旅の始まり:エルフ・リリアードの場合
人里離れたエルフの集落。
そこで一人、黙々と弓の練習に励む少女が居る。
彼女の名前はエルフ・リリアード。
ショートカットの緑髪が弓を射る度にフワリと動く。
青色の瞳は的を捉えたまま動かない。
再び引き絞った弦が白く絹のような肌に触れ、ピタリと止まる。
狙いをつけ、小さな身長の半分程度のショートボウを放つと、的の中心に既に刺さっていた矢を貫く。
「ふぅ…今日は終わりにしよっかな…」
的の周辺には20本ほどの矢の残骸。そして的にはただ一本だけ矢が刺さっている。
あまり何発も射ってはいないとはいえ、確実に中央に当て続けるのは集中しても難しい。
緻密に、感覚を覚え、震えを無くし…そんなことをしていたら集中力が切れるのは必至だ。
だが維持しなければ当然当たらない。この練習を日に一時間程度行っている。
流れた汗を袖で拭い、手持ちの装備だけを片付ける。
練習場の受付まで歩き、受付のカウンターに話しかける。
「すみませーん!練習終わりました!」
「おう、リリィちゃんか。お疲れ様。またいつでもおいでよ」
奥から気怠げに出てきたエルフ族のおじさんが答える。
この練習場は集落全体で誰でも好きに使える、いわば村営の場所だ。
的も矢も、持参してない人には弓、弓術用の防具も貸してくれる。
しかも無料。自由に使える練兵場といった感じだ。
「ありがとうございました!明日にでもまた来ますね!」
リリアードは丁寧にお辞儀し、笑顔で手を振ってから帰路に着く。
「またなー!…しっかし、ほんとうちの集落でもとびきり可愛いなぁ…あーあ、俺も後200年若ければなぁ…」
呟きながら奥に戻り、掃除用具を手に取るおじさん。
誰も居なくなった練習場で、唯一つ使われていた的を片付けるために。
エルフという種族は、耳が人間より少し長く、尖っている。
また、彼らは長寿で知られている。
そして一番の特徴、それが彼らは非常に怠惰であるということ。
あまりにも長い寿命から、一日の大半を遊んで過ごすのだ。
とはいえ、彼らは何百年と"趣味"に打ち込むため、大人とされるエルフ達のほとんどがなんらかの達人となっている。
リリアードはまだ見た目は14歳程度。エルフの中でもまだまだ子供だ。
ただ、彼女は他のエルフとは違い、努力家だ。
弓を極めたエルフに弟子入りし、他のエルフの数百倍の速さで達人となる。
体術を極めたエルフに弟子入りし、これもまた数百倍の速さで達人となった。
そうやって何人もの師匠達から様々な事を教えられ、全て自分の力としている。
戦術、パーティーでの戦闘、動物の解体や野営方法等狩りの技術は当然、弓作り、料理、傷の手当、礼儀作法等も習熟している。
そこに誰が見ても可愛いと感じる容姿。最早反則と言っても良いだろう。
そして、リリアードの氏であるエルフ。
彼女はこの集落の長の娘。誰から見ても高嶺の花。(戦闘能力的な意味でも)軽い気持ちで手が出せる少女ではないのだ。
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以下「歴史考察:エルフについて」冒頭部分より一部抜粋
"エルフ"というのは種族名なのだが、これは人が勝手に決めた種族名だ。
本来彼ら"エルフ"は特に自分たちで種族の名前を決める事もなく、ただ森で静かに暮らしていただけだった。
そこに現れた人間。彼らと初めて会話をした過去の長が、「私はエルフ○○○です」と名乗っただけの話だ。
それから同じような特徴を持つ彼らをエルフと呼ぶようになったのは今から1000年以上も前。
別にエルフ家が偉いというわけでもなく、他の集落でも長は居るし、彼らも同程度の権力を持っている。
最初に訪れたのが他の集落だった場合、種族名はまた別のものになっていただろう。
蛇足になるが、他の"エルフ"達は特に気にした様子もなく、「"エルフ"の○○・○○です」と話している。あまり頓着しないのもまた"エルフ"の特徴だろう。
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集落の中央付近の自宅に着き、中に入った時だった。
親である長の話し声が少しだけ聞こえてきた。
明瞭に聞こえた訳ではないが、独り言をする人ではないし、誰かと話をしているのだろう。
「お客さんかな?お茶出しに行かないと…」
そう思い、台所に向かう途中で聞こえた内容が無視できないものだった。
今まで微かに聞こえてた程度の声が、急に大きな声で
「だから!もうこれ以上のお金が無いんですよ!どうにか、どうにかもう少し待ってください!」
聞こえたのは親である長の声。
「…え?ど、どういうこと?」
台所に向かう足を止め、客間の扉に耳を押し付ける。
「そうは言ったってなぁ…期限はもう切れてんだよ。待った所で返す宛もねぇんだろう?」
「それは…ど、どうにか売れるものを売って工面しますので…!」
「もう売れそうなもんは全部持ってっちまったよ。後残ってんのはこの集落の住人くらいだなぁ?」
さっと顔が青くなるリリアード。
原因が何かはわからないとはいえ、借金の形に住民が奴隷にされる話なのだ。
長の娘、責任はまだないが、それでも責任感を感じてしまう話だ。
「それだけは…どうにか、どうにかお金を用意しますので…!」
このままでは大変な事になってしまう。
意を決し、扉を開けるリリアード
「話は聞かせてもらいました!」
バァン!と思い切り扉を開ける。
当然話していた長、借金取りの男は驚いてこちらを見る。
(この時点でこの会話の主導権を握る!)
「お金が無いのなら私が稼いできましょう!私なら…この体ならいくらでも稼げます!」
表面上はほとんどが隠されて見えないが、その体は引き締まった筋肉に覆われている。
絶え間ない努力によって培われたこの体。たとえ屈強なモンスターであれども負ける気はしない。
「やめないかリリィ!お前を失うわけにはいかないんだ!自分を売るような事は絶対に、絶対に駄目だ!」
反論する父親。だが、リリアードは憮然とした態度で借金取りを見据える。
そんなリリアードをじろじろと眺める借金取り。
(見た目は悪くないな…。色々と小さいが、そういう趣味の連中も多い。服装を整えて装飾品で飾ってやれば行けそうではあるな。)
「ほぅ…?まぁ、小娘にしちゃぁ綺麗なもんじゃねぇか。ならまずは、俺が試してやろうじゃねぇか…」
立ち上がり、リリアードに近付く借金取り。その見た目は(この世界では通じないが)ヤクザそのもの。
「良いでしょう。かかってきなさい。」
対するリリアードは軽く右足を引いてほんの少しだけ下手に構える。
ぱっと見ただけでは近づいてくる男に警戒してるように見えるその構え。その実はリリアードが最も得意とする、身長差を利用した下方からの攻撃を主眼に置いた自己流の構えだ。
そんなリリアードを見る父親は、なんかおかしいぞ?とようやく気付く。
…が、もう既に遅かったのだ。
ゆっくりと右手を差し出す借金取り。
それを見た瞬間、すばやく左手で右手首を掴み、反応する暇も無く引き寄せ、そのまま右足で踏み込みながら右拳でアッパー。
アッパーで上に行こうとする力を、掴んでいる腕で引き戻す。逃げ場の無くなった力は首への負担となる。
結果は当然、ゴギリと嫌な音を立て首が折れる。
身体に一切の力が入っていない借金取りの男は、リリアードにもたれかかるようにして倒れてくる。
後は手を離しながら一歩後ろに下がり残心。もたれかかる対象が居なくなったため、当然床に崩れ落ちる。…粉砕された顎を床に叩きつけられるように。
借金取りの男は口から気泡を含んだ血流をゴボゴボと垂れ流しながら時折ビクンと跳ねるだけ…
恐ろしいのは、試合形式だと思い込みエルフの耐久性と同レベルとした場合の"手加減"した攻撃という所だろう。
「ハッ!すいません!開始の合図とか、決める前に手を出してきたので、お、思わず!」
最早完全に死んでいるようにしか見えないそれに必至に謝るリリアード。
「リ、リリィ…また強くなったのは良いんだけど、訓練されてない相手にその力を振るうのはやめよう…な?」
軽く引いてる父親を尻目に、「回復魔法を使える人を呼んできます!」と一言だけ残して大急ぎで家を出るリリアードだった。