カヤの罪
深夜、さあやの部屋に2人の来訪者があった。サーズとフレイヤである。彼等は人目を気にするように小さなろうそくの灯りひとつでやって来ると、静かに部屋の中に入って行った。彼らがソファーに腰を落ち着けると、さあやは彼らを案内してきたカヤに下がるように言った。カヤは頭を下げると、隣の召使い部屋に入って行った。
「よく来てくれたわ、サーズ、フレイヤ」
さあやは改めて言うと、こちらでツィースと呼ばれる薄紫色の酒を彼らと乾杯した。
「サアヤ様、今夜はご機嫌ですね」
「実はね。2人には黙っていた事があったの。敵を欺くためにね」
「ほう。それはどんな?」
立ち上がったさあやはドアの横にある小さなキャビネットの前まで歩いて行った。
「この間盗まれた証拠書類。あれ、実は偽物なの。本物は別の場所に保管してあったのよ」
「それは本当ですか、サアヤ様」
思わずフレイヤが叫んだ。
「ええ。ここに・・・」
キャビネットの扉を開くと、中にたくさんの書類の束があるのが見え、サーズもフレイヤも喜びの声を上げた。
「偽物を掴ませて、敵が油断している間に準備を整えるつもりだったの。そしてすべての証拠はそろったわ。明日にはルディも起き上がれる」
「では、いよいよやるのですね」
「ええ。明日決行するわ!」
さあやの強い言葉にサーズとフレイヤもしっかりとうなづいた。
サーズ達が部屋を出て行った後、さあやはご機嫌で眠りについた。彼女の寝息が深くなった頃、隣の召使い部屋のドアをそっと開けてカヤが入ってきた。彼女はさあやのベッドに近づき、彼女の眠りが深い事を確認すると、足音を忍ばせてキャビネットに近づいた。さあやが取り忘れたのか、キャビネット扉の鍵はつけっぱなしになっている。もう一度、そっとさあやの様子を確認し、キャビネットのドアを開き積み重なっている書類の束に手をかけた時だった。
いきなり部屋の中が明るくなり、カヤはびくっとして周りを見回した。壁際に立った10人ほどの聖騎士隊が一斉にロウソクの灯りを付けたのだ。2人の女性騎士がすぐにドアの前に立って退路を断つ。部屋の奥からサーズとフレイヤ、そして最後にベッドを出てさあやが立ち上がるのを見ると、カヤは観念したように両手を床についた。
「カヤ。やっぱりあなただったのね・・・」
さあやはさみしそうな瞳で彼女を見た。本当はカヤの事を問い詰めるつもりは無かった。だがアルバドラスが毒を盛られた時、さあやは決意したのだ。もう手段は選べない。早急に解決しなければならないのだ。
だから本当は別に書類を保管してはいなかったが、サーズ達に話して一芝居打つことにした。カヤから全てを聞き出すために・・・。
カヤは床に手をついて何度も頭を下げた。
「お許しください、お許しください、サアヤ様・・・!」
さあやは悲しそうに目を細めると、カヤの前にしゃがんで彼女を見つめた。
「どうしてこんな事をしたのか、話してくれるわね」
カヤは少しの間うつむいて黙っていたが、もうさあやも自分の心も偽りたくないと思い、全てを話し始めた。
カヤの家族は両親とかなり年の離れた3人の弟たちとの6人家族だった。父は若い頃からフルゲイト家という一族に仕えているが、フルゲイト家はそれほど名門ではなく、どちらかというとなり上がりの家系であった。今の当主、ルアール・フルゲイトはその中でも特に成功を収めた人物で現在、財務官長老に次ぐ地位の財務次官を務めている。しかし財務官長老アザリュード・メルギスはここ3年ほど前から体を悪くしていて、ほとんどフルゲイトが財務官長老の役割を担っていた。
カヤはそのフルゲイトの紹介でこの城に仕える事になったのだが、彼女はほとんどフルゲイトのスパイのような存在であった。皇帝やその側近であるメダやサーズに仕え、彼らの動向を逐一フルゲイトに報告するのが役目だった。さあやに仕え始めてからその役目に疑問を持ち始めたのだが、もしフルゲイトを裏切れば父はフルゲイト家を追い出されるだけでなく、他のどんな職につくのも邪魔されるだろう。そうなれば家族が暮らしていけなくなると思い、どうしても逆らえなかったのだった。
カヤの話を聞いていて、さあやは3年前から国庫の残高が更に不足し始めた事を思い出した。公共工事以外にも不作でもないのにファイファの出来高が落ち、使途不明金をうまく他の支出金に置き換えてあったのだ。
カヤは泣きながら告白を続けた。
「サーズ様とイーグス様が怪我をなさったのも私のせいです。あの方がサアヤ様に何かする前に何とかしなければと思って、私がサアヤ様はお優しい方だからサーズ様達に何かあればきっと証拠探しをやめるだろうとフルゲイト様に進言しました」
書庫にあった証拠書類を持ちだしたのも、そうすればさあやが諦めると思ったからだった。カヤはカヤなりにさあやを守りたかったのだ。だがその為にイーグスが死にかけた時は胸がつぶれるほど怖かった。
「フルゲイト様は狡猾なお方です。それに地位や名誉にとても執着の強い方です。この城にはフルゲイト様の息のかかった者もたくさん居て、いつかサアヤ様もイーグス様のように恐ろしい目に遭うのではないかと思って・・・どうしてもお止めしたかったのです」
カヤの犯した罪は罪だが、結局彼女もアルバドラスの言ったように被害者なのだ。
「そんなに私の事を思ってくれるのなら、どうして一言私に相談してくれなかったの?ルディもそうよ。今はちょっと頼りないかもしれないけど、彼はとても温情のある人物だわ。あなたの家族が立ち行かないようには絶対にしないわ」
さあやの言葉にカヤはただ泣き続けている。そんなカヤの手を取って、さあやは優しく微笑んだ。
「私達は弱いわ。だから一人ではどうしていいか分からない状況に陥った時、辛くてどうしても逃げてしまうの。本当は勇気を持って一歩踏み出せば変われるかもしれないのに、怖くて何も見えなくなってしまう。だからそんな時、近くに居る人の手を握るの。一緒に頑張ってって。私は握り返すから。絶対放したりしないから。だから一緒に頑張ろ?あなたは変われる。もっと強くなれる。私達と一緒なら・・・」
自分のした事にこんなに後悔した事は無かった。さあやの言うように彼女に相談していれば、サーズやイーグスが大怪我をする事もなかったかもしれないのだ。泣きながら2人の聖騎士に連れて行かれるカヤを見送った後、さあやはサーズとフレイヤの所へやって来た。
「サーズ、カヤに温情をかけてあげてね」
「今回の件で協力すれば、そんなに重い罪にはならないでしょう」
彼の言葉にさあやは安心したようにうなずいた。
「ところで、これからどうしますか?狡猾なフルゲイトの事。証拠の書類は全て処分されているでしょう」
「さあ、どうかしら。あの書類にあったのは、ほとんど公共工事の不正よ。つまり財務次官のフルゲイトより、国務官長老バラク・ダラの罪の証拠だわ。実際3年前まで財務官長老のメルギスがバラク・ダラとつながって国の財源を私していたと取れるでしょう?一番新しい3年間の記録さえ消せば、2人の長老の首を押さえる最高の脅しのネタになる。そんなおいしいものを狡猾な男が捨てたりするかしら」
「では証拠はまだフルゲイトの手にあると?」
「ええ。それを取り戻す。私が行くわ」




