旅の始まり:エルフ・リリアードの場合
それから数時間後…
なんとか一命を取り留めた借金取りの男が、治療を受けて顎の粉砕骨折から立ち直り、ようやく話せるようになった。
「すいません!1戦交えて力量を計ろうとしたのかと思って…殴ってしまいました…。」
ブォン!と音が聞こえるほどの速度で頭を下げるリリアード。
「あ、あぁ…いや、いいんだ、お嬢ちゃん。あんたの実力はよくわかった。うん…」
それに対し、何故か態度を改め、少し丁寧な話し方をする借金取り。
部屋の隅では長がため息をつきながら見ている。
「確かに、嬢ちゃんほどの実力があれば、冒険者としてやっていけるだろう。今後は嬢ちゃんが稼いだ金から徴収させてもらう。多分奴隷として売るより圧倒的に稼げるだろうしな…」
まだ顎に不快感があるのか、軽く顎をさすりながら話す。
「本当ですか!?良かったぁ…これでもう大丈夫だよねお父さん!」
喜び、安心、振り返ってのとびきりの笑顔。
(あぁ…そんな顔されるとお父さんはもう何も言えません。)
娘がどこかに行ってしまう寂しさ、勝手な行動だと窘めようと思っていた事も、全てが一発で消えてしまう。
「お父さんも着いていくからな!」
一人にはできない。絶対に…!
「お父さんは長としての仕事があるんだから、ここに残ってないと駄目です!」
愛娘からの現実的な一撃。
言い返せる言葉が全く出てこない。さすがに長がそんな私用で集落からしばらく離れると言ったら住民に袋叩きにされるのが目に見えてるからだ。
「…リリィ、ひとつだけ、聞いてくれるかい?」
「はい、何ですか?」
「…絶対に、無茶はするんじゃないよ?」
「はい!絶対に無茶はしません!」
「…後、たまには家に帰ってくるんだ。それと、週に一度は手紙を書いてくれ。男は作ってくるんじゃないぞ!父さん、まだお前を嫁にやる気はないからな!酒も飲むなよ!変なやつに騙されるんじゃないぞ!他には…」
長々と、旅に関する注意点を聞かされるリリアード。
真面目に、そのとおり行動しようとメモまで取って聞いている。
「…親子愛なのはわかるけど、親に信用置きすぎじゃねぇのかこいつは…」
ある意味異常な状態を見て、取り残された借金取りの男だけが呆れていた。
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以下「奴隷制度の変遷」本文より一部抜粋
各国で用いられてる奴隷制度だが、種族差別での奴隷や、戦争奴隷は今は禁止されている。
現在の奴隷は、全て借金奴隷となっている。
正当な人権は奴隷に対しても付与されており、最低賃金も決まっている。
借金を返せるだけの賃金が溜まり次第、奴隷から自由になれるというものだ。
奴隷にも種類があり、労働奴隷が基本だが、契約内容・借金の量に応じて労働奴隷では稼げないと判断された場合には性奴隷になることもある。
とはいえ、睡眠時間や食事の内容、就労義務時間は変更できないため、定時を過ぎた性奴隷に手を出すことはできない。
自分の性奴隷に時間外に手を出そうとした場合「定時過ぎてるので、手を出せば訴えますよ」と言われる。就労時間を決める際は必ず自分に合った時間帯を指定しよう。
奴隷と一言に言ってしまうと非常に悪感情を持つ者もまだ多いとは思われるが、今では奴隷も職業の一つと言っても過言ではない。
就労先がどうやっても見つからずに自ら志願するものも居るため、軽々しく馬鹿にしていいものではない。明日は我が身かもしれないのだから。
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翌日の朝、準備を終えたリリアードが玄関に立っている。
防具は革の小手と胸当てのみ。中はブラウスのような白の服。そして小さなウエストポーチ風のマジックバッグ。
腰帯には小さめのマインゴーシュ、髪と同じ緑のスカートの中には、太腿にベルトが付けられており、分厚いソードブレイカーが取り付けられている。
「では…行ってまいります。」
昨晩のうちになぜ借金を負ったのかを聞いた。
集落全体の食事や、施設の管理・維持費用が主な原因だ。
基本的に住人は自分でお金を持っていない。衣食住から福利厚生まで全て村から出る。
現代的に言うと住民の9割がニートな社会主義国家…そのうち崩壊するのが目に見えてる。
エルフは知識や技術が非常に優れているため、時々師事を乞いに来た者から莫大なお金を貰っていた。
その時の蓄えで今まで暮らせてしまってたのだ。今はもう師事を乞いに来る者はほとんど居ないのに。
そう言われてしまうと、集落の住人の一人である自分にも責任はあると感じた。自分も仕事なんかしていない食い潰す側だからだ。
なんとしても、借金を返さねばならない。
「気をつけてな…。もし、もし何かあればいつでも帰ってきて良いんだからな…?無理しないんだぞ?」
心配そうに、リリアードを見つめる父親。
「分かりました。必ず、借金を返してみせますから…!」
振り返り、扉に手をかけ外に出るリリアード。
いつまでも話していれば旅立つ事はできない。
父親にはしばらく会えないけど、長の娘としてやらなければならない仕事なのだから。
振り返る事もなく歩き出す。まずは、町に向かって。
外に出て、見えなくなるまでその背中を見送る父親。
「あぁ…リリィ、無事に帰ってくるんだよ…。」
集落を出て少し歩いた頃。
散歩で通いなれた森の中。
「しばらくこの森ともお別れ…。子供の頃からずっと修行でお世話になった森だから名残惜しいなぁ…。」
リリアードが森を少し悲しそうな目で見ていた時、ガサガサっと近くの茂みから音が鳴る。
同時に、鋭い殺気がリリアードに向けられる。
「魔物!」
「ヴォオオオオオオオオ!!」
リリアードに向かって飛びかかる熊の魔物。
体を動かす訓練の方が得意なリリアードとはいえ、この魔物の名前や特徴程度は覚えている。
ヴォーパル・ベア、その鋭い爪は鉄すらも切り裂くと言われるDランクの上位と言われる強力な魔物だ。
最早リリアードに言葉は無い。
一瞬、マジックバッグから短弓を取り出し矢を番える。
何時も通りに、引き絞り、放つ。
正確に射抜かれた矢は飛びかかるヴォーパル・ベアの硬い毛皮を貫通し心臓を射抜く。
さらに、放った直後の空いた手で腰元のマインゴーシュを引き抜き、ヴォーパル・ベアの横に一足飛びで移動する。
ターゲットを失い地面に飛びかかったヴォーパル・ベアに乗り、首元に一突き、そのまま腕力に任せて首を掻っ切る。
ビシィと血が吹き出し、地面を染める。
勝敗は決した。マインゴーシュに付着した血液を振り落とし、納刀する。リリアードには一切血が付着していない。白いブラウスのような服は未だ純白を保ったままだ。
「よし、後はこのまま血抜きして、今日の晩ごはんに!」
いつものことのように、笑顔でヴォーパル・ベアの両足を肩に担ぎ、引き摺り歩いていく。
重量は軽く100kgはある2mを超えた熊を、何も持っていないかのように軽々と…。
彼女が通った事がよく分かる、歩いた後に出来るレッドカーペット。
当然、他の魔物が近寄る事は無い。
森に潜む魔物達の中で最上位であるヴォーパル・ベアを簡単に倒す彼女こそ
魔物達の中で密かに呼ばれている【緑の悪魔】。
もう二度と、森に帰ってきてほしくないと、魔物達は彼女の背中を見送るのだった。
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以下「魔物の種類と討伐難易度」(冒険者ギルド常設)冒頭文
世界中の魔物の種類はあまりにも多い。
非常に弱いとされている野良ゴブリンですら、その種類は多岐にわたる。
そのため、彼ら魔物達をどの程度強いのか、目安として討伐難易度が種類ごとに決められている。
討伐難易度はおおよそ下記の通りだ。
S:2~3個大隊の訓練された軍人で討伐可能。発見報告が出た場、合各国で協力し討伐、または討伐可能な各国の冒険者に依頼しなければならない。
A:1個大隊の訓練された軍人で討伐可能。発見報告が出た場合、発見された領土の国は速やかに討伐、または討伐可能な冒険者が自国に在籍している場合依頼しなければならない。
B:1個中隊の訓練された軍人で討伐可能。発見報告が出た場合、発見された領土の国は討伐、または警戒態勢を取り、冒険者ギルドへ依頼する。
C:1個小隊の訓練された軍人で討伐可能。基本的には冒険者ギルドで冒険者達にとって割高の依頼として処理される。
D:数人の訓練された軍人で討伐可能。中級冒険者にとっての通常依頼程度。日常的に襲っては来ないが、森の深い場所や、山の中腹等に生息している事が多い。素材が有益なため冒険者ギルドで日常的に扱われる。
E:訓練された軍人個人で討伐可能。下級冒険者にとっての通常依頼程度。野良ゴブリンの上位種等、最下級個体の上位種が該当する。
F:訓練を受けていない村人でも討伐可能。冒険者ギルドに依頼せずに追い払うのが基本とされている。ただし、群れを作っている場合は大抵の場合ランクが上がるため、注意が必要。
他にもSの上が存在するが、場合によって内容が変化するため、基準としては存在しない。
彼等S超えの魔物は存在自体が別物であり、その名称が難易度を表している。
S超え魔物については各文献を参考にするように。
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