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二つ月の帝国  作者: 月城 響
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危険な潜入

 サーズやフレイヤの率いる近衛連隊と騎馬隊、聖騎士隊が城門を出て闇の中へ消えて行くのを、空へそびえる城のバルコニーからアルバドラスは見ていた。


「結局、我はいつもここに取り残されるのだな」

 アルバドラスは呟くように隣に居るメダに言った。

「サアヤ様はあなたが皇帝として采配を振る姿を見たいとおっしゃられました。あの方はその為に今、たった一人で戦っておられるのですよ」


ー それでも私はあなたに立ち上がって欲しいの。あなたを信じているから・・・・ -


 見た事もない世界にたった一人で来た時もそして今も、彼女はいつも前を見て歩いている。自分が出来る精一杯の事をして生きている。そんな彼女の生き方をアルバドラスはとてもひたむきだと思う。そして心の底から敬愛できると思う。だからそんな彼女が望むのなら、恐れを捨て立ち上がってみたいと思った。


 いつ殺されるか分からない恐怖と思い通りにならない政治、幼い頃から続く因縁からずっと目をそらし逃げてきた。だがもう背中を向ける事は出来ないのだ。自分の為に命がけで戦う人が居る限り・・・。


 アルバドラスは顔を上げ、まっすぐに夜の闇を見つめた。今からこの国の闇を己の手で払い去るのだ。






 屋敷につくと、フルゲイトはエグラを従者に任せ、さあやの手を引いて中へ入った。屋敷の門も外壁も真っ白で雨のシミひとつない。玄関の床は帝都マスカベーラでもよほどの豪商しか敷いていない珍しい異国のタイルで埋め尽くされ、ドラゴンの姿をかたどった柱も最近掘ったばかりのように金の細工がきらめいていた。


ー 信じられない。ルディの部屋の100倍くらい豪華だわ -


 フルゲイトに連れられて金や銀の装飾のついた廊下を歩きながらさあやは思った。カヤの情報ではフルゲイトは寝室の壁にある隠し戸棚の中に、大切な物を全て隠しているという。寝室は2階の一番奥の部屋だ。場所は分かっているが、出来るだけその部屋に連れて行ってもらいたかった。一人でウロウロすれば、証拠を取り返す前に見つかる可能性が高いからだ。


「あの、旦那様。お屋敷まで連れて来てもらってよかったのですか?奥方様がいらっしゃるんじゃ」

 さあやはおずおずと尋ねた。

「俺には浪費好きの妻もおらぬし、無能な息子もおらぬ」

「じゃあ、旦那様のお部屋に連れて行ってもらえるのですね。嬉しい・・・」


 頬を赤らめる娘を見て、フルゲイトは唇の端をゆがめてニヤリと笑った。これで寝室に入れるはずだ。さあやが予想した通り、彼はさあやを2階の一番奥まで連れて行った。

フルゲイトが寝室のドアノブに手をかけた時、さあやはギュッと手を握りしめた。もう逃げる事は出来ない。


 部屋の中は屋敷の雰囲気とは違って、派手なきらびやかさはなかった。ドアを閉めると、フルゲイトがいきなりさあやを抱き寄せたので、心臓が飛び出しそうになった。


「あ、あの、旦那さま。そんなにお急ぎにならなくても・・・。お酒でもお入れします」

「酒など要らぬ。夜は短い。俺は忙しいからな」

「で、でも・・・」


 いきなり体を抱き上げられ、ベッドに投げ出された。


ー やだ。この人、すごい元気 -  


 さあやは何とか体を起こそうとしたが、すでにフルゲイトがすぐ側まで迫っていた。何かを言う前に体を支えていた手を掬い取られ、布団の上に倒れこんだ。フルゲイトの指がゆっくりと額から鼻先へ、唇の上を通って顎をグイッと持ち上げた。


「ルルと言ったな。お前、ヴェル・デ・ラシーアの人間ではないな。どこの生まれだ?」

 小さく唇が震える。さあやは用意した答えを言った。


「わ、私はここの生まれですけど、両親は遠い東の国、ニッポンの生まれです」

「ニッポン?聞いたことがないな。まあ良い」


 フルゲイトの顔が近づいてくる。今だ。だが、催涙スプレーを持った手はベッドの上に押さえつけられた。枕元にあった剣がすでにさあやの首筋に突き付けられている。さあやは出来るだけ平静を装っていたが、わずかな敵意をフルゲイトは見逃さなかったのだ。


「妙だと思った。村娘にしては手も足も綺麗すぎるからな。何が目的だ?そう言えばこの寝室に入りたがっていたな」


ー もう駄目だ・・・ -


 命が終わりそうになる瞬間になって、反対に肩の力が抜けて行くような気がした。


「お許しください、旦那さま。あの男にうまく逃げて来いと言われたんです。でももう逆らいません。何でも言う事を聞きますから、どうかお情けをおかけ下さい」


 フルゲイトは疑るようにさあやを見つめた。さあやは手に持った催涙スプレーを手離すと、彼の体に沿わせてゆっくりと片足を曲げた。押さえつけられていない方の手を襟ぐりに回すと、そっと力を入れてフルゲイトの頭を抱き寄せた。


 フルゲイトは突き付けていた剣をさあやの脇に投げ捨てると、首筋に唇を押し付けた。


ー エル・・・守って・・・ -


「そちは不思議な香りがするな・・・。この香り・・は・・・」


 急にフルゲイトの体が重くのしかかった。さあやは体をずらして彼の体の下から抜け出すと、ベッドに半身を起こして高鳴る胸を手で押さえ付けた。


 城の薬草園には色々な珍しい薬草が植えられているが、その中に“居眠りの薬”という薬草がある。それを煎じたものを嗅ぐと眠ってしまうのだ。メダがもしもの時の為にとそれを塗る事を勧めたので、胸元に塗っておいたのだった。


 居眠りと言うくらいだから、わずか15分ほどしか効果は持たない。さあやは袖口で首筋をゴシゴシこすってにじんだ涙をふき取った。フルゲイトの様子を確かめながら、ベッドから出て壁を叩き始めた。だがどこにも隠し扉のようなものはなかった。早く見つけないと彼が起きてしまう。


 部屋をぐるりと見回したさあやは、天井まで届く重厚な本棚に目を付けた。床と天井にレールが付いている。

「これだわ」

 どこかにこれを動かす仕掛けがあるはずだ。手あたり次第本を引き出したが、どこにも仕掛けのようなものはなかった。どこかにあるはずだ。必ず・・・。


 フルゲイトをちらっと振り返ると、まださっきの姿のまま倒れている。さあやはもう一度本棚から離れて全体をじっくり見た。すると本棚のふち飾りが一部だけ左右違う事に気が付いた。フルゲイトは右利きだから多分右。当たりをつけて、右側のふち飾りを上下左右に動かした。カチッと小さな音がして丁度手の平に収まる大きさの飾りが下に動いた。


 それをずらすと、中に金色の玉飾りのついたひもが垂れ下がっている。さあやはそれを思い切り引っ張った。すると重い車輪を動かすような音がして、ゆっくりと本棚が両側に滑り出し、向こう側から壁をくりぬいた棚が現れてきた。中には金貨の入った袋が所狭しと積み込まれ、中央にたくさんの書類が並んでいた。


 さあやは肩にかけていたショールをはずし、床に広げた。書類が証拠の書類であることを確認しながらそれに移し、落ちないように四方の二か所の端を結び、あとの二つは肩と腰に回して体の前で結んだ。そっと入口の扉を開けあたりを見回したが、誰も居なかった。廊下へ出ると扉を閉め走り出す。外へさえ出ればサーズ達が待っているはずだ。頭の中にこの屋敷の地図を描き出しながら、ひたすら出口を目指した。


 今は亡きフルゲイト家の当主達の肖像画がかかった廊下の角を曲がると、何百本ものロウソクが灯ったシャンデリアが見えてきた。そこには下に降りる階段がある。だがやっと赤いじゅうたんに足をかけた時、下から2人の男が登ってくるのが見えた。さっきフルゲイトに従っていた護衛の従者だ。男達はさあやを見るといきなり剣を引き抜いた。


「お前、そこで何をしている!」

「あ、あの、もう用は済んだから帰っていいって旦那様が・・・」

「嘘をつけ。その背中の荷物は何だ!」


 さあやはとっさに後ろを向いて走り出した。確か屋敷の裏手にもう一つ階段があったはずだ。だが男達の呼び声に他の護衛も集まり、更に追手が増えた。廊下の向こうから剣を引き抜いた男達が走ってくるのが見えて、さあやは息を切らしながら立ち止まった。後ろからも敵が迫って来ている。さあやはとっさに首に下げた小さな袋を握りしめた。


ー 精霊、エル・・・みんな。助けて・・・! -












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