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Another World Adventure 旅の記録  作者: sukehami
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旅の始まり:エルフ・リリアードの場合

 翌朝。やる気が有頂天のリリアードは意気揚々と朝食を食べていた。

 今日の朝食は野うさぎのステーキに、付け合せの温野菜。さらにデザートに数種類の果物の盛り合わせ。食堂のカウンター前にはいくらでもおかわり可能なドリンクがいくつかあり、主食としてバスケットに入ったパンが置いてある。

 メインディッシュとデザートだけ渡され、後は好きに取って食べる半バイキング形式のような形だ。満足行くまで食事を取れて値段は同じなのでついつい食べ過ぎる者が多い。

 綺麗な場所で出されるものも格式高く感じるが、マナーなんてものは求められておらず、食事中の者は無心で齧りついている。


 昨日、夕食で券を1枚しか使っていなかったためにまだ1枚余っているが問題はない。

 夕食時に2枚使おうかどうしようか…うんうんとカウンター前で唸っていた時に

「公認宿屋ならどこでも使えるし期限は無いから持っておけば良いんじゃないの?」

 と言われたからだ。偽造できないように魔法も付与されているらしい。

 本当に、エルフの村しか知らないと色々と不便だ。発展した技術は魔法と変わらないと言うが、発展したサービスは魔法よりもすごい。なぜならサービス自体が魔法と技術を多様に組み込んでいるからだ。

 これが常識となれば村に帰った時にどう思うのか…。

 田舎から街に出て帰らない者は数多いという。サービスが原因だとは思っても居なかったが…。


 朝から豪華な食事を摂った後、宿屋をチェックアウトし、馬車の発着場へと向かう。

 まだ出発前の馬車がいくつか並んでおり、前には制服を着た人。

 馬車は幌馬車ではなく、2頭の馬が牽引するのは大きな箱に車輪がついたような物だ。幌馬車と違って人員輸送に特化しているタイプの物らしい。各座席と思われる場所には窓まで付いている。

 丁寧にそれぞれの馬車にどこに行くものか書いてあるため、大声を出して話を聞くといういつものスタイルは使わなくても良さそうだ。

 そう探さないうちに砂漠の町行きの馬車は見つかり、チケットを取り出して確認する。

「あの、砂漠の町行きはこれで合ってますか?」

 係員と思われる人物にチケットを渡すリリアード。



 少女からチケットを受け取り、内容を確認する。チケットの登録時間がリストに書いてあるものと一致した。

「はい、確認しました。追加の荷物も無いようですので、馬車に乗って待っててくださいね。」

 少女にそう言うと、笑顔でお礼をしてから馬車に乗り込んでいく。

 特に会話をせずとも色々なことができてしまう昨今では珍しい礼儀正しい子である。

 馬車の窓をチラリと見ると、先程の印象的な緑髪が見えた。無事最後の窓際の席を確保できたようだ。

 手元のリストに目を落とせば後一人で出発できる事が示されている。

 もうすぐ朝の仕事は終わりを迎え、休憩ができるようだ。




 私が着いてから出発まではあまり間は無かった。私が最後の一人だったからだが…。

 来た順から好きな席に座れるようで、窓際は埋まってしまっている。


 馬車とは言っても、両端に座席が付いているタイプではなく、現代のバスのような座席だ。


 そこから導き出されるのは…見ず知らずの相手が隣に座るということだ。

 都合の悪い事に自分以外の乗客はいい場所を手に入れたようで、知り合い同士で座っているか、誰も寄せ付けないかのように毛布を深く被って寝ている。

 少ない座席を見回していると、一人の少女がこちらを見ているのに気付く。

 目が合うと、どうぞどうぞと隣の席を勧めてくるのだ。

 かなり見た目が良い少女で、隣に来いというのがなにかの罠だと思ってしまう。

 そんな少女の隣を二日間占領するというのは…こっちの心が持たないだろう。

 好意で勧めてるのであれば絶対話さなきゃならないだろうし…尚更私にはキツイ。

 同じ女性ではあるが、私は根暗な事を自覚してる。

 やはり無理ということで周囲を再度見回す。会話する気のなさそうな方を選ぶ事に…

 が、その時…バンバンと席を叩く音。こっちが気付いてないとでも思ったのか、ニコニコしながら隣の席を勧めてくる。

 …ため息が軽く漏れてしまったが、ここまでされて無視するのもまた難しい。

 致し方なく隣へ…

「あー、えっと、わざわざどうも。」


「気にしなくてもいいですよ、話せそうな人が来てくれて良かったです」

 緑髪の少女は楽しそうに笑うと、バッグをゴソゴソとし始める。

 正直話に付き合う気はあまり無いが、向けられた好意には好意で返すべきではあるだろう。強引に押し付けられたが…。

 とりあえず長旅の準備として自分も毛布を取り出す。まだ寝るわけではないが、ずっと座り続けると背中やお尻が痛くなるのでクッション用に椅子に敷くためだ。

 自分で掛ける用の毛布はそれよりはちょっと厚手の物を用意している。基本日中も夜も寝るため、多少質の良い物を使うのが常識だ。

 …と私が準備を終えた頃、隣の少女がまた話しかけてくる。

「あ、これいかがですか?馬車に乗ってる間にと思って色々買ってきたんです。」

 取り出してきたのは世間一般的に「里帰りすると大体あるおやつ」「日持ちするけど好むのは年寄り」とされるおやつが数種類…。

 明らかに少女が好むような物ではない。だったらお前はどうだと言われれば、持ってきているのは干し肉と携帯食料(フルーツ味らしい)だけ。女性らしくは無いだろうが、冒険者らしさはあるだろう。


「じゃぁひとつ貰いますね…。」

 そのまま食べる事もできる保護紙に包まれた一口大の菓子を手に取る。

 保護紙の名前は忘れたが、薬を包む時によく使われている物だというのは覚えている。

 触り心地はサラサラとしているが、口に含んで少しするとドロっとするため私はあまり好きではない。

 ペリペリと地味に剥がして行く…

 少女はどうやらそのまま口に放り込んだようだ。

 剥がしながらチラリと見ると、感想が聞きたいがまだ食べてないから聞けないようなソワソワ感を出しているのが見える。

 大方剥がし終わって口に放り込む。手がちょっとベタつくのがまた微妙な嫌悪感があるが、気にするほどではない。

 果物を煮詰めた物をガチガチに固形化させたような感じで、少々くどい味がする。

 これだけ甘ければ、老化に伴い味覚が少し薄くなるとされる老人に人気が出るのは分からなくはない。私にはちょっと甘すぎるが…

 噛んだ時に微妙にジャリジャリとする特徴的な食感は嫌いではない。そういうお菓子だと知っていれば面白いものだ。


「これ、私のお気に入りなんですよ。たまにしか食べられないんですけど」


「そ、そうなんだね。私も嫌いじゃないよ」

 好きではないが嫌いではない。嘘ではない。好んで食べないだけで、たまになら悪くはない。

 何度か食べたことはあるが、いまだにこれがなんの果物なのか分からない。元々の果物を食べたことがまだ無いのだろう…。

 それからは特に話しかけてくる事は無かった。

 少女は馬車が出発してからずっと窓の外の景色を眺めている。

 多分初めて乗ったのだろう。私も初めて乗った時は、普段は見られない高さからの流れる景色を見ているだけでいつまでも過ごせたものだ。

 依頼で町を行き来するのに数え切れないほど乗っている今となっては、馬車の楽しみは無く、ただ苦痛に耐えるだけだ。

(見てると冒険者になりたての頃を思い出すなぁ…パーティのみんなまだ元気かなぁ…)

 懐かしい面々の顔を思い浮かべる。

 死んだわけではない。みんな結婚したり実家の家業を継いだりで居なくなったのだ。

 残されたのは私だけ…

(わぁい…思い出すと死にたくなるわぁ…)

 流れそうな涙をぐっと堪えて毛布を深く被る。少女もしばらくすれば飽きて寝るだろう。

 切ない気持ちを落ち着けるためにも、一度眠りについておくべきだ。

 あぁ…はやいとこ私も結婚したいなぁ…


 しばらくして目が覚める。道は均されていて、石畳で舗装されているとはいえ馬車は揺れる。

 一段と大きい揺れの衝撃で目覚めたと気付いたのは目が覚めて数秒経った頃だ。

 外を見るともう日は大分暮れていて、もうすぐ夜になるのだと分かる。

 ついでに目に入った少女は寝ていた。いつの間にか座席に毛布を敷いてる所を見るに、私を参考にしたのだろうと予測できる。

(寝顔も可愛い子だねぇ…あぁ、もしかして寝てる時に何かされないように私を防壁にしたのかな…なんかそんな気もするけど…いや、そんな頭良さそうには見えないなぁ…)

 夜は馬車は停止して乗客は外に出される。中は乗務員が寝るスペースになるからだ。

 その時には起こしてあげよう。少女が何かされないとも限らないし。

 私?私はまぁ…多分何もされないだろう。冒険者にしてはもういい歳だし…

 むしろ何かしてくれと思う程には何も起きない。あぁ…また悲しみが込み上げてくる…。


「本日の移動は終了致します。乗客の皆さんは野宿の準備をお願い致します。」


 声を聞いて他の乗客はいそいそと身の回りを片付け始める。

 私も片付けるが、まず先に少女を起こしてあげよう。

 軽く肩を揺すってみる…起きない。

 もうちょっと強めに…起きない。

 頬を軽くつねってみる…起きない。

 どんだけ熟睡してるんだこの子は。

 耳のすぐ近くで、思いっきり手を叩いてみる。

 パァン!と音が鳴ると少女が飛び起きる。


「わっ、わっ、な、何が!?」

 キョロキョロしてこちらを見た。仕草がいちいち可愛い。なんというか、子供のような…


「今日の移動は終わりだそうですよ。降りて野宿の準備してくださいと。」

 何が起きたかの答えを教えると、数秒の逡巡の後に現状に気付いたようだ。


「あ、起こしてくれたんですね。ありがとうございます。わざわざ手間をかけてすみません…」

 丁寧に礼を言われるとこっちが戸惑う。気にしないでと声をかけ、さっさと準備を始める。

 毛布を畳んでバッグに入れた後、馬車を降りる。



 外は最早日も落ちかけ、逆側は藍色だ。すぐに組み上げられる携帯用テントがあるから野宿の準備はそこまで時間はかからない。ちょうどいい時間だろう。

 良さそうな場所ついたらバッグから取り出し、可動部を伸ばす。後は地面に打ち付ける杭を刺せばもう完成だ。

 中は幅2m、奥行きは60cm、高さが50cm程度。本当に一人が寝るスペースしかない。入る時も出るときも確実に頭が引っかかる入り口だが、まぁ安価だし、無いと地面で寝る事になる。こっちの方が圧倒的に良いだろう。

 周りを見ると、先程の少女も似たようなテントを設置し終え、中に入っていく所だ。

 私も中に入ってまた寝よう。座って寝ていた疲れも多少取れるだろう。多少首が痛いのだ。

 先に携帯食料と干し肉、買っておいていた酒を取り出してから中に入る。

 座って食べる事ができないほど低い天井だが、誰に見られるわけでもないので寝ながら食べる。

(でもベッドで寝たいなぁ…風の街にとっとと帰りたいわぁ…)

 カリカリと携帯食料を小口に食べながら、酒を飲む。

 その姿は、俗に言う干物と呼ばれるような女性がテレビを見ながら寝転がっているようだった…。

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