街へ出よう【3】
彼らはドランに案内されて店の奥に入っていった。そこは広い作業場になっており、20人ほどの従業員がそれぞれの作業をこなしていた。円形の石を前後に動かしながら薬草をすりつぶしている者。囲炉裏の上に大きな鉄のフライパンのようなものをつるして中の薬草をいぶしている者。出来上がった粉状の薬をはかりで正確に計量しながら袋に詰めている者など様々だ。ドランはさあや達を案内しながら素人にも分かるように説明した。
「こちらの薬草はゴオウと言いましてな。こうしていぶしたものを擦りつぶせば、よく効く腹薬になります。粉にせず薬草のまま乾燥させたのは煎じて飲みます。このテンジンなどは1年間飲み続ければ、寝たきりの老人も飛び起きたと言いますぞ」
冗談なのか本当なのか分からないが、ドランが手に持った薬草を見てフレイヤは「ほうっ」と呟いた。
しばらく作業場の中を見て回ったが、ここで働いているのはどうやら人間ばかりのようだ。
「ドランさん。ここには獣族はいないのかしら?」
さあやの問いにドランはとんでもないという風に首を振った。
「獣族にこんな仕事は任せられません。体中毛まみれですから薬の中に毛が混入したら大変ですし、第一客が不快に思うでしょう」
確かに毛が混入するのは困るだろうが、ドランの言い方にさあやは差別的なものを感じてむっとした。だがこれがこの国の人々の獣族に対する偏見なのだ。たとえ獣族が奴隷から解放されたとしても、人々の心の奥にあるものをすぐに変えることは難しい。そうした差別や偏見を改めさせていくには多くの時間がかかるだろう。
さあやはなんとなく物悲しい気持ちになって店を出てきた。ちょうど店の前に他の地域から薬草を運んできた2台の荷車がやってきて、入り口に立っているさあや達の前に止まった。これから皇妃候補の女性とお近づきになろうとさあやの後を追ってきたドランは、煩わしそうに荷車を押してきた獣族の男に怒鳴りつけた。
「こら!こんな所に荷車を止めるんじゃない。ええい、お前達もだ。さっさと裏へ運ばないか。お客様の目障りになるだろう!」
乱暴に肩を叩きながら荷物の周りにいた獣族達を追い払うと、「まったく下賤なケダモノどもには困ったものです」とニヤニヤ笑いながら、さあやの近くへ戻ってきた。何も言わずに去ろうと思っていたさあやだったが、この一言には完全に頭にきてしまった。下賤なのは一体どちらなのだろう。
「ドランさん。例え奴隷だったとしても、獣族も私達と同じ国に生きる人々です。あなたがもっと身分の高い人から馬鹿にされたら傷つくように、彼らにだって心はある。それを考えられないような人が、本当にお客様の事を考えられるかしら。王宮に出入りしていると自負するのなら、それなりの品性を身に付けていただきたいものだわ」
褒められこそすれ、まさかお叱りを喰らうとは思ってなかったドランは、しわに隠れた小さな目を丸く見開いて、声も出せずに去って行くさあやの背中を見送った。
呆然と立ちすくんでいるドランの姿が見えなくなると、フレイヤがくすくす笑いながら「サアヤ殿、今のは格好よかったぞ」と言った。
「僕も感動しました。さあやさんは本当にお優しい方です」
フレイヤとスーザの褒め言葉に、さあやは真っ赤になって首を振った。
「ちっとも格好良くなんかないわ。私はルディの権力を笠に着ただけだもの。何の力もないくせにあんな偉そうな事を言って恥ずかしいわ。でも、どうしても我慢できなかったの」
そう言った後、さあやは遠い日を思い出すような目をした。
「私、フラルの事が好きだったわ。彼女は仕事熱心で、自分の仕事に誇りを持っていた。もしもっと長く一緒にいられたら、きっと親友になれたんじゃないかと思う。そんな人を奴隷とかケダモノだとか、そんな言い方で辱めるなんてできない。私にはできないわ」
唇をかみしめてうつむいたさあやをフレイヤは微笑んで見下ろした。この方は本当に優しい方なのだ。今まで獣族の生活やその扱われ方を考えるものなど誰も居なかった。当然だ。彼等は奴隷なのだから。それにこの方はフラルに命を狙われたのだ。普通なら彼女だけでなく獣族すべてを憎んでもおかしくはない。それなのに彼女への友情を捨てる事はなかった。
そしてこの方はその優しさと真っ直ぐな心で長年仕えた者達でさえ、どうする事も出来なかったアルバドラスの心を動かし、彼の人生を変えた。長い間腐敗しきっていたこの国の政治も今、さあやの案を中心に変わろうとしている。次は何を変えてくれるのだろう。サーズがさあやを皇妃にと推すのは、彼女がそんな期待を持たせてくれる人だからだとフレイヤは気づいたのだった。
彼等は再びエグラと馬に乗って、バルドンから聞いた獣族の町スローグへと向かった。途中何人かの人にスローグへの道を尋ねたが、皆眉をひそめてあそこへは行かない方がいいと言った。そんなに危険な街ならさあやを連れて行くのはやめた方がいいのではとスーザが提案したが、さあやはどうしても彼らの生活を見てみたかった。
今、アルバドラスにそれを伝えられるのは自分だけなのだ。だから少しくらい危険を冒しても見に行くのは義務だとさあやは思っていたのだ。
スローグはもともと罪を逃れる為に、罪人たちが隠れ住んだと言われている町だ。だから見つけるのは困難であった。石壁の続く細い裏通りはまっすぐで平らな道などほとんどなく、地下でもないのに、階段を降りたり上がったり、まるで迷路だった。当然エグラや馬では通れないので、途中道を聞きに入った店に金を渡して預ける事になった。
重いドレスの裾を持って息を切らしながら歩いているさあやを気遣って、フレイヤやスーザは何度も声をかけた。さあやも2人に心配をかけないよう「大丈夫よ。国では7センチヒールで走り回っていたんだから。あ、7センチってこれくらいね」と笑いながら人差し指と親指で高さを示した。
やがて細い通りが途切れたあたりから、フレイヤとスーザはあちこちから刺すような視線と圧迫感を感じた。スローグに入ったようだ。
「スーザ、気を抜くな」
剣の柄に手をかけながらスーザはうなずいた。




