秘密の会合
フルゲイトの屋敷に単身乗り込むつもりだとアルバドラスに告げると、彼は大反対だった。もちろんサーズとフレイヤも反対だったので、アルバドラスと共に説得を試みたが、さあやの決意は固かった。いつもサーズやフレイヤを矢面に立たせて自分は安全な場所に居るのはもう嫌だったし、フルゲイトに顔を知られていないのはさあやだけだったのだ。
「大丈夫よ。何とかなるわ」
「何をおっしゃっているのです。皇帝に毒を盛るようなやつですぞ。何とかなるわけがありません!」
メダも憤慨したように言った。
「でも他に方法は無いんだもの。大丈夫。カヤに描いてもらった屋敷内の地図も頭の中に入っているし、毎日階段の上り下りで足は鍛えているから、逃げ足にも自信があるわ」
皆が絶句する中、アルバドラスは「話にならぬ!」と言って背を向けた。
「ルディ?」
さあやが後ろから顔を覗きこむと、アルバドラスはまるで泣くのを我慢している子供のような顔をしていた。
「ルディ。私は大丈夫よ。最近勘が働くの。サーズ達が怪我した時すごく嫌な感じがしたけど、今は何も感じないわ」
「何の根拠もない」
「根拠はないけどきっと大丈夫よ。すぐに戻ってくるわ」
あの日、母もそう言ったのだ。すぐに戻ると・・・。その手を放してしまった事をどれほど後悔しただろう。もう2度とあんな思いはしたくない。
「どうしても行くのなら、我も行く」
「あなたの仕事はここで全てを見極め采配を振る事であって、矢面に立つ事ではないわ」
さあやはいつもよりきつめに言い放つと、彼の手を握りしめた。
「私は元の世界に帰るまで死んだりしない。必ず戻ってくるわ。信じて待っていて」
アルバドラスはじっとさあやの顔を見つめていたが、やがてため息をついて首に下げた小さな袋のついたひもを取り、さあやの首にかけた。
「中にエルの造った精龍石が入っている。何かあったらそれを握りしめ、精霊とエルの事を思うがよい」
「うん」
笑顔で答えると、さあやはサーズとフレイヤと一緒に部屋を出て行った。城の外ではキートレイとスーザがエグラと共に待っていた。計画を実行するにはもう一人顔の知られていない人間が必要だったので、キートレイには全てを話してある。事は大詰めを迎えているので、スーザも仲間に引き入れた。
さあやのドレスの足元が前の方だけ開いていて膝から下に足が出ているのを見ると、キートレイはニヤリと笑った。
「なかなかいいぜ、サアヤ」
「じろじろ見ないで」
恥ずかしそうに頬を膨らませるさあやの隣から、サーズがキートレイに言った。
「サアヤ殿を頼んだぞ、キートレイ」
「任せて下さい、兄上」
自信満々に答えたキートレイは、さあやの体を抱き上げエグラに乗せ、自分も後ろに飛び乗った。夕闇の中に消えて行く大きなエグラの背中を見送った後、スーザは不満そうにサーズを見上げた。
「サアヤさんを連れて行くなら、僕に任せて下されば良かったのに」
「お前ではまだ若すぎる。キートレイが適任なのだ」
あたりが薄暗くなる頃、さあや達はスガヤの町に到着した。エグラは商人などが街の中に入った時にエグラを預ける厩舎に頼み、彼等は歩いてスガヤの中心街へ向かった。緊張感もなくズボンのポケットに手を突っ込んで口笛を吹きながら歩いているキートレイにさあやは呆れたように言った。
「それにしても貴方、そういうチンピラっぽい恰好、似合うわね」
「いい男は何を着ても様になるのさ」
「いや、全然褒めてないし」
「サアヤこそに似合ってるぜ。その娼婦スタイル」
体のラインがはっきり出る、胸と足元が大きく開いているドレスは、娼婦たちが好んで着ている服だ。さあやはキートレイの目線からそらすように上に羽織ったショールで胸元を隠した。
「ところで・・・」
キートレイが急に手を伸ばしてきたので、さあやは後ろに飛びのいた。
「な、な、何?さわらないでよ!」
「バカ、ちげーよ。髪飾りが都会っぽいからはずそうとしただけだろ。大丈夫か、お前。今からそんなにガチガチになって・・・」
そうなのだ。大見えを切って出てきたものの、実はかなり緊張していた。なんといってもさあやは普通のOLなのだ。刑事のまねごとなどした事は無かった。
「だ、大丈夫よ。髪飾りはいいの。いざとなったらこれで戦うんだから」
「はあ?そんなもんで勝てるわけねーだろ?フルゲイトは若い頃、騎馬隊で2等指揮官だったんだぜ。剣の腕も確かだ。まさか・・・知らなかったのか?」
さあやは青い顔でうなずいた。年齢がもう55歳と聞いていたし、財務に携わっている人間が元騎士とは思わなかったのだ。キートレイは頭に手をやって考えた後、髪の毛をかきむしった。
「やめだ、やめ。計画は中止だ!」
「ダメよ。今夜は月に一度、フルゲイトがバラク・ダラに会う日なのよ。2人が一緒の所を写真に撮らなきゃ」
「しかし・・・」
顔を上げたキートレイは急いでさあやの肩を引き寄せ、物陰に隠れた。通りの向こう側をフルゲイトの乗った馬車がやって来るのが見えたのだ。いつもはフルゲイト家の家紋、針槐の葉をかたどった紋章が付いている馬車を使っているが、今日は秘密の会合だからだろう、商人が使っているような普通の馬車だ。後ろにはエグラに乗った2人の従者も居た。
馬車はさあや達の隠れた路地の横を通り過ぎ、通りの奥に立派な門を構える店の前で止まった。店の女将や女給が出迎える中、馬車から降りたフルゲイトは2人の従者と共に店に入って行った。店の門前に誰も居なくなるのを待って、さあやとキートレイは中に忍び込んだ。途中、店員にすれ違うと、客と客の連れている娼婦を装い、何とかフルゲイトの従者が見張りに立っている部屋を見つけ出した。
部屋の中では丁度フルゲイトとバラク・ダラが久しぶりの酒を酌み交わしたところだった。とりあえずと差し出された金貨の入った箱を受け取ると、それを自分の従者に渡し、バラク・ダラはおおらかな笑みを浮かべた。これはアルバドラスが17歳になって、親政を開始した頃から続いている行事だ。新しい皇帝の即位と共に、騎馬隊の2等指揮官だったフルゲイトは、剣だけでなく頭の切れる事を財務官長老のアザリュード・メルギスに見い出され、彼の右腕である財務次官に就任した。
持ち前の頭の良さでメルギスの信頼を得た後、公共工事のような巨額の金が動くものは、うまく金を動かせば浮いた金を着服できると考えた彼は、公共工事を全て取り仕切っている国務官長老バラク・ダラに話を持ち掛けた。
国庫の金を握る財務官が協力してくれれば、事が露見する事はないだろうと踏んだダラは、彼と盟約を結んだのだった。
「近頃はファイファの売り上げまで落ちているとか・・・。国の財政も大変よのう」
ダラは全てを知っているぞとばかりに笑った。もう少しこちらに回す分を増やしては?という意味だ。
「いやいや、農民どもも楽をする事ばかり考えているくせに、賃金は増やせと言ってくる始末。なかなか大変ですよ」
「そんなものは全て“保留”にすればよい。陳情書のようにな」
バラク・ダラの笑い声を聞きながら、フルゲイトもニヤリと笑って酒を口に運んだ。いずれあの書類を使って俺に首根っこを押さえられるとも知らず、愚かな男だ。
部屋から漏れる笑い声を聞きながら、さあやとキートレイは柱の影から様子を伺った。入口の両開きのドアは完全に閉められ、その前にフルゲイトの2人の部下が立っていて、もぐり込む隙は無い。それに以前ダラに会った事のあるさあやは、安易に彼の前に顔を出すわけにはいかなかった。考え込んでいたさあやは部下達の立っている扉の向こうに、引き戸式の小さな窓がある事に気が付いた。窓はステンドグラスの様な色のついたガラスで中の様子を見る事は出来ないが、はめ殺しでなければ動くはずだ。
さあやは無言でキートレイの服を引っ張り窓を指さした。目立つかんざしを外し髪を少し乱すと、彼と共に立ち上がった。
今回は時代劇風に仕上げてみました。
「越前屋、お主も悪よのう」ってな感じで・・・。
しばらくはこんな感じで続きます。ふふ^_^




