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二つ月の帝国  作者: 月城 響
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街へ出よう【1】

 目を覚ますと、カヤが心配そうな顔で額のタオルを変えているところだった。


「良かった、サアヤ様。ご気分はいかがですか?」

「うん・・・。もう大丈夫」


 まだ少しけだるいような感覚が残っていたが、さあやは何とか体を起こした。カヤが背中にクッションをあてがい、水を手渡した。


「ルディは?」

「陛下はもうご政務に戻っておられますよ。ごくわずかなしびれ薬を嗅がれただけのようですわ」


 しびれ薬の量がそんなに多くなかったのだろう。あとから行ったさあややサーズ達にはほとんど影響はなかったようだ。今日はもう起きる気力がなかったので、カヤが運んできた軽い食事をベッドで取って、そのまま眠ることにした。

 

 次の朝、さあやは食堂でもらったたくさんのフルーツを抱えて、エル達のドームを訪れた。フルーツは彼らの好物なので、昨日のお礼だ。


「エル。昨日ルディが危険なのを教えてくれたのは貴方あなた?」


 聞いてもエルは「キューン」と声を上げるだけだった。エルと会話が出来るかと思ったが、精霊の力が及んでいないのかそれともエルが答えたくないのか、どうやら普段は話をするのは難しいようだ。


 その後、さあやはアルバドラスの執務室を訪れ、サーズに昨日の獣族達の話を聞いた。アルバドラスを襲った3人の獣族は、城の厨房の裏で残飯運びなどをしている者達だった。城の獣族がみな裏切るとは限らないが、こうなった以上獣族を城で働かせることは出来ないと判断され、今日のうちに全員が城を出されることになった。


 何の罪もない獣族達がこれからどうやって生活していくかを考えると反対したかったが、フラルでさえ裏切ったのだ。これ以上彼らに罪を犯させない為にも、それは適切な処置に違いなかった。その後、さあやは昨日獣族の意識を辿って見た事を、サーズや皇帝に話した。


「そのカルヴァンという男は確かに獣族の王と名乗ったのだな?」


 アルバドラスの質問にさあやはうなずいた。しかし、その獣族の王が居たらしい荒野の果ての石造りの建物というさあやの言葉はあまり具体的ではなく、なかなかカルヴァンの居場所を特定するのは難しいようだった。マスカベーラを出ると、小さな町や村を除けば、周りはほとんど荒野なのだ。

 それでもサーズは兵を分けて捜索すると告げ、アルマと共に部屋を出て行った。


 一通り話が落ち付くと、アルバドラスが急に切り出した。

「サアヤ。昨日なぜ逃げなかった。我は逃げろと言ったであろう」

 どうやら怒っているようだ。メダはまた始まったとばかりに、「さあて、私も仕事が・・・」と呟きつつさっさと退出した。


「だって。もう剣がすぐ側に来ていたんだもの。逃げる暇なんてなかったわ」

「逃げられなくてもよけることくらい出来たであろう。大体ちょっと精霊の力を使えるからと言って倒れるまで使ってどうする。加減を考えよ」

「そんなの分からなかったんだもん。もう拷問はさせたくなかったし。いいじゃない。獣族の王の事も少しは分かったし。何よ。助かったのに、何を怒っているのよ」


 さあやが自分を必死に守ろうとしたのは確かに嬉しい事だが、なぜかアルバドラスは素直に喜べなかった。大体女子おなごに守られて嬉しいなんて、腰抜け極まりない。そうだ。これは男の沽券こけんにかかわる問題だ。皇帝のプライドにかけても、もう二度とさせないようにしなければ。だが、そんな事を解いてみても、目の前で憤然としているこの強情な女は聞くはずもない。ふん。それならば・・・。


「おお、そうだ。そう言えばそなたの胸。意外に大きく抱かれ心地は良かった。また頼むぞ」

「ルディィィ。あなたって人は・・・。もう知らない。2度としないから!」

 真っ赤になって怒りながら、さあやは部屋を出て行った。


「まったく、ルディったら。心配してくれるのはいいけど、もう少し言い方ってものがあるじゃない」

 ぶつぶつ呟きながら簿記の授業を行っている教室に向かって歩いていると、廊下の向こうからスーザが走ってやってくるのが見えた。どうやらこの間言っていた休みが、明日取れることになったらしい。簿記の講義が始まると会えなくなるので、急いで会いに来たのだ。


「じゃあ明日の講義はお休みにするわ。そうだ。お昼は私がお弁当を作るわね。スーザ、嫌いなものとかある?」

「ええ?サアヤさん自ら作ってくださるのですか?嬉しいです。サアヤさんが作ったものなら僕、何でも食べます!」







 次の日、朝早くからさあやは城の厨房を借りてお弁当を作った。こちらの食べ物は日本にある食材とは似て非なるものが多い。例えば卵は鶏ではなくアヒルだ。アヒルの卵は鶏卵よりも少し大きめなので、卵焼きも2つあれば充分である。ただちょっと独特の癖があるので、さあやは苦手なのだが。それからやはりこの国は豆が特産品のようなので、豆料理は欠かせない。醤油がないのはかなり痛いが、塩と香辛料で肉と豆を使ったチョップドサラダや野菜を使った煮豆などを作った。


 久しぶりに料理をしたのが楽しくてかなり大量に出来たが、スーザは若いし、いつも剣の練習などで体力を使っているからたくさん食べてくれるだろう。


「今日はスーザと出掛けるの。街の様子も見てくるわね」

 朝食を食べながら楽しそうに話すさあやに、アルバドラスは「楽しんでくるがよい」と笑顔を向けた。ただサーズとメダは複雑な顔をしていたが・・・。


ー 男と出掛けるのに、何を笑顔で送り出してるんですか、陛下 ー

 メダが情けない顔でため息をつく隣で、我が弟ながら本当に気の抜けない奴だとサーズは思った。



 今日は小春日和の最高の天気だ。いつもはすべてが凍り付いてしまいそうな北風もなく、雨が降る気配もない。スーザはエグラに鞍を付けながら、今日のデートコースを念入りに頭の中でシュミレーションした。


 まずは街へ出るだろ。それからファイファの布を織る工場へ行って、それから養蜂場。あそこは景色がいいからそこでサアヤさんが作ってくれた弁当を食べるんだ。それから・・・。


「スーザ!」


 さあやの声に彼は最高の笑顔で振り返った。しかし彼の笑顔は、その後ろに居る白い馬を連れた女性騎士のせいで思わず固まってしまった。


ー どうしてフレイヤ姉上がここに居るんだ? -


 思わずムッとした表情になりそうだったが、さあやの笑顔を見て我に返った。

「スーザ。フレイヤも一緒に行ってくれるんですって。構わないでしょ?」


 ニヤリと笑った姉を見て、スーザは内心舌打ちした。これはきっとサーズ兄上の差し金に違いない。なぜならスーザは最近、サーズとフレイヤがこんな会話をしているのを聞いてしまったのだ。


「兄上。サアヤ殿をわが姉上にする計画は進んでおるのか?」

「もちろんだとも妹よ。サアヤ様が皇妃にお決まりになった暁には、わがウラル・バジール家からお輿入れして頂く。大変名誉なことだぞ」

「ではもう姉上とお呼びしてもよろしいかな?」

「それはちょっと気が早すぎるぞ。まあいずれそうなるがな」

「アッハハハハ」


 あの2人がそんな悪だくみをしているなんて知らなかった。近頃やたらと皇妃という言葉が飛び交っているのもサーズ兄上の差し金に違いない。みんなして弟の恋路を邪魔するなんて許せない。サアヤさんを姉上なんて絶対呼ばせないからな。


 スーザは微笑みながら「もちろん、構いませんよ。人数が多い方が楽しいですからね」と言いつつ、どこでこの融通の利かない姉をてやろうかと考えていた。










 


 




 



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