表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二つ月の帝国  作者: 月城 響
29/52

審判

 手の中から青い光が湧き上がったかと思うと、強い光の帯になってあたりに飛散した。その光は2階の窓から外へ漏れ、まるでスポットライトのように夜の闇を切り裂いた。


「サアヤ殿!」


 屋敷の裏門に陣取っていた聖騎士隊の前で立ち上がったフレイヤに迷いはなかった。

「行くぞ!サアヤ殿をお助けするのだ!」

「おーっ!」

 20人の女性騎士の雄たけびが上がり、彼女達は馬に乗ったままフルゲイトの屋敷に突入した。


 表門の前から周囲を固めているのはサーズが率いる1から5番隊の近衛連隊だ。屋敷の中が急に騒がしくなり気をもんでいたサーズの元に、聖騎士隊との伝令役の男が走って来た。


「連隊長、大変です。聖騎士隊隊長以下20名、屋敷に突入しました!」

「何だと?」


 彼の話では2階の窓から青い光が放射され、それを見たフレイヤが急に突撃したのだという。

「あの、バカ・・・」

 計画ではさあやが証拠の書類を持って出た後に突入するはずだった。証拠もなしにいくら皇帝軍でも財務次官の屋敷に侵入は出来ないからだ。


「仕方ない。1から3番隊、屋敷に突入するぞ!4、5番隊はこのまま周囲を固めろ。一人も逃すではないぞ!」

「はっ!」





 目をまともに開けていられないほどの眩しい光に包まれたさあやに、フルゲイトの部下たちは一歩も近づけずにいた。聖霊の力をうわさとして聞いた事はあったが、実際に見るのは初めてだったのだ。完全に殺意を失っている彼らを見て、さあやはニヤリと笑うと、足を一歩踏み出した。


「ひっ!」

「うわっ!」

 近づくだけで男達はしりもちをつき、恐怖におびえている。これは面白い。

「この私に指一本でも触れてごらんなさい。たちまち心臓発作を起こして死んでしまうわよ。さあ、誰から触ってやろうかしらぁ。ふふふふ・・・」


 さあやが手を差し出して一歩一歩近づくと、男達はもんどりうって転げながら必死に逃げて行った。今度は後ろを振り返る。追って来た男達が全員顔をひきつらせた。

「次はあんた達ね。誰から殺してやろうかしら。いえ、面倒ね。いっそのこと全員一緒に・・・」

 右手を広げて腕を伸ばすと、彼等も叫び声を上げながら逃げ去った。




 裏の入口を破壊して突入したフレイヤ達は、必死の形相で階段を下ってくる男達を一網打尽にした。

「他の者も探せ。アリの子一匹(のが)すな!」

 命令に部下達が散って行った後、フレイヤは階段の上で目もくらむような青い光に包まれたさあやを見た。


「サアヤ・・・殿?」

「フレイヤ・・・!」

 階段を駆け下りてきたさあやは、フレイヤの腕の中に飛び込んだ。その瞬間青い光も小さな袋の中へ吸い込まれるように消えて行った。

「サアヤ殿。無事で良かった」

「うん。証拠も取り返したわ。フルゲイトは2階の寝室よ」

「あい分かった!」




 近衛連隊と聖騎士隊によってフルゲイト以下、全員の身柄が拘束された後、サーズは伝令係に命じて連絡用の打ち上げ花火を上げた。これは証拠を手に入れたという合図で、これを見たバラク・ダラの屋敷を取り囲んでいる騎馬隊が、今度はダラの捕獲に当たるのだ。


 フレイヤの馬に乗って城に戻ったさあやは、2階のベランダにじっとたたずんでいるアルバドラスの姿を見つけた。急に胸の奥が痛くなって涙があふれそうになった。


「ル・・・」

 声を上げようとした時、後ろから自分の名を呼びながらやって来るキートレイとスーザに気が付いた。

「良く無事に帰ってきたな」

「証拠も全て取り戻したとか。さすがサアヤさんです」


 スーザの褒め言葉に、さあやは赤い顔をして首を振った。

「みんなが居てくれたからよ。それにキートレイは本当に頑張ってくれたわ。ありがとう」

 キートレイはニヤッと笑うと胸を張った。

「なんてことはないさ。惚れた女の為ならな」

「兄上、調子よすぎです」

「なんだ、やきもちか?弟君」


 兄弟がいつものように軽い掛け合いをしているあいだ、さあやはもう一度アルバドラスが居たベランダを見上げたが、そこにはもう誰も居なかった。


ー 頑張ってね、ルディ・・・ -





 いつもは国内外の賓客を迎える謁見の間が、今日は重苦しい判決の場へと変わっていた。中央に座ったアルバドラスの両隣にサーズとメダ、更にイーグスと近衛一番隊の精鋭騎士が並び、周囲の壁際は全て兵が取り囲んでいた。


 身分の低い罪人のように縄で縛られ床に無理やり座らされたフルゲイトとバラク・ダラは、かなり立腹した様子で自分達より高い位置に居る皇帝をにらみ上げた。家でくつろいでいた所をいきなり城の警備兵に踏み込まれ連れて来られた外務官長老のマラゲート・ウラルフラワと帝国軍務部官長老エボリュス・コンステアはくらいを示す緑の袈裟を付けるのも忘れ、わけの分からない顔でフルゲイト等の後ろで立っていた。


「ウラルフラワ、コンステア。皇帝陛下の御前である。膝をつけ」

 サーズの言葉に彼等はムッとして反論した。

「近衛連隊長ごときが我らに命令するというのか!」

「控えろ、若造!」

「私のげんは皇帝陛下のお言葉である。膝をつけ!」


 周りを取り囲んでいた兵が一斉に手にした槍を自分達の方に向けたので、彼らは不満を顕わにしながら仕方なくその場にひざまずいた。病気療養中のアザリュート・メルギスも2人の兵に支えられ、彼らの脇に用意された椅子に座り、今から何が起こるのだろうと青い顔をしていた。


 全員がそろうとサーズはフルゲイトとバラク・ダラの罪状を読み上げ始めた。


「ルアール・フルゲイト。その方、国の財政を預かる財務次官という立場にありながら、国務官長老バラク・ダラと結託。国帑こくど壟断ろうだん(利益や権利を独占すること)し、我が帝国に甚大な損失を与えた事、臣下にあるまじきふるまいである。バラク・ダラ。公共事業に於ける架空工事、公的書類の改ざん、収賄しゅうわい瀆職とくしょく(汚職)の振舞い、もはや逃れられぬところと知るが良い」

「な、何を証拠にそんな・・・!わしは知りませんぞ。大体フルゲイトとは2人きりで会った事もないわ!」


 皇帝の座っている前に置かれたテーブルの上に積み重ねられた書類に見覚えのあったフルゲイトは黙って歯をかみしめていたが、バラク・ダラは冤罪えんざいを訴えた。


「そうか。それでは例を上げてやろう」

 サーズは証拠書類を手に取ると、高々と読み上げた。


「カースティア歴4年。ネグレイトの町に流れるルト河にかける架橋工事に於いて、長さ15メートル、高さ4メートル、幅3メートルの大型の石橋を建設したと工事報告書にあるが、実際は幅1メートルしかない木の橋であった。この報告書を見る限り、100年は持つほどの土台を作り建設した事になっているが、建築から3年後、洪水によって流されていた。


 カースティア歴10年。わが国唯一の海辺の町コランの津波災害に於いて、町が壊滅状態にあったにもかかわらず、物資の配給を報告書の半分にとどめ、派遣された医師たちは薬もなく治療に当たり、その為に多くの助かるはずだった命が失われた。他にも山のようにあるが、全て聞きたいか?バラク・ダラ。この全ては私とここに居るイーグス・バルトレイヤ、そして聖騎士隊隊長フレイヤ・ウラル・バジールがその足で調べ上げたものだ。まだ意義を唱えるか?」


「そ、そんな身内で調べた証拠など、何の信ぴょう性もないわ!」

「ほう、ではこれではどうだ?」


 サーズは書類の隣に置いてある携帯電話を手に取った。パネルをタッチするとフルゲイトとバラク・ダラが2人で酒を酌み交わしている姿がはっきりと映っていた。


「これは悪魔の鏡と言って、悪事を働いている者の姿を遠くから捉える事が出来るのだ。お前はフルゲイトと2人きりで会った事もないと言ったが、つい先ほどクーダンという店でフルゲイトから賄賂わいろを受け取ったばかりではなかったか?その金もこちらに没収してあるが・・・」


 互いの姿がはっきりと映った鏡(写真)とフルゲイトから受け取った金貨の箱を見せられ、もはや言い逃れが出来ないと思ったのか、ダラは観念したように肩を落とした。それを見てサーズが後ろに控えると、アルバドラスが立ち上がった。


「ルアール・フルゲイト。バラク・ダラ。その方等の背任行為はもはや真諦しんたいで国家に与えた損害は計り知れぬ。よってルアール・フルゲイト。家財没収の上、財務次官解任。余罪追及の間、身柄みがら禁錮きんこ(監獄に拘置すること)とする。バラク・ダラ。そちも家財没収、長老位はく奪、その身は国外追放と処す。フルゲイト。サザラ村に於けるサーズとイーグスの暗殺未遂についても総て語ってもらうぞ。牢に居る間、どんな拷問にも耐えられるよう体を鍛えておく事だな」


 観念したように肩を落とすフルゲイトの隣で、バラク・ダラは声にならない声で皇帝に許しを乞うていた。


「そして財務官長老アザリュード・メルギス。病床にあったとはいえ、16年前はそちも壮健であったはず。己の配下の不正行為に気付かず、16年もの長きの間、放置していた罪は重い。よって長老位はく奪、1か月間の蟄居ちっきょ(一室で謹慎すること)を申し付ける。


 外務官長老ウラルフラワ、帝国軍務部官長老コンステア。そちら両名、同じ緑の袈裟を預かる長老の不全を見逃し続けたこと、おのれの重責を軽侮けいぶすることはなはだしい。よって両名ともに長老位はく奪を命ずる」


「なんと!そんなことが許されると思っておるのか!」

「われらは先代の代からこの国に仕えてまいったのだぞ。われらの功績をなんだと思っておる!」

 立ち上がって騒ぎ立てる2人の長老にアルバドラスは冷たい瞳を向けた。


「控えよ。本来ならば拘禁こうきん申し付けるところを、そち等の功績を加味したからこその処分である。なお、国務、財政、外務、軍務部の4つの長老位の空席は埋めず、それぞれを3分割し12の官庁を作り、それぞれに長官を配備する。これは今回のように一人の長老が職権を乱用し、公職を私物化する事を防ぐ目的である。まず外務次官、コラール・アズラ」


 窓際で呆然と成り行きを見守っていたアズラは驚いたように前に出てひざまずいた。

「そちに外務の第一庁長官の任を与える。後の2人を選び、ともに外交政策にあたるように」

「かしこまりました!」


 今まで自分の部下だった男がいきなり長になり皇帝にひざまずく姿を、ウラルフラワは憎々しげに見つめた。


「国務と財政はメダ、そちが兼任し、それぞれの長官を決めよ。軍務部はサーズ、そちが第一庁長官となり、軍部の編成に努めよ」

「はっ!」

「サーズ!貴様、わしの配下のくせにわしの地位を奪うのか!恩顧おんこを仇で返しおって!」


 コンステアの罵倒をサーズは涼しい顔で流した。この男こそ帝国軍務部官長老という立場を利用し、さんざん帝国軍を私物化してきたのだ。軍で少将以上の者は彼に毎月まいないを渡さねばならず、断れば即解任だ。戦がなくなり武功を立てることができなくなった彼らは、コンステアに取り入ってのし上がるしかなかった。賄賂(わいろ)を払いさえすれば官職につけるため、今では剣も使えない元商人らが幅を利かせている。


 己に意見したり逆らうものがいれば、士族の身分を取り上げ平民に陥れる。騎士の中には彼と取り巻きたちに徹底的に罵倒されたために誇りを傷つけられ、自害して果てた者もいた。サーズにとってこのエボリュス・コンステアこそ、最も嫌悪し、罰してやりたい男であった。


 そして外務官長老のウラルフラワも、同じように己の立場を利用して私腹を肥やしていた事は誰もが知っていた。


「これより、独立した行政権を持つ長老位は廃止し、12の官庁は全て我の主権の元に統治されるものとする」

「あ、貴方こそ国を私物化しようとしている!我々こそが今までこの帝国を支えていたのだ!」


 コンステアが再び立ち上がり叫んだ。名前だけの、今まで自分達に一切逆らう事のなかった皇帝の言動を許すことは出来なかった。だがアルバドラスは一歩も引かなかった。彼らの権力はまず皇帝軍を動かすコンステアの力が支えていた。だが今コンステアの息のかかった腹心はここには居ない。その為に深夜奇襲をかけたのだ。


 そして国を牛耳っていた国務官長老と国の財政を預かる財務官長老も今は丸裸同然だ。アルバドラスの目には自分の足元に跪いている自分が今まで恐れていた者達が、今は何の力もないただの老人にしか見えなかった。


「我は当然の権利を取り戻しただけだ、コンステア。我はヴェル・デ・ラシーア帝国皇帝、アルバドラスⅢ世である。我は智であり義であり、法である。我が名のもとに下した裁断にいなを唱えることは許さぬ。引っ立てよ!」


 皇帝の命に一斉に兵が走り寄り、わめいたり力を落としている元長老たちを連れて行った。

 サーズは誇らしげにアルバドラスを見た後、メダと目を合わせうなずき合った。最後に一人残った立ち上がる事も出来ない老人の元にアルバドラスはゆっくりと歩いて行った。


「アザリュード・メルギス。我はそちの罪を知っておる。フルゲイトと同じようにそちも国の財貨をわたくししていた。それをフルゲイトに脅され、奴の罪を見逃していたのだろう。だがその罪は問わずにおいた。そちはもう長くはない。残りの人生を贖罪に当て、静かに余生を送るがよい」

「陛下・・・・」


 メルギスはしわだらけの眼尻に涙を流すと、椅子から滑り落ちるように降り、去って行く皇帝にひれ伏した。


ー 終わった・・・・ -


 一人で廊下に出たアルバドラスはやっと小さくため息をついた。もう深夜の為、城の中は静まり返っている。さあやももう疲れて眠っているのだろう。だが彼女の顔がとても見たかった。


「明日、又会えるな・・・・」

 静かに微笑むとアルバドラスはゆっくりと自分の寝室へと向かった。











今回は裁判のシーンなのでどうしても漢字が多くなり、読みにくかったかもしれないですね。

次回からは新展開が始まります。

お楽しみに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ