表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 矢久 勝基
第一章 魔女狩り
12/22

暗中飛躍

 上甲板に位置しているその部屋は一般船室よりも広い。三人を出迎えた情報部長ダン。ラインバックと彼は「おつかれ」「疲れてないってのに……」といった軽いやりとりをし、残り二人をテーブルにつかせた。

 ダンは三人を一瞥すると、「処刑は二日後。場所は宮殿のふもとにある闘技施設。それまでは施設近くの監獄に収監」と、必要事項だけを淡々と述べる。

(処刑の日までに何とかしないといけないか……)

 クルップはそういう顔をしたらしい。ダンは少し難しい表情を浮かべ、

「あの牢獄はおみゃーがほったらかされてたところとは違うなぁ」

 ここは魔人戦争の生き残りが王位を継承した国であると再三記しているが、現王は魔女狩りをするに当たって、彼らの残党による収監者の奪還を恐れた。国の威信を掛けた事業に水を差されることは沽券にかかわるというわけだ。

 そのだけにこの建物の防備は固い……そういう調べが、情報部でついている。

「ま、俺も情報部だから、忍び込めと言われればやってはみせるがにゃぁ」

「じゃあやって」

 ラインバックが身も蓋もない言い様で頼む。ダンに否やはないが、懸念していることもあった。

「この件に『弓槻』が絡んでいいんきゃ?」

 クルップが船を下ろされたのは、事が『弓槻』に及ばないためだろう。が、その上で航海部長はすがすがしいほど潔い。

「だから情報部長に頼んでるんじゃん。『弓槻』がやってないように仕事するのが隠密の役目でしょ」

「船長は?」

「大丈夫。咎めない自信がある」

 ラインバックはよく知る船長の心理を先読みして断言した。実際、クルップにも「影ながらサポートする」と言われているわけだから、その憶測は正しい。

「やってみるか……」

 ダンがうなずき、クルップが頭を下げる。

「スンマセン……」

「いってらっしゃい。ここで待ってればいい?」

「いや……」

 軽く言い放つラインバックにダンは首を振った。

「明日の昼にでももっかい集まろ。……ラインバック航海部長」

「ん?」

「うまくいったらラーメンおごりゃ」

「この港にあるかなぁ」

「調べとけ」

「調べ物はお前んとこの仕事でしょ……」

 二人は同時に立ち上がった。ラインバックは呆れながらも実際は調べるらしい。ダンは足早に出て行ったし、クルップとメイアは会話と展開に取り残されたようにその様を見送るのみであった。


 数時間の後、ダンと彼の引き連れる情報部数名が、黒い風となって夜の深まった収監施設の前を吹き抜けた。

 建物は高い塀に囲まれ、しかもピラミッド状の防御壁の中に収監用の建物を収めてある造りになっているらしい。念の入ったことだが、建設を指揮した現王は魔女が魔術により空からも侵入できることを経験で知っており、ピラミッドはそれに対する対策であった。鉄筋とコンクリートで造られた四角推の建物には魔力を通しにくい素材が随所に練りこまれていて、中は魔力の働かない仕組みになっている。たとえ瞬間移動のような魔術が使えてもその効果が現れることはない。

 もっともダンたちが侵入するのに用いるのは魔力ではなかった。

 見張りを数名置きつつ、警備兵の死角をついて鍵爪のついたロープを操る。塀の上にカラスのように止まった彼らは、塀とピラミッドの間に放たれている数匹の番犬を俯瞰すると、塀の上を滑るように移動して彼らの周りにエサを撒いた。

 その中の痺れ薬が効いてきた頃、彼らは音もなくピラミッドの前に降り立ち、これを調べている。

 四角推の建物には出口が一つしかないらしい。その頑丈そうな錠をものともせず、今度は地を這うネズミのように体勢を低くしてピラミッドの中へともぐりこんだ。警備の兵やそれに代わるものはここにはいないようだ。

 ピラミッドの内部には、内角ぎりぎりに建てられた、コンクリート製の四角い平屋がある。それほど大きい建物ではないため、目標は間近に思えた。

(それか、地下のある造りか……)

 ダンはここで残りの部下たちをすべて見張りに回す。塀の外に三名、ピラミッド前に二名、ここに三名残し、異変が起きた時の合図を確認して建物の中に滑り込んだ。


 建物の地下二階。隠し階段には難儀したものの、ダンの熟練した"鼻の良さ"がそれに勝った。

 普段は建物の明かりが点灯していることも、したがってその明かりが人影を作り出していることもないのだが、魔女のいるここ数日、宮殿の武官たちによる臨時の警備がなされていた。が、粗い。

 本来意図された配置に基づいて業務を行っていれば要塞にもなりえる施設なのに、まるで底の抜けたザルだった。彼は奥まった部屋の檻の中に、コトヨイを見い出した。

「あっこが出来てから、ろくに襲撃されたこともなかったんだろうにゃぁ」

 "要塞"相手と意気込んだダンの、拍子抜けの理由である。駆り出されている者たちの意識が緩みきっているのだろう。

「ついでに風紀も乱れまくっとった」

 予定通り、翌日の昼間に士官室に姿を現した彼は、クルップとメイア、ラインバックにそのように報告した。

「聞いてる限りさぁ……」

 思い出話のようになっているその報告を、ラインバックが遮る。

「そのまま連れ出せたように聞こえるんだけど、無理だったの?」

「そのことなんだぎゃにゃぁ」

 一転、苦い顔をした。

「ターゲットの部屋でちょっとしくった……」

 彼はそう言った後、救出に失敗したばかりか、あの場では二度と救出もできない旨を語る。

 コトヨイが収監された部屋で、彼は不快なものを見た。

「つまり、ターゲットは襲われとった。男二人に」

 風紀が乱れていたとはそのことなのだろう。この際魔女が傷物でも処刑には差しさわりがないだろうし、当日はわざわざそれを告げ口する余裕もないことを知っている二人なのかもしれない。

 彼は悲鳴を上げながら沈みかけている彼女を、半開きになっている扉の向こうに見た。

「俺、そういうの大っキライでにゃぁ。だからつい……」

 投げナイフで一人を殺した。それが軽率だった。男は二人いた。

「もう一人も口止めしようとはしたんだが」

 室内に踊りこんでも相手は格子の向こうであり、一足では肉薄できない。その間に男は悲鳴を上げながら彼女から離れ、胸に下がっていた非常警報を発動させた。

 人がこの場に集まれば切り抜けることが不可能になる。彼は深追いできず、その場から消えざるをえなかったわけだ。

「取り返しのつかないことになっちまったにゃぁ。すまん」

 二度と忍び込めまい。意図された通りのシステムが働き出せばあの監獄は言ったとおりの"要塞"であった。ダンの潜入はそれを知っただけの結果となった。

「いえ……」

 落胆するダンにクルップが首を振る。

「ダンさんのおかげで、あの子が傷つかずにすんだことは間違いねえと思いやす」

「いやわかんね。処刑までにはまだ時間があるってのに……」

「いえ、守備が強化されるんなら、個人が好き勝手できる状況じゃなくなるでしょう」

「ともかく、大砲でもぶち込まない限りは、あっこでの救出は無理だ」

「大砲ねぇ……」

 輸送戦艦『弓槻』の船員にとって、大砲はとても身近なところにある。

「やっぱ船長説得するのが一番手っ取り早いかもね」

 しかしさすがに街中に艦砲射撃することを認めてくれるとは思えない。コトヨイ一人を救うために一般市民の大量虐殺につながる可能性もある行為は「俺たちのルールが俺たちの正義」と言い放った『弓槻』の正義に照らしても外れていた。


「一つ……聞いていいか?」

 今まで一言も発さずにいたメイアが不意に顔を上げた。三人を眼球だけで見渡しながら、彼女はポツリと言葉を吐く。

「貴様らは魔女ではあるまい」

「ああ」

 クルップが一瞬他の二人を見てからうなずく。ちなみに『魔女』というのは魔術の使える人間全般を指している。我々の地球から例を挙げれば、manは男を指すが、人間という意味でも使われる……というようなものだ。

 なぜ女という文字を使って男も含まれるのかは定かではない。一番初めに世の中に知れ渡った魔女が女だったからという説や、大魔術師は決まって女だからという説など、諸説ある。ともあれ、メイアは一見して彼らが魔女でないことを指摘した。

「なぜそんなに親身になってくれる?」

「なぜ?」

「魔女は貴様らにとって忌むべき存在だろう?」

「あはは」

 ラインバックが人懐っこく笑った。

「なにがおかしい」

「あぁそうだったなーって思ってさ」

 彼らは、潮の匂いが身体に染み付くほどに海上にいる。ともすればおかの常識など忘れてしまうのだ。

 ……いや、『弓槻』の事情を筆者が勝手に断言してしまってはいけないが、実際、ラインバックは確かにそんな意味合いのことを言おうとしていた。

「海ってのはおかよりよっぽど広いもんでさ。魔女より驚く存在なんて五万と見てきたからねー」

「そうか……」

 メイアは少し安堵したような表情を浮かべた。陸とは違う、海の奔放を彼女は『弓槻』に漂う潮風と共に感じたようだ。うつむいて「船というのは思ったよりも揺れないのだな」とつぶやき、改めて顔を上げる。「もし……」と言った。

「コトヨイを無事助け出すことができたら……この船に、わたしも含め乗せてはくれないか?」

「いやー、やめたほうがいいと思うねー」

 引き続きラインバックは笑っているがメイアは目を伏せる。

「そうか……」

 その意味は「やはり魔女だからか……?」という言葉となって表れた。

「いんにゃ、この船千四百人、……全部女に飢えた男だよ? おばさんは大丈夫だろうけどねー。あの子はかわいいからなぁ……」

 冗談めいたことを言っているが、それ以上にクルップがコトヨイ救出の前責任を取ってこの船を下りるというのに、娘だけ乗せるのは筋が通らない……本心はむしろそっちだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i343262
作品のロゴです。クリックすると目次へ移動できます。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ