旅の始まり:エルフ・リリアードの場合
丸一日程かけ、小さな町へと辿り着く。
町は小さいものの、旅人のための施設も充実している。
ひとまず宿を取るため、誰でもパッと見たら分かる全国共通宿屋マーク(ベッドが描かれている)を目指すが…
「そういえばお金どれくらいかかるんだろう…お風呂は入りたいからできれば泊まりたいんだけどなぁ…」
軽く自分の臭いを確認すると、獣臭さが服と体に染み付いてるのがよく分かる。ついでにバッグもすごい獣臭を放っている。
野営時に自分で解体、内蔵と食べきれなかった肉は森の動物に与え、毛皮だけをバッグに詰め込んである。圧倒的な容量を誇るマジックバッグだが腐敗を止める事はできないので、鞣していない毛皮ではその匂いは日に日に酷くなるだろう。
「うーん…毛皮だけ持ってきたけど、やっぱりすごい臭い…早く売ってしまってから宿に泊まろっかな…」
目的地を変更、素材の売買が出来る冒険者ギルドを目指す。
冒険者ギルドも、全国共通のマークがある。
地図に、剣が突き立ったものだ。
もともとは冒険者とは未知の探検をしていく人々の事を指していた。
今では極稀に未知の探検の依頼がある程度で、ほぼ形骸化してしまい、住民からの頼み事が主流となってしまっている…。
数分歩いたところで、冒険者ギルドのマークを見つける。
「あった…けど…すごいちっちゃい…」
なんとか2部屋あるかどうかくらいの大きさの建物。
もちろん一階建て。
とはいえ、入らないことにはどうしようもない。
扉に手をかけ、開く。カランカランと来訪者を告げるベルが鳴る。
中は想像よりも狭い。
カウンターが2つあり、ほとんどのスペースがカウンターに取られている。
奥に依頼用の掲示板があるが、ギリギリ2人並んで通れるようなスペースしか無いため、すれ違うときはお互い気を使うだろう。
一応椅子がいくつか用意されているが、それのせいで尚通りづらくなっている印象だ。
カウンターを見ると、不遜な態度の中年男性が椅子に座ってこちらを見ている。
「あ、ええっと…素材を売りに来たんですが、こちらでよろしいでしょうか…?」
おずおずとバッグからヴォーパル・ベアの毛皮を取り出し、カウンターに置く。
それを見た男性は、嫌そうな顔を一つも隠す事無く話し始める。
「お嬢ちゃん、どっから来たのか知らないけどね、ここは盗品売り場じゃないんだよ。悪いけどここじゃ買い取れる物は何一つ無いよ。さ、帰った帰った!」
あっちにいけと手を振って追い返してくる。
だが、リリアードだって馬鹿ではない。こういう場合によく効く言葉があるのだ。
自分の髪を少し上げ、耳をよく見せる。
「私はエルフです。見た目は子供に見えるかもしれませんが、それなりに経験は積んでいます。これも、自分で狩ったヴォーパル・ベアの毛皮を剥いだものです。」
自信たっぷりに、少し苛立ちの表情を含めて相手を見る。
そう、こうすれば大抵の相手は年上のエルフだと認識する。
エルフにしてはあまり身長が高くなかった母親に昔聞いた手段だ。
「あぁ?あー、あぁ。エルフか。そいつは悪かった。てっきり子供が小遣い稼ぎに来たのかと思ったよ。」
バツが悪そうに、少し禿げかかった頭をポリポリと掻いて謝る。
「分かってくれればそれで良いんです。昔からよく言われてますので…。」
「お詫びに出せるもんは…飲み物くらいしか無いが何か飲むか?」
年上ですモードは切らさずに、話を続ける。
「私としては、早くこの毛皮を売れればそれで良いので、先に手続きをしてもらえますか?」
「あぁ、そうか、そうだな。じゃぁ先に手続きだけ済ませるよ。座っててくれ。」
リリアードがカウンターの前の椅子に座ると、すぐさま毛皮を手に取り、カウンターの奥にある大きな台座に乗せる。
メモを書き、毛皮の上に乗せると…台座から箱が出てきて密閉される。
「よし、終わった。後は向こうで鑑定してくれる。少し待つだろうから、やっぱり飲み物でもどうだ?」
リリアードは、もちろんこんな方法を見たことがない。
じっと台座の方を見て…
「えっと、果実系の飲み物があればそれで。後、あれについて教えてくれませんか?」
「おや?冒険者じゃなかったのか?」
話しながら、飲み物の用意をしてくれている。
「最近森を出たばっかりなんです。これから冒険者になろうと思ってたところなんですよ。」
別段隠すことでもないため、正直に話す。
すぐに柑橘系の香りがする飲み物が出され、軽く一口飲む。
薄っすらと酸味があり、ほどよい甘さ、鼻を抜ける爽快な香り。悪くないどころか、かなり上等な品なのだろう。多分。
「なんだ、そういうことか。そうだな、あれは転送装置って言うんだが…」
そこから、少し長い話を聞いた。
転送装置と呼ばれる台座は、箱に入る物を文字通り転送することが出来るそうだ。
ただし、絶対に生きている物を入れてはならない規約があるらしい。
過去に転送先で魔物が大暴れする大事故が起きたからだそうだ。
転送された物は、ギルド本部にある鑑定専門の部署へ転送される。
そこで鑑定され、鑑定結果を書いた紙が返ってくる。その紙を確認し、OKならお金が転送されてくる。
転送装置は、2つで1組の方式だそうだ。転送先を固定することで、通常よりも極少量の魔力で操作できるようになっているとのこと。
また、この装置は大きな街には無い。ここのように小さい町で、鑑定専門の者を雇う事ができない場所に設置されている。
大きな街での設置が取り止められた理由が、交渉したいのにできない!と話す者が大多数を占めたからだそうだ。
ここのような場所では交渉する意味もあまり無い(交渉した所でその日の稼ぎが銅貨1枚増える程度な上、今後その交渉は聞いてくれない)ため、問題も起きないらしい。
長話を聞いて…本当に問題が起きないのかは定かではないが、大体理解できた。
話が終わって一口果実水を飲んだ時、ちょうど良く紙が送られてきた。
「お、来たな…ええっと、〈肉はほとんど取れているが、油が全く取れていないため、こちらで鞣す費用の分は引かせていただきました。売却価格は銀貨1枚です。〉だそうだ。」
「うぐっ…ま、まぁ、道中で狩ったものですし、鞣す技術は無いから仕方ないですね…。それで大丈夫です。」
「納得したなら良かった。じゃぁオッケー出すよ。」
すぐに転送装置に付いている了承のボタンを押す。
少し待つと、お金が転送されてくる。
「まぁ、別に俺のポケットから先に出しても良いんだが、一応ルールなんでね。はい、銀貨1枚っと。」
受け取り、丁寧にお辞儀をする。
「ありがとうございます。他にも聞きたい事があるんですが、良いですか?」
「あぁ、構わないよ。見ての通り他に誰か居るわけでもないし、誰か来る予定も無いしな。」
「ええと、では冒険者ギルドに登録したいのですが、何か必要ですか?」
さっとメモを取り出し、返答を待つ
「登録するなら、まずここじゃぁ無理だな。ギルドカードの発行をするための装置が大きな街にしか無いんだわ。必要な物はー…あー、確か血を1滴とかそんな感じだったかな?」
さらさらとメモを取り…
「では、どこに行けば登録できますか?」
「そうだな…こっからだと、風の街か水の街だな。それぞれアネモイとウィンディネだ。水の街の方が近いんだが、陸路で行くには山を超えなきゃならないから、行くなら港から船に乗ったほうが良い。風の街なら陸路でも行けるから運賃は安いが、途中砂漠を通る。道は整備されてるし、魔物もあまり出ないから楽っちゃ楽かな。」
メモ…付近の大きな街
水の街…近いけど山超え 船に乗る 海ってどんな感じなんだろう きっと綺麗な街
風の街…砂漠を通る 運賃が安い 風って私に合いそう
「えっと、ちなみに両方おいくらぐらいですか?」
「そうだな、相場はその時の魔物事情とかで変わりはするんだが、大体風の街は銀貨1枚、水の街の方は港までの馬車、船合わせて銀貨10枚くらいか?」
水の街の方にすごく高いと書き込む。
「じゃぁ…風の街の方にします。どれくらいかかりますか?」
「3日もあれば着くだろうな。寝床や食事は自分で用意しないといけないから、そこら辺も考慮しておいたほうが良いぞ。」
風の街に思ったより遠いと書き込む。
「わかりました、ありがとうございます。後もう一つ、依頼って登録しないと受けられないんですか?」
「あぁ、そんなことはないぞ。本来依頼ってのは住民かギルドが発行して、それを冒険者が請け負い、成功したら設定された報酬を渡すものなんだが、その設定された報酬ってのが、ギルドが仲介手数料で一部受け取ったとして冒険者にはこれくらい出ますよってものなんだよ。ギルドが出す依頼は別だけどな。」
「しかし、中にはお嬢ちゃんみたいな冒険者じゃないやつが請けたい時もある。大体が暇してる傭兵とかだけどな。そんな時は、そこのギルドのギルドマスターが請けても大丈夫と判断した時、ギルド側が受け取る額を多めにする代わりに請け負う事が出来る。」
「なるほど…じゃぁ、私が相応の実力があるなら請けられる、ということですね。」
メモを取り、依頼掲示板の方をチラリと見る
「そういうことだな。実力の程は見ては居ないが、まぁここの依頼くらいなら余裕だろう。森の浅いところで薬草が取りたいから護衛に来てとか、野犬の退治、野良ゴブリン討伐くらいだ。森の奥にあるエルフの里から来たお嬢ちゃんには片手間でできる物ばかりだろう。」
一通りメモを取り終わり、顔を上げる。
「いろいろとありがとうございます。これから少しの間、こちらでお世話になると思いますが、どうぞよろしくお願いしますね。」
立ち上がり、ニコッと笑ってお辞儀する。
その姿は品行方正なお嬢様のようで、誰が見ても美しい。
「お、おう。よろしく頼むよ。こっちとしても依頼を受ける人が増えるのはありがたいことだ。」
少しだけ挙動不審になるものの、なんとか立て直して笑ってみせる。
「では、今日のところは失礼します。また明日にでも来ますね!」
「あぁ、待ってるよお嬢ちゃん。」
お互いに手を振り、別れる。扉を開けて出ていくリリアード。その背中を見送ってから…
「はぁ…妻がいなけりゃぁなぁ。…とはいえ、あんな小さいのに手を出したらロリコンって思われるか…。っていうか何歳なんだよ…。エルフはわかんねぇなぁ…」
小規模ギルドのマスターが、小さくぼやく。
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Tips:お金の種類について
この世界で流通している貨幣は、銅貨、銀貨、金貨の3つ。
それぞれ含有量等全国共通で決められており、発行する場所も一つの場所で行われている。
長年使われてきたもので、古い物でも同じ価値で使用することが出来る。
それぞれの貨幣の価値は、日本円にする場合下記の値段と同等
銅貨:500円
銀貨:1万円
金貨:20万円
銅貨以下の値段の品物は、物々交換が主流。
大抵の場合は銅貨1枚分の品物に合わせてセット売りされるため、物々交換をすることは滅多に無い。
ただし、貧民街等で銅貨1枚を中々手に入れられない住民は物々交換をよく利用する。
銅貨1枚以上の値段の物は、よほどの事がない限り切り上げで計算されている。
物の値段を付けるのは商人達のため、切り上げ分を上手く値切る事もできるかもしれない。
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