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二つ月の帝国  作者: 月城 響
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異界の帝国

「陛下、神殿でそのような事を口にされては・・・」

「おお、そうであったな」


 神官長にとがめられて、アルバドラスはさあやを下して立ち上がった。


「ようこそ来られた、異界の旅人よ。われはアルバドラスⅢ世。このヴェル・デ・ラシーア帝国の第17代皇帝である」


 これは駄目だ。完全に頭のおかしい集団に違いない。ここはいつもの営業スマイルでごまかしながら逃げるしかないわ。


「まあ。これは皇帝陛下とも知らず、ご無礼致しました。私は水嶋さあやと申します。今日は急ぎの用がございますので、これにて・・・・」

「待たれよ」


 うまくごまかして逃げようと思ったのに、男はさあやの手をしっかりと掴んでいた。


「ちょっと、放してよ。今夜は重大でビッグなプロジェクトが私を待っているんだから」

「ここはそなたの世界ではない。帰る場所はないぞ」

「何言ってるの?私は新宿のど真ん中で穴に落ちただけよ。アメリカに来たわけじゃないし、すぐに帰れるわ」

「ここにはシンジュクという国もアメリカという国もない。付いてくるがよい」



 

 アルバドラスの後ろを歩きながら、胸の動悸が高まってくるのを覚えた。明るいたいまつの炎に照らされた白い壁が連なる廊下は、どう見ても下水道の中ではなかった。自分に何が起きたのだろう。高瀬は・・・?急に怖くなって胸に手を当てた時、冷たい風が頬に当たり、さあやは顔を上げたあと息をのんだ。


 山の頂上に居るような高い建物の上に自分は居た。その建物の更に下、中腹から裾野にかけて、まるで花が咲き誇るように家々の灯りが連なっている。暗くてよく見えないが、いくつもの城壁が街を取り囲み、それが無くなると、とてつもなく広い大平原がはるか地平線まで広がっていた。


「うそ・・・。何?ここ・・・」


 さあやがショックを受けているようなので、アルバドラスは彼女を城の中に連れて行った。神殿から城へ入る入口で待っていた白い衣服の騎士がさあやを見ると怪訝そうな顔をしたが、皇帝が簡単に説明をすると、静かに彼の後に従った。城の中はどれも同じような灰色の石壁が連なっている。迷路のような長い廊下を通り、ある部屋の中に入ると、そこにも一人の老人が居て、皇帝に頭を下げた。その老人に勧められたソファーに座って、しばらくじっとうつむいて考えていたさあやは、小さくため息をつくと立ち上がった。


「ええ、分かった。認めるわ。ここは異世界であなたは皇帝陛下。そしてあなたは皇帝直近の近衛隊長のサーズ」


 アルバドラスの側に立っていた白い衣服の騎士がうなずいた。


「そしてあなたは側近のメダ・コルテス」


 サーズの反対側に立っていた老人が小さく頭を下げた。


「ええ。よーく分かったわ。ここが自分の世界じゃないって事はね。でもね、ひとこと言わせてもらうわ」


 さあやはつかつかとアルバドラスの前まで歩いて行くと、大きなソファーに座っている彼を見下ろした。


「そりゃあね、世界が危機で勇者を呼ぶっていうのは、あなたの世界じゃよくある事かもしれないわよ。でもね、そう言う場合、呼ぶのは大抵16、17歳の時間もパワーも有り余っている学生でしょ?社会人は忙しいのよ。私はね、明日も会社があるの。何の連絡もせずに無断欠勤なんかしたら、一発で首になっちゃうわ。それに私は一介のOLで魔法ももちろん使えないし、得意なのはキーボードの早打ちくらい。とてもじゃないけど、あなたの世界を救う事なんか出来ないわ。と言う事で、帰らせてもらうから」


「帰る事は叶わぬ」


 一言どころか山のように文句を言った後、背中を向けて部屋を出て行こうとしたさあやはピクリと足を止めた。


「どうして?魔法で呼び出したんでしょ?だったら魔法でちょちょいっと帰してくれればいいじゃない」

「そなたの言う魔法がどういうものかは知らぬが、自分が思った通りの事を叶える力など、今のこの世界にはない。ただこの地に息づく聖霊に願いを込めて祈りを捧げるだけだ。それにさっきから世界がどうのこうのと言っておるが、我が国は極めて平和だぞ。近隣の諸国とも同盟を結び、近年戦争もない。強いて言えば・・・国庫がひっ迫しておるくらいかな?」


「はあ?経済不況なんて知らないわよ。経理課じゃないんだから。じゃ、どうして私を呼び出したのよ」

「呼び出したわけではない。われが祈りを捧げていたら、たまたまそなたが落ちて来たのだ」

「たまたま・・・ですってぇ・・・?」


 さあやは完全に頭に来た。そんないい加減な理由で今夜の大事なデートが取り消しになったのだ。


「冗談じゃないわよ!わたしはね、もう29歳なの!アラサーなの。崖っぷちなの!高瀬さんはせっかく巡り合えた理想の人なのに。私の結婚、だめになったらどう責任取るつもりなのよっ!」


 猛獣のように恐ろしい顔でにらまれ、アルバドラスは思わず椅子の背にへばりついた。


「そ・・・そうだな。おお、そうだ。我の側室になればよい。第2婦人として迎えるぞ」

「ふっ・・・ざけんじゃないわよぉっ!!」


 このままでは暴れ出しそうなさあやを側近の二人で何とかなだめると、この城で一番良い客室に案内するからと、サーズはさあやを伴って部屋を出た。


 案内された部屋はドアを開けたとき真っ暗だったが、付いて来た召使いにサーズが命じて壁のろうそくに火を入れさせた。さすがに一番良い客室と言うだけあって、高級ホテルのスウィート並みの広さだ。ベッドやファブリックが淡い金色でまとめられ、豪華な中にも上品さがある。


「ふん。まあまあね」


 部屋の中に入ったさあやは入口に立っているサーズを振り返った。


「ここに居る間は、衣食住の面倒は見てくれるんでしょうね」

「ええ。陛下はあなたを客人としてもてなせとおっしゃいましたから」

「そう。じゃあ明日は朝8時に迎えに来て。私、朝寝坊は嫌いだし、朝食もしっかりと取る主義なの。あ、かしこまった食事は嫌だから、みんなが集まる食堂みたいなのがいいわね」

「かしこまりました」


 頭を下げた後ふと部屋を見ると、さあやが「わーい」と言いつつ、大きなベッドにダイビングするところだった。


「あの・・・」

「何?もう用はないわよ」

「貴方は本当に、ただの一般の方・・・なのですか?」

「そうよ。ただのOLですもの」


 扉を閉めた後、サーズはふっとため息を漏らした。

「陛下を救ってくださる乙女かと思ったが・・・。まあ、乙女と言うには少々年が行き過ぎているか・・・」


 サーズが去った後、さあやはふうっとため息をつきながらベッドに起き上がった。

「いつ帰れるんだろ・・・」

 さっきまで知らない人間ばかりの間で気を張っていたのが緩んだのか、急に寂しさが込み上げてきた。


「大丈夫。今までだっていろいろあったけど、何とか乗り切ってきたんだもの。そう。絶対寿退社してみせるんだから。待っていてね、高瀬さん。必ず戻るから!」

 決意を新たにすると、さあやはベッドにもぐり込んだ。





 

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