歩を進めるザイアス。その右手には蒼白く光る刀身が煌き、彼女は……いや、異変に気づいて王の下へ駆け寄ってきた従者たちさえも、圧倒されたように凍り付いてしまう。

「いや……」

 王はしかし気が変わったようだ。来た道を戻り、たいまつを拾う。

「最高の観客ができたと思おうか」

「待て!!」

 叫ぶメイアをあざ笑うかのように、段組みされているコトヨイの足元へとたいまつが放り込まれる。コトヨイは観念したかのように目をつむった。

 燃え移る炎。油を含んだ薪は、すぐにたいまつの火を吸い込んで赤い熱波を帯び始めた。コトヨイのいる位置は建物の二階と形容したように少々離れているので、すぐにその肌を溶かすことはないのだが、早くも頬に熱い風を感じ、彼女の表情に絶望を広げていく。

「コトヨイ!」

 メイアの手の中で杖が踊った。再び紅い"力"が膨張し、今度はコトヨイが緊縛されている丸太の根元へ向かう。が、その動線には、先ほどの魔剣が在る。

「おとなしくしていろ」

 あえなく打ち落とされて力は消え去った。ちなみに、如何に魔剣とはいえ、それを正確に迎え撃てるのはこの王の技量である。老いてもその実力に曇りがないことを表す証といえた。

「……」

 メイアは唇を硬く噛み締めるがそこまでだ。ここで行える魔術いずれを用いても、逆に逃げ去ろうとしても、瞬く間に屈服させられてしまうことは目に見える。

「杖があれば……」

 歯軋りするように震えた声が王の耳に入る。王は笑った。

「確かにそんな小さな杖ではな」

「貴様が杖を片っ端から燃やしていることは知っている!」

「当然だ。魔女なんてものが二度と悪さをしないようにな」

「なぜそこまで魔女を忌み嫌う!!」

「……」

 王は顔を険しくして黙った。そして言う。

「……魔女だからだ……」

 その間にも火は徐々に勢いを増し、沸き上がる煙と熱波がコトヨイの肺を冒していく。なぶり殺しを楽しむために火勢は一気に盛らないようにされているから、彼女はまだ炎に巻かれることなく、その煙に肺を痛め、コホコホと咳をしていた。

「貴様だけは絶対に許さない……」

 コトヨイの方へ飛び出していきたいメイアの眉が苦悶にゆがむ。

(自爆しかない……)

 禁断の力……彼女が一矢報いることのできる唯一の手段である。

 彼女の杖が再び踊る。文を詠唱し、力を溜め……。

 王との距離は十五メートル。少々時間のかかる魔術だが、彼は絶対の自信を持っているのか彼女が魔術の印を結び始めても動く気配はない。

 魔術の安定期に入れば、そこから彼が走り出しても発動が可能であった。

 コトヨイを失えばどうせ希望はない。メイアは硬くそれを信じている。同じ失うのであればせめて……。

 しかし術が安定期に入る直前、辺りの環境は急変することになる。


補足:方位盤というのは本来、三人で操作しますが、この物語は簡略化して一人で操作を行っています。

その困難にツッコミをいれたい人は帰って下さい(笑)。

それと、本来は砲塔側にも人員がいて、方位盤が示した角度や方位に手動で合わせますが、そこも簡略化。射手の方位盤操作で砲塔も連動する仕組みです。


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