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二つ月の帝国  作者: 月城 響
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ドラゴンと龍石

 食事の時間に10分遅れで到着したさあやは、非常に決まりが悪かった。先程喧嘩をした事に加えて、会社や友人との待ち合わせには一度も遅刻したことがなかったし、それが社会人として当然の事だと思っていたからだ。長くて広いテーブルの上座に座っているアルバドラスも決まりが悪いのか怒っているのか、さあやから目をそらしている。


「陛下、遅くなって申し訳ありません」


 サーズがそう言いながら、アルバドラスの斜め前の席を引いてさあやを座らせた。すぐに料理人が湯気の立ったスープを運んできた。きっとおいしいのだろうが、周りに漂う気まずい空気に、味はよく分からなかった。サーズもいつの間にかどこかへ行ってしまっている。あまりに静かすぎてナイフやフォークが立てる、ほんの少しの音が気になった。


 こんな風に押し黙っている人と気まずい食事をするのは初めてで、なんだか泣きたくなってしまった。次の料理が運ばれてきたが、フォークを取る気にもならなかった。そんなさあやを見て、小さくため息をついたアルバドラスは急に立ち上がった。


「我に、付いて来るがよい」

「え?でもまだ・・・」

「良いから」


 彼は戸惑っているさあやの手を取って立たせると、急に走り出した。明るい日差しの差し込む回廊を抜け、長いらせん階段を駆け上がると、小さな木製のドアがあった。苦しそうに胸を押さえて息を切らしているさあやの横でアルバドラスは深呼吸をすると、少し紅潮した頬でさあやに言った。


「そなたに我が国の宝を見せてやろう」


 彼が小さなドアを押し開けると、中は上階まで吹き抜けになっている大きな円形のドームだった。外に面した壁は天井を支える柱しかなく、空が丸見えになっている。そのドームの中心にたくさんの(わら)が敷き詰めてあり、その上に巨大な何かが丸くなって寝そべっていた。


「今日はフリッパーだけか?クラティカは食事に出ているようだな」


 名前を呼ばれて眠そうな顔を上げた生き物は、顔だけでも2メートル位はあった。巨大な太い尻尾を入れると、全体で6,7メートルはあるだろう。


「な、何?これ・・・」

 さあやは怖くてアルバドラスの背中に隠れながら聞いた。

「ドラゴンだ」

「ドラゴン?」


 それはさあやが想像していた姿とは大きく異なっていた。体色は灰色がかった白で、太い腹の下に足はなく、頭から背中にかけて金色の毛がふさふさと生えている。それに何よりもドラゴンの象徴である羽がないのだ。


「これ、本当にドラゴン?羽がないのに空を飛べるの?」

「羽など必要ない。ドラゴンは生まれつき聖霊の力を持っている。この世に生きるものの中で一番聖霊に近い存在なのだ。この大きな尻尾を左右に振りながら泳ぐように空を飛んでいる姿は、優雅で癒されるぞ」


 少年のような顔でドラゴンを見ているアルバドラスの横顔は、さっきの怒ったような困ったような顔とは全く違っていた。


 ドラゴンは人が聖霊を取り入れる事が出来なくなった今でも取り入れる事が出来る生き物だ。そして取り入れた精霊を体の中で結晶化させ吐き出す。それはせいりゅうせきと呼ばれるが、ドラゴンがほんの気まぐれに吐き出すものなので、とても貴重なものだった。さあやが初めてこの世界に来た時、神殿に祀られていた青い光を放つ石がそれで、あれだけの大きさの精龍石はどこにもないと言われていた。


「ドラゴンは人間に飼われたりはしない。ここに住んでいる2頭は傷ついて空を飛べなくなっていたのを保護したら、たまたま住み着いただけなのだ」

「龍石を吐いた事はある?」

「一度もない。だが彼らは我々にもっと素晴らしいものを見せてくれた」


 アルバドラスは怯えているさあやの手を引いてドラゴンの側に連れてきた。ドラゴンの大きな顔のすぐそばまで来ると、さあやはますます怖がってアルバドラスの腕にしがみついた。


「噛みついたりしない?」

「大丈夫だ。気に入らぬものは、あの扉さえ入る事は出来ぬ」


 アルバドラスはドラゴンに微笑みかけると、「フリッパー、良いか?」と聞いた。フリッパーは眠そうに大きな欠伸(あくび)をした後、ゆっくりと体を起こした。フリッパーが寝そべっていた下の藁が丸くくぼんでいて、その中に体長2メートルほどのドラゴンが居た。小さなドラゴンはアルバドラスを見ると、大きな目を見開いて「クゥー」と鳴いた。


「かわいい。これ、子供?」

「うむ。ドラゴンは警戒心が強くて、その生態やどのように巣を作るのかさえ分かっていない。こんな風に子供の姿を見る事が出来たのも、世界ではここだけだ」


 昔、精霊の力を自由に使えた精霊使い達はドラゴンと共に生き、彼らと会話を交わす事さえ出来たという。小さなドラゴンは体を起こすと、さあやをじっと見つめていた。その目は初めてさあやを見るはずなのに、なぜか以前から知っている人間を見るようでもあった。その瞳にさあやは親しみを感じた。


「触っても怒らないかな」

「フリッパーが落ち着いているから大丈夫だろうが、しかし・・・」

「ううん。きっと大丈夫よ」


 さあやはゆっくりと藁の上に乗ってドラゴンの側まで行くと、まず自己紹介をした。

「初めまして。私はサアヤ。触ってもいい?」

 小さなドラゴンが「キューン」と鳴いたので、さあやは子ドラゴンの首にそっと抱き付いた。急に体がふわっと軽くなって、何か優しいものに包み込まれているような気がした。


「アルバドラスも来て。何だかすごく癒されるよ」

「う・・・うむ」


 ドラゴンに慣れているアルバドラスも、腹の下に入るという大胆なことはしたことがなかったので、フリッパーの様子を見ながら藁を乗り越えてくぼみの中へ入ってきた。さあやは目を閉じてじっと小さなドラゴンの首に抱き付いている。その反対側からアルバドラスもそっと手で触れてみた。途端に青い光の渦が体の中に流れ込んでくるイメージが湧いて、ハッと目を開いた。


「どうしたの?」

「いや・・・。きっとそなたも体の中に聖霊の一部を宿しているから気持ちがいいのだろう。そんなに気に入ったか?」

「うん。だって真っ白でかわいいんだもん」


 さあやはこのままここで、ドラゴンと共に暮らしたいような気分だった。


「ではそなたに特許を与えてやろう。ここへは我の許可なくしては誰も入ることは出来ぬ。だがそなたはいつでも好きな時にここに来るがよい。それからこの子の名前だ」

「名前?まだ無いの?」

「うむ。そなたが付けてやるがよい」


 それは本当に特権だ。さあやは子ドラゴンの金色のたてがみをなでながら考えていた。


「ねえ、さっきメダがあなたの事をエルディスって呼んでいたでしょう?」

「ああ。エルディスは我が皇帝になる前の名前だ。アルバドラスは祖父の名を受け継いだからな。いくさ好きの方であちこちの国に戦争を仕掛けては領土を増やされた。戦王と帝国内では英雄だが、おかげで父のアルバドラスⅡ世は、その後始末に一生を使う羽目になった。今では落ち着いているが」


「じゃあ、エルディスって名前の方が好きなんじゃない?決めた。この子の名前はエルよ」

「それで良いのか?そなたのミズシマという名でもよいぞ」

「それ、ちょっとイケてないし。エルでいい。ね?エル」


 さあやに呼びかけられると、エルは首を上におこし大きく口を開けた。エルの口先から青い光に包まれた手の平にちょうど収まる程の大きさの石が現れ、さあやもアルバドラスも一瞬息をのんだ。


「精龍石?」

「うむ」


 石は青い光を放ちながら、さあやの手の平の上にゆっくりと降りてきた。

「すごい、キレイ。石の中から青く光ってる」

「龍石としてはかなり大きい方だ。力の強い精霊使いがまだ存在していれば、この石ひとつで城の半分は吹き飛ばすことが出来るだろう」


 きっとこれは名前を付けてくれたお礼なのだろう。だがこんな生まれて間もないドラゴンでも、そんな力の強い石を生み出す事が出来るのだ。確かにドラゴンはあまり人と接触しない方がいいとさあやは思った。


「ありがとう、エル。これ、アルバドラスにあげてもいい?」

 エルはその大きな目でじっとさあやを見つめると、再び「キューン」と鳴いた。

「この石は非常に貴重なものだぞ。そなたがもらったのだからそなたが持っておるが良い」

「その貴重な聖霊の力を私に分けてくれたんでしょ?言葉が分からなかったらとても不自由していたし、みんなと友達になれたのもあなたのおかげだもの。だからこれはあなたにあげる」


 精龍石ひとつで戦争が起こるほどの貴重な宝を惜しみなく差し出すさあやを、欲のない女だとアルバドラスは思った。

「では、そなたには代わりにこれをやろう」


 アルバドラスは小指にはめていた指輪を外すと、さあやの手の平に乗せた。灰色の台座にはこの国の紋章である2匹のドラゴンが彫り込まれている。右側のドラゴンは黒で左側のドラゴンは金色だ。その紋章には上からきれいにガラスでコーティングが施されていた。


「それにも聖霊の力が入っている。光が当たるとそなたが今一番会いたい者の姿が浮かび上がるぞ」

「アルバドラスはもういいの?後で会いたい人の姿を見る事が出来なくなったって寂しく思うんじゃない?」

「我の会いたい者はもうここにはおらぬ。良いから指にはめて光にかざしてみよ」


 言われた通り左手の中指にはめて日の光にかざしてみたが、何も起こらなかった。

「妙だな。そなた、前に居た世界で会いたい者はおらぬのか?」

「うーん。パパとママは田舎でのんびり暮らしているし、高瀬さんとはまだ3回しか会ってないからかなぁ」

「寂しくないのならそれで良い。ではそろそろ昼食に戻ろう。シェフがやきもきして待っておる」


 さあやは笑顔でうなずくと、彼と共に食事の間へ戻っていた。









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