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二つ月の帝国  作者: 月城 響
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豆乳ジュース

 次の朝、目を覚ましたさあやは、枕元に置いた綿の実を指でつついた後、ベッドから出てきた。部屋の隅にある洗顔用のボウルに入った水で顔を洗うと、昨日の夜水につけた豆を覗いてみた。


「うそ。もうふやけちゃってる・・・」


 大豆なら丸一日かかるのに、この豆は吸水性が良かったようだ。急いで身支度を整えると、さあやは豆の入ったボウルを持って食堂へ向かった。朝食を適当に取った後、調理場の端を使わせてもらう約束をしていたので、必要な調理器具を借り、水を吸ってパンパンになった豆を裏ごしし始めた。家でやる時はミキサーを使うのだが、そんな便利アイテムがないので、ひたすら力仕事が続く。


 豆を全部裏ごしした後はフルーツだ。ミキサーがあれば2,3分でできる作業に2時間もかかってしまった。さすがに少し疲れを感じたが、裏ごしした大豆を火にかけたり、こしたりしながら作業を続けた。最後に全体の味を見ながらミックスジュースを作り上げた。


 食堂の料理人に味見をしてもらうと、皆おいしいと感嘆の声を上げたので、さあやはビンにジュースを詰め、木製のカップをたくさん持って食堂を後にした。


 近衛の6から10番隊が訓練をしているのは、南側の広場らしいのでそこまで行くと、丁度休憩時間らしく、スーザが同じ年頃の仲間達と楽しそうに話しているのが見えた。


「スーザ!」

 さあやが声を掛けると、スーザはまるで疾風のごとく走って来た。

「サアヤさん。おはようございます!」

「おはよ。昨日はありがとね。これ、作ったんだけど、飲んでみてくれる?」

「これは何ですか?」

「サアヤ特製、健康ジュースよ」


 スーザは不思議そうに乳白色の飲み物をさあやがカップに注ぐのを見つめた。

「昨日買った豆とフルーツを絞って混ぜ合わせたの。小さい頃飲んでいた豆のスープより飲み易いと思うわ」

 さあやが差し出したジュースを一口飲んで、スーザは驚いたように顔を上げた。

「すごい。おいしいし、飲み易い。これならいくらでも飲めます」

 スーザが一気にジュースを飲み干すのを嬉しそうに見た後さあやが去って行くと、10番隊の仲間達が一斉にスーザの周りに集まった。


「おい、今の誰だよ」

「休憩時間に飲み物差し入れか?」

「絶対年上だろ。この年上キラーめ」


 仲間達の冷やかしに、スーザは天使の笑顔を浮かべた。


「うん。一か月後には僕の婚約者になっている人だよ」




 次にさあやは城に戻り、東へ向かった。長い階段を上りきると空中に浮かぶような橋がある。その先には先端の尖った丸い塔があり、フラルはここで暮らしているのだ。


「フラル、居る?」

 ノックをしてドアを開けると、フラルは誰かからの手紙を呼んでいたのか、ハッとしたようにその手紙を胸に押し当てた。

「サ・・・サアヤ様?」

「ごめん。いきなり来ちゃって。もしかして恋人からの手紙?」

「い・・・いえ・・・」


 フラルは真っ赤になって首を振りながら、その手紙を机の中に押し込んだ。部屋の中はたくさんの茶葉が入ったケースが所狭しと並んでいる。窓際の小さなテ-ブルの上には2つの皿が乗った秤があって、茶葉を計量しながらブレンドできるようになっていた。


「へええ。これがフラルの仕事場かぁ」


 柔らかな茶葉の匂いが漂って、なんだか癒される気がする。部屋の隅にはらせん状の階段があり、その上が彼女の私室のようだ。


「昨日のおいしいお茶のお礼に健康ジュースを作ってみたの。フラルみたいに舌の肥えた人に味見をしてもらいたくて」

「そんな・・・私なんて」


 あたふたとさあや用の椅子を用意しながらフラルは恥ずかしそうに言った。ジュースをカップに移す時、ちょっとドロッとしていたので、フラルは少し戸惑いながら口を付けた。


「あ、おいしいです。見かけよりずっとさっぱりしていて・・・」

「でしょ?成分は何だと思う?」

「分かりません。フルーツがたくさん入っていて・・・。この白いのはヤギのミルクでもなさそうだし・・・」

 フラルは確かめるようにゆっくりとジュースを味わっている。

「それはね。豆乳と言うの。私の国は豆をそのまま食べることもあるけど、加工して作った食品がたくさんあって、豆乳もその一つよ。豆を絞ったジュースなの。健康にも良くて、毎日飲んでいる人も居るのよ」

「サアヤ様の国は健康に気を使っている人がたくさん居るのですね」

「うん。健康の為の食品は様々な種類があって、値段が高くても売れるわ。私も豆乳とかビタミン剤とか結構飲んでたなぁ」


 それからしばらくこの国の話をしたり、フラルの彼の話をしたりして(結局恥ずかしがって教えてくれなかったが)さあやはフラルの仕事場を後にした。出口まで見送ってくれたフラルは、手を振りながらさあやの後姿に呼びかけた。


「サアヤ様。午前中、皇帝陛下は執務室にいらっしゃいますよ」


 別にアルバドラスの為に作ったのではないのだ。彼は悪い人ではないと思うが、政務に熱心でないところはどうしても好きになれなかった。それでも仕事をしているのなら、持って行ってあげてもいいかなと思った。一応お世話になっているのは間違いないのだ。


 次に向かったのは、近衛の1番隊から5番隊が訓練をしている広場だ。さすがに精鋭部隊だけあって、6から10番隊よりずっと広い場所である。たくさんの兵達が2人一組になって、剣を交わし合っていた。さあやが近づいて来たことに気づいた1番隊の隊長が「サアヤ殿に敬礼!」と叫んだので、さあやはびっくりして立ち止まった。訓練をしていた兵達は全員、さあやの方を向いて右手に持った剣を上に向け直立している。


「す、すみません。邪魔をしてしまって・・・」

 さあやは申し訳なさそうに謝りながら、1番隊の隊長にサーズがどこに居るか聞いた。

「連隊長は聖騎士隊の所へ行っているであります!」


 元気よく答えてくれた中年の隊長に礼を言って、さあやは聖騎士隊が駐在している城の中腹にある大きなバルコニーへと向かった。聖騎士隊とは20人ほどの女性ばかりの騎士で構成された皇帝直属の部隊らしい。女性ばかりと聞いて、いかにもあのエロ皇帝の好きそうな隊だわ、と思いつつ、長く連なる石段を上った。朝から走り回っていたので、そろそろ疲れが出たのか足が重い。考えてみれば会社ではエレベーターで移動するので、こんなに運動する事はなかった。


 元の世界に帰ったらジムにでも通おうかと考えながら、登り切った階段の上で一息ついた。そこから外に張り出した広いバルコニーが見え、サーズが真っ赤な長いストレートの髪を後ろに束ねた女性騎士と話しているのが見えた。さあやの姿を見つけたサーズはすぐに話を止めて、さあやの所に走って来た。


「サアヤ様。昨日は弟がご迷惑をおかけして申し訳ありません。こんな事ならもっと腕の立つ者をお付けすればよかったのに、私の失態です」

「え?いえ、そんな事はないわ。スーザは体を張って守ってくれたのよ。彼のおかげでとても楽しかったし、怒ったりしないでね」

「お心遣いありがとうございます。ですがこれからはサアヤ様にもちゃんと護衛と身の回りの世話をするものを付けようと思いまして、それで聖騎士隊の隊長に話をしに来たのです」


 サーズの後ろで話を聞いていた赤毛の女性が頭を下げた。彼女が聖騎士隊の隊長なのだろう。女性なのだが、さあやが今まで見た騎士の中で一番りりしく見えた。


「そんな。私に護衛なんか要らないわ。自分の事は自分でできるし・・・」

「いえ。陛下はあなたを国賓と認められました。つまりそれだけの身分のある方だと知れ渡ったのです。これからはそうと知った上であなたをさらおうとするやからも出てくるかもしれません。護衛を付けるのは当然です」

「はあ・・・」


 さあやが困ったように自分を見つめるので、凛々しい聖騎士隊の隊長の顔にも、ふっと笑みが漏れた。それを見てさあやはふと思いついた。

「あなた、フレイヤ?サーズの妹の」

「はい」

「やっぱり。目のあたりがサーズにそっくり。ね、これ飲んでみて。働く人の健康ジュース」


 いきなり目の前に差し出された白い液体を見つめた後、サーズとフレイヤは顔を見合わせた。


「これは・・・何ですか?」

「飲んで当ててみて。ほらほら」

 手のひらで早く飲むようせかされたので、2人は仕方なく一気に飲み干した。

「これは・・・果物の味がしますが、そうではない味も・・・」

 サーズは首をかしげている。するとフレイヤがハッとしたように答えた。

「豆・・・ですか?」

「あったりー。さすがフレイヤ。じゃ、私は次に行くので!」


 空になったカップを回収すると、さあやはさっさと姿を消してしまった。

「うまくごまかされたな・・・」

 サーズがボソッと呟いた。

「私はあの方を気に入ったぞ、兄上」

 男勝りの妹が珍しく微笑んでいるのを見て、サーズも笑いながらうなずいた。






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