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二つ月の帝国  作者: 月城 響
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証拠を掴め

「きゃはははっ、やだぁ、キーさまったらぁ」

「いいじゃねーか、ほら」


 急に酔っぱらったような男と女の声がして、フルゲイトの部下達は剣の柄に手をかけた。娼婦連れの男が女の肩を抱きながら千鳥足で現れたので、彼等はムッとしながらも安心したように剣から手を放した。酔っぱらった男はそのまま部下達の前を通り過ぎると、壁に女を押し付け首元へ顔を沈めたので、見ていた部下達は目のやりどころがないのか、2人共反対方向を向いた。


 首元にキートレイの吐息がかかると、さあやはぞくっとして小声で叫んだ。

「ちょっと、本気でやらないでよ」

「任務が絡んでる時に妙なことはしねーよ。うまくやってやるから信じろ」


 かなり不安だが、今は彼を信じる他はない。さあやはキートレイの頭に右手を伸ばすと、「ああん、キーさまぁ」と色っぽい声を上げながら、左手でそっと引き戸を開いた。1センチほどの隙間に携帯のレンズ部分を覗かせると、モニターで中の様子を確認し、スイッチを押した。小さなシャッター音にドキッとして部下達をちらっと確認したが、彼等は何も気づいていないようだ。


 さあやは小窓を静かに閉じると、素早くキートレイの上着のポケットに携帯を滑り込ませた。2人の男女が再びいちゃつきながら廊下の向こうに消えて行くのを部下たちは、“全く、近頃の若造は・・・”といった表情で見送った。


 誰にも気づかれないよう店を出ると、さあやとキートレイは門前にある植え込みの陰に隠れた。さあやはキートレイの上着から携帯を出してもう一度写真を確認し、電源を落とした。いざという時、電池が切れてしまっては元も子もない。


「あとは、キートレイ。あなたの腕の見せ所よ」

「本気でやるのか?俺はもう居ないんだぞ」

 さあやは何も言わずに微笑むと、髪を結い上げ、髪飾りを刺した。


「キートレイ、必ずこれを持って帰ってね。失くしちゃ駄目よ」

 さあやに手渡された携帯を見た後、キートレイはじっとさあやを見つめた。

「サアヤ、お前、ちょっと抱かせろ」

「は?何を言ってるの?」

「いいから」


 小さな肩を抱き寄せると、キートレイはさあやの耳元で囁いた。

「必ず戻って来いよ。待ってるからな」

「キートレイ・・・」


 スーザとは違う、大人の男性の髪の香りに、さあやは少し胸が痛くなった。

「キートレイ。私、キートレイの事、好きにならないよ」

「そんな、夢もキボーもなくなるようなこと、言うなよ」

 がっかりした顔でキートレイはさあやを放した。

「だって、突然私が消えちゃったら困るでしょ?」

「なんだよ。消えるってどういう意味だ?」


 さあやがただ微笑み返した時、店の出入口からバラク・ダラが出て来て、従者と共に迎えに来た馬車に乗って去って行った。それからしばらくして今度はフルゲイトが出てきた。彼の馬車はまだ迎えに来ていないようだ。店の女将が慌てて馬車を呼ぼうとしたが、フルゲイトは従者が乗ってきたエグラに乗って帰るから良いと言って断った。帰りは金貨の詰め込まれた重い箱もなく、身軽なようだ。


「行くわよ、キートレイ」

「おう」


 キートレイは先程の男と従者に見破られないよう上着を脱いだ。くくっていた髪を解き、丸眼鏡をはめ変装すると彼らの様子を見ながらフルゲイトに近づいた。


「だんな、だんな」


 卑しい男の声にフルゲイトは振り返った。見ると、いかにも下賤な風体の男が腰をかがめて立っている。

「あっしは旦那方のお楽しみの為の商売をしている、いわゆる仲介屋って奴ですがね。今日田舎から連れてきたばかりのいい子が居るんですよ。旦那、良かったら買ってやってくだせえよ。ほらルル、出て来い」


 キートレイは門柱の影に立っていたさあやの腕を掴んで引っ張り出すと、フルゲイトの前に立たせた。


「いや、何分にも田舎から出てきたばっかりで、礼儀も何もあったもんじゃねーが、旦那みたいなお人が初めての客ならはくが付くってもんだ。どうですかね?旦那」


 娘は小さく震えながらショールを頭からかけ、恥ずかしそうに顔をそらしていた。田舎から出てきた村娘にしては、まっすぐで美しい足だ。何よりも一度も日にさらされた事のないような滑らかな肌と、この辺りでは見かけない異国風な雰囲気に、はじめは追い払おうと思っていたフルゲイトも男心をくすぐられた。


「いいだろう。いくらだ?」

「いやあ、何しろ掘り出し物ですからねぇ。5000グートでどうでしょう?」

 少し吹っ掛けすぎたかな?と思ったが、フルゲイトは従者に金を払わせると、さあやの手を掴んでもう一人の従者が連れてきたエグラに乗せた。

 後ろに乗ったフルゲイトがエグラの腹を叩き走り出す時、さあやはちらっとキートレイを振り返った。その顔をはっきりと確かめる間もなく、彼らを乗せたエグラは土煙をあげて走り去って行った。









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