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  作者: 矢久 勝基
第一章 魔女狩り
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追求

 奇妙な会議が士官室で行われている……これを伝令がかぎつけた。

「わたしも把握していない密議が行われているようです」

 扉の前に立つ彼を、船長室の机に足を投げ出しているエルファンスが、その鋭い目で見上げた。

「ほぅ……」

「わたしの把握する限り、航海部長、情報部長、白兵隊員……それと来客の女性が一名……」

「放っておけ」

「しかし、放っておいて気がついたら暗殺……なんてことになったらどうするんですか」

「誰を暗殺なのだ……」

「わたしをです」

「お前を殺すのに密議が必要だと思うか」

「あ、確かにそうですね」

「久しぶりの碇泊なのだ。好きにさせてやれ」

「しかし……わたしが殺されたらどうしたらいいですか?」

「そうなってもいいように、今のうちに遺影でも撮っておけ」

「あ、なるほど。では早速手配します」

 ポンと手を叩いて、部屋を辞する伝令。エルファンスはこの男が目の前に現れるたびに愉快な気持ちになる。

 白兵隊員とはクルップのことだろう。彼は海では海賊などの来襲に備えた防備を固め、陸ではやはり、荷物や『弓槻』を脅かす賊からこれを守る白兵戦員を担っている。確か得意は長柄のハルバードであり、腕も悪くはなかったはず。

 彼が絶望に深く沈んだあの娘を助け出してくれる未来を思い描くために、彼は部屋の天井を仰ぎ見て、ゆっくりと目を閉じた。

 矢先、その目が船長室の扉と共に開かれる。

「船長に来客のようです」

 先ほどの伝令だ。しかしそのたたずまいは先ほどよりもかしこまっていた。

「俺に?」

「王国の使いの方がお見えです」

「用件は?」

「魔女の取引についてだそうです」

「ふむ……」

 どこかで下手をうったか。

「公室へ通せ」

「はい」

 彼が動き出すと共にエルファンスも立ち上がった。国使に会う前に引き渡しに立ち会ったガネフ老に話を聞いておこう。


 公室とは要するに船の応接室である。

 他の部屋に比べても広く豪奢で、陸の人間を公的に迎え入れる場合はいつもここが使われる。

 テーブルにはクロスがかかり、椅子や装飾品、部屋を取り巻く色使いからして戦艦という無骨なイメージをまったく感じさせないものだ。

 国使は数日前にコトヨイの取引を行った人物である。七十に差し掛かるだろうか。細面で、落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

「パーキンス王国軍令部、タジールと申す」

 従者を二人連れて公室の扉をくぐった彼は、エルファンスにいざなわれるまま上座に座る。

「『弓槻』船長、エルファンスです」

 彼も二人、護衛がついている。タジールたちを座らせた後、会釈をして向かいの席に腰掛けた。

「先日の、弊社との取引に感謝いたします。今日はどういった御用件でしょうか」

「先日の取引中、貴艦の者が取引の魔女とは別の魔女を捕らえたのはご存知か?」

「ええ、存じております」

 先ほどガネフから聞いた。魔女を引き渡して欲しければ彼女の輸送を"依頼"しろと、爺が吹いてきたという話。そして実際はその後すぐに開放した旨聞き及んでいる。

 このタジールという男はそれを押さえに来たらしい。

「その魔女の引渡しの取引がしたい」

「ああ、なるほど」

 エルファンスは眉毛も動かさずに、涼しい顔のまま相槌を打った。

「先般取引した魔女ははるか海を渡って輸送してもらったが、今回の魔女は移動距離などなきに等しい。大した額にはなるまいな?」

 男が試すような目でエルファンスの顔を覗き込む。

「確かにその通り」

「では額を聞こう」

「残念ですが……」

「む?」

 エルファンスは首を振った。

「彼女の輸送の依頼はすでに別で受けて取引は完了しています。荷物は我らの手から離れているため、残念ながらその取引には応じられません」

「……」

 タジールが眉をひそめて、涼しい面構えのままそう言い放ったエルファンスをしばらく見据える。

「これはこれは……」

 椅子に深くもたれて、腕を組んだ彼は続けた。

「こちらに取引を促しておきながら、他との取引を優先させるとは、節操のないことだ」

「こちらも商売なので……」

 手付金でも頂いていれば話は別でしたがね……エルファンスの表情はあくまで涼しい。しかしタジールはその温度差に腹を立てることなく、怪しげに微笑う。

「まさかかくまっているということはあるまいな?」

「嘘をつく理由がありますか」

「……昨夜、処刑を前にした魔女の収監施設でちょっとした騒ぎがあってな」

 当直の見張りが一人殺されたらしい。二人のうちのもう一人はからくも警報を鳴らし、事の無きを得たらしいが、収監施設の奥深くまで忍び込んだネズミが、魔女の奪還を企図したのだろうという結論に達するのはたやすい。

「我々はその嫌疑を当然、我が国に潜伏した魔女にかけている。実際、貴艦と取引した際にそれを妨害しようとした魔女がいるのだから、信憑性は高かろう」

 しかしだ……男の目が光る。

「貴艦はその魔女の受け渡しを拒否したばかりか、正式な取引を行いに来た我々に対して根拠のない受け渡し拒否を行った。この奇妙、どう説明するつもりか」

「ふむ……」

 追求を、エルファンスは肯も否もせず飲み込んだ。なるほど、この男は受け渡しの拒否をされることも織り込み済みで、こちらの顔色を伺いに来たようだ。

 つまり、『弓槻』を疑っている。

「そうでなくとも、貴艦の身勝手で世界に仇なす魔女を解き放ち、我々は不都合を被っているのだ。当方に対する捜査協力は当然のことと思うが」

「なにをご所望ですか」

「貴艦の立ち入り検査を行いたい」

「なりませんな」

 エルファンスは即答する。

「何人にも侵されないのが我らの法です。例外はない」

 それでなくとも輸送戦艦などというものは機密の塊なのだ。立ち入り検査など、降伏に等しい。

「その非協力が貴艦を自身で追い込んでいると気づかんか」

「その傲慢が我らの事情をどれだけ無視しているかをお気づきいただきたい」

 しばらくお互いの声がやむ。睨んでいるわけではないが、お互いに譲らない目のやり取りをした二人のうち、先に動いたのは王国側であった。

「出港までの貴艦は常に監視されているものと思え。何かあれば……」

 その先は言わなかった。タジールは席を立ち、『弓槻』の護衛に見送られて、船を後にした。


 魔女を悪とするならば、今のやり取りは王国側が正論だろう。

 しかしそもそも魔女が悪という概念のない『弓槻』にとって、この議論は同じ舞台にすら立っていない。正義とは立場と条件でいかようにも変わってしまう流動的なものだ。なのに正義というものは決して曲がらない物質に似ていて、突き詰めれば他を排除せざるをえない。

 王国側の沿岸砲が、彼らの正義を持って『弓槻』に砲口を向けた。その数は二門。

 見張りから情報が送られ、エルファンスは艦橋指揮所に移る。

「撃ってきますかね」

 船長を補佐する役目を担う副長ロールウェイが指揮所まで登ってきた彼を出迎えた第一声だった。

「いや……」

 エルファンスは言う。

「威嚇だろう」

 現時点では彼らも『弓槻』を撃つメリットは薄い。彼らが撃つのなら、それは彼らの威厳が損なわれた時、……つまり魔女狩りを『弓槻』が実際に阻止したと考えた時点だろう。

「しかし投錨中の今、撃たれたらこっちの損害は深刻です……船長」

 ロールウェイが身体ごとエルファンスのほうへ向き直す。

「例の魔女が関わってるのなら、おとなしく諦めるほうが得策かと」

「……」

「『弓槻』の船員が危険を被っては本末転倒でしょう」

 話を聞けば、一連の流れすべてが裏目に出ているようにも思う。あの娘を縁のないものとして切り離すかどうか、千余名の命を預かる船長は判断すべき場面にある。……副長はそう含んだ。

 まったくその通りであり、知らぬ娘一人のために大事な仲間と『弓槻』を傷つけてはいけない。

 しかしその上でこの船長は押し黙った。理屈と計算式だけで動く男ではない。世界に砂利のように散らばっている、不条理に消えゆく生命すべてを救うことはできないが、たまたまでも自分が気にした生命くらいはなんとかしてやりたい……。

 その沈黙の時間に、口を挟んだ男がいる。

「いいよ船長。あれだろ? 撃ち落としゃいいんだろ?」

 振り向けば金髪を後ろに流した色黒の男、砲術部長マッシュの姿が見える。

「沿岸砲は二門。こっちの主砲塔は四基……落とせねえ理屈はねぇ」

 あちらは固定砲台だ。高台から打ち下ろされてくる弾道は距離的に見てもほとんど直進してくるだろう。口径はいいところ三十センチ。『弓槻』は三十六センチ。当たり負けもしない。あらかじめ主砲塔の仰角と方位角を設定しておけば、後はタイミングの問題だ。と、マッシュは言う。

「危険すぎます」

 副長ロールウェイがたしなめるが、彼の目は限りなく挑戦的である。

「でぇじょぶだ。射撃手はタカだぜ。奴ならきっとやる」

「ふむ……」

 エルファンスは又も即答しない。副長はやれやれとため息をついた。

「それにしても、砲門を沿岸砲に向けるのは……」

 攻撃の口実を与えるだけだ。

「わかっている。とりあえず……」

 砲術部長、副長の目がエルファンスのほうに向いて、彼がなにを言い出すかを待つ。やがて船長の視線は確かなものとなり、彼らに向けられた。

「積み下ろしと補給は急げ。不測の事態に備えつつ、現状を維持。主砲の旋回は認めない」

「りょーかいです」

 若干目を細めたマッシュの表情を無視して、エルファンスは副長のほうへ向く。

「積み下ろしを妨害されんように白兵戦部隊を待機」

「了解しました」

「航海部長は?」

「どこかほっつき歩いてますね」

「すぐに呼び戻せ。それと情報部長を呼べ」

 魔女の処刑は明日である。港での業務も今日中に終わるようだから、どちらにしても出港は近い。


 キナ臭い話になってきたので補足したい。読み飛ばしてもいいことを書くが、人によっては気になることだろう。

 『このような重武装で中立の船を、武装解除もせずみすみす碇泊させるのはどうなのか』と。……現代の整備された世の中を生きる地球人からすれば当然の疑問かもしれない。

 この世界の海上輸送は、基本的に民間の運輸会社しか行っていない。理由は数あるが、最大の理由はこの世界の海というものが、国が事業とするには効率が悪いほどに危険なことが挙げられる。

 『弓槻』レベルの大型船でようやく信頼が置けるというほどであり、このような輸送船を作るほどに海防費に余裕のある国はほとんどない。自然、交易は彼ら命知らずの運送業に頼るしかなく、武装解除を強制して彼ら輸送船団を一つも寄せ付けないとすると、確実に国益を損ねることになる。

 懸念材料にはなっても富を運んでくる彼らを、暗黙の了解で受け入れるのが一般的であり、武力を背景にした治外法権を有する、半独立国の様相を呈しているのが、この世界の運輸業というものであった。

補足:艦橋指揮所について。

実際の大型艦の場合(旧日本軍)、艦橋は何階層にも分かれており、航海艦橋、夜戦艦橋、戦闘艦橋と、その役目を分散配置してありますが、『弓槻』は物語の演出上、すべての機能が一つの場所に結集しています。それを艦橋指揮所として取り扱っています。

場所は防空指揮所の一階層下、ほぼ艦橋最上部だと思ってください。

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